愚かな魔法使いは願う―――――己の断罪を。

 哀れな魔法使いは乞う―――――忌まわしき過去の変換を。

 魔法使いは罪悪感に押し潰され、いつしか面影さえ失った。

 償いきれない過ちは時と共に彼を蝕み、やがては人格さえも作り変えた。

 

 道具と仲間、一人の少女に巡り合うまでは―――――何百年かかったことか。

 

 

 

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幻想世界の古道具屋 序幕 46億年の悲劇

 

 

 

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 荒廃した大地の地底深くに、物言わないガラクタの捨て場がそこにはありました。
 どす黒く酸化したモノ、焦げ付いたモノ、もはや原型すらないモノまで数えきれないほど、空気の濁った地下一面を覆い尽くしていました。
 見ればそれらは全て人工的に製造された兵器や武器であり、人を模した機械人形まで様々な種類がありました。
 数多のモノに搭載された内燃機関は全て死にきっており、微かに地上から隙間を通過する冷たい風の音しか聞こえません。ここはまるで世界から切り捨てられ、孤独のまま取り残されてしまった場所のようでした。
 今は失われた技術によって作られた巨大地下空間は、殺人兵器達の墓場でした。旧世界の遺産であり、忌わしき残骸はほとんどの者から忘れ去られ、地下で完全に朽ちきれぬまま放置され続けているのです。
 処理しようにも、誰も近寄りたがらないのですから。
 そんな場所に一人の青年が歩いていました。魔法使いが身に着けるような外套を着込んだ黒髪の人間は特殊なカンテラを手にして、ひたすら歩き続けていました。その先にある何かの元に行こうとしているような、迷いの無い歩みでした。
 道など無いに等しい最悪の足場環境は歩くというよりも突き進むと言ったほうが正しく、青年はやむを得ず踏みつけることになってしまう機械の群に申し訳なさそうな表情を浮かべては黙々と前へ前へと進んでいきます。
 空も果てない壁も旧世界で開発された硬質な人造石や金属を使用して頑丈に固められたもので、長時間内部に居続けたら気が狂いそうなほどの圧迫感がありました。
 長い時間独りで歩き、やがて青年は目的地に到達したのかその場にしゃがみ込んで、ガラクタの山を掘り返しました。
 数分ほど掘りつづけ、青年はあるモノを見つけ出しました。
 それはブリキの固まりを連想させる、ズタボロになった機械兵器の破片でした。 
 青年はソレを壊れないように丁寧に手に取りました。もともとはとても重かったのであろうに、バラバラになってしまった今では羽のように軽いモノでした。
 まるで魂だけがそこに残ってしまったかのような。
 青年は微動だにしないソレを、愛おしそうに抱きしめました。

「こんな場所にずっと独りきりいたんだね。辛かったろうね。寂しかったろうね」

 自分のことのように悲痛に顔を歪ませた青年は、優しくソレを撫で、そっと手をかざしました。

「だけどもう、大丈夫だよ。僕と一緒においで。幸せになれる保証はないけれど、少なくとも今よりはずっとずっと寂しくなくなる」

 青年が呪文を唱えるように囁くと、かざした手から不思議な光がにわかに洩れ出ました。
 その光は痛くもなければ苦しくもなく、温かでした。ただただ温かでした。
 光がソレを包み込み、内部に入っていき、一つの意識が呼び覚まされるのです。
 そして生まれたのは永遠とも思える闇に閉ざされた心―――――本物のような心臓の鼓動の音。
 眠るようにそこに在るソレを、青年はそっと抱えて立ち上がるのでした。


「貴方はそうやっていつも、不確定で不安定な幸福論を謳うのですね」


 いつの間にか青年から少し離れた場所に、一人の男が立っていました。何色とも呼べない髪色と瞳を持つ、初老の男性でした。高級そうなシルクハットと豪華な燕尾服を身に着けている男は、不気味でいて紳士的でした。
 失明しているのか、左目は漆黒の眼帯によって隠されています。それが一層深い陰を生んでいました。
「……どちら様ですか」

 青年は疑いを秘めた目を、その者へと向けました。凍り付くような鋭い視線でした。

「とぼけないでくださいよ。わかっているでしょう?私はどこにでもいるのですから。どこにでもいてどこにでもいない存在なんて、一人しか思い当たらないでしょう?―――――消極法は嫌いなので一発で当ててくださったら幸いです。ほら、消極法で解答や該当を言い当てていくのって、まるで不必要な存在から消去していくみたいで実に愉快じゃないですか。例を挙げるならギャンブルのようです」

「言ってることと望んでいることがまるで違いますよ」

「失礼。私がやる分には構わないのですよ。自分が消されるのはまっぴら御免です。誰だって望んで意識のごみ箱に入らないでしょう?自ら進んで入っていくのは被虐嗜好者……マゾヒストだけですよ。私みたいな」

 あ、もちろん嘘です。冗談の冗談のジョーダーンです。きゃー。
 人を食ったかのようにけらけらと笑う胡散臭い男に、青年は不愉快そうに無表情でただ立ち尽くしていました。

「何の用ですがフランシスさん。こんな場所に着いてくるなんて、はっきり言って迷惑です」

「おやおや心外ですね。別に貴方に着いてきたんじゃないですよ。ストーカーじゃないんですから。私は貴方が引き寄せた〝面白いこと〟をかき集めて、暇潰ししようとしてるだけです」

 いかにも正論を言ったと言わんばかりに胸を張るフランシスであったが、明らかにその言葉は弁解になっていなかった。

「同じようなコトじゃないですか。二度と僕に近寄らず、関わるなとはっきり言いましたよね?」

「え?そんな悲しいこと貴方言いましたっけ?」

「言いました。何なら今ここでもう一度言いましょうか」

「いやいや結構です。それに言ったところで無駄ですよ。誓わせたところで、約束させたところで、この私フランシスには何の意味もありませんよ。何一つ効果を発揮できませんよ。なーんにもなりませーん!そんな言葉だけの縛りではこれっぽちも私を括りつけられませんよ」

「そうですね。貴方は性格の捻じ曲がった救いようのないお方でしたね」

「わかればいいんです―――――っていやいやよくないよくない。これじゃあ私の印象ガタ落ちですよ。どこで誰が見ているのかわからないというのに。今のご時世、結構危ないですよ?個人情報とか……」

「……いいかげんにしてくれませんか。僕はあまり暇じゃないです」

 痺れを切らしたかのように、青年は薄く苛立ちを浮かべました。

「暇じゃない?貴方のお仕事と言うか、何でしょうか。クソの役にも立たない偽善行為奉仕活動のことですか。おっと、クソだなんて汚い単語を使ってしまいましたね申し訳ない。だけど本当のことですから仕方がないですよね。意思の性格精密な言語化は難題なのです。いつの時代でも変わらないことの一つですね。真理?そんなとぼけたことは言いませんよ~」

「その発言、撤回してほしいですね。貴方にこんなことを言っても意味をなさないのでしょうが―――――僕が僕のやりたいように行動して、何か問題がありますか。何が悪だとおっしゃるのですか」

「悪、ですか。まぁ悪くはないんじゃないですかね―――――ヒッジョーに!サイッコウーに!気持ち悪いですけどね」
  大げさなほどの身振り手振りではしゃぐフランシスは、初老の姿をしていながらもまるで子供じみていた。
 恐ろしいほどまでに、意図的な悪意を感じた。

「ねぇ。貴方は自分の力で誰か救うことができると思っているんですか?誰かを癒し、育み、直し、治し、慈しみ、愛せるとでもお思いで?―――――それは大きな大きな間違いですよ」  

 青年は顔色一つ変えず、フランシスをにらみ続けている。
 フランシスはくすくすと微笑して、とんとんと靴の踵を鳴らしました。
 それだけで足下にあった脆いガラクタにヒビが入りました。

 

「貴方は誰も救えません。否、貴方は誰かに手を差し伸べる権利すらないのです。お分かりですか?貴方は一生変われません。変わる必要性さえありません。貴方は昔のように切り捨てるだけ切り捨てていればいいんですよ」

 

 ふわりと、一瞬フランシスが宙に浮かんだような気がしました。
 しかし一つ瞬きをする間に、フランシスは青年のすぐ隣まで移動していました。
 まるで魔法のようでした―――――事実、魔法のようなフランシス特有の能力による移動術でした。
 蠱惑的な笑みを浮かべては、フランシスは青年の耳元で囁くのです。

 いつの間にかその姿は初老男性の姿ではなく、可愛らしい少年の姿になっていました。

「それが貴方なりの罪滅ぼし?素敵ですねぇ。はっきり言って馬鹿馬鹿しいですよ。素晴らしい馬鹿っぷりです。貴方それでも魔法使いですか?」 
「貴方に言われる筋合いはありません」

 

「私だから言えるんですよぉ―――――愚かなロミ。ロミ、ロミ、可哀想なロミ

 

 ロミ。

 それが青年の名前でした。 

 

「貴方は死ぬまで過去に囚われていなければならない。それが貴方の罪であり、罰です。そして断罪されたでしょう?貴方は理解したはずです。自分の愚鈍さを。賢しらすぎた故に、人間らしさを見失った貴方は……」

 フランシスは最後まで言葉を言い終えられなかった。
 何故なら―――――彼の真下から銀色のナイフが風を斬り裂く速度で跳んできたのだから。
 本来ならば絶対にありえない方向。角度からの不意打ち。
 ひゅんと空を斬る短い音が生じ、フランシスの顎を突貫せんとばかりに刃が煌めいた。

「おっと、危ない」

 しかしフランシスはまるで驚くことなく、にこやかな表情を崩さないまま最低限の動きだけでそれを無効化した。
 それどころか見計らったかのように小刀の柄の部分を掴み、その動きまで封じ込めた。

「生ぬるいですし、これじゃあ暗殺に不向きですよ。こんな攻撃だと子供の姿の私でも楽に取れちゃいますよ―――――あと、貴方が小刀を仕掛けたのも最初からわかってましたよ。ああでもこういう台詞って黙ってる方がカッコいいですよね。これは一本取られましたね!小刀だけに!」

 ひょいとフランシスがおもむろに投げた小刀は空中で何度も回転し、ロミの足元に綺麗に突き刺さった。

「耳障りな御託を並べるその口を塞ぎたかったんですが、残念です」

 ロミは無表情で小刀を引き抜き、懐の鞘にしまいました。
「貴方の魔法ってそんなにしょぼかったでしたっけ。昔はもっとこう派手で……花があったような」

「それじゃあ今度は饒舌な貴方の口が二度と動かせなくなるよう、猛毒を塗った針を千本突き刺しましょうか。それとも黒こげになるまで焼き尽くしましょうか。それとも……」

「よしてくださいよぉ。こんなにか弱い姿をしている私に貴方はよくそんな非人道的なことをしようという考えが浮かびますね」  

「貴方は子供でも何でもありません―――――化け物です

「……わかってるじゃぁないですか」

 不敵に笑うフランシスは紳士帽の縁に指をかけ、くるりとその場で半回転をしました。踊るように回ったためか、上着がふわりと夢のように膨らみました。

「ま、今日はこのくらいで失礼します。私は朝昼晩共規則正しい生活を送ることを心がけているので、こんな換気も悪くて室温も保てずいつまでも薄暗い腐った空間には長居したくありませ~ん」

「腐った空間だなんて、よく言えますね」

「何でしたっけ。旧世界の終末戦争の廃棄物置き場でしたっけ。機械VS機械なんて燃えるじゃないですか。実際燃えてそうですけどね」 

 まぁもう、お喋りはこのくらいにしますかぁ。
 フランシスは慣れ親しんだ道を歩くように一歩、二歩と足を踏み出しては―――――最後にロミに邪悪な笑顔を見せたのでした。

 

「―――――〝人間〟が生み出すろくでもないドラマ、ちょ~っぴり期待しておくことにします!」

 

 アデュー。
 グッバイ。
 シーユー。
 サヨウナラ。


 そしてフランシスはその場から姿を消しました。
 文字通り〝消えた〟のでしょう。気配一つ残しておらず、もともとその場に存在していなかったようにさえ錯覚できました。

 再び一人になったロミは、ずっと抱えていた眠るソレにを撫でて上げました。

 

「―――――大丈夫。心配しなくていい。心なら、今から作ればいいのだから」


 それに対する返事は、誰も聞き取ることができませんでした。
 誰の心にも響きませんでした。

 


 彼が胸の内に思い描くのは、今もどこかで自分を待つ、愛しい少女の姿でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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