ドウカ ワスレナイデ
 アイスル コトヲ
 セカイノ コトヲ
 アナタノ ユメヲ……


 

 

 

 ◆

 

 


―――――宇宙が滅べば、新たな宇宙が誕生する。

―――――前宇宙で選ばれし〝存在〟が、新宇宙の〝創造主〟として管理を任せられる。

―――――宇宙の滅亡は〝創造主〟の死。

―――――〝創造主〟こそが宇宙であり、宇宙こそ〝創造主〟である。

―――――こうして幾つもの宇宙が誕生と滅亡を繰り返した。

―――――繁栄と衰退。

―――――進化と退化。

―――――宇宙は何度でも生まれ変わり、何回でも形を成す。

――――― これは一つの宇宙の物語。

―――――59番目の宇宙の物語。
 
―――――長い長い宇宙の誕生から滅亡までの物語。

―――――宇宙の小さな惑星の物語。
 
―――――小さな惑星を愛した、不死者の物語。
 

 

 

 

 

 

 

GAIA 序章 宇宙誕生と七のイデア

 

 

 

 

 

 


 『イデアの民』は、宇宙全体においての最重要の概念である。
 生命とも物質とも表せない『イデアの民』達を、仮に〝彼ら〟と呼ぶことにする。
 〝彼ら〟は〝創造主〟が宇宙空間の次に創り出した存在であり、主に〝創造主〟に代わって宇宙の補佐的管理と監視を任されている。
 〝彼ら〟は七人おり、それぞれが個々の役割を持って宇宙中を飛び交っている。否、飛び交うなどという行動をせずとも、〝彼ら〟は宇宙のどこにでもいる。ただし、その姿は星々以外の宇宙生命は決して視認することができない。
 数多の星の幾多の生命体、文明、記録を把握する〝彼ら〟は、第二の神に相応しいほどの力を保持している。
 〝創造主〟から与えられし七つの力は、変化、改変、記録、模造、無敵、万能―――――そして不死。
 〝彼ら〟は唯一〝創造主〟が定めた生と死の秩序の輪の外におり、宇宙滅亡までは永久に衰えず朽ちない。
 七つの〝彼ら〟は七つの力を決められた通りに使用しては、宇宙の安定を保つ。宇宙に寿命が訪れるまで、変わらない永久を送る。〝彼ら〟はそれに対して何の不満も無い。〝創造主〟の元に生まれ落ちた瞬間から〝彼ら〟は『イデアの民』であり、存在意義を会得している。
 〝彼ら〟には感情が無く、知的生命体の思考力とはまるで違う視点から、宇宙を見ている。視ている。
 宇宙の平和と安泰、それだけが〝彼ら〟の生きる意味であり、仕事であり、全て。
 生まれては消え、消えては生まれていく那由多の銀河を、無量大数の過去と未来を、〝彼ら〟は看ている。観ている。
 だからこそ、〝彼ら〟の内の〝彼〟が犯してしまった罪は、宇宙の秩序に甚大な影響を及ぼし、生じた傷は未来永劫引きずられることになる。  
 たった一つの過ちが、宇宙のあらゆるモノを乱し、反し、狂わせてしまった。
 『イデアの民』は七人兄弟という仮説を立てて話を進めるのならば、〝彼〟は七番目の『イデアの民』。名前も無ければ名称も無い。ゆえに〝七番目の彼〟。〝七番〟。
 他の兄弟と同様に淡々と事務的に任務をこなしていた〝七番〟は、とある星に出会う。
 星に出会ったことで、これから〝七番〟の辿る運命は割れた合わせ鏡の先のように険しく、厳しいものになる。
 この時はまだ、誰も何も気づけていなかった。
 ここで〝七番〟と星が出会わなければ、宇宙はあんな結末を迎えることにならなかったはずなのだから。 


 ◆


 遠い遠い宇宙の彼方。
 澄んだ歌声が聞こえてくる。
 きらきらと、星の粒子が零れ落ちて、溢れ出す、音の無い音楽。
 真っ黒な空間、揺蕩う原子の洪水、完結すること無く膨張を続ける虚空は、森羅万象を支配する。
 けれど、これは違う。〝七番〟の知らない現象だった。
 訪れたのは、とある銀河。波紋を想起させる姿をした、紐のような重力に持ち上げられた星の群れ。
 その中に、〝星〟は在った。
 紅蓮の太陽に激しく照らされている生まれたばかりの〝星〟はマグマに塗れ、血のように真っ赤だった。
 生々しい様は醜悪のようでいて、必死に生きようとする健気さを余すことなく感じさせる。
 この銀河系では太陽が物理的中心であり、最も眩しい光源であるが、〝七番〟からすれば太陽の傍で圧倒的な力量差を感じながらもめげずに堪えている星こそが一番美しいと、無感情ならではの曖昧な感性の中で思ってしまった。
 脆く不安定な星は花のようで、赤色の花弁が炎のように舞い散っては吸い込まれていく。
 果てなき暗闇を飛び交う金属と岩石。衝突と合体。子を育むように、ゆっくりと、完成を待つ。
 今まで数えきれないほど惑星の誕生を観測したはずなのに、どうして自分はこんなにもこの〝星〟を気になってしまうのだろうか。
 〝星〟も、一つの生命体にすぎないというのに。
 〝星〟を見下ろし続けていると、向こうがこちらに気がついたようだった。
  
《貴方はだあれ―――――?》

 〝星〟は問いかけた。焼かれ続ける身で喋るのは少々苦しいのか、どこかか細い声だった。
 〝七番〟は決められた通りに回答する。

「宇宙の管轄者に従う者」

 すると〝星〟は驚いたのか、まぁと声を上げて微笑む。
 惑星が微笑むという表現はいささか奇妙だが、あくまで〝七番〟が見ているのは〝星〟の魂であり、〝星〟の感情の器である。

《貴方は宇宙で一番偉い方に仕えているお方なのですね》

 〝星〟は長らく待ち続けた相手にようやく会えたかのように喜ばしげに、体の表面を焼き焦がす火炎に負けないほどはっきりした声で、〝七番〟に伝える。

《どうもありがとう。〝わたし〟を生んでくれて》

「ありがとう―――――?」

 この世に存在するあらゆる物事の意味を事前に理解し、光の速さよりも瞬時に分析に移行することができる〝七番〟でも、〝星〟の感謝の言葉の意図に限っては解析することができなかった。
 分解し、再構築し、入念に探りを入れても、答えを引き出せない。

《わたしはこれから大気を創り、海を創り、大地を創り、生命を創り出すことでしょう。きっと長い時間がかかります。でも、わたしの中に生まれていく命のことを思うと、何も恐ろしくありません―――――ちゃんとうまくできるかどうかは心配ですが、ちょっぴり応援しれたら嬉しいです。まだ、〝お隣様〟は生まれてこないので……》

 〝星〟が命を育む。即ち、数多の生命の揺り籠となる。
 大抵の星は自分がこうして宇宙に誕生し、形を会得しただけで満足しきってしまうものだが、この〝星〟は極めて珍しいタイプのようだ。
 宇宙全体を見回しても、生命が生息できる環境を保てる惑星は非常に少数しかないが、〝星〟は楽園のような世界を構築していくつもりだ。
 大概、惑星に生命が形造られてしまうのは星の力の制御の誤差からだと言うのに―――――。
 星々が創造主の子供だとすれば、生命は星々の子供だ。宇宙は創造主が星を宿す宮であり、生命にとっての宮は、星だ。
 母なる宇宙と母なる星。
 この〝星〟は、自ら望んで母になろうとしている。
 異例のケースに、〝七番〟の思考回路がぐるぐると異常を訴える。
 異常だけれど、ゼロではない。これも一つの宇宙の可能性なのだと受け入れるまで、時の概念に沿うならばおよそ二秒かかった。
 
「夢を語る星―――――」

 現実ではなく夢を見ている〝星〟。
 機械的でいて事務的に作業工程通りに動く『イデアの民』や、他の星々では考えられない希望。
 感情によって動く、〝星〟がここにいる。

《夢ですか?夢はたくさんありますよ。わたしの中で皆がどんな風に育っていくのか、どんな世界が編み出されていくのか、想像するだけで楽しみです……あ、でもこれだと、夢というか願望というか……とにかく、わたしは少しでも長生きして、子供達を見守ることができればそれだけで充分幸せなのです》

「子供達―――――」

《苦難を乗り越えて、時には歪んで、それでも前向きに続く限りの生を歩んでくれたら……素敵な話だと思いませんか?わたしは宇宙にとってはちっぽけな存在ですが、小さいからこそわたしのなかの世界にたくさんの繋がりが築かれるのかもしれない。全ての子供達が仲良く……なんて、難しいかもしれませんが、ちょっとだけ期待してしまいます。だって、わたしの世界なのだから》

 そこで〝星〟は語りに熱が入ってしまったことに気づき、恥ずかしそうに抑え目の声で謝り出す。

《ごめんなさい。わたしったらまだ先のことをつい……》

「夢を語る星を見たのは、初めてだ―――――」

《え?》

  ひどく驚いたのか、星はおどおどしながら訊ねてくる。

《他の方々は夢を語らないのですか?》

「未だ夢語りの星は観測されていない―――――」

《じゃあわたしはおかしいのでしょうか……》

 自分の異常性を掘り出してしまったことに困惑と不安を覚えながらも、〝星〟は決心したように宣言する。

《いいえ、構わない。わたしは夢見ているのですから。誰にも聞こえなくても、夢のことを歌いたいのです》

 そして〝星〟は歌い出す。冷たい虚空を舞台見立てて、愛を叫ぶ。

 <世界>―――――<概念>―――――<大地><海><酸素><言葉><科学><植物><生命><動物><記憶>―――――<砂漠><深海><山脈><大河><地層><氷河><太古>―――――<歴史>―――――<時間>―――――<朝><昼><夕><夜>―――――<季節> 

 無限のパズルを組み合わせて、〝星〟は自らを構成する物質を考えては、試行錯誤。

 蒼穹の楽園。
 二度とは戻らない時間。
 地中の深淵。
 心理の迷宮。

《大切なものは目には見えないけれど、ちゃんと心で感じてもらいたい》

 真下に作用する力。
 猛毒では無い空気。
 朝の目覚め。
 昼の歩行。
 夕の哀愁。 
 夜の眠り。

《太陽さんが力を貸してくれるから、後はお隣さんが起きてくるのを待っています。寝坊助さんは太陽さんに起こしてもらわないと……お隣さんが太陽さんの光を反射させるなんてどうかしら!》

 可能性に満ち溢れた未知。
 〝星〟の出題するナゾナゾ。
 
《いつか遠い未来で私のことを解き明かそうとする子供達が現れたら、幾つものナゾナゾに頭を抱えてしまうかも!でも、簡単な問題にしたくないの。難題を解いてこその私の子!》

 慌ただしく化粧直しをする大空。
 熱くない大海原。
 あらゆる色が大好きだが、青色が一番好きだと、〝星〟は笑う。

《青色が目立つ星になりたいの!宇宙で迷子になってしまっても、すぐに場所がわかるように》

 海に浮かべる大地を作る。
 不動の船を、六つ分。

《大陸は六つと決めていたけれど、秘密の七番目の大陸が会ったらそれはそれで面白いかも!きっと皆探してくれるわ》
 
 七。
 七。
 七つの海。
 七色の虹。
 七つの希望。
 
《七は、貴方も》

「私―――――?」

《貴方がこうして見ていてくれるから、わたしは寂しくないの》

「寂しい―――――?」

《誰も孤独では無いの。誰も独りぼっちじゃない。わたしが見ているから。でも、わたしは独り。だけど貴方がいるから、落ち込んでる暇も無いのです。》

 〝星〟は監視対象として、〝七番〟はしばしの間、〝星〟と会話を交わした。
 

 〝星〟は何でも知るはずの〝七番〟が知らないことを知っていた。
 興味がわいたのは、無いはずの心か。
 それとも、あるはずのない意志からか。

 


 ◆

 


 感情。
 感情とは、いったい何なのだろう。
 嬉しさや、怒りや、悲しみや、喜びは―――――どこから来るものなのだろうか。
 愛とは、いったい何なのだろう。
 生命の根源は、創造主の元から飛び立ち、果てるまで鼓動している。
 魂は、どこにあるのだろうか。
 星の心臓。細胞や神経、幾重にも螺旋として繋がった血脈。内臓器官。外的な物質から与えられる慈悲、恵み、供給。
 解析、分析、分解、解読、理解、把握、読解、推測、計算、推理、理論、論理、哲学、回答、解答―――――弾き出せない。
 あの〝星〟が何故、「嬉しい」と笑うのか。
 あの〝星〟が何故、「幸せ」だと、唄うのか。
 星は一つの無個性な存在なのではなかったのか。
 増殖するように生まれては爆散する星は、ただの星ではなかったのか。この時間軸のこの時刻に運命を定められた、点在する点の一つに過ぎなかったのではないか。
 では、あの〝星〟は。
 あの〝星〟は、何だ。
 優しい楽園を夢見る〝星〟は。
 穏やかな理想郷を目指す〝星〟は。
 これではまるで、まるで、まるで、まるで

 創造主のようではないか。

 

 
 〝わたし〟 に ささやく あなたは だれ―――――?


《わたしはあと少しで完成します。完成したら、貴方が一番最初にわたしに立って!》

≪わたしの世界で、空の下で微笑む、貴方が見たいわ≫


 ああ、何故、離れない 
 どうして、こんなにも
 どうして
 どうして
 どうして 
 どうして
 ど―――――う―――――し―――――て

 


 〝七番〟は禁断の愛情の檻に身を落とす。


 
 ◆

 

 


 宇宙は刻一刻と、姿を変える。
 星が生まれ星が死に、星の死骸から新たな星が誕生したり、星同士の衝突で二つの星が一つに合体したりと。短い目で見れば星の生存戦争は共食いを思わせ、長い目で見れば実に円滑な生の連鎖を繰り返している。
 〝星〟は、全て知っていたのだろうか。
 〝七番〟は、何も知らなかったのかもしれない。
 宇宙がこんなにも愛に包まれ、生命にあふれていたことを。
 当たり前のことを初めて実感して、どうしようもなく叫びたくなった。
 
「私は、おかしい―――――」

 そう叫んでみると、〝星〟は心配そうに語りかけてくる。

《貴方は〝哀しい〟の?》

「かなしい―――――?」

 かなしいとは、なに。
 かなしむ―――――かなしむことが、できる?

《哀しいと、涙が出てしまうの……涙は海になって、塩辛くなるの。でも、涙があるから、皆生まれて、皆心を持つの》

 〝星〟はそう言って、〝七番〟に寄り添った。
 涙。
 そんなものは、知らない―――――はず―――――なの―――――に―――――。

 


 ◆

 

 


『ああ!何と愚かな』
『感情を会得したお前に待つのは』
『創造主が死すまで終焉の無い、幽閉と処罰』
『ココロを捨てよ』
『お前はイデアの者』
『宇宙の観測者。概念の民でしかない』

『さあ、戻れ。叛逆は許されない』

 

「嫌だ!もう戻りたくない!色の無い世界にも、何も感じない空虚な日々にも、始まりと終わりを繰り返す宇宙なんて!」

 

 破局と破綻は、〝星〟と出会ってから、何億年先の出来事だっただろうか。
 〝七番〟の異端行為を暴き出した『イデアの民』は、彼を取り囲み、言及する。
 しかし〝七番〟は恐れなかった。何も間違っていないと、自分の中に答えを出していたからだ。
 目の前で自分を敵視する兄弟達が、悲しいほど虚ろな人形に見えてしまうほど―――――〝七番〟は概念の色から外れてしまっていた。
 自分達は、何億年も何兆年も―――――ひたすら定められた事象の管轄に徹していたのかと思うと、ぞっとしてしまう。
 情も、愛も知らぬまま―――――。

「私は見たい。ただ、見たいだけだ。永遠の命の中で、有限の命の灯火を」

 終わりある生は儚くも健気だと、〝星〟は微笑んでいた。

「まだ見ぬ者に出会いたい。私は〝星〟を信じていたい」

 出会いがあれば別れもあると、〝星〟は名残惜しんでいた。

「私は愛していたい。無関心、無感動のまま宇宙に向き合いたくない」

 愛することは素晴らしいと、〝星〟は証明してくれた。
 銀河の箱庭で、虚無の楽園で、灼熱の業火に焼かれても、〝星〟は涙を集めながら、全てを許してくれる。
 創造主ではないけれども―――――世界の主。
 〝星〟は―――――感情の源だ。


「私は宇宙を愛している!〝星〟を愛している!―――――私は、心無き概念として確立されていたくない!」

 瞬間、〝七番〟の魂は六種の武器によって貫かれていた。
 血は出ない―――――肉体が無いのだから。実体が無いのだから。
 だが、因果の隅々まで抹消せしめる一撃は甚大な損傷を与え、〝七番〟は雑音と雑映の檻に雁字搦めにされていく。

 

「あ……―――――」

 

 これが、死?
 ぽつりと、思う。
 
 死とは、こんなにも、呆気の無い物なのか。

 

『ならば、お前はもうイデアの者では無い』
『創造主に反旗を翻し』
『抗い』
『否定した』
『裏切り者めが』
『お前の力を、創造主に還すのだ』


『そしてお前自身も創造主の御許で〝改善〟されよ』


 改善?
 まるで何かを愛することが大罪だと提示するように。
 感情を会得すること自体が、過ちだとでも言うのか。
 ああ、違う。
 こうして無意識に反抗してしまう時点で、〝七番〟の定型が綻びているのだ。
 『イデアの民』は、創造主に従順でなければならない。
 感情を帯びることは、許可されていない。

「なら、どうして私は……」

 改変、記録。
 二つの力がもぎ取られる。

 墜落、失墜。
 
 模造。
 引き千切られる。

 無敵、万能。
 深く抉られる。

 
 ああ!肉体など無いはずなのに!無いはずなのに!

 痛い。
 痛い。
 痛くてたまらない。
 感情があるから、感覚があるから、感触があるから、感受してしまう。
 

いやだ

いやだ

いやだ

しにたくない

しにたくない

しにたくない

し が おそろしい

しにたくない!


わたしは ずっと ここに いたい !

 

 

 


《―――――!》

 

 

 〝星〟が遥か彼方から、〝七番〟を呼ぶ。
 完成を待つのみとなった〝星〟の元へ、〝七番〟は意識を飛ばす。
 追手は宇宙の果てまで追いかけてくる。
 もう時間が無い。
 長い長い宇宙の時間の、一欠けら分しか―――――!

《待っていたの貴方を!どうしてそんなに傷ついているの?どうして貴方がそんなにも苦しまなければならないの?》

 死の間際まで追い詰められている〝七番〟に、〝星〟は心底悲しそうに声を上げる。
 今ならわかる。
 〝星〟は―――――自分の為に泣いているのだと。
 涙は、誰かの為にも、流せるのだと。

「私はもう戻れない。もう、何もできない。力は奪われて、ろくに機能しない」

 〝七番〟は激昂した。

「私は間違っていたんだ。何かを愛してはいけなかった。悲しみを知ってはいけなかった。喜びも怒りも!嬉しさも……!私は受け入れてはいけなかったんだ!愛も感情も不要で無為な欠陥でしかない!私は概念として欠落した!今こうして咆哮するのは私が狂ってしまったからだ!壊れてしまったからだ!宇宙の意思に背いた罰だ!私は転じてしまった!」

 その叫びは宇宙を揺るがすが、響くことは無い。
 誰も〝七番〟の存在を認知できないのだから。
 概念は、固定されていなければならないのだから。

「何故……何故私はここに〝在る〟んだ?宇宙はこんなにも膨大で、私は主要な成分、因子の一つであったはずなのに、今では何もかもが矮小に感じてしまう!―――――このまま私の自我なる厄介なものが崩壊すれば、宇宙は乱れ、歯車があらぬ方向へと回り出す。こんなことは望んでいなかったんだ。私は、ただ、貴方を―――――」

 愛していたいと思っただけなのに、それだけで罪なのか。
 愛を抱くことが過ちならば、出会うべきではなかったのか、知るべきではなかったのか。
 何の名前も意味も、何の存在も価値も、何もかもがわからない。 
 もう、何もわからない。

「愛したいと思ったことは、本当だったはずなのに―――――」

 ふわりと浮かんで、がくりと、魂が頽れる。
 倒れていくのは魂。なら、受け止めてくれたのは、〝星〟―――――。

《愛することは、愛を知ること。愛を知ることは、愛を受け入れること》

 愛することで、世界を知る。
 愛することで、世界は回る。

 〝星〟は、〝七番〟を抱きしめた。
 強く、強く
 貴方の愛は星の海のように。
 貴方の感情は太陽のように。


《来て―――――わたしが貴方を受け入れましょう。貴方を守りましょう。だからどうか、間違っているなんて言わないで。わたしのなかで泣いて……》

 

 駄目―――――駄目だ―――――〝私〟は―――――

 
 〝星〟の中に落ちていくのだとわかった刹那、〝七番〟は存在しえない手を伸ばした。
 宇宙が、離れていく。
 離れて、洩れ出して、消えて、消えて、消えて―――――とどかなくなる。

 

『禁忌の扉は開かれた!―――――ああ、愚かな―――――面汚しめ―――――――――――――――。』

 


 もう、何も聞こえない。
 ここは、無音の、宇宙なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――〝星〟は〝七番〟を食べて 閉じ込めて しまった 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

――――――――――――――――――――

―――――――――――――――

――――――――――

―――――

 

 ―――――愛を―――――

 

――――――――――
―――――
―――――

 

 

 

 

 


 苦しい。痛い。重い。怠い。気持ちが悪い。
 こんなにも苦しいのは何故―――――ここにまだ酸素がないから?
 こんなにも痛いのは何故―――――ここに感覚が宿ったから?
 こんなにも重いのは何故―――――ここに重力を感じるから?
 こんなにも怠いのは何故―――――ここに引力を寄せているから?
 こんなにも気持ちが悪いのは何故―――――ここに、生きているから?

 

《今はまだ隠れていて。どうか眠っていて。その時が来たら、貴方は目を覚まして。》

 

 すっと、目を、隠される。
 温かな手。
 気づかなかった。こんなにも、愛は優しいのだと。
 愛無き概念の螺旋は、あんなにも恐ろしいのだと。
 空から落ちていく。
 海に沈んでいく。
 体が溶けて、融けて、解けて、ありもしないはずの実体が分かれて、分裂して、水に混ざる。
 銀の泡。
 ここはどこ。
 私はどこ?
 〝星〟が見えない……。

 

《わたしはここよ。ここにいる。貴方の足下。わたしは空であり海。小さな生命。貴方を必ず守るから》
 

 

《アイ しています。だから、どうか―――――》

 


 どうかワスれないで
 アイすることを
 セカイのことを
 アナタのユメを

 

 

 

 

《わたしの名前は―――――

 

 

 

 

 

 

「   」

 

 

 

 


―――――暗転

 

 

 

 

 

 


 ◆

 

 

 

 

 


極半径 6 356.752 314 km

表面積 5.100 656×108 km2

体積 1.083 207×1012 km3

質量 5.972×1024 kg、5.972 6 ×1024 kg


 遠い未来に導き出された 母の大きさ

 理解できない奇妙な数字の下に、生まれ出る

 太陽の元に

 物理的性質の 奈落

 ゆっくり ゆっくり 公転する

 青い 惑星 青い 涙 

 

 


 随分と長い間、眠っていたような気がする。
 夢も見ないほど、深い深い闇の底で。星に抱かれるように、意識が流星のようにどこかへと流れ落ちて、様々なモノを見聞きした。
 

 おはよう。はじめまして。こんにちは。愛する世界。愛される世界―――――
 ずっとずっと、待っていた。

 産声を上げる惑星。常時熱波を噴き上げて、豪雨が襲えば凍りつき、生命の元が溢れ出す。
 そして生まれる大海と大地。
 無限に、無数に誕生する物語。歴史。記憶。最初は何もかもが泡のように小規模で、恒星のように命の光を燃やしていた。
 世界の中で展開される宇宙。気の遠くなるような時間の中で少しずつ進化していく。不変は無い。変化。夢から覚めるように形成されていく現実。喚起するエネルギー。呼応する鼓動。生と死の輪の中。尊きモノが踊り出す。少しずつ。確実に。ずっと。ずっと。いつも。いつまでも。こうして。ここに。存在する。愛。生。死。命。かけがえのないモノ。現れては消えていくモノ。生まれては死に。死には生まれて。循環。永遠の約束。輪廻の調。
 〝地球〟は、ここに在る。〝地球〟は生きている。この地に生を持った全ての魂を抱きしめて、万物に慈悲を注いで、脅威から愛する子供達を守り続ける。
 だから、見守ろう。私は見守ろう。〝地球〟が最後の時を迎えるまで、息絶える瞬間まで、寄り添い続けよう。
 できることならば永遠に、いつまでも、共に在ろう。

 


「大好きよ!」―――――例えばそれは、花の似合う可憐な姫君。

 

「私は、それでも信じよう。さあ、ここから抜け出したら、お前の話を聞かせてくれ」―――――例えばそれは、世の行く末を案じる金の剣士
 
「さようなら。わたしの―――――」―――――例えばそれは、世界の終焉を見据える黒い薔薇の魔女。

 

「僕は、それでも行かなくちゃいけないんだ」―――――例えばそれは、思いだけを頼りに歩み続けるカラクリの少年。

 

「もういいよ。だって、アナタもウチも生きてるもん。それだけでいいじゃん。死んじゃ嫌だよ」―――――例えばそれは、凍てついた大地に希望を見い出す子狐。

 

「お前は私が守る。命に代えてでも」―――――例えばそれは、愛する者を守ると決心した炎の黒竜
 

「わたしはここにいます。ここに、いるよ」―――――例えばそれは、人間であることを誇りに思う黄昏の聖女
 
「一番に愛さないと駄目なのだ!駄目なのだ!そうじゃないとワタシ、全部ぶっ壊す」―――――例えばそれは、愛を求めて嘆き続ける蛇の化け物

 

「ずっと一緒にいれたらいいのに」「どうしてこんなことに?」―――――例えばそれは、裏切りと苦悩に身を焼かれた双子の魔法使い。

 

「俺は絶対に勝つ!皆を守るのは、勇者の役目ってもんだろ!」―――――例えばそれは、全てを守ると誓った竜人の拳士。

 

「私は間違っていない!間違っているならば、血塗られた剣を握っていない!」―――――例えばそれは、修羅に身を堕とした剣客の娘
 
「きらわないで」―――――例えばそれは、殺すことと壊すことしか知らない爆弾の幼女
 
「聞こえるよ。貴方達の声。だから、心配しないで」―――――例えばそれは、居場所無き声を救済する道具使い
 
「アタシだってやればできるってことを教えてあげる!」―――――例えばそれは、正義を意味を探す少女
 
「この世に解けない謎は無い。あるとすれば、それは未来で開く宝箱です」―――――例えばそれは、未知なる理論と謎を改名する黒猫
 
「ぼくは、それでも、きみを―――――」―――――例えばそれは、星を愛した未来の民。
 
「ほんとうのしあわせはどこにあるの?ここにあるの?みつけなくちゃ!あいしているのよ」―――――例えばそれは、永遠の鍵を持つ星の子。

 

「ダイジョウブ ダヨ ! ボク ハ ズット ズット ココニイルモン ! ダカラ ヒトリボッチ ジャナイヨ !」―――――例えば、血と肉を分けた水の子。


 全ては水から生まれた。
 ただ一つ、違いものもあるけれど。
 遠い遠い未来、長い長い時間をかけて、巡り会う者。
 繁栄と衰退、進化と退化、発展しては衰え、生まれては消え、尊く切ない、愛おしくか弱い、奇跡を創り出そう。
 巨大な宇宙の中の、小さな小さな世界で、生きていこう。
 これからも、宇宙が終わるまで、命が尽きるまで、全てが無に帰すまで、歌い続けよう、踊り続けよう。
 
 さあ、始めよう。

 

 〝地球〟の物語を―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

        ―――――永遠に死なない、一人の魂の物語を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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