ぼくらのスタートライン

 

※星カビwii後日談 この話では違いますがマルクとマホロアは犬猿の仲のイメージがあります

 

―――――

 

 

 

―――――聞こえる?〝ぼく〟の声……。

 
 ★


 自分の世界の全てがズタボロになってしまったみたいだ。
 生涯かけて必死に築きあげてきたモノを非情な現実に一蹴され、砂の城のようにあっという間に崩れ、修復不可能なレベルで自分の世界が終わっていく。さらさらなんてものじゃなくて、音も無く。
 視界の片隅―――――いいや、自分の眼に映る全てが星空だった。
 上も下も右も左も斜めもどこまでも終わり無く闇一色の空間が広がっていて、一つとして同じ輝きを持たない星々が瞬いている。
 あまりにも数が膨大なせいか、一つ一つが塵のように小さく思えた。
 光り輝く塵が渦を巻いて、巨大な銀河を作り出している。それが幾つも、幾つも、幾つも、闇の海に展開されている。無数。無限。銀河の帝国。宇宙の姿。世界の―――――本当の姿。
 剥き身で、無防備でいて、とても幻想的で、神秘的で、切なくも儚げで―――――一瞬にして壊れてしまいそうな脆い世界。
 世界は壮大で雄大で幽玄で崇高で、こんなにも脆弱で寂しげだった!
 スペース。宇宙。空間。
 落ちていく。
 重力などという概念の存在しない場所で、真っ直ぐ下へ下へと。
 自分が落ちているのも、どこかの銀河の一つの中。
 塵のように矮小で非力な印象が持てる星に囲まれて―――――もしくは見送られるように、自分の体は真っ逆さまに墜落していく。体に力が入らない。全身が鉛のように重い。気怠い。痛みはとうの昔に忘れ去られてしまったのか、体感する温度は熱くて、冷たかった。
 眼下の星は握りつぶせてしまいそうなほど小さく見えるけれど、実物はずっとずっと巨大なのだろう。これは目の錯覚だ。遠いモノほど近づけば本性を表わす。
 長い間起動していた機械が突然強制終了(シャットダウン)するように、動力を失ってしまった。
 自分の視野はどんどん狭まっていき、掠れ、底知れない暗闇が押しあがって押し寄せてくる。まるで満ち引きする海のようだ。命を生み、星を揺蕩う水のようだと他人事のように思った。でも、不可視の水は透明ではなく―――――真っ黒。墨のように、黒い。
 このまま宇宙と一つに混ざり合ってしまいそうな、奇妙な予感さえした。
 自分の意識が途切れる瞬間が目に見えた。すぐそこ。聞こえないけど感じ取れる、終わりへの足音。誰が鳴らしているのかはわからない。たぶん―――――心臓の鼓動。誰の?自分の……。
 主要電源は自分の中にあって、それが切れた時に―――――楽になれるのだろうか。
 何も考えないでいることを、許してくれるのだろうか。
 眠い。とにかく眠い。
 このまま永遠に眠りにおちてしまいたかった。強烈な睡魔は空想の温もりを与え、自分を慈悲深く包み込んでくれるような予期ができた。
 それは幻視だ。幻想だ。紛い物の幻だ―――――それでもかまわない。
 命の残量(エネルギー)の脈動(スイッチ)を―――――。
 目裏に焼きついた幾億もの星雲。星河。星海。
 一緒になるのも悪くない―――――かも。
 今なら静かに、ゆっくりと眠れそうな気がした。
 全てを忘れて。
 ―――――あれ?
 自分はいったい何をしていたのだろう。何がしたかったのだろう。
 何のために―――――生きていたのだろうか。
 ああ、もうわからない。
 大切なモノ―――――なんだったっけ? 
 でも、眠いんだ。
 閉じかけた目蓋。
 ―――――誰かにその身を掴まれた。

「まだ眠るには早いのサ」

「!」

 一瞬にして現実に引き戻される。
 どろどろした夢に浸かる寸前で、引っ張り上げられた。
 目の前で自分の顔を覗き込んでいる者を―――――自分は良く知っている。

「マル、ク」

「次にお前は『どうしてキミがここにいるんダイ?』と言う。当たり?」

 言いたかったことをそのまま言い当てられて、自分は何も言えなくなってしまう。
 図星?それとはちょっと違うかもしれない。
 それ以上にいるはずのない彼がすぐ傍にいることが疑問でならなかった。ここには誰もいないはずなのに。
 自分は自分の死を待っていたというのに。

「な~に昔の僕みたいなことしようとしてんのサ。きっと詩的な文章と走馬灯を流しながら果てるつもりだったんだろ?憂愁の美には程遠いのサ」

「で、デモ……何をしに、ココニ……」

 動揺する自分の手を離さないまま、道化師は告げる。

「何をしに?僕は僕の勝手をしにきたのサ」

 意味が分からない。
 自分は―――――ボクは―――――。

「邪魔しないデヨ……ボクは、モウ……」

「野望に敗れたからここで死ぬ?お前本当に僕の二の舞を踏もうとしてるな。ま、予感はしてたけど」

 ボクにはもう、王冠は無い。最強の力を持つ王冠は、粉々に跡形も無く大破してしまったから。
 残ったのは無力なボクだけ。
 ボクにはもう―――――何も無い。
 失敗した。
 ああ、そういえばマルクも昔、失敗したって言ってたっけ。
 他愛もない昔話を聞かされた時があったような無かったような。くらくらする頭ではうまく思考ができない。もうどうにでもなれ。
 
「ボクを馬鹿にしにキタノ?性格の悪い道化師サン」

「もちろん!無様なお前を笑い飛ばしにわざわざこのマルク様が参上しにきてやったのサ。それに―――――」

 マルクは歪んだ性格なりの明るい笑顔を浮かべて―――――そして宣言するように発したのだ。

「お前をここで死なせるのはもったいないから」 

「……エ?」

 いったい何を言われたのか、脳の言語解析機能が追いつかなかった。 
 それでもボクは相変わらずマルクの翼に掴まれていて、宇宙を飛んでいた。
 星が散って、流れて、降り注いで、世界を循環していた。
 何もかもがスローモーションで、過ぎ去った時を刹那に感じ取れた。

「お前は僕とは違うけど、僕と似たような間違いから始まった」

 ボクは今まで何をしていたのだろうか。
 ボクの行いが全て間違いだったのなら、ボクはどれほどの時間を無駄にしてしまったのだろうか。無下にして、無為の塵箱に投げ捨ててしまったのだろうか。
 宇宙が塵箱のように思えた。大きな大きな最果てのように。

「僕も〝アイツ〟に倒された時に死を覚悟したし、むしろ死にたいって願った―――――だけど、〝アイツ〟は僕を助けてくれた」

 アイツ。
 ボクはその単語が指す人物を良く知っている。
 だって、ソイツは。
 ボクを友達と言ってくれて、ボクを大切に思ってくれて―――――ボクが、裏切った……。

「だから僕は〝アイツ〟の真似をするだけサ。善意とかそういうのじゃなくて僕のやりたいように、僕の勝手で、僕の自由に!」

 笑って言うマルクから、ボクは戸惑いつつも眼を逸らせなかった。
 コイツがこんなことを言うのが意外だったから。
 いつものコイツなら、お前なんか勝手にのたれ死ねとか普通に吐いてそうだし。
 なんだよ。調子狂わされるじゃないか。
 いったいぜんたい……。

「まだ眠るには早いのサ」

 一番最初に言った言葉を、マルクはもう一度言った。
 その言葉がどんな意味を持つのか、ようやくわかった。

「ほら、きっと〝アイツ〟もその仲間共も今頃お前の心配してるのサ。健気だねぇ。ま……そう言うところが嫌いじゃないんだけどサ」

「……ボクに、生きろって言ウノ?」

「ん~それじゃいまいち味気がないな……―――――この世界の面白いところをもっともっと見せつけてやるのサ!……ってのはどう?」

「……プッ」

 なんだか、笑えてしまった。

「キミも結構、お人よしなんダネェ」

「違うのサ。僕は自分で言うのもあれだけど利己的なヤツだからね。楽しみが減るのは酷ってものサ」

「よく言ウヨペテン師のくせニ」

「お前だけには言われたくないのサ―――――だけど、お前の心は随分とまぁ、正直だなぁ」

 まだちょっと眠いけれど、もう少し起きていたい……かもしれない。
 そんな気になったのも、たぶん気まぐれの一種だろう。そうに違いない。
 ……あれ?
 それじゃあなんで―――――僕は泣いているんだろうか。
 ちくしょう。泣くつもりなんか全然なかったのに。このまま消えてしまいたかったのに。なんで。どうして。
 でも、もう一度始められるのなら。
 僕は―――――彼らとの出会いを―――――。

「ほら、とっととポップスターに帰れよ。僕の魔法で異空間を辛うじて繋げておいたから、そこでローアも待ってる―――――行くのサ」

「……ボクの死を妨害した挙句ニ、図々しいネ」

「むしろ感謝してほしいのサ」

「―――――アリガトウ、だなんて、言わなイヨ」

「なら、どういたしましてとも、言わないのサ」

 とことんムカつくやつだ。
 ああもう。視界が滲んで……眼を瞑れそうにない。
 僕の傍で口を開けて待つ異空間ロード。本当にマルクの魔法はすごい。彼の魔法の実力に関しては、評価する。
 宇宙にぽっかり空いた、時空の歪み。
 その先に―――――あの星があるのだろう。
 ボクの始まりであり、マルクの始まりでもある―――――宇宙で一番平和で、明るい星が。  

「死にぞこなったなマホロア。またここから始めるがいいのサ」

 けらけらと悪趣味な笑みを湛えたマルクの見据えた先にも―――――あの星があった。
 

 そう―――――ぼくらのスタートライン。


 お互い、数奇な運命をたどっているヨォ。
 そう考えたら―――――少しだけ、笑えた。

 

 

 

 

 

 

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