「ありがとう」

 

※ドロシアの愛をいっぱい詰めました

 

―――――

 

 ドロシア・ソーサレスは絵画の魔女です。
 魔女だけれど一枚の絵画でもあります。 
 見た者全ての心を惹かせる、とてもとても美しい絵画です。
 前まではずっと独りぼっちで悲しみに沈んでいました。
 指の数だけでは到底足りないほどの遠い昔に描かれた彼女は、人々から忘れ去られてしまっていたのです。
 誰も彼女を見てくれない日々が永遠のように続いていたとか。
 だけど今はデデデ城の人気のある場所に飾られています。
 彼女が引き起こしたとある大事件をきっかけに、彼女は星の戦士カービィに連れられてプププランドにやってきたのです。
 そして事情を知ったプププランドの王様が彼女を引き取り、たくさんの人に見てもらえるような場所に飾ってくれたのです。
 だから彼女はもう独りではありません。
 これはそんなドロシアのお話です。
 心地良いそよ風が吹く、温かな春の日のお話です。


 ◆


―――――こんにちは!こんにちは!

 それはまだまだ眠たい朝のこと。
 おしゃれな三角帽子を被った女の子が元気いっぱいに挨拶をしてきました。
 箒に乗って宙をに浮かんでいるので、まさに魔女と言う呼び名に相応しい出で立ちをしています。
 ドロシアとはまた少し違った様子の魔女です。
 窓から入ってきたのでしょう。少し古びた窓が開いて、穏やかな風が室内へと流れていきます。

―――――あら、時計はもうそんなに傾いてしまっていたの?

 ドロシアは額縁の中で声がした方を向いて、ちょっとだけきょとんとします。
 この部屋には時計が無いけれども、今が朝であることくらいはわかります。外から漏れてくる光は朝日。人々を夢から覚ませ、新しい日が来たことを告げる輝きです。

―――――ああ、間違えた。僕ちんの体内時計おかしいのかな

―――――ふふ、それじゃあもう一度お願いしてもいい?

―――――喜んで。今日の僕ちんはご機嫌なんだ

 にんまりと破顔する魔女の女の子は、箒の上で得意げに指を鳴らしました。
 それから陽気に

―――――おはよう!おはよう!

 本当の朝の挨拶をしました。

―――――おはよう。でも、どうして二回おはようと言うの?

 ドロシアが素朴な疑問を投げると、魔女の女の子は両手を大きく広げて言うのです。

―――――一回目は貴女への分。二回目は僕ちんの分だから!

―――――一緒にしないの?

―――――贈る言葉を一つにまとめるのはあんまり好きじゃないんだ。

―――――それじゃあ貴女はたくさんの人に挨拶する時、人数分の挨拶を言うの?

 すると魔女の女の子は困ったように、うーんと唸ります。

―――――それはちょっと……疲れちゃうかも……。

―――――ふふふ。口は一つしかないもの。それよりも、何か用があってここに来たの?

―――――特に用事は無いよ。たまたまこの星の近くを通ったから寄っただけ。この星は田舎だけど空気と食べ物は美味しいからね~。

―――――それじゃあ貴女は旅人さんなのね。

―――――まぁ、そんな感じかな。ところで不思議な絵画さん。そんなところで退屈じゃない?

 魔女の女の子がそう訊ねると、ドロシアは  

―――――そんなことないわ。逆にここではあまり退屈できないの。今は朝だからまだ皆眠っているだけ。

 絵の中でにこりと微笑んで答えました。

―――――それじゃあ絵画さんは早起きだね。

―――――貴女もね。可愛い魔女さん。

―――――わわわ。可愛い魔女だなんて、それを言ったら貴女もそうじゃん。あ、でも可愛いというよりは綺麗って感じ?僕ちんよくわからないなぁ。

―――――ありがとう。

 照れくさそうに笑む魔女の女の子は、頬をわずかに赤く染めます。

―――――まだ名乗ってなかったね。僕ちんはグリル!絵画さんは?

―――――私はドロシア。

 二人は自己紹介をしました。

―――――ドロシアちんって呼んでいい?

―――――いいわよ。これがあだ名?

―――――あだ名だね。僕ちんはこう呼ぶのが一番呼びやすいんだ。

―――――あだ名をもらうのは初めてだわ。嬉しい。

―――――そ、そうなの?だったらもっとすごいやつつければよかったかな……。

―――――こだわらなくても構わないのよ。

 ドロシアは楽しげに笑いました。
 グリルもそれに続いて笑います。

―――――ねぇグリル。

 ドロシアは唐突に、恥ずかしそうにもじもじしながら、少しだけ不安そうに言うのです。

―――――もしよかったら、私と、友達になってくれないかしら?

 グリルはその言葉にちょっとだけ驚きますが、すぐに明るい花のような笑顔で

―――――僕ちんが僕ちんの名前を教えた人は、皆もう友達だよ!

 自信満々に宣言しました。
 するとドロシアは嬉しくなって、顔をほころばせるのです。
 心から幸せそうに、今の時間の全てを祝福するかのように。

―――――ありがとう。

 それから二人はお喋りをします。
 グリルの旅のお話だったり、ドロシアの絵のお話だったり、とにかくたくさんお話をしました。
 昼が近づいてグリルが再び旅立つまでの間、ずっと二人は笑い合っていました。
 ドロシアは楽しさで胸がいっぱいでした。グリルもまた愉快でした。
 だから二人は幸せでした。幸せに満ち溢れていました。
 
―――――バイバイドロシア。また会おうね!

―――――さよならグリル。また会いましょう。


 ◆


―――――ヘイヘイヘーイ!

 それはそろそろお昼ごはんを食べるに丁度良い昼のこと。
 たくさんお話をして少しだけ疲れたドロシアがうとうとしていると、可愛らしい声が彼女を呼びかけました。

―――――だぁれ?
 
 夢現なドロシアが細まった目でじっと声がした方を見据えると、そこには赤と青のピエロハットを被った男の子がいつの間にか立っていました。
 大きくて真ん丸な瞳。ちょっと捻くれた雰囲気。ドロシアはこの子を知っていました。

―――――こんにちは。マルク。こんな時間にどうしたの?

―――――こんにちは。ドロシアこそこんな時間まで寝てたの?
 
―――――違うわ。さっきまでお客さんが来ていて、お話をしたら少し疲れてしまったの。

―――――それはさぞかし退屈な話ばかりする客だったんだろうね。

 同情するような視線を送るマルクに、ドロシアは身を振って違う違うと言います。

―――――とても楽しいお話をしたから疲れてしまったの。面白い話をたくさん聞けたから、きっとたくさんの情報がいっぱいになってしまったの。

―――――ふぅん。それはそれはご苦労様なのサ。

 呆れたような表情で、素っ気なくマルクは言いました。

―――――今日の貴方は何かの用事?

―――――まぁそんな感じなのサ。コレ。

 マルクはどこからともなく一枚の真っ白な便箋を出しました。中には手紙が入っているのでしょう。

―――――お手紙?誰宛ての?

―――――自称大王様にだってサ。まったく、何でボクが届けに来なくちゃいけないのサ……。

 ぶつぶつと心底嫌そうに毒づくマルクに、ドロシアはとても感心したようでした。

―――――あら。マルクが頼まれ事を守るなんて珍しい。今日はもしかして雨?

―――――……残念ながら今日は晴れ空だけど。

―――――ふふ、冗談よ。そういえばマルク。さっきコックのワドルディさんが言ってたけど、お菓子をたくさん作っているみたいよ。

 最後の言葉に反応したのでしょう、マルクは一瞬だけ目を見開きました。

―――――どんなお菓子?

―――――紅茶のパウンドケーキにクッキー!美味しい紅茶の葉が見つかったみたいよ。

―――――たくさん?

―――――たくさんみたいよ。

―――――ふーん……。
 
 気分がかなり上々したのか、にんまりしながらマルクは悪だくみをし始めていました。
 彼は悪だくみが得意なのです。それが災いして大変なことを仕出かしてしまったことがありますが、やっぱりそれでも悪戯はやめられないようです。

―――――マルク。

―――――何サ。悪いことは考えるなって?

―――――食べ過ぎたらお夕飯が食べれなくなって、お腹も痛くなってしまうからほどほどにね。

―――――それかよ!?

 少々天然なのでしょうか、はてなとクエスチョンマークを浮かべるドロシアは純粋そのものでした。
 おかげでマルクは毒一つ吐けなくなってしまい、やれやれと溜息をつきました。

―――――お前はボクのお母さんかよ……。

―――――どうかしたの?

―――――なんでもないのサー。

 それからマルクはすぐに部屋から出て行ってしまいました。
 手紙をデデデ大王に渡しに行くためでしょう。
 ドロシアはそんなマルクの後姿を微笑ましげに見送りました。
 ドロシアは優しい心で胸がいっぱいでした。マルクもまた上機嫌でした。
 だから二人は幸せでした。幸せに満ち溢れていました。
 
―――――じゃあね。ドロシア。また今度。

―――――ええ。また今度。


 ◆


―――――よう。ドロシア。

 それは太陽が一際美しい夕暮れのこと。
 室内に差し込む茜色の夕陽を眺めているドロシアの元に、堂々とした足取りで一人の男がやってきました。
 
―――――こんにちは。いえ、こんばんは?大王様。

―――――どっちでもいいだろ。中途半端な時間なんだからどっちだろうが問題なさそうだしな。

 赤色のガウンを着たデデデ大王は、快活そうな笑顔をドロシアに見せました。

―――――今日の夕日はいつも以上に綺麗よ。

 窓の向こうに広がる赤色の幻想的な世界をうっとりと見ながら、ドロシアは言います。

―――――そうか?昨日もこんな感じだったような気がするが……お前が言うなら違うんだろうな。

―――――毎日、少しだけ変化があるの。同じ日がやってこないように。

―――――そうなのか?

―――――多分、そうなの。

―――――そうか。

―――――……ふふふ。

 突然ドロシアが笑い出したので、デデデは吃驚して動揺してしまいました。

―――――な、何がおかしいんだ。

―――――何でもないわ。ふふふ……。

 心の中でちょっぴりと、大王様は難しいことはあまり考えない人なんだなぁとドロシアは思っていました。

―――――そういえばマルクのやつから手紙を届けられてよ。

―――――あら。

―――――フロラルドの花の木が満開らしく、他の花もたくさん咲いてるらしいから見に来いってさ。

 浮遊大陸フロラルドはたくさんの花々が咲く地です。
 前にデデデやカービィはそこである事件を解決したらしいですが、ドロシアは詳しくは知りません。
 ただ、フロラルドの人々とプププランドの人々はとても友好的であるということは把握しています。

―――――それは素敵ね。どちら様から?

―――――タランザってやつだ。知ってるか?

―――――前にカービィがお話してくれたことがあるわ。女王様思いの優しい方だと。

―――――ん~まぁ、女王思い過ぎてちょっと心配になるところもあるけどな。

―――――女王様もご一緒に?

―――――そうだな。最近のアイツは前に比べたらずっと丸くなってるみたいだし、ちゃんと話せたらいいんだけどよ。

―――――花……。私もいつか見に行きた……

 そこまで言って、ドロシアははっと口をつぐみました。そして気まずげに俯いてしまいます。
 そんな彼女にデデデはおいおいと言いたげに

―――――お前も見に来ればいいじゃねえか。気を使う必要なんてないんだぜ?

 と、肩を竦めました。
 しかしドロシアは後ろめたそうに

―――――でも、私はここから出られないし……。

 内側から自身を囲う額縁を見つめました。
 ドロシアは絵画です。それゆえに外に出ることができません。
 外の景色を見ることや人に話しかけることはできても、直接的な干渉は行えないのです。

―――――おいおい、だったら俺様が連れて行ってやるよ。額縁ごと持ってくなんて容易いことだ。

―――――え……。

―――――そうしたらお前に描いてもらいたいな。フロラルドの花の絵!タランザとかも喜ぶと思うぜ。

 何て事の無いように言ってのけるデデデ大王に狼狽しながらも、ドロシアは胸の内に集まる温かな気持ちをそのまま声に変換しました。

―――――ありがとう。

 ありがとう。ありがとう。 
 何度でも言えそうでした。何度でも言いたくなりました。
 
―――――俺様はなんてったって大王だからな!お前の頼みくらいきいてやれるぜ。

 それから二人は夕焼けを観賞しながらお話をしました。
 フロラルドの花は色が派手だとか、マルクが厨房のお菓子をいっぱい食べて行ってしまったのだとか。他愛のないお話だけれども、優しい愛のあるお話をしました。
 ドロシアは期待で胸がいっぱいでした、デデデ大王もまた満足そうでした。
 だから二人は幸せでした。幸せに満ち溢れていました。

―――――今夜の星はきっと良いもんになりそうだな。またな。

―――――楽しみにしているわ。また明日。


 ◆


―――――こんばんは。ドロシア。

 それは人々が眠たくなる夜のこと。
 夜空には数えるのを諦めるほどたくさんの星々が、個々の光を持って瞬いています。
 数多の星々は宝石の粒のようで、闇色の絨毯に散りばめられているかのようです。
 手が届きそうで届かない。もどかしくも美しい距離感で星と月は大地を照らしていました。
 彼は星が良く似合う子だと、ドロシアは思っています。
 何故なら彼は星の戦士なのですから。星を守る、心優しき勇者なのですから。

―――――こんばんは。カービィ。

―――――この部屋の窓は空がはっきりと見えていいね!

 カービィがはしゃぎながら窓の外に広がる景色を一望します。
 神秘的な月夜に、城下町の灯り。空も大地も一つの宇宙のようです。
 ドロシアが飾られている部屋は城の中で一番長めがいい場所なのです。デデデ大王がドロシアのために配慮してくれたのです。大王自身の口からは語られていませんが、ドロシアはそれにとても感謝しています。

―――――ぼくの家も屋根が無ければいいんだけどね。

―――――雨が降ったら大変よ。

―――――そうしたら屋根を作ればいいよ!

―――――ふふ、天気予報をちゃんと見てないとね。

 星明りを浴びながら、カービィは眠たげにあくびを一つします。

―――――眠いの?お家に帰らなくて大丈夫なの?

―――――大丈夫。今日はここに泊まろうと思うんだ。いい?

 急なお泊りだったけれど、ドロシアには断る理由が無かった。

―――――いいわよ。でもカービィここにはベッドが無いわ。

―――――大丈夫。大丈夫。

 カービィは室内に置かれているソファに飛び乗って、その上にあるクッションを手にしてドロシアの元に戻ってきました。 

―――――今日はここで寝る~。

 大きめのクッションに身を乗せて、カービィはにっこりします。

―――――風邪ひかない?

 心配そうなドロシアに、カービィはもう春で温かいから全然平気と言います。
 春とは言っても冷えれば風邪をひいてしまいます。
 そこでドロシアは毛布を一枚描いて、それをふわりとカービィに被せてあげました。

―――――わぁ、ありがとう!

 温かな毛布にくるまって、カービィは気持ちよさそうです。

―――――他に足りないものは無い?

―――――無いよ~。ドロシアはすごいね。何でも描けちゃうんだもん。

 月の光は優しく室内に注がれます。
 まるで砂のようです。煌めく星と月の欠片のようです。

―――――ねぇ、カービィ。

―――――なに?

―――――私はここに来て、貴方に助けられて、たくさん救われた。 

 ドロシアは絵画の魔女です。
 寂しさと憎しみに囚われ、かつて暴走したカービィの敵です。
 対立し、戦い、救い救われた関係です。
 こうしてカービィと共に入れることが奇跡のようなのです。

―――――たくさん友達もできたわ。誰かとお話することがあんなにも楽しいとは思っていなかったわ。知らないこともたくさん知れた。毎日毎日幸せ。とても幸せで満たされてる。

 だけど、と
 ドロシアは続けました。

―――――もしもこの幸せがなくなってしまったらって、嫌なことを思ってしまうの。もしも、明日が来なかったら。朝が来なかったら。夜が迎えられなかったら。この幸福がなくなってしまったら……。
 
 当たり前のように太陽が昇らなくて、当たり前のように太陽が沈まなければ。幸せも一緒に消えてしまうのでしょうか。
 不安そうなドロシアに、カービィは微笑みます。

―――――大丈夫。大丈夫だよ。

 とてもとても慈悲深く素直で、星の光のようにまっすぐな声でした。

―――――大丈夫だからね、ドロシア。そんなことはないから。失うものなんてないから。もしもそんな時が来ても、ぼくや皆で守ってあげるから。悪い夢なんてぼくが食べちゃうから。安心して。

 夜の光の中で笑うカービィに安心しながら、ドロシアもまた瞳を潤ませて笑いました。

―――――ありがとう。

 何度目のありがとうでしょう。
 ドロシアはたくさんの人にありがとうと言いました。
 優しい言葉。
 たくさんの感謝を。
 数多のお礼を。
 ありがとう。
 自然に心の内から零れる言葉。
 この言葉を言うたびに、胸がいっぱいになっています。心がいっぱいになっています。
 誰かに捧げる、ありがとう。
 今まで感謝した全ての人に捧げる、ありがとう。

―――――ありがとう……。

 そしてカービィはこう返しました。

 


―――――どういたしまして!

 

 

 

  ◆

 

―――――皆、またねって言ってくれるの。また明日ね、また今度ねって。また私に会いに来てくれるのかしら。

―――――きっと会いに来てくれるよ。ほら、明日は必ずやってくるんだから。明日は明日の風が吹くよ。

―――――そうね……。

―――――ぼく、なんだか眠いや。そろそろ寝るね。

―――――ええ。おやすみなさいカービィ。

―――――おやすみドロシア

 

 


 おやすみなさい。良い夢を。
 おやすみなさい。今日の幸せ。
 
 

 

―――――また明日ね!

 


 次に目を開けたら、初めまして。
 初めまして―――――世界。

 

 

 

 

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