※死ネタ注意

 

―――――

 

 

「ボク、明日死ぬンダ」

 マホロアは笑いながら、そう言いました。

「そうなの?」

 カービィはきょとんとしながら、目を丸くしました。

 具体的にはお日様が沈んで、お月様が昇って、今日が終わりを告げて、明日が始まりに目覚めて、数字が一つずれ動いたら

 

 

 ~マホロアが世界から消えるだけのお話~

 

 

 

 ◆

 

 

1.  明日、世界が滅びます

 

 

 

 ソンなの嘘に決まってるじゃないカァ!

 

 ◆

 

 マホロアはひどい嘘つきです。
 ひどいにもランクがあるかもしれないが、マホロアの場合は最上位に立つレベルのとんでもない嘘つきです。
 呼吸をするように平気で嘘をつくし、鼻唄を刻むように嘘をつく。楽しむように嘘をついては、誰かを困らせる嘘をつく。
 天性の嘘つき。嘘つきの才能。凄まじいホラ吹き。つまり、すごく性格が悪いのです。
 世間的に見れば性根の品曲がった悪い子のマホロアは、ある時宇宙を支配しようと目論みました。
 理由はよくわかりません、だけどマホロアにとっては一大決心だったのでしょう。
 企みは途中までは好調に進んだが、最後の最後で大失敗。
 あの時マホロアは星の戦士達に倒されたはずでした。
 それなのに、

「あんまり驚かないんダネ、カービィ。予想なら今頃血相を変えてたまげてるハズなんだケド」

 マホロアは今、カービィの目の前でけらけら笑っています。
 お茶碗を逆さまにひっくり返したようなカービィの家には、カービィしか暮らしていないはずだけれど、図々しくマホロアは上がり込んでいます。カービィの椅子を勝手に占拠している時点で非常に悪い子です。何様なんでしょう。

「驚くも何も」
 
 カービィは相変わらずきょとんとしたままクッキーを口に運びました。甘くて香ばしいクッキーはカービィの好物です。そもそもお菓子でカービィの好物で無いものはありません。

「嘘でしょ?」

 カービィは、マホロアに信じがたい目を向けるわけでもなく、悲観に暮れるわけでもなく、はなから信じていない様子でした。
 それに対してマホロアは少し面白くなさそうに、むっと目を細くしました。お月様の色の瞳が線のようになるのは、お月様そのものが流れ星となって落ちていくみたいです。

「嘘じゃないヨォ。ボクがキミに嘘ついたことなんてあったカイ?」

「それも嘘。マホロアは毎日ボクに嘘ついてる」

 毎日のようにマホロアはカービィに嘘をつきます。こんなにたくさんのホラのネタがどこから沸いてくるのか不思議になるくらいたっぷりの嘘を、カービィにつきます。
 おかげでカービィは嘘に慣れてしまい、最近ではマホロアの嘘話を聞き流しています。苦痛の表情は一切見せないので、おそらくは嘘を流すベテランになっています。

「そんな悲しい嘘をつくくらいなら、もっと楽しくなる嘘をついてよ。ほら、前に雲が全部綿菓子になる嘘とか、海がソーダになる嘘とか、溶岩がマーマレードになる海とかついてくれたじゃん。そういう嘘をついてよ」

 カービィの頭の中は甘い夢のような食べ物でいっぱいです。
 マホロアはやれやれと呆れの溜め息をつきます。

「ホンット〜にいつまでたってもキミはバカダナァ。ボクは人が嫌がるような嘘をつくのが好きなんダヨ」

「いじわるだなぁ」

「ウン!ボクはいじわるダヨォ」
 
 そんなマホロアは、カービィにしか見えません。
 宇宙の命運を賭けた死闘からしばらくして、気づけばマホロアはカービィの傍にいました。本当にいつの間にいたのです。
 当初カービィは驚き、マホロアが戻ってきたことを仲間達に告げようとしましたが、誰もマホロアのことが見えませんでした。
 それどころか、誰一人としてマホロアを覚えてる人はいませんでした。
 共にマホロアと戦った仲間達さえも、マホロアを記憶していません。まるでマホロアのことだけが思い出の書棚からすっぽり抜け落ちてしまったかのようです。
 カービィは皆がマホロアのように嘘をついてるだけだと思いましたが、どうにも皆マホロアを覚えていないようだとわかると、カービィはマホロアの嘘に付き合えるただ一人の存在になっていました。
 何故マホロアがここにいるのか、幾ら本人に尋ねてもはぐらかされるだけで何も答えてはくれません。
 だけどこのマホロアがあの時のマホロアであることには間違いありません。だって、こんなに上手に嘘をつけるマホロアが偽物のわけがありませんから。
 ……と、少なくともカービィはそう思っています。
 自分以外には誰にも見えないマホロアと一緒に過ごしてそれなりに時間が経過しましたが、やっぱり誰もマホロアを知らないのです。
 今日もマホロアが紡ぐ嘘に付き合う。それがカービィの日課でもありました。

「それじゃあもしマホロアが言う、明日死ぬってやつが本当なら、マホロアはどうしたいの?」

「どうしたいのッテ?」

 カービィの質問にマホロアは身を傾げます。

「明日いなくなっちゃうなら、今日やりたいこと全部やっておかないと。美味しいご飯食べたり、美味しいお菓子食べたりしないと」

「キミって頭まで全部胃袋なのカイ」

「とにかく今日中にマホロアがやりたいことやらなくちゃ」

 とにかく未練を残さないようにやりたいことをやり遂げないと駄目だというカービィの意見には、マホロアは納得します。
 頭が胃袋の割りにはまともなことを考えられるなあと、関心したのもありますが。
 
「嘘でも嘘じゃなくても、今日は暇だから付き合ってあげるよ」

「今日はじゃなクテ、今日もデショ?キミの場合ハ」

 プププランドは毎日が日曜日なので、必然的にカービィは暇なのです。
 星に危機や異変が迫らない限り、戦士はいつまでもお休みできます。忙しい人からすれば何て怠惰な生活!と、叱られてしまいそうですが、ポップスターはそれが当たり前なのです。

「やりたいことネェ……」

 マホロアはしばし黙して考え、やがてにやりと邪悪な笑みを浮かべます。
 このような顔をしている時のマホロアは、決まって悪巧みをしています。

「ソウダ、カービィ。ボクの願いを三つ叶えてヨォ」

「三つ?」

「三つダヨ」

「三つだけでいいの?」

「流れ星にお願いする時は三回同じコトを唱えるダロォ?それと同じで、〝3〟って縁起の良い数字らしイヨ」

「ふうん―――――でも、お願いって言われてもぼくはギャラクティック・ノヴァみたいにすっごい願いを叶えられるわけじゃないよ?」

「安心シテ、そこまで期待してないカラ」

 にこやかなマホロアにカービィはちょっぴりむっとしますが、チョコ味のクッキーが美味しかったので許すことにしました。

「それじゃあお願いを言ってよ」

「モチロン」

 再び思考を始めるマホロアでしたが、先ほどよりもずっと短い時間で終わりました。
 一つ目の希望を思いついたのか、マホロアは高らかに宣言します。

「ポップスター中に嘘を振りまいてやりたいネェ!」

 カービィはクッキーをむしゃむしゃ頬張り、

「いいんじゃない?」

 特に反対せずに、お菓子を完食するのでした。


 

 ◆

 

 

2.明日、世界中の海が干上がります

 

 

 

 


 嘘、嘘、嘘ダヨ!騙さレタ?

 

 ◆

 

 その日、ポップスター中にわけのわからない奇妙な出来事が起こります。否、起こりまくります。

「明日空から飴が降るよ〜っ!」
 
 ワープスターに乗ったカービィが、ありもしないありえないことをそこらじゅうに伝えて回っているのです。
 街にも、森にも、海にも、砂漠にも、雪山にも、地底にも、ポップスターの至る所でカービィは楽しげに叫びます。

「おいおいカービィ、そのギャグはつまらないぞ」

 もちろんたくさんの人がカービィの言葉を信じませんが、それでもカービィは続けます。

「本当だよ、降るんだよ。ピンクは苺味で、黄色はレモン味、緑色はメロン味で、白は……えっとえっとハッカ味とか!」

 後半になるにつれて即席で適当に考えた感が、ひしひしと目に見えて伝わってきます。

「とかってなんだよとかって」

「とにかく降るんだよたくさん!飴が」

「降ったらそれはそれで楽しそうだけど、どうせ嘘だろ?」

「信じるか信じないは自由だよ!」

「なんだそりゃ」

 雨ではなく飴玉が降るだの、蛇口からジュースが出るだの、雪がお砂糖になるだの、カービィが教える明日の予報は甘い物だらけです。
 もちろん全部嘘ですが、気の良い人達はカービィの嘘に載ってくれたりもしました。飴の日用の傘は透明で大きな瓶がオススメだそうです。
 そんなことを繰り返し繰り返し、抜けるように澄んでいる青空をワープスターは駆けます。光の尾を引いて、星を一つに繋ぎ合わせるかのように、迷いなく真っ直ぐどこまでも飛翔します。
 夢のある嘘を、真実のように振り撒きながら。

「カービィ、カービィ、聞いてるのカイ、カービィ!」

 カービィと一緒にしがみつくようにワープスターに乗っているマホロアは、いかにも不満そうな顔をして言います。

「何でさっきカラお菓子関連の嘘しかつかないんダイ!そんなにキミ、お腹すいてるのカイ!?」

「え?だって、お菓子いっぱいになるような嘘のほうが良いじゃん。気分も美味しくなるよ」

「キミの思考と基準はオカシイ!」

 晴れやかなにこにこ笑顔のカービィをぶん殴りたくなるマホロアですが、この体ではそれが叶わないのが悔しくてなりません。
 〝ポップスター中に嘘を振りまく〟というマホロアの要望ですが、マホロア本人の姿は見えない―――――つまり声も気配も認知されないということなので、結果的にはカービィの口から嘘をつかなければなりません。
 しかしお気楽なカービィのつく嘘は、一発で嘘だとばれてしまいそうな安直な物ばかりで、マホロアはうんざりしているのです。今だけこのお馬鹿な星の戦士の口を手動で操作したいとさえ思っていました。

「ソレにしたって嘘が甘っちょろイヨ!何かモット……世界が滅びるとか、すごい嘘ついテヨ!」

 マホロアの注文する嘘は、先ほどから無駄に規模が大きな物ばかりです。
 しかしカービィは「それは駄目だよ」と、拒否します。

「そんなこと言っても皆、ぼくが世界を救ってくれるってなるから怖がらないよ」

「……」

 今まで何度も星と宇宙を救っている星の戦士は紛れもなく眼前にいるカービィなので、何も言えません。
 どれほど能天気で危機感が備わっていないと言っても、カービィの実力は本物なのです。ポップスターの人々からも信頼されています。それこそ、嘘みたいに本当の話なのです。

「ぼくは悲しい嘘より、楽しい嘘のほうが好きだよ!」

「アノネ、カービィ。それじゃあただの道化ダヨ」

「ピエロ?ピエロならコピーできるよ?」

「ボクは別に、笑い者になりたくて嘘をついてるんじゃナイヨ」

 いつしかマホロアの頭の中には、宿敵であり悪友でもある道化師の姿が浮かんでいました。
 笑い者になりきれず、星一つ掌握できなかった哀れな道化師。
 彼は今、どこにいるのだろう。カービィに倒されて、どこに堕ちていってしまったのでしょうか。

「でも、ぼくはピエロ好きだよ。楽しいし、皆に笑顔をくれるよ!」

 もしかしたらカービィも今、あの道化師のことを思い出していたのかもしれません。
 だけど、誰だって望んで笑い者役になりたいわけじゃないでしょう。

「ねぇ、この前マホロアが言ってくれた世界がお菓子の国になっちゃうって嘘使っていい?本当にお菓子の国は毛糸の国にあるけど、この場合皆知らないから嘘ってことにしちゃっていい?それか、星が金平糖になるって嘘でも」

「何ダカ、やる気がそげてきたナァ……好きにすればいいじゃなイカ」

 もうどうにでもなれと言いたげに頭を抱えるマホロアでしたが、聞き覚えのある声にぴくりと耳を動かしました。
 上空にいるカービィ達にもはっきりと聞こえる声は声量があり、カービィもまたよく知る声の持ち主から放たれています。
 いつの間にかカービィ達は、プププランドの自称大王が構えているデデデ城の辺りまで飛んできていたのです。

「よお、カービィ。星の戦士からホラ吹きに転職したのか?」

「?」

 カービィが嘘をついて回っていることはすでに知っているのか、城のバルコニーからデデデ大王がにんまりと笑っているのが見えます。
 その隣には部下であるバンダナワドルディ、後ろには剣士メタナイトがいます。
 
「懐かしい面々ダネェ」

 かつての仲間であり、敵でもある三人を見回して、マホロアはくつくつと小さな笑い声をあげました。 
 カービィにしか聞こえない声です。

「バンダナ、デデデ、メタナイト」

 三人の名前を呼んで、カービィはワープスターを上手く操り、バルコニーの縁に着地します。

「カービィさん。エイプリルフールは今日じゃありませんよ」

「わかってるよ」

 いくらカービィでも今日が嘘をついても良い日ではないことはわかっています。
 そもそも、一年で進んで嘘をついても構わない日はたった一日しか存在しません。
 毎日嘘をつくマホロアは掟破り、規則破りとまではいかなくても、やっぱり悪い子です。

「無闇に口から出まかせを撒くことは望ましいこととは到底言えないぞ。いいかげん控えろ」

 もっともな注意をしてくるメタナイトですが、生憎今日ばかりは聞き入れられない理由があるのです。

「それにしたって、急にホラ吹きを始めたのはどういう風の吹き回しだ?」

 デデデ大王が素朴な疑問を訪ねてくるので、カービィは一息置いてから逆に聞き返します。

「皆―――――マホロアのこと、本当に何も覚えてないの?」

 唐突に〝マホロア〟を話題に出され、三人とも困惑気味の顔つきになります。
 カービィがマホロアについて問うと、誰もが決まってこのような顔をするのです。

「またその話か?オレ様はいつも知らないって言ってるだろ」

「ごめんなさい。やっぱり僕も知らないです……。カービィさんがそこまで言う人だから思い出さなくちゃいけないんでしょうけど、何もピンと来なくて」

「何度も言わせるな。聞き覚えも無ければ見覚えも無い。そもそもポップスターにそのような名前の者は暮らしていない」

 三人はカービィから何度も同じ質問をされているので返答には慣れていますが、カービィはいつまでも違和感が拭えないのです。
 三人が嘘をついているようには見えないし、三人からすればカービィが正体不明の存在についてがむしゃらに追求しているように思えていることでしょう。まるで何か悪い者に取り憑かれているかのように。
 マホロアは、すぐ隣にいるのに。

「ホラネ、カービィ!やっぱり誰もボクのコト覚えてなんかいなイヨ。」

 残酷な回答を気にも留めていないのか、マホロアはいたって陽気に真っ白な手袋で覆われた手を、リズム良くぱたぱたと振っています。
 マホロアもカービィと同じように、自分の存在が認識されないことを把握しています。だからといって嘆き悲しむことも、苦悩することもありません。
 ポップスター全体から見れば、マホロアはとんでもなく悪党です。宇宙を支配し、ポップスターを我が手に収めようとした過去は言い逃れができません。
 誰にも見えず、誰にも触れられず、全ての人々からマホロアに関連した記憶が消失している。そんな原因不明の状態に、マホロア本人は何も困りません。
 今の彼は、嘘をつくことしかできないのですから。

「―――――いるよ」

 ハイテンションで明るいマホロアとは対極に、カービィはひどく静かに呟きます。

「マホロアはいるんだよ。ここにいるんだよ。皆、気づいてないだけで、本当にいるんだ。これは嘘なんかじゃなくて―――――ただ、ぼくだけがわかってるんだ」

「……カービィ?」

「カービィさん?」

 独りでぶつぶつと何かを呟き続けるカービィが心配になってきたのか、バンダナワドルディは駆け寄ります。

「ぼく、帰るね」

 バンダナワドルディが引き止めるのも聞かず、カービィは不可視のマホロアを乗せたままワープスターを発進させました。
 星を模した乗り物はあっという間にバンダナワドルディ達の視界から消え、青空を切り裂くように飛び去ってしまいます。
 デデデ大王とメタナイトも何か口にしたような気がしますが、内容を聞き取ることはカービィにはできませんでした。

「いいのカイ?お話するんじゃなかっタノ?」

 デデデ城が眺められなくなるほど上空高く飛び上がり、カービィは気にしないでと言うように無言で身を振った。
 そして、空の青にワープスターの星が馴染む頃に、カービィはマホロアに問いかけるのです。

「どうして君は、ぼくにしか見えないんだろう」

 見えないキミは、本当に幽霊みたい。
 寂しげなカービィとは裏腹に、マホロアは愉快でした。

「きっと、キミとボクは一番仲良しだったからじゃナイ?」

 仲良く笑い合い、お話をし、最後に斬り裂かれ斬り裂いた二人の関係。
 カービィはマホロアの言葉を嘘だと決めつけたくなかったけれど、それが真実であると受けとめることも難しかった。
 カービィだけではなく、バンダナやデデデ大王もメタナイトも、皆同じくらいマホロアを大事に思っていたはずなのに。

「カービィ。早く二つ目のお願いを叶えてヨォ。そうしないとボク、今日中に終われないカラ」

 意地悪な表情を湛えたまま囁くマホロアに、カービィは「そうだね」と返し、ワープスターを加速させた。

 

 

 ◆

 

3.キミとボクはずっと友達です

 

 

 


ソレは―――――キット―――――何か―――――――が――――――――壊れ――――――――――違ウ―――――アア、――――――――違―――――――トモダチ――――――――――

(答えを教えて……)


 ◆


「二つ目のお願イハ、一番綺麗な景色が見えるところに連れて行っテヨ」
 
 カービィはポップスター生まれではありませんが、旅人としてこの星にやってきていらいずっとここで暮らしています。なので、この星はカービィにとっての出身地であり、故郷に等しいのです。
 慣れ親しんだ星に、お気に入りの場所はたくさんあります。それこそ星の数ほど、一つ一つに愛着があります。
 そんなカービィが特に気にいっているのは、満天の星が綺麗に一望できる丘の上です。花々が香り、涼しい風がそよぎ、星が歌うように煌めく場所です。
 カービィは迷わず、マホロアをそこに連れて行きました。丁度その頃には空は夕焼け色に化粧直しを始め、お日様は眠りにつく前に最後の力を振り絞り、大地を茜色に染めます。
 影も赤色に呼応するように色を濃くし、夜が作り出されていきます。
 眠りにつく朝と昼、目を覚ます夕と夜。
 マホロアの言葉が嘘偽りないのなら、時間は限られてきています。

「真っ赤ダネ」

「うん」

「何ダカ、懐かしくなってきたナァ」

 夕暮れを飛ぶワープスターも光の反射で赤みを帯びて、一足先に空に顔を出した星屑を想起させました。
 眼下にはポップスターの大地が窺えますが、ぞっとするほど高い場所を飛行しているので決して足をつけられません。

「ボクはね、青色が好きなンダ」

 唐突に語り出すマホロアは青の色。名残惜しむように消えていく青空の色を纏っています。くるくる踊るように回れば、小さな天空が渦を巻くことでしょう。

「青はローアの色だかラネ、大事な船の色」

 マホロアが大切に扱っていた伝説の船、ローアはどこにいるのでしょうか。
 決戦を終えてすぐに、ローアはランディアと共に異空間の彼方へと飛んで行ってしまいました。
 カービィも、かつてローアの所有者であったマホロアも、天かける船の行方を知りません。

「大事な船って言いながら、あの時すごく乱暴に使ってたよね」

 蒼穹を基調にした色彩とデザインで構成されていた船を、マホロアは遠慮なく闇の色で染め上げてしまったことをカービィは知っています。オーバーテクノロジーを積み込んだ科学の船が、個々の意志を持つかのように悲鳴を上げていたことを、カービィは実際に目撃しています。
 何せ、カービィ達が魔力に操られたローアを救いだしたのですから。
 魔術師マホロアという敵の手から、未練と感情もろとも引きはがすように。
 
「ローアは、タダの駒だカラネ」

 涼しい前言撤回に、カービィは「また嘘をつくんだね」と、静かに笑いました。

「そうダヨ。ボクは虚言の魔術師だカラ、嘘しかつけないカラ」

「君はちっとも変わらないね」 

 マホロアと話しながら、カービィは彼と出会ったばかりの頃の物語を目蓋の裏に呼び覚ましていきます。
 目を閉じれば夢を見るように、過去の面影が辿れました。
 星の無い目裏の闇に浮かび上がるのは、仲間の姿と旅人であったマホロアの姿です。始めは蜃気楼のように曖昧に揺らめいていましたが、やがて安定してきます。
 記憶を呼び戻したカービィには、あの時のことはつい最近のようで、百年も昔のことのように思えました。
 それこそ何億光年先の未知なる銀河に、時間だけを取り残してしまったかのようです。それでも鮮明に甦ってくる過去の情景と出来事は、思い返せばどれも奇妙で、笑い出してしまいそうなエピソードもありました。
 どこからともなく不思議な船がプププランドに落っこちてきて、失われた船のパーツ集めを手伝うことになり、ポップスターのいろんな場所を巡り、時には危機や災難に直面したけれど仲間と協力して乗り越え、様々な思いを込めて船のパーツを全て回収し、最後に船は完成して何もかもがハッピーエンドで終わるはずだったのに―――――。
 どうしてああなってしまったのか、どこで道筋を誤ってしまったのか。何もかもが最初から仕組まれていたことだと種明かしされた時、たった一つのかけがえのない素晴らしい思い出が、永遠に取り戻せない忌まわしい因縁へと歪んでしまった。
 でも、一番の悪者はカービィのすぐ後ろにいるのです。
 本当なら憎むべき相手なのでしょうが、カービィには憎悪の気持ちが欠如していました。
 欠如と表するよりも、ただ薄れているだけでした。朝に目覚めて、直前まで見ていた夢の内容を忘れてしまうのと同じように、どこかぼんやりとしているのです。
 そのままいけば、カービィも仲間達と同様にマホロアのことを忘れていたのかもしれませんが、そんなことはカービィにだってわかりません。  
 何もかもから忘却されたマホロアと過ごしてそれなりの時間が流れました。
 それでもカービィは、マホロアを振り落とす気にはなれないのです。

「もう少しでつくよ」

 喋っている間にもワープスターは、雲の海を泳ぐように前進します。ふかふかの空の大海は風に乗って、悠久の時間の旅に出ています。カービィ達は雲海の流れに逆らってひたすら突き進みます。
 綿雲は夕日を透かし、はっきりとした橙と黒のコントラストを描いています。まるで、正義と悪を一刀両断にするように、きっぱりしています。
 正義と悪。正しいこと悪いこと。良くないこと悪いこと。良い子悪い子。間違っていないこと間違っていること。
 倒し倒されて、いがみ合い、対立して対局し、空と海のように交わらず、鏡合わせのように似ていて、現実と夢のように遠く、真実と虚偽のように近く、答えが出てこないモノ。
 結局のところ、誰が正しかったのでしょう。
 結局のところ、誰が間違っていたのでしょう。
 結局のところ、何が変わったのでしょう。
 結局のところ、何も変わっていないのかもしれません。
 バンダナワドルディやデデデ、メタナイトからすれば唐突に起きた宇宙の危機を、未然に防ぐことができた〟という穴だらけの記憶しかないのです。記憶の中の経験と体験しか身の内に刻まれていないのです。
 それならばここにマホロアがいなくても、誰もマホロアを知らないのですから

 マホロアが存在する意味なんて、どこにも無いのでしょうか。
 
 嘘しかつけない者に、存在する意義はあるのでしょうか。
 誰にもわかってもらえない者は、はたして存在していると言えるのでしょうか。
 
 ねえ、君はいったい誰だっけ。
 ボクは虚言の魔術師のマホロアダヨォ!
 ―――――王冠はもう、壊れてしまっているのに。

 丘に到着すると、待ちわびていたかのように夜が降りてきました。
 緑の草地に着地したカービィとマホロアは、並んで空を見上げました。
 幾千もの真珠の粒を散りばめて、飾り付けが施されている星空は幻想のようで、宇宙の広大さをこの目で感じ取ることができました。
 
「ヘ~、ナカナカ絶景ダネェ」

 軽い感嘆の声を上げるマホロアは、じっと星々を見つめます。
 天蓋の向こう側までも見通すように、何かを探し求めるかのように、月の瞳を凝らします。

「綺麗でしょ。ここが一番綺麗に星が見える場所なんだよ」

「ウン、それは本当見たいダネ―――――キミはボクと違って嘘をつかなイシ、単純だからイイネ」

 くすくすと面白そうに笑うマホロアに、カービィは星の数を下から数えながら言います。
 
「どうせ嘘だろうけど、本当にマホロアが死んじゃうなら、最後に聞きたいことがあるんだ」

「何ダイ?」

「マホロアにとって、ぼく達って何だったのかな」

 1、2、3、4、5……羊を数えるよりもずっと大変で、遠い作業。
 1に思い浮かべるのはカービィ本人
 2に思い浮かべるのはデデデ大王
 3に思い浮かべるのはメタナイト 
 4に思い浮かべるのはバンダナワドルディ
 5に思い出すのは、マホロア
 星の瞬きは一つとして同じものが無い、この宇宙に生きる全ての人々のように、同じものは一つとして存在しない。
 例え鏡の向こう側の存在だとしても、自分ではない誰かには変わりないのです。

「それはモウ、一生涯のかけがえのない友達ダヨォ!―――――とでも言うと思ッタ?」

 マホロアは猫を被った直後、手のひらを返したような冷笑をカービィに見せつけました。

「ただの利用しがいのあるお人よしのお馬鹿サンとしか思ってなイヨ」

 それに対してカービィは激怒することも涙することもなく、いつも通りに微笑むのです。
 春空を連想させるような、優しい笑顔です。

「君ならそう言うと思ったよ」

「怒らなイノ?」

「怒らないよ。だって君ってそういうやつだし」

「決めつけるなんてひどいナァ」

 大げさな素振りでがっかりするマホロアの行動の一つ一つが、嘘のようです。事実、嘘なのですから。
 嘘をつきすぎた者の末路は、誰にも信じてもらえなくなること。誰からも信用されなくなること。それは想像を絶するほど恐ろしいことなのです。
 それこそ―――――全てから見向きもされなくなるほど、暗い影に堕ちるのです。
 だけど、カービィはマホロアと正面から向き合っていました。
 星と月さえもマホロアを見ないというのに、カービィだけは嘘つきの悪者に屈託の無い表情で、対等に話しているのです。 
 何故なら、

「それに、ぼくはそんなやつと友達でいたいって思ってるから、いちいち傷ついてる暇なんてないんだ―――――だってぼくは星の戦士だし」

 カービィにとって、マホロアは友達なのですから。

「トモ、ダチ?」

 きょとんとするマホロアは、普段の片言な口調を更にカタコトにしてしまいます。

「マダそんな寝ぼけたこと言ってるのカイ?いい加減懲りナヨ。マァ、憎むべき悪敵は今夜限りで最後だカラ、本当は嬉しくてたまらないんじゃなイノ?」

 本心を暴くような言葉を放ちますが、カービィには一向に通用しません。

「そんなことないよ。君の言ってることが本当なら、多分ぼく泣いちゃうかも」

「キミが泣クノ?ボクを倒した後モ、ドーセ泣かなかったデショ」

「だってあの時は、マホロアはどこかで生きてくれてるような気がしていたから。ずっと遠くの世界で、また悪巧みしてるんじゃないかなって思ってたから」

「悪巧みしてタラ、また止めに来てくれタノ?」

「宇宙と星がピンチなら、ぼくはどこにでもいくよ。星の戦士だし―――――友達も止めに行かなくちゃいけないもん」

 カービィが笑うたびに、星の光が弾けるようです。
 きらきら、きらきらと光り輝いて、眩しさのあまり目を逸らしたくなるほどです。
 マホロアは黙って何かを考えました。
 星が二度煌めいて、そしてここで三度目の光が燃えるのです。
 魂を宿した星が、己を輝かせるために命を燃やすように。

「三つ目のお願いダヨ。聞き間違えは大変だカラ、ちゃんと聞いテネ」

 カービィにとって、マホロアが友達なら
 星が一つ死ぬ前に、止めてくれるのなら

 

 


「―――――ボクと一緒に、死んでクレル?」

 

 

 

 

 


 4.明日、友達と一緒に世界から消えます

 

 

 

 


「ダメだよ」

 

 ◆


 カービィは、願い事を断りました。

「ごめん。ぼくはまだ、死んじゃダメなんだよ」

「ドウシテ?」

「ぼくがいないと、この星は守れないから」

 笑顔は少しだけ、悲しい色に塗られました。
 どちらの顔なのかは、星にも月にもわかりません。

「どこまでもお人よしダネェ。デモ、キミならそう言うと思ったよ」


「ボクは、悔しクテしょうがなかッタ。キミ達に負けたコトガ、願いがかなわなかったコトガ、弱い自分が許せなかッタ。キミ達に倒さレテ、異空間でさまよいながらズットズット思っていタヨ―――――復讐したいッテ」

 復讐したかったンダ
 あんまりにも強く願ったら、気づけばボクはポップスターにイタ
 思念と憎悪が強すギテ、ボクは戻ってこれたンダ
 ダケド、キミしかボクを見ることができなかッタ
 ソレニ、マスタークラウンの無いボクなんかジャ、キミを倒せるわけがナイ

「復讐は叶わなかっタヨ。ダカラ、嘘をつき続ケタ。負け犬の遠吠えみたいデショ?この場合は、負け狼カナ?」
 
 狼少年は狼に食べられちゃったンダ!と、マホロアは他人事のように手を叩いた。

「ダケド、結局のところキミにしか嘘を伝えられナイ。意味なんかなかったんダヨ―――――最初からボクは、死んでるようなモノだったんダヨ」

 誰にも気づかれず、見てもらえず、耳を傾けてもらえず、笑われることも、怒られることも、悲しまれることも、何もない。
 意識と感情があっても、存在を認知してもらえないことは死んでいることに同義だと、マホロアはカービィに話しました。
 この話は紛れもない真実なのかもしれません。

「そんなこと、ないよ」 

 それでもカービィは、マホロアの言葉を肯定しません。
 友達の死を、これからの死を、信じたくなかったのですから。

「マホロア、君が死ぬなんて嘘でしょ?君はぼくにしか見えないけど、それはぼくを恨んでるからなんでしょ?マホロアの夢を壊して、君を斬ったのはぼくなんだし、君はずっとぼくを憎むでしょ?ぼくへの憎しみが忘れられなくてここにいるなら、きみはこれからもここにいるんでしょ?ぼくに嘘をついて、ぼくを呪い続けるんでしょ?」

「……その言い方ダト、まるでボクが消えたほうがいいみたいな言い方ダネ」

「違うよ。ぼくは、これからもずっとマホロアと一緒にいたいなって思ってるだけだよ」

「……ホンットーにキミっておひとよしダネェ」

「多分そうだよ。毎日嘘だらけだけど、ぼくは君と一緒にいて楽しいし、いつかきっと皆君のことを思い出してくれるって信じてるから」

 カービィはそっとマホロアに手を差し出します。

「だからマホロア、一緒に帰ろう」

 マホロアはカービィの桃色の手を見て、何を思ったのでしょうか。
 コイツはいつまでも人の嘘に載せられて本当に馬鹿ダナァと思ったのでしょうか。
 
「キミってば、楽観的すぎるヨォ」

 マホロアはにやりと邪悪な笑みを作ります。
 また悪巧みをしているのでしょうか。
 それとも―――――。

「アノネ、カービィ。最後に本当のことを言おうと思うンダ」

 マホロアは星空を背景に、丘の頂上からカービィを見下ろします。
 月光と星光はマホロアを無視して、カービィだけに降り注ぎます。
 スポットライトは照らされないけれど、マホロアは何かを決意したかのように清々しい笑顔になります。
 全てを受け入れるように
 全てを受け止めるように
 全てを思い返すように
 全てに嘘をつくように
 全てに正しいことを謳うように
 マホロアは決心したように、カービィに〝嘘と本当〟を教えました。


「ボクは死ななイヨ。これからもズット、カービィの傍にいてあげルヨ」

 

 

 

 

 

 ―――――ボクは、キミとキミ達のコトが

 

 

 

 ◆

 

 

5.明日、世界からマホロアが消えます

 

 

 

 

 


 嘘だけど本当、本当だけど嘘
 

 ◆


 そして、マホロアは世界から消えました。

「マホロア―――――?」

 夢が覚めるように忽然と姿を消してしまったマホロアに、カービィは戸惑い、動揺しながらも彼を探しました。
 きっとこれは嘘なんだと、今は何もかもが嘘一色なんだと、カービィは懇願するように嘘にしがみつきました。

「嘘でしょ?これも、君の得意な嘘だよね?そうだよね?―――――そう言ったじゃん!」

 それでもマホロアはどこにもいません。  
 もうどこにもいません。
 ここにはいません。

「嘘つき!」

 それでも、あの日笑った記憶と
 あの日怒った記憶と
 あの日苦しんだ記憶と

「嘘つきっ!」

 船のパーツが零れるような思い出も、ハンマーと剣と槍の重なり合う音も、異空間の果てまで旅をした戦記も 
 カービィの中にはあるのです、備わっているのです。セーブされているのです、忘れられない〝物語〟として。
 〝マホロア〟が消えても、世界は続きます。
 〝マ ロア〟が消えても、世界は繋がります。
 〝マ  ア〟が消えても、何も変わることはありません。
 〝     〟が消えて―――――消えて、消えて、消えて

 

〝カービィ!いつもホンットーにアリガトウ!〟

 

 

「マホロアのバカ!バカ!バカ!キミなんかもう―――――大っ嫌いだよっ!」

 

 

 
 それは、星の戦士が最初で最後についた嘘でした。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 


「カービィ!飴玉の雨はまだ降らないの?」

 

 

 

 

 明日、世界に優しい嘘が満ち溢れます。

 

 


                               おしまい

 

                                                                     戻る