もうどこにもいないキミへ

 

 

※死にネタが含まれています

  かなり報われてない感じがします

  星カビwiiの後日談です

 

 

 

 ◆

 

「聞いてマホロア!今日はすっごい大きな砦にみんなで行ったんだよ」

 普段通りスフィアを持ち帰ってきた星の戦士ことカービィは、屈託のない笑顔でマホロアに今日あったことを報告していた。
 天かける船ローア。
 今はパーツ不足の為飛行どころか動くことさえままならないが、とても高度な技術を用いて建造されたものであるため、パーツが全て集まり元通りになればとてつもない力を発揮してくれるであろう船。
 カービィたちが帰ってくるたびに騒がしくなり、明るくなる船。
 いつもそこでマホロアは、作業を進めながら皆の帰りを待っている。

「ヘェ。そうなんダ」

 キーボードを叩く手を一旦休め、マホロアはにこやかにカービィの言葉に相槌を打った。

「ナッツヌーンってところなんだけどね。あの場所にあんな大きな建物があるなんて知らなかったよ!みんな驚いてた」

「コノ星って本当に面白いネェ。草原もあれば森もあルシ、海もあれば砂漠モ、氷原もあれば火山もアル!場所によって全然地形も気候も違う。これって結構すっごいヨネ!」

「……?マホロアは外に出てないみたいだけど、随分と詳しいんだね」

 カービィが不思議そうに身を傾げると、マホロアは困ったように苦笑した。

「ダッテいつもカービィが楽しそうに外のコト話してくれるじゃないカ。そうもたくさんポップスターのことを話されタラ嫌でも詳しくなっちゃうヨォ」

「あはははそれもそうだね!―――――作業は終わりそう?」

 カービィはマホロアの後ろにある大型モニターに目をやった。
 ローアのメインモニターにはカービィには理解できない数式やら機械の言語が大量に表示されており、今マホロアがいったいどういった作業を行っているのかさえもわからなかった。ただ、とにかく難しいことをやっているんだろうということだけは何となく把握できた。
 質問に対してマホロアは微妙そうな表情で唸った。

「ウーン……まだまだダネ。パーツがたりないってコトもあるケド、損傷が幾つかあってそっちの整備にも時間がかかりそうなんダ。」
 
「そっか」 

 ひどく残念そうなカービィを見て、マホロアははてなと頭上にクエスチョンマークを浮かべた。

「どうしたんダイカービィ?何か気がかりなコトでもあるノ?」

「……だってマホロアはいつも忙しそうだから、一緒に冒険もできないなぁって」

「エ?」

「本当はこうやって話すだけじゃなくて、実際にマホロアに見せてあげたいんだ。ポップスターのいろんなところを。草原も森も、海も砂漠も、氷原も火山も―――――今日いった空の砦とか!その他にももっともっとたっくさん綺麗で素敵なところがあるから、それを全部マホロアに紹介してあげたいんだ」

 マホロアは基本ローアから出てこない。
 スフィアを集めは全てカービィ達にまかされており、彼は付きっきり状態でローアのメンテナンスに当たっている。  
 だから彼は外の景色を知らないのだ。知識としては知っていても、実際にポップスターの自然や光景を見ていないのだから。
 カービィにはきっとそれが非常にもったいないことでならないのだろう。 

「だから少しでも時間ができたらみんなで冒険しようよ!みんなマホロアと一緒に冒険ができるのを楽しみにしてるんだよ」

 しばしの間きょとんとしていたマホロアであったが、やがて表情を和らげて微笑んだ。
 そしてそのままそっとカービィの両手を包み込むように握り、「アリガトウ」と感謝の言葉を贈った。
 手袋をはめている手は、仄かに温かかった。カービィの手も、温かかった。
 二人分の温もりを感じた。

「そうダナァ。ボクもポップスターをいろいろと観光してみたいし……その時には案内してくれたら嬉しいナァカービィ!」

「もちろん!楽しみにしてるね!」

 嬉々として二人は顔を見合わせて笑った。 
 心を交わした親友のように、大切な約束をするように、誓い合うように―――――笑った。
 そこには陰は無く、闇も無かった。
 どこまでも純粋で、純真な関係だけがあった。
 嘘か本当なのかは―――――わからないけれども。

「空高くまでそびえ立つ砦カァ……いつか行ってみたいヨォ」

「空がすごいよく見えて綺麗だったよ!あと、ポップスターの大地がい~っぱいに広がってた!ああもう上手く言葉にできないや。実際に見てもらわなくちゃ!早くマホロアにあそこの景色を見せてあげたいな」

「天体観測にはうってつけそうな場所ダネ。デモちょっと寒そうな予感がするヨ」

「みんなで行けば大丈夫だよ!」

「それもそうダネェ―――――……紙飛行機とか飛ばしたら、楽しいかもしれなイネ」
 
 マホロアがぽつりと零した言葉を拾って、カービィははにかんだ。

「紙飛行機!それいいね!みんなで飛ばし合いっこしようか」

 にわかにマホロアの顔が紅潮し、林檎のように真っ赤になる。

「エ、エェ!?ちょ、チョット言ってみただけじゃないカァ!」

「いいじゃん!楽しそうだし」

「こ、子供っぽいって笑うところデショそこは!」

「それじゃあみんなで砦で紙飛行機の飛ばし合いっこしようね!はい決定!」

「カ……カービィ!モウ!キミって本当に……!」

「約束だよ!たくさん遊んで、たっくさん思い出を作ろうね!」
   
 はしゃぐカービィにマホロアはやれやれと言わんばかりに溜息をついて、だけども笑顔で

「―――――ウン。約束」
 
 それだけ、言った。
 

 

 

 

 

 ―――――その約束が果たされることは、なかったけれども。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 友達の言葉や振る舞い、感情さえも全て嘘だと分かった時、裏切られた者はどんな思いを抱くのだろうか。

―――――マホロアさん……なんで……こんな……!

 あの時彼は泣いていた。
 このことに気付けなかった後悔と、こうすることしかできなかった罪悪感に駆られ、堪えきれず涙を流していた。

―――――ちくしょうあの馬鹿野郎……!こんな終わり方はねぇだろ……!

 あの時彼は怒っていた。
 このことに気づけなかった自分に対する憤りと、何も教えてくれなかった嘘つきに対しての怒りに、表情を悲痛に歪めていた。

―――――これも、定めなのか……。

 あの時彼は苦しげだった。
 正当な行動。するべきことをしただけだというのに、それがまるで過ちであったが如く、重大な罪を犯してしまった者のように、仮面の下の顔は苦々しいものになっていた。

―――――……。

―――――……どうした。カービィ。

―――――ううん……なんでもないよ。行こう。ここにいたらぼく達も異空間の崩壊に巻き込まれちゃうよ。

―――――……そうだな。行くぞみんな。

 

 

 


―――――……ごめんね。

 

 

 

 

 

 あの時彼は、泣いてもいなかった。
 怒ってもいなかった。
 苦しげでもなかった。
 ただ、感情そのものをどこかに忘れてきてしまったかのような
 感情を見失ってしまったかのような
 そんな空虚な表情で
 友達が光に包まれて消えた空を茫然と見上げていた。
 けばけばしい奇怪な色の空の果て。
 視線の先の遠い遠い空間の割れ目には、深い青色が広がっていた。
 まるで蒼空のようだった。
 深海のようにも思えた。 
 そして―――――涙のようにも、見えた。

 


 

 

 あの日以来。
 マホロアは消えてしまった。
 今まで過ごした日々が嘘のように、存在しなかったかのように、消え失せてしまった。
 元通りの平和と引き換えに、彼はいなくなってしまった。
 もうどこにも。 


 

 

 

 その砦はどこまでも終わりなく、そして果てしなく宇宙を目指して伸びているように見えた。
 それほどまでに高く、空を突き抜けている建物は古めかしく、ひどく懐かしい雰囲気でそこに存在していた。
 はるか上空にまで建つ無人の砦。
 茶色を主体にした砦壁が太陽の日差しを浴びて少しばかり明るい色に染まっている。
 大空はどこまでも青く澄んでおり、見るものは意識せずとも感嘆の声を上げてしまうであろう。高度から見る大地や空は美しく、壮大なものであるから。同時に、いかに世界が広いかを実感できる。そして、自分がまるで小さな世界の神様になったかのような錯覚を覚えることができる。数刻限りの儚い幻想だけれども。
 どこまでも。
 どこまでも。
 青く。
 青く。
 青い。
 空。
 そこを旅する雲の群れは白。雪のように無垢な、悠久の旅人。
 風はそよぐ。
 涼しげで優しい微風。
 ポップスターの大地が一望できる。
 全てが小さく視認できる。
 城も、街も、森も、川も、草原も、海も。
 全てが全て、ちっぽけで、ミニチュアのようだった。
 それこそ誰かが忘れた玩具のように、転がり、点在している。
 今日も平和な日常を送る。安穏の星。小さな小さな、誰かの故郷。
 そんな星のとある地域、ナッツヌーンに建つこの巨大砦を誰かが上ってきていた。
 複雑に設置された障害物やら長い階段を進んで、てくてくと歩く者。
 真ん丸の桃色の体。春の晴れ渡った空のように澄んだ眼。シンプルな袋を軽く背負いながら、軽快な足取りではないものの迷いない足取りで上へ上へと歩んでいる。
 やがては―――――頂上に辿り着く。
 砦の最上階。
 屋上のように大きく開けた場所。
 遮るものは何も無い。
 雲よりも上に出てしまっている。
 それこそ神様の逆鱗に触れてしまいそうなほどの高さ。   
 そこに―――――カービィは独りで立っていた。
 風は思ったよりも強くなく、それどころか心地良くさえあった。
 肌を撫でる微風。風の音しか聞こえない。
 上を見上げれば空。どこまでも続く空。
 日はそこまで眩しくなく、少々薄い雲に隠されている。

 世界に立った独りぼっちになってしまったかのような、そんな奇妙な気持ちにさえなれた。

「うん。良い天気だ」

 カービィはそう言って、頂上の一番端の部分に向かい、そこに腰かけた。
 可愛らしい小さな足が、ぶらぶらと宙に投げ出される。 
 あまりにも高度がある場所ゆえ、真下さえも確認できなかった。
 落ちたらどんな者でも確実に死んでしまうであろう、それほどまでの高さ。
 そんな場所にカービィは座っている。恐怖心は皆無なのか表情は余裕に溢れている。
 余裕というよりも、気にも留めてないと表したほうが適切かもしれないが。
 カービィは空を眺めていた。
 地上を見下ろしていた。
 天空を見上げていた。
 何も言わず、黙って、それを繰り返していた。単調に、淡々と。
 ふいに、手に持っていた袋の中をまさぐり、何かを取り出す。
 それは白の正方形の紙。折り紙だった。
 一枚それを手にしたカービィは、何を思ったのかそれを折り始めた。
 真っ直ぐ折り目を付けて、畳んで、伸ばして、揃えて、重ねて。
 彼なりに丁寧に―――――折りあげた。 
 完成したのは飛行機。紙でできた、小型の飛行機。風に乗って空を泳ぐ、簡素な飛行機。
 カービィはそれを、ついっと飛ばした。
 星の戦士の手から離れた紙飛行機は風に乗り、たちまち見えなくなった。
 飛んで行ったのか落ちていったのかはわからない。
 でも、前者だったらいいなと、カービィは密かに思っていた。
 飛行機を見送って、またカービィは袋に手を挿し入れる。
 取り出すのはやはり同じ種類の折り紙。
 折るのもまた、同じような紙飛行機。
 同じように飛ばして、同じように消えていく。
 ふわふわと、ついっと。
 そして―――――見えなくなる。
 白色は青に吸い込まれて、溶けるように失せる。
 青。
 青。
 青色。
 友達の色に、よく似ている色。
 たぶんきっと、友達自身も好きだったであろう色。
 空を駆けるは白の飛行機。
 鳥のように羽ばたくことなく、ただ風に流される無力な翼。
 自然の力に抗うことができない、弱いもの。
 幼い子供が好むような、そんなもの。 
 
「何してんだこんなところで」

「!」

 黙々と飛行機を折っては飛ばすという行動を繰り返していたカービィは、背後から突然声をかけられ驚きに身を震わせた。 
 こんな辺鄙な場所に人が来るはずないのに。
 慌てて振り返るとそこには見慣れた者が立っていた。
 高級そうな赤色のガウン。背中には大型のハンマー。そんなものを身に付けている者をカービィは一人しか存じていない。
 
「デデデ……」

「何してんだカービィ」

 プププランドの自称大王ことデデデ大王は、カービィに問いかける。
 赤と青。
 ガウンの裾が風にはためいて、背景の青空とは対照的なコントラストを描いていた。 
 更に言えば、カービィの桃色とデデデの青もまた、どこか対称的なように捉えられた。
 どちらにしてもバックは青。青空しかない。憎たらしいほど澄んだ、天空しかない。
 
「何って、ただこうしているだけだよ。紙飛行機飛ばしてるだけ」

「こんな場所で独りでか?」

「そういうデデデはこんな場所に何しに来たの?」

「……別にいいだろが」

 どこか照れくさそうなデデデ大王をじっと見つめていたカービィは、また元の方向に目線を戻し、紙飛行機作りを再開した。
 白。白。白。
 青の世界に白が満ちていく。溢れていく。
 空白を埋めるように、埋め尽くすように。
 欠損した部分を補うように。
 抜け落ちた何かを、他のもので代用するように。 

「―――――綺麗だよね。ここ」

 カービィは作業を止めずに、大王に言った。
    
「綺麗な空も見えるし、プププランドも見える。いいところだよね。ぼくはここが好きだよ」

「そうかよ。オレ様もまぁ……嫌いじゃないな」

「本当にいいところだよ―――――嫌なことが全部、吹っ飛んじゃうよ」

 カービィの笑い声。
 だけども、はたして彼は笑顔だったのか。
 大王の場所からではカービィの表情は窺えない。
 彼が今笑顔なのか、そうではないのか、判別することさえできなかった。

「なぁカービィ」

 風。

「なに?」

 風の音。

「お前はまだ―――――アイツのこと、引きずってるのか?」

 止むことはない。
 でも。
 一瞬だけ。
 世界から音が消失した
 ような気がした。

「―――――どうして、そう思うの?」

 カービィは逆に尋ねてきた。
 声音は悲しみにも怒りにも苦しさにも染まっていなかった。何でもなければ何もない、どこか空っぽな声。
 
「お前がそうやって無理してるから。わかんだよ」

「無理?無理なんてしてないよ……ぼくは至っていつも通りだよ」

「嘘こけ。そうやって自分に嘘をついてるところとか、無理してる証拠だよ―――――お前はアイツと違って、嘘が下手だな」

「……」 

 図星なのかもしれない。もしくはただ単に黙っているだけなのかもしれない。
 カービィは無言のまま、手を止めた。俯いたのかもしれなかった。
 斜めになった袋から数枚の紙が飛び出し、風に連れ去られてしまう。
 花弁のように、真っ白な無垢の花のように―――――散る。

「―――――だって」

 数秒後だったかもしれないし、数十分後のことだったかもしれない。
 どこか自嘲気味に、カービィは口を開いた。
 デデデはそれを、何も言わずに聞くだけだった。

「だってぼくには、泣く権利も、怒る権利も、苦しむ権利も、ないじゃないか」

「なんでだよ」

「だって―――――ぼくがやったんだよ?」 

 はらりとカービィの手から、未完成の飛行機が零れ落ち、飛び立った。
 だけども羽ができていなかったがゆえ、あっという間に墜落してしまう。
 落ちていく。
 真っ逆さまに。

「ぼくが―――――殺したんだ。マホロアを、殺したのは、ぼくだ」

 声はあくまで普通の調子だった。
 だが大王には、彼が必死で感情を押し殺しているようにしか思えなかった。
 
「それを言ったらオレやバンダナもメタナイトも同罪じゃねえか」

「マホロアにとどめを刺したのはぼくだ―――――ぼくが殺したんだ」
  
「おい……」

 大王が止めようとするも、カービィは続ける。

「友達だったのに、それが嘘か本当だったのかはわからないけど、友達だったのに。ぼくは」


 マスタークラウンの力に取り込まれ、暴走を始めたマホロア。
 憎悪に支配された彼。欲望に雁字搦めにされた彼。 
 絶叫し、呪いを叫んでいた彼は救いを求めていたのかもしれなかった。 
 救済を求め、精一杯嘆いていたのかもしれない。
 手を。手を。手を伸ばし、懇願していたのかもしれない。
 涙に暮れて、心は壊れ、闇に絞めつけられていたのかもしれない。
 カービィ達は戦った。
 戦い戦い戦って―――――彼を倒した。
 マスタークラウンは破壊され、マホロアは解放された。
 だけれども彼は光と共に消え、戻ることはなかった。

 あぁきっと、死んでしまったのだろう。
 あぁきっと、死んでしまったんだ。
 だって―――――手にはまだ、彼にとどめをさした感覚が残っている。
 あの感覚は確かな―――――死。
 そう。死だった。
 死しかなかった。
 死でしかなかった。
 どうしようもなく、死んでいた。
 こびり付いて消えない。
 忘れられない。
 一生。
 永遠に。
 
 彼の目。
 最後に、何かを訴えていたような気がした。
 彼の声。
 最後に、名前を呼んでくれた気がした。憎しみからなのか、悲しみからなのかはわからないけれど。


 キミは痛かったのかな。
 苦しかったのかな。
 寂しかったのかな。
 辛かったのかな。
 恨めしかったのかな。
 憎かったのかな。
 悲しかったのかな。
 
 全部が全部、嘘だったならよかったのに。
 
 光の中へと溶けていくキミの手を、ぼくは掴むことさえできなかった。

 


「泣いちゃいけないんだ。怒ることも苦しむことも、しちゃいけない。だって、そんな資格ないんだから」

 カービィは笑う。でもその声は痛々しく、自分で自分の身を引き裂くようなものであった。
 この小さな体のどこに、そんな思いを溜め込んでいたのだろうか。
 
「―――――馬鹿野郎が」

 デデデは立ち尽くしたまま、憤怒を露わにしていた。
 否、憤怒だけではなく、悲しみも含まれていた。それらが入り混じって、複雑に絡み合っていた。
 振り返らないカービィに、大王は言葉を投げかける。
 受け止めなくてもいいから、せめてちゃんと最後までは聞いてほしい。そんな音の無い祈りを込めて。

「なぁカービィ。オレはな。どこかにどうしようもない悪人がいたとしてもよ、最低最悪の極悪人がいたとしてもよ、そいつらが泣いたり笑ったり怒ったり、悲しんだりしちゃいけないとは思わないぜ」

「……ぼくが殺したのに?ぼくが殺したのに、殺した相手に対して泣いたり怒ったりする権利なんてあるわけないじゃん……」

「ざけんなよ。お前さっき言ったよな?マホロアは友達だって―――――友達の為に泣いたり笑ったり怒ったりしちゃいけないのか?」

「!」

 びくりと、カービィが大きく動揺するのが見て取れた。 
 それに構わず大王は言葉を紡いだ。

「間違ったことを仕出かしてやつがいたら止めるのは当たり前だろ?悲しんでたらそれを受け止めるだろ?楽しければ一緒に笑うだろ?それを友達っていうんだろ?お前はそれをしただけなんだ」

「あんな結果で終わったのに?」

「そうだ。お前は正しかった。そして―――――マホロアは救われた。あんな形だが、クラウンの呪縛から解き放たれた」

「死ぬことが、救われることだって言うの……?」

「だったらお前は、マホロアが永遠にクラウンに囚われ苦しみ続ける道を選択したのか?」

「……!」

「違うだろ。だから―――――あれが、オレ達の精一杯だったんだ」

 大王は切なげに眼を細めて、佇んでいた。
 カービィは小刻みに身を震わせて、信じたくないと言わんばかりに目を見開いていた。

 マホロアは手遅れだった。
 ああすることでしか、彼を救うことはできなかった。
 本当に救われたのかどうかは定かではないけれども、一生苦痛に蝕まれないように、楽にすることだけはできたはずだった。
 それを、星の戦士は受け入れたくないだけで。
 
「だって、だって、マホロアは。マホロアは、友達で、でも、救うには、それしかなくて、でも、殺すのは、殺すなんて、そんな」

 喉奥から洩れ出るのは、壊れかけのラジオを思わせる、デコボコにかすれた声だけだった。
 
「―――――カービィ。悲しけりゃ、泣けばいいさ。権利なんざ関係ねぇ。悲しいなら、我慢する必要なんてないぜ」

「駄目だよ。ぼくは泣いちゃいけないんだ。ぼくは、ぼくは、間違っていないのなら、余計に、泣いちゃ―――――いけないのに。いけないのにさ……」

 ぽろりと、零れた。 

「なんで、涙が、出てくるんだろうね―――――」

 次から次へと、堰を切ったように溢れ出てくる涙。
 カービィの頬を伝う幾つもの雫。
 嗚咽を上げて、星の戦士は大王に問うた。
 それに対して大王は

「悲しいからに決まってるだろ」

 それだけ答えた。

「ああそっか―――――こんなに、悲しかったんだ」

 カービィはもう、笑わなかった。笑えなかった。
 声を上げて、泣くことしかできなかった。
 今まで堪えてきたものすべてを吐き出すように、泣きじゃくった。
 空に響く泣き声は、どこにまで届くのだろうか。
 空の彼方にまで、聞こえるのだろうか。
 独りで顔を押さえてしゃくりあげるカービィの隣に、大王は静かに座った。
 直接的に慰めることはせずに、ただ隣にいた。いてくれた。
 大王は許可も無く勝手にカービィの袋から紙を一枚抜き出して、それを折り始めた。
 折り方はカービィと同じ。紙飛行機。

「マホロアとね……約束したんだ……」

 泣きながら、途切れ途切れにカービィは言う。
  
「いつか、みんなでここにきて……一緒に紙飛行機飛ばそうねって……。ポップスターのいろんなところに行こうねって……。たくさん思い出を作って、たくさん遊ぼうねって……!」

 それはもう、叶うことのない願い。
 果たすことができなかった、約束。 
 破ったのははたしてどっちだったのか。
 どちらにしても―――――そこに嘘つきの友達は存在しない。

「……そうか」

 大王はそんなカービィに、たった今作った紙飛行機を手渡した。
 受け取ったカービィは涙しながらも大王のほうを向いた。何かを言おうとして、でも言えなかった。
 もしかしたら、デデデ大王も泣いていたのかもしれなかったから。
   
「ねぇ……デデデ。ぼくは、これからどうすればいいのかな」

「お前らしく生きればいいじゃねえか。悲しければ泣いて、楽しかったら笑えばいい。アイツのぶんまで、やればいいさ」

「……うん」

 カービィはぐいっと手の甲で涙を拭い、じっと正面の空を見据えた。
 どこまでも青い空。
 大事な友達を連想させる、空。
 あの子はもう、どこにもいない。
 どこにもいないけれど―――――。 
   
 紙飛行機を飛ばす。 
 大王が折ってくれた紙飛行機。
 風に乗って、空を飛ぶ。
 落ちないように、挫けず、前を向いて、どこまでも。

 

 この紙飛行機が嘘つきで不器用な友達の元に届きますようにと、祈って。

 

 

 

 ◆

 

 

 

―――――マホロアって実は不器用なんじゃない?

―――――ソ、ソンナことないヨ!

―――――おいおいこりゃあひどいな。誰かこいつに折り方教えてやれよ。

―――――じゃあ僕が教えましょうかマホロアさん!

―――――イイヨ!自分でできるカラ!

―――――この出来栄えでか?

―――――メタナイトまで!ミンナひどいヨォ……これでも結構頑張ってるノニ。マ、たまにはこういうのも悪くないかもネェ。

―――――でしょ?

―――――……ヨシッできた!

―――――よっしゃ。じゃあ飛ばそうじゃねえか。

―――――負けませんよ~!

―――――いこっ!マホロア!

―――――わかってルヨ!

 

 

 

 

 

 

 


 もうどこにもいないキミへ
 
 でも、確かにここにいたキミへ

 やっぱり、キミがいないと

 とても寂しいです

 


 ぼくはキミの〝友達〟になれていましたか?

 そうじゃなかったとしても

 


 ぼくにとって、キミは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                  戻る