ゆめはいつかだれかのために
※星カビwiiのマホロア戦 死ネタ気味注意
―――――
どうしても叶えたい望みがあった。
何を捨てても、何を犠牲にしてでも絶対に掴みとりたかった願いが、くだらないこの世界にたった一つだけあった。
それはボクにとっての唯一の最初で最後に道しるべだった。
それだけが、ボクの全て。
達成させなければ、成就させなければボクの存在している意義はなくなってしまうほどのもの。
その道しるべを―――――少しでも足を踏み外したら奈落の底に真っ逆さまに転落してしまう危うい道筋を、ボクはつねに綱渡り状態で不安定なバランスをとって進んでいたんだ。
ちょっと誰かに背中を押されたら、あっという間に重力に従って落ちていってしまう細い細い道を、ボクは己の人生そのものに例えた。
そう考えたら、何故だか笑えた。
そうかぁボクはずっとずっと地獄の拷問じみた日々を味わってるんだねって。
ひとしきり満足するまで笑い続けたら―――――その後に訪れたのは、底知れない絶望感だった。
だけど、どれほどの恐ろしい闇に包まれようとも、どれほどの禍々しい光景の中に投げ出されようとも―――――ボクの意思は揺るがない。
揺るぐはずがない。
揺るぐものか。
揺るがないようにするために、ボクはボク自身に呪いと言う名の決心を唱えたんだ。
「自分の心は誰にも乱されない究極の不動心であれ」って。
いつからだろうか。
ボクは嘘をつくことが上手になった。
自分を守るために、心を防御するために嘘をついたんだ。
はっと気が付いたら、いつしかボクは作り物の偽物の紛い物の言葉ばかり発言してる滑稽な存在に成り果てていた。
嘘をつくことしかできなくなった。
嘘をつくことでしか、自分を守れなくなっていた。
でも、それでよかったんだ。
それで自分の意思が守れるのなら―――――
自分の本心だけには嘘をつかなくていいのなら―――――
―――――だけどそれをかき乱す存在が現れた。
ボクの願いは―――――宇宙を支配しうる力を得ること。
そのために、ボクはとあるヤツを利用することに決めた。
ヤツは物凄く強い力を持っており、純粋で素直で―――――人を疑うということを知らない大馬鹿者だった。
ボクの計画の利用する駒に、最高に適した素質を持っていた。
当初はこちらから交渉するつもりだったけど、何も言わずともあちらからボクに協力してくれることになった。
全ては計画通り。
予定通り。
策略通り。
こいつは無知だ。
無知すぎて愚鈍な正義の味方だ、と内心でヤツのことをひどく嘲笑ってやった。
ボクはヤツのことを利用するだけの存在として見下した。
ヤツの微笑も思いやりも、全部ヘラヘラ笑いで返してあげる。
するとヤツはボクの演技にも気づかないで幸福そうに笑う。
それこそ馬鹿みたいに。
ずっとずっと最後までそうやって扱うつもりだった。
だけど―――――どうしてだろう?
ほんの少しだけ、ヤツと一緒にいても嫌じゃないと思うようになったのは何故?
ヤツが笑ってくれるとこっちも少しだけ嬉しくなるようになったのは何故?
ヤツの笑顔が好きだと思い始めるようになったのは何故?
ヤツと過ごすうちに
ボクは―――――自分の笑い顔が〝嘘〟か〝本当〟かわからなくなってきてしまった。
かき乱されたくなどないのに。
乱されたらおしまいだ。
ボクはボクでいられなくなってしまう。
ボクは計画の為に生きて、叶えるまでは誰を傷つけてもいいって思ってたはずなのに。
☆ ★
「キミにはイロイロとお世話になったヨォ」
宇宙空間―――――否、異空間にぽっかりと浮かんだ不思議な場所。
星なのかそれともただの無機質な物体なのかはわからない細々とした星砂の様な物質が、その世界のあちらこちらで銀河のように渦を巻いている。
闇をドロドロに溶かしてペンキのようにぶちまけたかのような闇色のそこで、渦巻くそれはキラキラと宝石のように輝いていた。
瞬きは強く、触れれば火傷でもしてしまいそうな錯覚さえ覚えてしまうほど。
非常に現実離れしており、非現実的に美しかったが―――――現実的には邪悪な気配にこれ以上にないほど覆われたこの場は不気味そのものだった。
そんな場所で―――――気味の悪い低い声がやけに凛として響いた。
「最後の最後まで騙されてくれてテ。ホ~ントにお馬鹿さんだネェ……ま、それがボクにとっては利用できるアリガタ~イものだったからいいんだけドネェ」
ケラケラと哄笑する者は―――――化け物だった。
蝶の翅のような翼は悍ましく、腕に巻かれた鋳薔薇を思わせる腕輪は恐ろしく、鋭い爪を逆立てている大きな手からは狂気さえ感じられ、何よりも……本来なら口があるべき箇所に巨大な目玉が収まっているというのは尋常ではないこと。
あきらかに異常な姿。
誰がどう見ても―――――化け物としか言いようがない形態を、その怪物はしていた。
化け物はギョロギョロと血のように赤い瞳を動かして、自分の手で握りしめているある存在を見つめる。
桃色の体。
化け物と比べたらずっとずっと小さくか弱そうに見えるその者は、全身にかなりの傷を負っていた。
ボロボロになった体は今にも限界を迎えそうで、とても痛々しかった。
しかし、その者……カービィは決して軽くない怪我をしているにもかかわらず、青色の瞳は光を失っていなかった。
春の快晴の空の如く住んでいる眼は―――――逸らすことなく化け物を映していた。
「ネェ……いつまでそんな顔してるんダイ?」
憎悪心に酷似した念がこもった王冠を被っている化け物は、つまらなそうに顔をゆがませる。
「ボクはね、ボクはね―――――もう、すぐにでもキミを殺せル。ボクがその気になれバ、キミはボクの手の中でグシャリって潰れちゃうんダヨ」
悪趣味にほくそ笑む。
カービィは笑わない。
「その気になれバ、剣でグサッて突き刺されちゃうんダヨ」
カービィを掴んでいないほうの手には、武骨な大剣が構えられている。
カービィは怯えない。
「その気になれバ、魔法の炎でゴウッて焼き焦がされちゃうんダヨ」
化け物の背後に魔法陣が生まれ、灼熱の炎の弾が円上をぐるぐると回転する。
カービィは竦まない。
化け物は呆れの溜息をつく。
「だからサ……もう諦めちゃっテヨ。キミはもうド~セボクには勝てないヨ。ボクは今クラウンそのモノ。宇宙を支配できる力を会得したんダ。キミに勝ち目はナイヨォ。アハハ―――――だから早ク、絶望に満ちた顔を見せテヨ」
手に力を込める。
力が加わったぶん、カービィの体が絞まる。
苦しそうな声が彼の喉奥から漏れたことを聞き逃さない。
「ホラ、苦しいでショォ?嫌でショォ?つらいでショォ?―――――ネェ早く覚悟、決めちゃってヨ」
ボクはト~ッテモ優しいんダ、と化け物はすぐにばれそうな嘘をつく。
「キミが絶望した顔を見せてくれたラ、ボクは満足。一瞬でキミを楽にしてあげル」
更に容赦なく力を込める。
カービィは力なく呻く。
化け物はそれが愉快でたまらなかった。
「可哀想なカービィ」
化け物はにやにやと囁く。
「可哀想なカービィ。今まで友達だって信じてたヤツに裏切られたあげク、コ~ンナ目にあってル。可哀想。本当に哀れダネェ―――――同情するヨォ」
「……」
「オヤ?悲しんでルノ?ネェ……泣いてるのカイ?カービィ」
「違うよ」
カービィは咳き込んでから、静かに寂しげに言った。
「本当に泣いてるのは―――――君でしょ?マホロア」
「エ?」
化け物―――――マホロアソウルはその言葉に呆気をとられたのか、ぽかんとする。
「何を言ってるんダイ?ボクは泣いてなんカ……」
「嘘。マホロアはずっと泣いてるよ」
「ついに頭がおかしくなっちゃったのかイ?本当に可哀想ダネェ」
「マホロアの心が泣いてるよ」
「ココロォ?ハハハクダラナイ。そんなモノどっかに捨てちゃったヨォ。それニ心が泣くわけないヨォ。愚か者のカービィ」
「『悲しい』って……泣いてるよ」
カービィは瞳を潤ませる。
よく見ると体が小刻みに震えている。
それは恐怖からでも憤怒からでもない―――――他の感情によるものだった。
見透かされているような視線。
憐れまれているかのような視線。
―――――癪に障る。
「ボクをそんな目でミルナァッ!」
マホロアソウルはより一層カービィを押しつぶさんとばかりに、握力を込める。
「ドウセ何もできないくせニッ!くだらないことヲ言ウナァ!」
「マホロァ……やめて……!」
「ボクはオマエみたいな馬鹿が大嫌いなんだヨォ!わかったよな口ぶりシテ!死にぞこないガァ!」
「ぼ、くは……君を……たすけ……」
「ウルサイッ!ウルサイウルサイウルサイウルサイ!ダマレ!ボクのコトをさんざんかき乱しヤガッテ!―――――死んでシマエェェェエ!!」
マホロアソウルは銀色に輝く刀身を振りかざす。
刃に遠くに浮かぶポップスターの光が反射して、切なげに煌めいた。
カービィは狂気に満ち溢れた絶叫と共に振り下ろされてもなお、目を瞑らなかった。
己の身をズタズタに斬り裂いてしまうそれから―――――それを振るった〝友達〟も、そむかなかった。
彼は死を覚悟していた。
だけど嘆き叫ばなかった。
―――――結末だけがそこに残る。
「……」
カービィは―――――自分のすぐ傍まで迫ってきたのに急にピタリと急停止した剣を、何も言わずに微動せず、見つめていた。
刀身にカービィの姿が鏡のように映る。
本来ならすでに鋭利な刃物によって、彼は真っ二つに両断されている。
いったいなんの偶然なのか、それとも気まぐれなのか―――――突然動きを止まったことによってカービィは死を免れることができた。
これはとても喜ばしいことであるというのに、銀の刃に映っているピンク色の戦士は、ちっとも嬉しそうじゃなかった。
「ア、アレ?」
真上から聞こえた困惑の声。
思考せずともわかる、マホロアソウルの声だ。
カービィを綺麗に一刀両断するつもりで振ったはずなのに、剣は何の手ごたえも感じていない。
それはそのはず―――――腕は瞬間冷凍でもされてしまったが如く、意識せずに固まってしまったのだから。
マホロアソウルは自分の腕をまじまじと凝視している。
「ナンデ?」
もう一度大剣を構え直し、再度カービィを狙って振り落とす。
だけどもまた同じように、刃がカービィの体に食い込む直前で静止してしまう。
繰り返す。
何度も繰り返す。
何度も何度も目の前にいる小さき存在を死のどん底に突き落とそうと、剣を握り続ける。
しかしどの斬撃も、カービィに触れるには一歩とどかなかった。
まるで、自分の体が無自覚のうちに彼を殺めることをためらっているかのようで……。
「ドウ、シテ?」
マホロアソウルは機械仕掛けの人形のさながら、動揺するあまりカタコトな喋り方になってしまっていた。
「ドウシテ……ドウシテ……ドウシテ!?」
駄々をこねる子供のように喚きながら、マホロアソウルは―――――だんだんと自分の力が弱くなってきていることを知覚した。
それはパワーがたりないというわけではない。
そもそもマホロアソウルの魔力の動力源となっているものはマスタークラウン……禁忌の王冠は計り知れないほど莫大なパワーを吸収して蓄えて、マホロアソウルに受け渡し続けている。
そのサイクルは正常に働いている。
なのに、力が弱くなってきているという矛盾。
本人にもわからない―――――マホロアソウルは、カービィを前にして本領発揮ができなくなってしまっているのだ。
拒絶反応なのか、マホロアソウルは身の内に溢れんばかりの魔法力をうまく扱えなくなってきていた。
体に力が入らない。
彼を殺そうとすると、勝手に力がフリーズしてしまうのだ。
「宇宙ヲ支配できる力を手に入れたんだロォ!?ナンデ……ナンデナンデ……ナンデボクはコイツを殺せなイ!?」
剣はただの飾りと成り果てた。
宙に設置された魔法陣は瞬く間に消滅し、虚しく光塵を散らす。
「ボクはキミなんてあっという間に殺せるノニ!ナンデ!ドウシテッ!?」
マホロアソウルは叫んだ。
獣のような咆哮は、異空間を揺るがす。
「願いの為なラ!ボクはナンダッテできるのニッ!!」
今まで保ってきたものを全部完膚なきまで破壊されてしまったかのように、マホロアソウルは叫ぶ。
それはどこか―――――悲痛な悲鳴のようにも捉えられた。
カービィは泣きだしてしまいそうなつらそうな表情で、狂う化け物の手の中で動かない。
〝マホロアはプププランドに行ったことないんだよね?〟
あれは―――――誰の声?
バットで殴られたような鈍痛が頭に走り、マホロアソウルは頭を抱える。
「ナ……ニ……」
頭痛と共に呼び覚まされる、記憶の投影。
走馬灯のように脳裏に流れてくる―――――マホロアソウル……否、マホロアの物語。
〝ないヨォ。ナンセこの地域にくるのハ生まれて初めテだかラネ〟
これは誰の声?
……あぁ、自分の声だ。
マホロアソウルは、嘘の面を被った記憶の中の自分を茫然と見つめる。
偽物の笑顔は相変わらず、上手だった。
〝そっかぁ。じゃあマホロアがハルカンドラに帰る前に一緒に行けたらいいな〟
〝エ?〟
ローアの中で、スフィアを集めてきてくれたカービィが休憩している最中の会話だ。
カービィの屈託のない笑顔に、マホロアはきょとんとしてしまっていた。
〝だってマホロア行ったことないんでしょ?プププランドはいいところだよ!案内してあげる〟
〝……それハ嬉しいナァ。ちょっと行ってみたいト思っていたンダ〟
もちろんこれも嘘。
プププランドに興味なんて一切ない。
場をうまくするための虚言だ。
〝じゃあ一緒に行こうねぇ〟
そう言って手を握ってくれた星の戦士の手の平は暖かかった。
きっと―――――彼は嘘などついたことがないのだろう。
正直で、優しくて、思いやりのある―――――良いやつなんだろう。
―――――マホロアとは正反対。
「ヤメロ……」
マホロアソウルはぶるりと震えた。
湧き上がってきた―――――怯えにも似た恐怖。
蘇ってくる忘れ去りたい過去。
暖かい思い出など―――――いらないのに。
〝カービィ。キミとはズットズット友達だヨォ〟
これも嘘。
作り物の笑顔で、そんなことを軽々と口にする。
するとカービィは疑うことさえせずに
〝うん!〟
とっても幸せそうにはしゃぐ。
―――――その笑顔が、好きになってたのはいったいいつから?
くだらないものと投げ出していたものが急にかけがえのない大切なものに思えて仕方がなく、自分がいったい何をしているのかがわからなくなり、それでも嘘をつき続けることはやめないやめれない自分がそこにはいて、キライなのかスキなのかわけがわからなくなり、嫌わなければならないのにいつしか惹かれていて、だけどそんな自分を信じたくなくて必死に否定して、だけど結局のところは堂々巡りを繰り返して、どうすればいいのか解答が浮かばず、悩んでも悩んでも出てくるのは底無しの虚無感ばかりで、取り返しがつかなくなっていく中、彼の笑顔を潰さなくちゃいけないはずなのに、潰して崩して粉々にしてぶっ壊さなきゃならなかったのに、何故だか嫌だと感じている自分がまたいて、また否定する、自分に嘘をつく、絶対に自分の本心だけには嘘をつかないって決めていたのに、それに逆らう、嘘をつく、傷つけたくなんかなかったはずなのに、はっと気が付けば彼はボロボロ、自分のせい、全ては自分の責任、一緒にいて本当は楽しかったのに、自分に微笑んでくれて嬉しかったのに―――――願いのことをなかったことにしてもいいとさえ一瞬思ってしまうほどで、駄目、駄目、駄目駄目駄目駄目駄目、何もかもが駄目、全部駄目、全て駄目になっていく、自分のせいなのに、何もかも全部全て自分のせいなのに、カービィに勝手に罪をなすりつけた、アイツのせいだ、アイツのせいだって、繰り返し唱える、アイツを殺せば一件落着丸く収まる、そうさもともと彼は駒にすぎなかったんだよ、彼を殺して晴れて宇宙征服、素晴らしい、完璧じゃないか、このプランでずっと昔からやってきたんじゃないか、考えてきたんじゃないか、そうしよう、そうしよう
そしてまた自分に、嘘をつこう。
今更つく嘘が一つ二つ増えたところで関係ない。
もう何百も何千も嘘をつき続けてきたんだから。
一つ二つ増えたところで、ちっとも悲しくない、つらくない、痛くない。
あれも嘘、これも嘘、全部嘘。
嘘、嘘、嘘、嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘!
「ウアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァアアアアァ!!!」
これ以上にないほど絶叫して、マホロアソウルは思い切り剣を振りかぶった。
「!」
カービィは得物がこちらに向かってくることよりも、マホロアの異常に驚愕していた。
ついに耐え切れなくなったのか―――――その両目からはポロポロと涙がこぼれていた。
嗚咽に体を震わせて、カービィは
「マホロア」
と、彼の名前を呼んだ。
剣撃は一筋の閃光となって、周囲一帯を眩しい光で包み込む。
衝撃波が爆風と化し、危うくカービィは吹っ飛ばされそうになるが何とか踏みとどまる。
この攻撃がヒットしていたらカービィは肉片さえも残らず、跡形もなく存在を抹消されていたに違いなかった。
―――――やはり、剣はカービィを貫くことはできなかった。
マホロアソウルは荒く呼吸しながら、やがてゆっくりとカービィを放した。
「っ!」
咄嗟に着地したカービィは、吃驚してマホロアソウルを見上げる。
深紅の瞳は、今までにはなかった落ち着きの色を持っていた。
……戦意喪失の証だった。
「マホロア!」
「ネェ、カービィ」
やっとわかってくれたんだね!と言いかけたところで、マホロアソウルの言葉に制される。
不気味なほど―――――マホロアソウルは晴れやかだった。
まるで何らかのしがらみから解放された後の様―――――。
「ボクのコト……好キ?」
突如、そんな話を振った。
カービィは予想外のことを言われてちょっと狼狽するが、すぐに頷く。
「うん。マホロアはぼくの大切な友達だよ」
「キミにこんなヒドイことしたのにカイ?」
「どんな事情があれ、ぼくにとってマホロアは―――――仲間だよ」
ソッカ、とマホロアは少しだけ幸福そうに笑う。
「ボクもネェ……本当は、キミのこと好きだったのかもシレナイ」
「え……」
「キミが好きな気持ちに、ズットボクはボク自身に嘘をつき続けてたんダァ……馬鹿みたいデショ?でもネ―――――ボクには、どうしても叶えたい望みがあッタんダ」
何を捨てても、何を犠牲にしてでも絶対に掴みとりたかった願いガ、くだらないこの世界にたった一つだけあッタ。それはボクにとっての唯一の最初で最後に道しるべだッタ。それだけが、ボクの全テダッタ。
「力がネ、欲しかったんダ。宇宙を支配しうる力がネ……デモ、それさえどうでもヨクナッチャウくらイ……キミと一緒にいて、楽しかッタ」
「マホロア……」
「ゴメンネカービィ―――――ボクはね、ボクは嘘しかつけなかったんダ。そうするコトでしか生きていけなかったンダ。非力デ情けナイヤツだったんダヨ……」
デモネ―――――
「こんなボクのことヲ、〝好き〟ダッテ言ってくれたのハ―――――キミが初めてだったヨ」
これは嘘じゃないよ。
本当だよ。
マホロアソウルは―――――醜い姿の不気味な瞳から、確かな涙を流した。
そして、剣の剣先をカービィではなく―――――自分に向けた。
カービィはあっと言う間もなかった。
マホロアソウルは躊躇なく、迷いなく―――――マスタークラウンを己自身の手で、壊した。
時空を駆け渡るほどの快音が響き渡る。
冠の黄金のフォルムは剣に突貫され、グラスのように砕け散った。
破片の雨が、神秘的なまでに美しかった。
マホロアソウルの纏った魔力が、闇色の煙となって虚空へ掻き消えていく。
それと共に歪な形態も崩れていき、縮んでいく。
カービィは泣き叫んだ。
マホロアソウル―――――マホロアの名前を喉が潰れんばかりの音量で呼ぶ。
マホロアソウルは表せばマスタークラウンそのもの。
マスタークラウンが心臓と言っても過言ではない。
マホロアはそれを自らの手で、破壊したのだ。
これがいったい何を意味するか―――――カービィは嫌でも理解してしまった。
魔素が粗方消失し、カービィと同じくらいの身長……元の容姿に戻ったマホロアは力なく、音もなく倒れた。
慌ててカービィが駆け寄り、揺すり起こす。
「マホロア……なんてことを……!」
「なんでカナァ……?前のボクなら……絶対、こんな馬鹿なコト……しないヨォ」
やっとのことで絞り出された弱弱しい声を、一字一句聞き逃さんとばかりにカービィはマホロアをぎゅっと抱きしめる。
マホロアは安らかな微笑をしていた。
青色のローブがかすかに揺れる。
「アァよかったァ……コレデキミを、殺さなくてスム……」
「マホロア……!」
「もう誰にモ、自分ニモ……嘘をつかなクテすム……」
カービィの涙が、マホロアの頬に落ちる。
―――――暖かかった。
「嘘をつくノニ、慣れすぎチャッテ……トメられなくナッチャったンダ……本当は、嫌だっタ。嘘をつくタビに、汚いものガいっぱい……イッパイ……心の中に、溜まっていっちゃッテ……駄目にナッテいくんダ……」
マホロアがカービィの手に、そっと触れる。
力を込めてくる。
さっきまでの凄まじい握力と比べたら見る影もない力。
だけど、カービィにはそれがとても大きな力に感じた。
「カービィ……ボクはネ……最後の最後まデ、嘘をツイテばかりで……こんな形でシカ、自分を止めるコトができなかったンダ」
「そんなことないよっ!」
霞むマホロアの視界には、カービィの泣き顔があった。
「そんなことないよ……っ!間違いなんて、そんなもの変えれるよ!変えれるんだよっ!」
「デモ、実際ボクは―――――」
「駄目なんかじゃない!マホロアは駄目なんかじゃない!……ぼくが知ってるマホロアが全部嘘の姿だったとしても……―――――ぼくはそれでも、マホロアが好きだったよ……!」
地に落ちているもう片方の手が、マスタークラウンの残骸にあたる。
マホロアの願いの形。
それはもう―――――繋げられないほど終わってしまっていた。
でも、マホロアは悲しくなかった。
「必ず助けるから……!一緒に帰ろう!一緒にプププランドに行くんでしょ!?約束したじゃん!」
「アハハ……それモ、嘘」
「嘘でもなんでもいい!マホロアはぼくと一緒に帰るんだっ!」
カービィはマホロアを背負う。
疲弊している肉体にはかなり堪えた。
それでもカービィはマホロアを連れて帰るという決心を、諦めようとはしない。
体温を失って、どんどん冷たくなっていくマホロアを―――――何としてでも救おうと。
異空間が崩壊していく。
マスタークラウンの全壊が影響だろう。
このままではカービィたちは巻き込まれて、無の世界に落ちて二度と戻れなくなってしまう。
「カービィ……ボクは今、トッテモ幸セだヨ……トテモトテモ……シアワセ」
マホロアは次第に動かなくなっていく体を、カービィに任せる。
カービィは泣きながら、脱出口を探し求めて彷徨う。
マホロアも泣いていた。
月色の眼から―――――真珠の様な涙を流している。
「ネェカービィ……ボク、ズット……キミに言いたかったコトがアルンダ……言ってモ、イイカイ?」
風が吹けば掻き消えてしまいそうな、呟き。
カービィは黙したまま、ゆっくりと頷く。
マホロアは―――――嘘のない、正直な、本当の笑顔で、涙声で言った。
「ボクと……トモダチに……なってクレル……?」