いつまでも永遠に

 

※バレル×スカーレットは流行るべきだと思うのです

 

 

―――――

 

 

―――――思いは、変わらなければ永遠に忘れない

―――――それがたとえ、悲しみの涙と一緒でも


☆ ★


 小さな水滴が蒼い水面に跳ねて、波紋を作る。
 その波紋は目に見えて広がり、いつまでもどこまでも水の上を流れていく。
 それは―――――海。
 やけに色素の薄い海。
 鏡のように自分の顔さえはっきりと映せてしまえそうなほど澄んだ海。
 実際に水面には大きな白い雲が泳いでいる。
 見上げれば海とほとんど同じ色をした天空。
 白色の入道雲がそんな世界を飾りたてるように、風に乗ってどこかへ旅する。
 海と空。
 対極で近しい存在。
 どちらとも蒼く、時に暗く。
 それこそ鏡のように、姿を映す。

『あなた』

 誰かの声が聞こえた。
 優しいそよ風のようなソプラノの声音。

『わたしは、海が好きです』

 その言葉に波紋がまた生まれ、虚空を駆ける。

『何よりも、海に出ているあなたが大好きなんです』

 心地よい笑い声は、水に吸い込まれることなく凛として柔らかに響く。

『だから、わたしはいつまでもあなたを待つことができます』

 空と海は同色で、どこまでが海でどこまでが空なのか、まったくわからなくなってしまう。
 映る雲が水面にくっきりと形を映しているので、まるで空を飛んでいるような気分にさえ陥る。
 神秘的な光景は、やっぱりどこか現実味がなかった。
 
『あなたが帰ってくるたびに話してくれる海の話が。とても楽しみなんですから』

 いつか―――――こんなふうな笑顔を向けられたことがあった。
 向日葵のような可憐で、美しい表情を見せてくれたことがあった。
 誰に?―――――〝彼女〟に。

『またいつか……お話してください。今度はあなたがした冒険のお話を―――――たくさんしてくださいね』

 波が幾重にも輪の模様を刻んでいく。
 それは水面だけにとどまらず、空にも生じる。


『待っています――――――――――バレル』

 やがて視界全てが波に飲まれ包まれ―――――何も見えなくなった。
 最後のその瞬間まで、〝彼女〟の微笑が脳裏に焼き付き―――――愛しい思いでいっぱいになった。


☆ ★

 

 トロピコアイランド周辺の海域は、今日も荒れ模様……ということはなく至ってのどかなご様子。
 晴れ空は青く、小さな雲や大きな雲がそれこそ魚のように海流という名の風に乗って、自由に遊んでいる。
 大海の真っただ中を、たった一隻の船が悠々と波を切って進んでいた。
 漆黒とまではいかないがかなりの暗色の色の、そこそこ大きな船である。
 ただ黒いだけならいいが、問題はその船のあまりの古さだった。
 帆船であることから巨大な帆が取り付けられているが、大嵐の影響をモロに受けてしまった後のようにズタボロ。
 甲板などもかなり傷んでおり、マストなどにも少なからずの損傷。
 今にも沈没してしまいそうなほど年季の入った船は、はたから見れば〝亡霊船〟のようである。
 ―――――本当に亡霊船なのだが。
 そんなボロ船もとい、かつてこの海域を暴れまわった海賊団の要塞ブラックスカル号は、今日もまた海上を推進していた。 


―――――カチッ


 スイッチの入る音と共に、とある円形の機械のライト部分がパッと点滅した。


カチッカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ……


 甲板付近からそんな眩しい光がカメラのフラッシュのごとく連続して発される。
 いったいなんの意図が合ってそんなことをしているのかは見当がつかないが―――――とにかく高級そうな帽子を被った紫色の髪を持つ若者、マルコはやけに真剣そうに、何故か送受信機を操作していた。
 操作と言ってもでたらめであり、機械式スイッチの接点を意味もなく指先で連打している。
 
「……おい」

 後ろから声をかけられたが、マルコは気づいていないらしく依然として電鍵から手を離さない。

「おい」

 再度同じ言葉が背中にかかるが、それでもマルコはピクリとも反応しない。

「おい!マルコ!さっきから何をしている!?」

「うわあああぁぁ!?」

 痺れを切らしたのか荒っぽい怒鳴り声をあげると、さすがのマルコも気が付いたのか驚いて飛び上がる。

「な、なななな、なんだい!いきなりなんだいバレル君!しししし心臓が飛び出るかと思ったじゃないか!」

 マルコはバクバクと激しく脈打つ胸を押さえ、汗を浮かべて自分を怒鳴った張本人―――――バレルのほうを振り返る。
 バレルと呼ばれた初老のボム兵は、そんなマルコをぎろりと睨みつけている。
 かなり怖い。
 
「何をしている、と聞いた」

「え?い、いや~その~あの~この~?」

「とぼけるな!この馬鹿者!せっかくの送受信機が壊れるっ!仮にもお前は貿易商だろ!?者は丁寧に扱え!」

「えぇ~?え~……え~」

「ちゃんと言葉をしゃべれ!」
 

『さっきからチカチカチカチカチカチカチカチカ眩しいと思ったらなんだ?そのヘンテコなやつ使ってたのかよ手前ら』

 その場に突如、この船の持ち主であり船長のコルテスが疾風の中から現れた。
 骸骨船長は相変わらず恐ろしい覇気と外見ではあったが、マルコたちにとってはもはや慣れたもの。
 マルコがぎょっとしたのは、いきなり登場したからであろう。 
 
『おいマルコぉ……バレル怒鳴らせるたぁ相当やべえことやらかしたんだなぁオイ。この落とし前はどうつけるんだぁ?』

「こっ、怖いこと言わないでくれよ……ワタシはただこれの性能を試していただけで……」

「ろくに信号を理解していないお前に試されたくなどないわい」

『ついに今日こそ手前を海に突き落とせる日が来たな……ケケケ』

 楽しそうに笑んで、コルテスはどこからともなく大振りの太刀を抜刀する。
 マルコたちから見たらとても大きな銀の刃が、太陽の光を反射してきらめく。
 コルテスはその得物を手の内で器用にクルクルと小型ナイフのように回し、それから柄を握る。

『あ~丁度暇だったから丁度いい。本当に丁度いいな』

「え!?ちょ!ちょっとやめたまえ!!」

 コルテスはそのままそのまま剣先をマルコの上着の襟に引っかけ、そのまま持ち上げる。
 文字通りマルコは宙吊り状態になり、自分の体重分の重力の負担がかかる。

「ぎゃあああぁぁ!やめてくれちょっと待ってよコルテス君!!首が絞まる前に首が抜ける!首があああぁ」

『首が抜ける?初耳だなそんな言葉。かははははは!』

(相当退屈だったんだなコルテスは……)

 退屈のうっ憤を発散でもしたいのだろうか、コルテスは結構楽しそうだった。
  
「そのへんにしておけコルテス。お前の力の加減によってはマルコはあっさりと死ぬぞ」

『だからすぐ死ぬやつってつまらないんだよな』

「ちょっとちょっとぉ!?すぐ死なない人なんて君だけだろ!?いいから下ろしてくれよ!あれで少し遊びたかっただけなんだワタシは!」

『おいバレル。こいつ吐いたぜ。自分の悪事を吐いたぜ』

「ふむ、海に投げ込むか」

「やめてくださいません!?シニタクナインデスケドぉ!?」

「冗談だ。下ろしてやれ」

 コルテスはそのまま海にマルコを投げ入れず、甲板に下ろした。
 着地したマルコは実に嫌そうに「まったくもう」と呟く。

「ワタシがああして使ってあげなければ、あの送受信機は埃をかぶってしまうぞ!せっかくワタシが前に掘り出し物で見つけてあげたというのに……」

『別に頼んでねえし、あんな厄介なもの使いにくくてしょうがねえよ。それにそもそも使う時がないじゃねえかよ。こんなところを移動しているのはオレ達ぐらいだぜ?』

「確かにな」
 
「でもやっぱり船にはああいうものがなければなんかその……雰囲気がね!」

『オレの船をオレがどうしようとオレの勝手だろ』

 送受信機。
 船同士が遠隔で連絡を取り合ったりメッセージを送れる装置。
 遅れるといってもそれは文字や言語という文章式ではなく、光。
 電鍵を手動で動かして、モールス信号を送るのだ。
 
 バレルはもちろん送受信機が扱える。
 だけどもコルテスは使わない。
 使えないわけではなく使わないのだ。
 何故なら彼が全盛期で海に出ていたころにはこんな機械は存在していなかった。
 最新の機器をあまり使いたがらないコルテスは、そもそも触ろうともしない。
 信号は昔からあったらしく、少しだけ間隔などが違うものの一応は理解している。
 ちなみにマルコも機械の使い方は知っているが信号の意味は一切把握していない。

 そもそもこの海域にはあまり船が通らない。
 そのため使い時というものがないのだ。

「このまま使わないのはもったいない!もったいない!ワタシがじきじきにあげたものを使わないなんて罰当たりだぞ!」

『じゃあそれ分解して灯りとして生まれ変わらそうぜ』

「それは駄目だあああぁ!よくないいくない!」

「でもやはり使わないのはもったいないな……」

「でしょう!?」

『でもいつ使うんだ?使い道ねえだろそれ』

「むむむ……前はよく使っていたんだがな」

『前?……あぁなるほど。手前は前までは自分の船で航海してたんだったな』

「あれ?今はその船は?」

 マルコの純粋な質問に、バレルはわずかに表情に影を落とした。

「売ったんだ」

「え……あ、あ?……あっ!」

 その言葉の意図を掴んだマルコははっとする。
 そして申し訳なさをあらわにした。

「……すまない」

「なに、もう過ぎたことだ」

 バレルが己の船を売り、海にでなくなった理由。
 それは最愛の妻、スカーレットを失ったことが関わっている。
 つねに航海に出ていたバレルは、病に伏せてしまったスカーレットのことに気づけず、そのまま最後を見送ることさえかなわなかった。
 バレルは「自分が船乗りだったからスカーレットは死んでしまった」と自分をひどく攻め、二度と海に出ないという自らに枷をかけた。
 そこに髭の男……マリオがやってきた。
 彼のおかげで、バレルは今もこうして船乗りとして生きていられるのである。

 過去の絶望とはもう縁を切っているが―――――それでもまだ、スカーレットの死を受け止めきれていないところがあるのかもしれない。
 彼女との思い出を思い出すたびに、スカーレットはもうこの世界のどこにもいないということを再認識させられてしまうのだから。

「……どうする?これ」

『だから分解しようぜ』

「分解はやめてくれ!使わないのなら……ワタシが持って帰っちゃうぞ!」

 バレルは―――――ふと、昔のことを思い出していた。

 あれは、いつのことだっただろうか。
 出航するときに港まで見送りに来てくれたスカーレットに、送受信機でメッセージを送ったことがあった。
 まだまだ若かったころだから、ちょっとした悪戯気分だったのだろう。
 スカーレットはモールスがわからないので、内容を把握はできていなかったに違いない。
 それでも―――――あの時は、素直な思いを伝えていたような気がする。

『―――――お?』

「あれ?バレル君?」

 バレルは送受信機を持った。
 突然のことでコルテスとマルコはぽかんとしている。


(スカーレットは―――――こんな青い空と海が好きだった)


 目裏に浮かぶ、最愛の妻の姿。
 
 いつの日かそれは幻想となった。
 夢のように美しい世界で、スカーレットは立っている。
 空と海が同じ色で、そこまでも澄み渡っている美しい世界で。

 何の気まぐれか―――――バレルはスイッチを動かした。

 光。

 遠距離からでも確認できるくらいの、強烈な光源。

 それがしばらくの間繋がって、瞬く。

 もちろん近くに船はない。

 船に伝えたのではない。


 ―――――スカーレットに向けて。


『……!』

 コルテスはバレルがいったいどんな言葉を打ったのか、わかってしまった。
 
「?」

 マルコは不思議そうに首を傾げてバレルの後姿を見ている。


カチリ。

 一通り打ち終えたバレルは、それから手を離してふっと空を仰ぎ見た。


 澄んだ、空。

 

〝お土産話を、待ってますね〟


 どこからかそんな声が聞こえたような気がした。
 バレルはそれに応えるべく満足そうに微笑んで。


(もちろん)


 と心の中でメッセージを送った。

 

☆ ★

 

 バレルが船内に戻ってから数秒後。

「コルテス君」

『なんだクズマルコ』

「クズとはなんだい!クズとは!―――――ごほんっ……さっきバレル君は、いったいなににメッセージを送ってたんだ?」

『……』

「コルテス君ならわかるんだろ?」

『……』

「もしもし~?コルテス君~?」

『―――――クズには教えねえよ』

 そう言い残して、コルテスは魔法の風に包まれてその場から消え失せた。

「だ……だからクズとはなんだい!!口のきき方がなってないぞぉ!」

 マルコの憤りの声が、誰もいなくなった甲板に響く。

『……まったくどいつもこいつも』

 どこともいえない空間で、コルテスは溜息をつく。
 気のせいか、どことなく安心感の混じったものであった。 


☆ ★

 

―――――『イ』、『ツ』、『マ』、『デ』、『モ』、『エ』、『イ』、『エ』、『ン』、『ニ』、『ア』、『イ』、『シ』、『テ』、『イ』、『ル』



 

 

 

 

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