お砂糖たっぷり ゆめ少々

 

※カービィ→ドロシア気味かもしれません

 

 

―――――

 

 味気無い日々は、あまりにも悲しすぎるものだから


 ◆

「えっと、これをこうして……あとは、どうだったかしら?」
 不思議な力が一つの旋律のように流れ行くキッチンには、魔法で浮かばせた本を傍に、ドロシアが困ったようにおろおろしています。
「さっきこれをこうできたから、この手順だと……見本。見本はどこ。そもそもここは何ページ?」
 ここは53ページ。美味しそうなシフォンケーキの絵と作り方が載っているページです。それでも何度も、お菓子の本と睨めっこします。何分も何分も続いた睨めっこは、最終的にドロシアの一方的な敗北に終わります。
 キッチンに広がるのは、本に載っている材料やら余計な物。お砂糖だったりお塩だったり、バニラエッセンスだったりタバスコだったり、牛乳だったり青汁モドキだったり、チーズだったり豆腐だったり、苺だったりお魚だったりします。好き勝手に散乱し、随分偏りながらごちゃごちゃしています。更に料理道具一式(余分有り)も乱雑に置かれる始末で、整理整頓するにしても骨が折れることでしょう。
「お菓子作りってどうしてこんなに難しいのかしら!」
 世のお菓子職人さんは偉大だわと、一人尊敬したところで、
「美味しい物作るのって難しいらしいよ。食べ物なんだから」
「きゃっ!」
 突然話しかけられ、ドロシアは驚きで跳び上がりそうになります。
 振り返れば小さな背。カービィがドロシアを見上げています。
「カービィ?」
「うん。どこから見てもカービィでしょ?」
 ピンクのまん丸な体に春空色の瞳。どこから見ても紛れもなくカービィです。
「そうよね。貴方が二人もいたら、ご飯が山盛り二杯分になってしまうもの」
「それはそれでいいかも!」
「駄目よ。太ってしまうわ」
「太る?」
 不意に、ドロシアは一つ疑問を覚えます。
「……貴方って太るのかしら」
「?」
 カービィはきょとんとして、自分の頬を自分で摘まんで引っ張ります。弾力のある肌はお餅のように伸びて、実に面白い姿になってしまいます。それを見て思わずドロシアは吹き出しそうになります。
 いつでもお腹ペコペコなカービィは、無限の胃袋持ちです。お腹の中は異空間だとか宇宙だとか、珍妙な噂話を小耳に挟んでいます。ですが、カービィ本人も大食の原理をわかっていないので、結局のところは全ては謎に包まれています。それこそ、胃袋はカービィの中にあるのですから。
「ドロシアってお料理する人だっけ」
 頬を元に戻したカービィは訊ねます。
「いつもドロシアって、絵でご飯を描いてるのかと思った」
「いつもはそうよ」
 ドロシアは絵画の魔女です。描いた物を具現化する能力を持っています。 
 そのため、お菓子や料理も絵から実体化することが可能です。
 しかし、今日のドロシアは絵筆を使わず、ごく普通のやり方で調理をしています。とても不慣れで、不器用なやり方ですが。
「カービィ。前にも言ったと思うけれど、私は自分で描いた食べ物以外の食べ物の〝味〟がわからないの」
 もともとは絵画であるドロシアは、絵具と魔法から生み出した食事の〝味〟しか受け付けません。
 つまり、絵画で具現化していない当たり前のお菓子や料理、果物や野菜の〝味〟が全くわからないのです。
 カービィが普段むしゃむしゃと食べているようなご飯を、ドロシアが食べても無味でしかないのです。   
「だけど、私はもう随分長い間外の世界にいるでしょ。私だけもともと絵だったご飯を食べているのが、何だか不思議に思えてきたの」
 いつも自分だけ材料が違う物を食べている。ドロシアにはそれが不自然に思えてきたのです。
「それに、皆と同じ物を一緒に食べたいの。だから少しずつこちらの料理に慣れていこうと思って。あと、こうやって自分でお菓子を作ってみたいと思ったから……。変かしら?」
 誰かと一緒に食事をするのが好きなドロシアの本心に、カービィはそんなことないよと言います。
「ちっとも変じゃないよ!だけど―――――」
「だけど?」
「それはバニラエッセンスじゃなくてタバスコ」
「あら」
 今まさにボウルに投入しようとしていた調味料の誤りを指摘され、ドロシアは大したことないような反応を見せます。
 通常の〝味〟覚を持つ者からすれば、ぞっとするような行動です。
「これは入れちゃいけない物?」
「入れたら大変なことになるよ……こっちが正解」
「ありがとう」
 カービィが正しいバニラエッセンスを探し出してくれました。
「何故、人は〝甘い〟物に〝苦い〟物も一緒に混ぜるのかしら」
「隠し〝味〟だよ」
「〝味〟を隠してどうするの?」
「えーっと……風〝味〟が出るというか……」
「ふうみ?」
「とにかく美味しくなるから入れるんだよ!うん」
「外の世界の人は、〝味〟にも芸術を求めるのね」
 ドロシアの言葉に、カービィはそうだよ!と宣言します。
「食べ物は〝味〟が命だから!あ、見栄えも良かったらもっといいね!」
 グルメレース王者のカービィが言うと、妙に説得力があります。無論、彼は作るのではなく食べる専門ですが。
「〝味〟にもまるで、色があるみたいね」
「色。あるんじゃないかな。〝辛い〟は赤色、〝苦い〟は緑みたいに!」
「唐辛子の色と、緑は……」
「薬草とか!」
「健康的な色ね。良薬口に、苦し?」
「だけど青汁はあんまり好きじゃないかも……」
 二人はそんな他愛の無い話を続け、お菓子作りの苦難を何とか乗り越え、念願のシフォンケーキが完成しました。
 出来立てのシフォンケーキをお皿に載せると、カービィは待ちきれなくなります。
「ぼくも食べていい?」
「美味しいかどうかはわからないけど、それでもいいなら……」
「やったあ!食べる食べる」
 心配そうなドロシアをさておき、二人は試食をします。
 見た目はとても美味しそうなシフォンケーキですが、はたして〝味〟はどうでしょう。
「カービィ。私には〝味〟がわからないけれど……どうかしら」
 不安なドロシアに、カービィはシフォンケーキをむしゃむしゃ食べながら答えます。
「これがドロシアの初めての料理なんだよね。なら、これがドロシアの記念すべき最初の〝味〟なんだね!」
「そういうことになるのかしら」
「絵で描いた食べ物よりもずっとこっちのほうがいいよ。こっちのほうがドロシアって感じがする」
「私って感じ?」
 〝味〟がまだわからないドロシアは、その言葉の意味がよく理解できません。
 シフォンケーキはあっという間に、カービィが平らげてしまいます。
「このめちゃくちゃな感じが、ドロシアっぽくて好きだよ!」
「め、めちゃくちゃ……?」
 呆気を取られるドロシアの前で、カービィはだんだんと様子がおかしくなっていきます。
 真っ青になるというべきか、力が抜けていくと表するべきか……。
「うん。だから、次は、砂糖を、入れた、ほうが、いい……」
「カ、カービィ!?」
 いきなり倒れるカービィに、ドロシアは仰天してしまいます。
 そこでドロシアははっとします。ケーキに間違った物を入れてしまったのではないかと。
「た、食べても食べても、〝塩辛い〟……」
「まさか私、お砂糖じゃなくてお塩を入れてしまったの!?」
 見た目はそっくりの調味料ですが、〝味〟は全く違います。
「ごめんなさいカービィ!何故全部食べてしまったの!」
「だ、だってせっかくのケーキだし、ドロシアが間違った〝味〟を覚えちゃったら大変かなって……」
「なんてこと……!」
 ドロシアは申し訳なさでいっぱいになり、今にも泣きだしてしまいそうな様子でカービィを助け起こします。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。貴方にひどいことをしてしまったわ……!」   
 震えるドロシアに、カービィは口の中の〝塩辛さ〟を何とか堪えて、にっこり微笑みます。
 大丈夫。このくらい、大したことないよと。
「ドロシアまで〝塩辛く〟ならないでよ」
「〝塩辛く〟……?」
「〝塩辛い〟は、涙の〝味〟だから」
 零れそうな涙の〝味〟。
「このケーキ、涙の〝味〟がするの?」 
「だから、ドロシアが泣いたらもっと〝塩辛く〟なっちゃうよ」
 カービィの言葉に、ドロシアは少しだけ何かがわかったような気がしました。
「涙は、〝塩辛い〟。〝塩辛い〟のが多いと、美味しくなくなってしまうのね……」
「ね、だから泣かないで―――――それにほら、ドロシアは一つ〝美味しくない〟がわかったじゃないか」
 だいぶ塩の強い衝撃が抜けて、カービィはへっちゃらだよとドロシアを励ましてくれます。
「次は〝美味しい〟物が作れるといいね。できたら、ぼくに食べさせてね」「……〝美味しい〟はきっと、笑顔になるような〝味〟がするのね」
「でも、ドロシアは今笑ったほうがいいよ、〝甘い〟は必要だからさ」
 甘い甘いお菓子が好きだよと言うカービィに、ドロシアは困惑しながらも、少しだけ微笑みました。涙を溜めた笑顔です。
 すると、カービィは「ほら、大丈夫」と、ドロシアに抱きつくのです。

「ドロシアの笑顔で、お腹いっぱい!」

 

 それはそれは、甘くて塩辛くて、優しい夢。

 

 

 

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