ハロー・リトルナイト

 

 

※オバ犬とキングテレサがルイマン2本編前に出会っていたらというIf設定なので注意

 

 

―――――

 


「ほう。なかなかの造りじゃねぇか」

 真夜中の空に浮かぶテレサの王―――――キングテレサは不敵な笑みを湛えて、とある大きな宮殿を眺めていた。
 昔は多くの者が暮らしていたであろう建物は、古びていてもなお欠けていない豪奢な雰囲気を残していた。もっとも、草木も眠る丑三つ時にそんな巨大な廃屋見れば幽霊屋敷のようにしか思えないが。
 しかも場所が切り立ったを通り越して断絶された土地で、周りを取り囲むのは大瀑布である。こんなにも大きく豪華な宮殿をこのような辺鄙な場所に立てた理由は何なのか想像さえもつかなかった。 
 不気味で禍々しい空気を発する宮殿―――――オドロ~宮殿をキングテレサはえらく気に入ったのか、先ほどから喉奥から楽しげな笑い声がもれ続けている。
 夜闇に光を与えるのは空で輝く星々と満月。そして紫色をした小さな三日月……ダークムーンと、キングテレサが被っている王冠の宝石だけだった。
 聞こえる音は風の音と、周囲の瀑布の大量の水が流れ落ちていく音と、キングの笑い声のみ。
 それ以外は静寂そのもので、いかにもお化けが好みそうな様子である。
 
「オレ達の本拠地にぴったりな宮殿だな。よし、採用!」

 陰気なテレサにしては珍しく陽気に、キングテレサはハイテンションのまま宙をくるくると踊るように飛んだ。彼が舞うたびに王冠から怪しげな光が放出された。
 
「さてさて中を確認するか。見た目がああなんだしそんなにボロくはなってねぇと思うし。それに……」

 それに、と続けて、キングテレサは繭にしわを寄せてどこか忌々しげに呟いた。

「あのメガネジジイがちょくちょくやってきてるみてぇだしよ」

 メガネジジイ。
 オヤ・マー博士。
 お化けを研究する物好きな老人。
 かつてキングテレサを絵画に閉じ込め、部下のテレサ達もろとも絵画に封じてしまった、彼の憎むべき存在。 
 様々なことが起こったり起こしたりした結果、何とかキングとその仲間たちは全員絵画から脱出することができたが、彼ともう一人の男に対する怒りはまったくもって収まらず、それ以上に日々燃え上がる一方であった。
 この宮殿を本拠地とする理由は実に単純である。
 そう。彼らへの復讐である。
 過去にされた行為に対する、逆襲である。
 そのためにキングたちはオバ渓谷という名前からしてオバケが大量に生息するであろう場所で研究に励んでいるオヤ・マーの在り処を突き止め、ここまでやってきたのである。

「これから始まるぜぇ……オレ様たちの逆襲劇がな!」

 高らかに哄笑して、キングテレサは宮殿に向かって一気に高度を下げて飛んだ。
 たちまち冷たい石造りの庭に到着する。
 
「ん~……庭が若干手薄と言うか、地味だな!」

 思ったことをすぐに口に出すタイプなのだろう、厳しい評価をくだしながらも、わくわくしながらキングは未知の場所を見回していく。まるで探検しに来た子供の様だった。 
 しばし庭を観賞していると、ふと何かがあることに気が付く。

「んん?ありゃぁ……」

 それは古い犬小屋だった。
 木製の造りで、赤色の屋根が愛らしい。だけどもだいぶ古めかしく重いものでも乗せたらすぐにでも崩れてしまいそうだった。

「前にここに住んでたやつは犬でも飼ってたのかね?」

 そんなことを考えていた刹那

『ワウンッ!』

「!?」

 キングの背中に、何かが勢いよく飛び乗ってきた。

「ぬわぁ!」

 突然かかった重さに耐え切れず、キングはそのまま地面に落下してしまう。

「ぶっ!……なんだよっいったい!?」

『ワンワン!』

 犬の鳴き声が真上で聞こえた。
 それを知覚すると同時に、頭頂部にに違和感を感じた。
 不安を覚えてそこに手をやると―――――いつもなら絶対あるはずの王冠が、どこにもなかった。

「オ……オレ様の王冠がぁ!?」

 お気に入りを通り越し、自分にとっては必要不可欠の無くてはならないモノがない。
 それはキングに多大な驚愕を与えた。
 いつまでも倒れたままではいられないと、素早く起き上がるとキングの正面には―――――一匹の白い犬がいた。
 しかしただの犬ではなく向こう側が透けて見える。お化けの犬であった。
 人懐っこそうな表情で、はっはと犬特有の荒い息でキングをじっと見つめている。 
 だけどもそれ以上に、キングは違う部分に驚きを隠せなかった。
 
「なっ!お前ソレ!」

 そう。その犬の足元にキングの王冠が転がっていたからだ。
 魔力を帯びた宝石はキングの魔力を増幅させる力を持ている重要なモノ。秘宝である。  
 そんな価値あるものを―――――犬は迷わず咥えた。 
 咥えて、普通のおもちゃのように扱い始める。舐めたり転がしたり甘噛みしたり……これが偉大なモノであることを知らないがゆえ、できる行動であろう。
 ……おそらくこの犬は価値あるものだと教えられても、普段のおもちゃのようにこれで遊ぶだろうが。
 自分の宝物を粗末に扱われ、キングテレサは悲鳴にも似た声を上げた。

「うわぁっ!?おまっ!何つーことを!!それをなんだと思ってんだ!?オレ様の宝……テレサの王の証だぞ!?」

『ワンッ』   

 犬は楽しそうに、王冠を咥えたまま可愛らしく吠えた。
 キングが遊んでくれるのかと勘違いしたのだろうか、そのままいきおいよくキングとは反対方向に走っていく。追いかけっこしようよ!と誘うように。
 
「なっ!!おいコラ待ちやがれっ!待て!待てったらぁあああ!!」

 ぎょっとして慌ててキングも後を追いかける。
 逃げ足の速い犬である。テレサやお化けじゃなかったら、もしくは特殊なライトで照らしださねばすぐに足跡を見失ってしまうだろう。幸いキングはテレサ。それも王様である。力は膨大だ。

「くおらぁああああワンコロをおおおぉ!オレ様をなめやがってええぇ!ただじゃおかねえぞおおぉ!!」

 そんな王様がたかが犬に対してここまで激昂するとなると、第三者は不安を覚えてしまうかもしれないが。
 とにかくキングは犬の後を追い、オドロ~宮殿に吸い込まれるように入っていった。
 これが長い長い、一夜限りの鬼ごっこの始まりであり―――――夜明けまで集結することは無かった。

 

 

 ◆

 


「ぜはー……ぜはー……やっと……捕まえたぜ……ワンコロぉ……!」

『ワウンッワウン!』 

 夜空を一望できるメインバルコニーにて、疲労困憊状態のキングは全然疲弊の色を見せず相変わらず嬉しそうに吠えている犬を片手で抱え、もう片方の手で取り返した王冠を掲げていた。
 長い長い鬼ごっこはようやく終了し、勝利の女神はキングに微笑んだようだ。
 もとはこの宮殿の中を下見に来たキングであったが、犬との追いかけっこの間に建物内のほぼ全てを回ってしまい、だいたいの内部の様子は把握できてしまっていた。これを良いことなのか悪いことなのかと捉えるのは本人次第だろうが。
 つまりは広大な敷地内を長時間全力で駆けまわり続けたことにより、さすがのキングも非常に疲れた様子で、お化けのくせに荒い呼吸を繰り返している。
 
「あーあーあー……きったねぇ……」

 奪い返したお気に入りの王冠は犬の涎でべとべとになっており、なかなか悲惨な見栄えになってしまっていた。幸い傷はついてない様子ではあったが。
 キングは顔をしかめながらもどこからともなく取り出したハンカチで、腫れ物を扱うように慎重に大事そうに王冠を拭き始める。
 自由の身となった犬は罪悪感の欠片も感じてない晴れやかな表情で、キングにすりすりとすりよって甘えた声で鳴いた。

「はぁ……オメェよぉ」

 呆れの溜息をつきながらも、キングは犬を突き放したりなどはしなかった。
 こんなにも無垢では怒る気も起きない。
 とりあえずは涎を拭い、王冠が元の光沢を取り戻すまで頑張って磨く。
 その間も犬は片時もキングの傍を離れず、彼の作業が終わるのをずっと待ち続けていた。 
 だいぶ時間が経ち「まぁこれでいいだろ」とキングは再び王冠を被る。

「やっぱりこれがないと落ち着かないぜ」

『ワンッ』

 待ってましたと言わんばかりに犬はキングに飛び付き、その顔をぺろぺろと舐めはじめる。

「わーっ!ヤメロ!今度はオレ様で遊ぶんじゃない!コラッ!」

 怒鳴りながらもくすぐったそうに顔をほころばせてしまうキングであった。
 なんだかんだで追いかけっこをして、彼に愛着がわいてしまったのかもしれない。
 だけども舐められっぱなしではいられないので、強引に引っぺがす形で犬の両脇に手を差し入れて抱える。
 本物の白い月と沈静をつかさどる紫の月が、テレサの王と犬のお化けを静かに照らす。
 頭上で瞬く幾千もの星が、世界を幻想的なモノクロームに変えている。
 しかし夜の時間はもうじきに終わり、満月と入れ替わるように太陽が表舞台に顔を出すのを待っていた。
 夜の世界の終幕。つまりそれはお化けの活動時間の終わりでもあり、日の光を愛する生命たちの目覚めの時でもある。
 
「お前はこの宮殿に住んでいるのか?」

『ワンワン!』

 いくらキングでも犬の言葉はわからない。
 そもそも犬もキングの言葉を理解しているのだろうか。それさえもわからない。
 苦笑せざるを得なかった。 
 しかし、犬がこの宮殿に住んでいようがいまいが、どうやら飼い主はいないようである。飼い主がいれば夜にこんなお調子者を外に放したりはしないだうから。
 だけども一応問いかけてみる。

「飼い主はいないのか?」

 すると、途端に犬は今までの活発な様子を崩し、暗くしゅんと沈んでしまう。
 その様子だけでやはりこの犬には飼い主、主人はいないのだろうと把握できた。

「そうか」

 同情するつもりは一切ないが、なるべく優しくキングは犬の頭を撫でた。
 それだけで犬はとても幸福そうに、気持ちよさそうな鳴き声を上げる。

『ワンッ』

 犬は言う。
 犬の言語で、精一杯キングに自分の思いを伝えようとする。
 「もっと遊んで」と。健気に懇願する。
 そこで気が付く。この犬は寂しいのだと。
 一緒に遊んでくれる者がいなくて、傍にいてくれる者がいなくて、心細いのだと。
 今だってこうしてキングといられることが嬉しくて嬉しくてたまらないのだろう。
 
「そうだな……」

 バーガンディカラーの瞳を少し瞑って、キングは犬に正直に答えを言った。

「悪い。オレ様はいつまでもお前と遊んではいられない」

 キングがここにやってきた理由は復讐であり、遊ぶことではない。
 たくさんのテレサを指揮し、指示をだし、命令を下し、行動せなければならないのだから。
 その答えを聞いて、また犬は悲しそうにうつむいてしまう。
 だけどもキングも犬をこのまま放置するのも、どうにも後ろめたくて仕方が無かった。
 しばらく思考し、やがてとあるアイデアを思いつき、犬に教える。
 なかなか邪悪な笑みを口元に浮かべながら、愉快気に笑った。

「でも、お前のことを可愛がってくれそうなヤツに一人だけ思い当たりがあるぜ」

 犬はきょとんとしながらも、キングの言葉に耳を傾けた。 
 
 それは―――――

 

 

 ◆

 

 

 いかにもお化けや幽霊が出没しそうなほどの歴史を感じる洋館の玄関の扉の鍵を開ける者が一人いた。
 木の軋む音とどこか恐ろしげな隙間風を耳にしながら、その者は震える手でドアノブを握りしめ、ゆっくりとドアを動かす。
 緑色の帽子にオーバーオール。いかにも気弱そうな顔つきに手入れされている髭。そんな人物。茶色のドタ靴を履いた足をおそるおそる前へ前へと出し、薄暗い屋敷の中へ入っていく。
 お化けの犬は、誰かが屋敷に侵入してきたことにすぐに気が付いた。
 気付いて今すぐにその者に飛び付きたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えた。
 脳裏であの夜にテレサの王に言われた言葉が蘇り、再生される。

〝いいか?よく聞けよ。ソイツはオレ様が知る限りすんげえ優しい人間だ。甘すぎてむせ返りそうになるくらい優しいぞ。だからお前をいつまでも可愛がってくれる〟

 とにかく優しいやつだと説明された。
 犬は飼い主になってくれるのなら優しい人のほうがいいなと思っていたので、素直に嬉しかった。
 だけども次の言葉の内容が問題だった。

〝だけどそいつはえらく臆病でよ。お化けが大の苦手なんだよ。なっさけねぇよな!だからよ、絶対にいきなり飛び付いたりするんじゃねぇぞ。アイツのビビり性は異常だからな。すぐに悲鳴あげて逃げ惑っちまう。近づいていくならゆっくり、じっくり、時間の経過を見て、アイツが少しずつ慣れるまで、頃合を見計らえ。まぁアイツはお化けが嫌いっつっても凶暴なやつばっかしか見てきてねぇから、お前が敵意さえ出さなければ何とかなる……はずだ!そこはお前が何とかしろ!アイツを観察して、アイツが自分の飼い主に相応しいかきちんと見極めてこい〟

 難しそうだなぁと、犬は最初戸惑ったが、その困難なところがまた面白そうだと感じ、わくわくしていた。
 誰でもいいから遊んでほしい。自分に構ってほしい。
 あの緑の男は、そうしてくれる人間だろうか?
 不安な気持ちはなかった。なんだか今日はやけに気分が良く、はしゃいで暴れて走り回りたい。そのくらい元気いっぱいだった。
 様子を窺おう。あの男の行動を見守ろう。そして頃合になったら、悪戯をして遊ぼう。
 犬は嬉々として、男に聞こえないくらい小さな声で『ワウンッ』と吠えて、そのまま暗い屋敷の中を音も無く駆けていった。  
 あの人間が未来の飼い主になってくれるのかと思うだけで胸が高鳴るのを感じながら走る。
 お化けなのに、こんなにもわくわくしているのが奇妙でならなかったけれど、そんなことはすぐに忘れた。 
 
 なんだか今宵は調子が良い。
 いつまでも、遊んでいたい。

 そんなことを思いながら、お化けの犬は歌うように鼻を鳴らして、姿を消した。

 

 

 ◆

 


「あ、しまった」
 
 犬が緑の男を見つけるよりも前に、はるか上空を飛行していたキングテレサが忘れていたことを思いだしたのか、唐突にそうもらした。

「オレ様の復讐が成功しちまったら、結局あの犬は飼い主を手に入れられねぇじゃないか」

 困ったようにキングテレサは唸り、数十秒後に「そうだ!」と閃く。

「復讐が成功したら、オレ様があの犬を飼ってやるか。なんだ最初からそうすればよかったじゃねえか!復讐が成功したらあの犬のご主人様はオレってこと、決めとけばよかったよ!」
  
 犬は嫌いじゃない。
 躾ければ主人に忠実に従うし、なかなか愛らしいし。

 そんなことを独り呟きながら、大きな口を限界まで歪ませて、キングは実に不気味な笑みを作った。

「まぁ全てはここからだよな。覚えてろよメガネジジイにルイージ!さぁ、復讐劇を始めようぜぇ!」

 空に浮かぶ紫の三日月。ダークムーン。
 オバ渓谷のお化けたちの凶暴性を押さえ、沈静化させる役割を持つ―――――キングテレサにとっては実に厄介で、邪魔なモノ。
 
「―――――悪いなぁワンコロ。全てが終わったらやっぱりオレ様が飼い主やってやるよ」

 ケタケタと狡猾そうに笑いながら、キングは王冠を輝かせ―――――霊気を帯びた稲妻を放った。
 強力な雷はダークムーンを一閃し―――――砕いた。 
 
 幾つかに分裂し、闇の中で散らばって落ちていくそれらをテレサの王は嘲笑いながら見送った。
 

 空に残ったのは無数の星の群れと、本物の月だけであった。

 キングの姿は夜闇に溶けるように消えて、もうどこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

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