End ほーくとがずね 

 

 

 

 

 

―――――さあ、誰も知らないおとぎ話に拍手を

 


 ◆

 
 某所の居候先の自室にて、ホークは目を覚ます。
 時刻は朝の八時ジャスト。世の中全体で考えれば早いのか微妙なのか遅いのか曖昧になる中途半端な時間だが、起きるに越したことはない。
 とりあえず起き上がり、接している壁の手近な窓のカーテンを引いて開ける。
 瞬間、憎たらしくなるほど眩しい陽光が部屋に入り、思わずホークは目を細めてしまう。
 天気は快晴であり、曇る気配も雨が降る無い。ごく普通の朝だ。
「……」
 少々眠たげに頭を掻きながら、ちらりとホークは隣に目をやる。
 大人一人ならばすっぽり収まりそうなスペースが残っているベッドだが、顔を出している者はいない。 
「……毎回、器用な寝方するよな、お前は」
 苦笑しながら掛け布団をめくると、その中にはガズネが猫のように丸まって眠っていた。
 相変わらずの短い黒髪に細い体躯、奇妙なことにパジャマの袖部分がひどく余っている。
「そのうち窒息するんじゃねえか」
 ホークがガズネの頬を軽くつつくと、 
「うー ……」
 彼女は薄らと目を開ける。
 左目は包帯が巻かれているが、右目は以前より幾分と光を含んだ黒真珠を想起させる瞳をしていた。
「…… たかの おにいさん ?」
 眩しそうに眼を擦ろうとするが腕の長さが足りないことに気づき、ガズネは呆けた寝ぼけ眼のままホークを見ては首を傾げる。
「おは おー ?」
「おはよう、な。おはよう」
 舌足らずな声で朝の挨拶をするガズネの寝癖頭を、ホークは優しく撫でた。
 心なしか色素が薄くなった黒髪は、日の光を浴びてきらきらと煌めいている。

 命がけの決戦から数週間経過した今、ホークとガズネは一緒に生活していた。
 とりあえず今は、平穏に暮らせている。


 ◆


 ガズネの食事情はだいぶ改善されつつある―――――と、ホーク本人は思っている。
 少なくとも大抵の物を食べても戻さなくなり、何よりも不健康まっしぐらな食の細さが多少なりともマシになってきたのだから。
「ガズネ。腹が減ったのはわかるけどよ、犬食いは禁止。いつも言ってるだろ」
「むー ガズ いぬ だもん 。 きたない いぬ だもん」
「俺は汚い犬を面倒見てるつもりはないぞ。面倒見てるのはガズネだ。ほら、今食わせてやるから」
「むー …… いただき ま ?」
「いただきます、な」
 ダイニングルームにて、ホークはガズネに手料理を食べさせる。放っておくと犬食いを始める始末なので、なるべく早めに。
 鼻はとんでもなく利くようで、未だにホーク以外の者が作った物は食べてくれないため、自然と彼女の食はホークによって支えられていることになる。地味に責任感のあるポジションだが、最近ではすっかり慣れてしまっていた。
「むぐむぐ がじがじ」
「がっつきすぎだぞ。あとスプーンは食い物じゃねえから齧るな!歯痛めるぞ!」
 ホークの手からひったくる勢いでスプーンを齧るガズネだが、無表情のまま呟く。
「かたい」
「そりゃな!―――――ほら、口汚れてるぞ」 
「むー ?」
 口拭きで口周りを拭いてもらい、ガズネはきょとんと目を丸くしている。
 無垢な瞳。
 どこにでもいてどこにもいない、ここにしかいない女の子の様子が日に日に人間らしくなっていく。
 決して人間らしさを求めているわけではないが、少なくともガズネが人を傷つけたり自分を傷つけたりしなくてすむ状態を望んでいるホークとしては、こうして子供のように食事をして息をして生きているガズネが微笑ましくてたまらない。
「……もうちょいしたら常識とかマナーとか、勉強教えてやるからな」
「じょーしきー ?」
「それも教えてやるよ」
 とりあえず今は、こうしてここにいてくれるだけで充分だと、ホークは心の奥底から思っていた。
 そんな彼らの日常の一幕を、こっそりと覗き見る者が数人。

「〝日に日に僕の弟が犯罪臭を漂わせて幼女の身の回りの世話に徹してるんだけど〟ってタイトルでネットにスレット立てたら結構ヒットすると思わない?」
「やめてあげなさいよ。頑張ってるんだから。私達が手伝いたくてもあの子が警戒しちゃうからって、全部引き受けてくれてるのよ?」
「だって元からホークが拾ってきたんだし、拾ったモノの面倒は自分で見るのが普通でしょ?」
「むしろ父親度が増してねえか?」
「父親度……確かに子育てな感じがするわね」
「今に見てなよ。あの子が成長してめっちゃ美人になったらホークの心が揺れ動くよ。絶対に!今なら3000円賭けていいよ」
「邪妖精の取り換えっ子だっけ?すごい寿命長いみたいよね……もしかしたら。いや、まさか、ね……」

「……おい。こちとら見世物じゃねえぞ!」
 じろじろと容赦のない視線と会話に苛立つホークに、覗き見をしていた一同は「きゃー!ロリコンだー!」「何か手伝えることがあったら言って」「頑張れよー!俺様たちもついてるからなー!」などと個々の台詞を残してあっという間に立ち去って行った。
「まったく。油断も隙もねえ……」
「―――――いーぐる もち あんじぇろ」
「え?」
 ガズネがぽつぽつとそれぞれの名前を呟き、ホークは驚きを露わにする。
「お、お前。他の奴らの名前も覚えたのか?」
「おぼえた 。 なに ?」
 それがどうしたのと言いたげなガズネに、ホークは言葉には言い表しにくいほどの達成感と喜びを覚えていた。
 戦いに必要な情報以外は無意識のうちに即時忘却してしまうはずのガズネが、人の名前を覚えたのだ。前までは決してできなかったことを、学習していたのだ。
 ホークは自分のことのように嬉しくなって、ぽかんとしているガズネをつい抱きしめてしまう。
「成長したなぁ……!」
「えらい ?」
「偉いぞ。すごく偉い」
「…… えへ」
 まだまだぎこちなくてはっきりはしないが、ガズネは笑うことができるようになっていた。
 普通の女の子のように、微かだけれども可愛く笑う。
 彼女の稀な笑顔を見るたびに、ホークは幸せを感じるのだ。
(後であいつらに教えてやろう。いつかガズネはあいつらにも心を開いてくれるはずだ)
 心の中でさらなる目標を立てるホークに、ガズネはちっとも痛くない頭突きをした。
「どうした?」
「いーぐる は きらい」
「……やっぱり?」
 確かにガズネは双子の兄のことが嫌いそうな予感はしていた。


 ◆


「たかのおにいさん おきがえ」
「へいへい。まさか自分から進言するようになるとはな」
「さむい から ?」
「待ってろ」
 ガズネのパジャマを脱がせて、大きめのサイズの白のセーターを着せる。
 ワンピースのようなそれは、途切れている腕と足をすっぽりと隠してくれる。
「むー ながそで 」
「さすがにこの季節に半袖はまずいだろ」
 真冬だろうが薄着で過ごしてきていたガズネからすれば、セーターは一枚でも十分厚手に感じてしまうようだ。余った袖を回して遊ぶ彼女だが、体のバランスがうまく取れず、そのままころんとひっくり返ってしまう。
「じゅうりょく はんてん なの 」
「意味がだいぶ違う気がするぞ。こら、暴れるなパンツ丸見えだぞ」
「やー」 
 ガズネの怪我は完治したが、両手両足は再生することなく欠けたままだった。
 いくら彼女が人間では無いと言っても、人間に近しい存在であることには違いが無い。一度失ってしまった物は二度と元通りには戻らない。肉体の完全なる復活は不死属性を持つ者のみが許された呪縛に等しいのだから。
 身の回りのことがほとんど行えなくなってしまったガズネの介助は現在は全てホークが行っているが、別にそれは苦ではない。ガズネが生きているだけで良いと望んだことは、紛れも無く本心なのだから。
「今度はお前も連れて行って服買いに行くか」
「かうの ?」
「せっかくだしさ。そういえば、好きな色あるか?」
 両手両足、左目の視力を失ったガズネだが、それ以外にも失った物はあった。
 一つ目は超人的な筋力。もともと魔道具で強化し補っていた力だが、枷と手足そのものを失くした為、あれほどの力は永久に発揮できないことだろう。
 二つ目は驚異の爆破能力の半分以上。力の源である両目の片方が使えなくなった今、威力は半減し攻撃範囲も狭くなってしまった。
 この二つに関しては弱肉強食的な血みどろな争いの生じない世界に生きるにおいては不必要だ。
 しかし、失った三つ目は―――――。
「あか」
「……」
 赤。
 赤色。
 炎のようで、血のように美しい色。
 ホークがガズネから赤と聞いて連想するのは―――――赤薔薇のように美麗で鋭い、不死身の怪物。
「……赤色が好きなのか」
「うん 。 あか は ふらんしす の いろ 」
 
 〝私はもう、お前を愛さない〟

 決定的な断絶を生んだ戦いの後でも、ガズネは己の四肢と左目を奪った張本人でもあるフランシスのことを全く憎悪していなかった。
 こんな姿にされても、力の大半を失くしても、それでも彼女はフランシスのことを好いていた。
 好いているが故に、フランシスを裏切った罪悪感を抱えているようだった。
「……フランシスのこと、恨んでないのかよ」
 ホークの訊ねに、ガズネは迷わず首を縦に振った。
「ふらんしす ね 。 いいひと なんだよ 。 みんな こわい こわい いうけど 。 ほんとうは とっても とっても いいひと なんだよ 。 だって はじめて ガズを みてくれた ひと だもん」
 やり方は大いに間違っており、彼女に対する扱いも非人道的で、ろくな教育をしていなかったフランシスだが―――――それでも、世界で初めてガズネを真っ直ぐ見つめ、彼女に眠る可能性を見い出してくれた者なのだ。
 歪んでいるとはいえ、彼女に愛を与えてくれたのは事実だ。誰からも嫌われ、除外され、世の中から否定されたガズネは、フランシスに救われた過去があるからこそ、こうしてここに存在している。
「だから うらんで ないよ 。 ガズ ふらんしす すき だもん ! ふらんしす は もう ガズ の こと きらいだけど 。 ガズ は ずっと フランシス すき」
「そう、か」
 あまりにも純粋で強い思いに、ホークは複雑な気持ちを抱いてしまう。
 この先おそらく、過去の記憶がガズネを傷つけることだろう。苦しめ、蝕むことだろう。
 だからこそ、フランシスを少しでも恨んでいるのならば、忘れろと言ってあげられる。
 だが、ガズネは忘れることを望んでいない。望んでいないのだ。
(やっぱり、こいつの中にはいつまでもフランシスがい続ける)
 それこそ、フランシスが最後に刻み付けた呪いなのかもしれない。肉体は解放されても、精神には深々と薔薇の棘が突き刺さっている―――――おそらく、永遠に抜けることは無い。
(俺はこいつをあいつから引き離したことには後悔していない。だが)
 こいつは本当に〝ここ〟にいることを望んでいるのだろうか。
 ずっと胸の内に引っかかっていることだが、這いずるようにホークの体によじ登ってくるガズネの言葉に、はっとさせられてしまう。

「でもね たかのおにいさん も すき」

 闇の中の、小さな光。
 ホークは確かに、あの時ガズネの悲鳴を聞いた。助けを求める声を聞いた。
 その手を取ったことを、その身を抱きしめたことを、一度だって後悔したことは無い。
 そしてガズネもまた―――――後悔していない。
 何度も後ろは振り返ってしまうけれど、今の〝居場所〟に心を許している。
 彼女の心の居場所は、ホークの元なのだ。
 だからこそホークは思うのだ―――――愛しい、と。 
 
「お前も可愛いところあるじゃねえか」
 いつだって可愛いけどさと、ホークは破顔しながらガズネを抱き上げて肩に乗せた。
 最近はここが彼女の定位置である。
「お前がもうちょい大きくなったら義手と義足も用意して、いろんな場所行くってのもありだな」
「いろんな ばしょ ?」
「旅ってやつだな」
「そうりゅう と やしろ みたいに ?」
 見知らぬ二人の名前。
 もちろんホークは知らないが、彼女が今でも敬意を表して好いているフランシスの一番の宿敵だ。
 ガズネも何度も戦っているが―――――それはまた、別の世界の別の物語。
「……知り合いか?」
「てき きらい 。 だけど 〝せいぎのみかた〟」
「正義の味方ねぇ。お前の世界にもなかなか面白いやつがいるんだな」
「たかのおにいさん 。 ガズ の せいぎのみかた ?」
「……正義かはわからねえが、いつだってお前の味方だよ」
 ホークの言葉に、ガズネは嬉しそうに表情を綻ばせた。
「ガズ ここにいても いいの?」
「いいに決まってるだろ。俺の居場所は、お前の居場所だ」
 出会いは夜の路地裏から―――――まさかここまで来るとはお互い思ってもみなかっただろう。
 それでも、数奇な運命によって、こうして二人はここにいる。
 ここにいる。ここにいるよ。
 ずっとずっと、ここにいる。 

 

 
「たかのおにいさん そばに いて」
「わかってるよ。お姫様」

 

 

 

 

 だから、共に生きよう。
 いつまでも。
 


 

 

                                               Fin

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

後書きモドキ


 よその子うちの子CP自体あまりやってこなかったジャンルですが、まさかここまではまってしまううちよそCPが到来するとは自分で思っていませんでした。
 多分創作交流では一番文字数使ったんじゃないかってくらい書いた気もします(え、そうでもない?)
 一か月半くらい?の連載になりましたが、すごい充実して楽しかったです。何よりもホクガズなる素晴らしいうちよそCPに出会えて私は幸せでした。語彙力不足を感じますがとても好きなのですハイ。今後とも布教していきたいです。
 読んでくださった方や密かにホクガズ気になってるぜ…ムニンさん宅の創作気になるぜ…と言ってくださったフォロワーさんたちに感謝を。何よりだいぶめちゃくちゃな勢いで小説書きたいですぜええ!と言った際に快く許可をくださった月華ちゃんに最大の感謝を。
 正直、この話書いたらそれなりに熱収まって落ち着くかもなーと思っていたのですが、駄目です一向にホクガズ熱冷めないのでこの先もたびたび書いてしまう気がします許して。書きたい話しいっぱいあるの許して。

 

↑ここまでがプライベッターのほうで投げた後書き

 

 サイトにまとめる際に読み返してますます何か書きたくなったので、GAIA本編進めつつ何か書けたらいいね!


  

 

 

 

 

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