マリオさんがちょっと嫉妬するだけのお話

 

※マリオ×ピーチ気味です

 

 

―――――

 

 

「お菓子の匂いが」
 これはカービィ。
「お菓子の匂いが」
 これはパックマン。
「お菓子の匂いがしますね!」
 これはヨッシー。
 いつでも腹ペコ無限の胃袋を持つ三人は、きらきらと目を輝かせて、一目散にキッチンに跳び込みます。
 遠くからお菓子の匂いを嗅ぎつけて、どたどたと慌ただしく入ってきた三人に、キッチン内にいたMr.ゲーム&ウォッチはぎょっとします。いきなりやってきたと思えば、獲物を狙うような楽しそうな目つきで近寄られていたのですから。
「ウォッチだ!お菓子、お菓子はどこにあるの?」
「エ、チョッ」
「ゲム君もしかしてお菓子作りしてたのかい?」
「エーット」
「お菓子をくれないと悪戯しちゃうかもしれません!」
「エエエ!?ソレハチョット、困リマス!」
 三人に至近距離から言い寄られ、しどろもどろになってしまうウォッチでしたが、幸いすぐに助け舟が出されました。
「はいはい三人ともここまで。キッチンで走っちゃ駄目でしょ」
「あ、ピーチ姫」
 穏やかな笑顔を浮かべているピーチ姫は、珍しく髪の毛を纏めて、エプロン姿です。
「もしかして二人でお菓子を作っていたの?」
 カービィの質問に、ウォッチは照れくさそうに頷きました。
「ピーチサンニ、オ菓子ノ作リ方ヲ、教エテモラッテイマシタ」
「ウォッチはお料理上手だけど、お菓子はあんまり作ったことがないらしいから、一緒に作っていたの。焦らなくても皆の分もちゃんとあるから、心配しないで」
 その言葉に大食い三人は安堵し、直後に嬉しそうな歓声を上げます。
「それで、何を作ってるんですか?」   
 興味深そうなヨッシーがつまみ食いしないかどうかチェックしながら、ウォッチは答えます。 
「クッキーデス」
「わあ!ボクも何か手伝っていい?」
「それは助かるわ」
  強請るカービィやパックマンを撫でて、ピーチ姫は快く了承します。
「ぼくもやる~!」
    更にそこにヨッシーが混ざります。
 総勢五人でお菓子作りは再スタートし、楽しげな会話が歌のように流れ出します。 

 そんなキッチンの外、廊下を歩いていたマリオとルイージは、楽しげな話し声に気がつきます。
「この声はピーチ姫と、カービィにヨッシーに他にも何人か……。何か作ってるのか?」
「甘い良い匂いがするね。きっとお菓子だね」
 そのままキッチンに直行しようとする二人ですが、不意に入り口付近でマリオの足が止まります。
「兄さん?」
「……」
 不思議そうに、ルイージがマリオの方を向きますが、本人はルイージの視線に気づいていないようです。
 マリオの目はキッチンの先を映しており、瞳には鏡のように親しげにクッキーの生地を作るピーチ姫とウォッチがいました。
「……」
 いつまでも硬直しているマリオの肩を、ルイージが軽く叩きます。
「おーい兄さーん」
 すると我に返ったマリオがはっとして、急いでルイージに向き直ります。
「あ、ああ。なんだ?」
「もしかして妬いてるの?」
「は!?」
 きょとんとしているルイージに対して、マリオは目を見開いて反論します。
「何でそうなるんだ!そんなわけないだろ」
「何となくそんな気がしたから。違うならいいんだ」
「……うぐぐ」
 どこまでも優しく、兄のことをよくわかっている弟に、当の兄は狼狽しながらも否定し切ることができませんでした。
 ちょっぴり妬いていたのは、当たりです。
「兄さん。あの二人に心配しなくても大丈夫だよ。だってほら、ピーチ姫はともかくウォッチだよ?絶対に他意は無いよ」
「それはわかってる。充分わかってるとも」
 何せウォッチは危ういレベルで純粋で素直な人物ですから。
「だけど、前の亜空事件での一件以来、あの二人が妙に仲良い感じがするんだよな」
 亜空事件とは、しばらく前にニンテンドーの世界を襲った未曾有の危機的大事件です。
 現在は無事に終息しましたが、どうやらピーチ姫とウォッチはその時に何らかの接触があったようです。マリオはその場面を目撃していないので詳しい詳細は知りませんが、そこで二人がより親しくなったのは事実でしょう。
「ウォッチのことを疑ってるわけじゃないんだ。アイツは良いやつだし、大事な仲間だ。だけど、何故だかわからないが、ウォッチがピーチ姫の傍にいると無性に不安になるというか、複雑になるというか……」
「前にウォッチに何かされたとか?」
「そんなことはない。それでも、他のやつがピーチ姫と二人でいてもそこまで意識しないのに、何故かウォッチだけは駄目なんだ。まさしく原因不明だ」
「どうしてなんだろうね」
「あー……こうなるとピーチ姫にもウォッチにも申し訳ないな」
 申し訳なさそうに帽子越しに頭を掻くマリオでしたが、次の瞬間かかった声に跳び上がることになります。
「ゲム君とピーチ姫の関係が気になるの?」
「わっ!」
 びくりと身を震わせたマリオのすぐ近くに、ひょこりとパックマンが顔を覗かせていました。
「お、驚かせるなよパックマン。いつからそこにいたんだ?」
「最初から。お皿を取りに来たら二人が外で話してたから、つい聞いちゃったよ」
 まるで悪戯がばれた子供のように、パックマンはくすくす笑いました。
「大丈夫だよマリオ。ルイージの言うとおりあの二人には何にもやましいことないって」
「や、やましいってお前な……」
 何だかマリオはとても恥ずかしくなり、いたたまれなくなります。
「あ、マリオだ。それにルイージも。二人もお菓子食べに来たの?まだ作ってる最中だから無いよ」
 キッチンの奥にいるカービィ達もマリオとルイージの来訪に気づいたようで、手を振ってきます。
「偶然通りかかっただけだよ」
「もしかしてピーチ姫とウォッチ以外は後から来た感じなのかな?」
「え、すごい!何でわかったんですか」
 ルイージの質問に驚愕したのか、ヨッシーは大げさな反応を取ります。
「えっと、メンバー的にそうなのかなって……残りの三人は作るよりも食べる派だし」
 最後のほうの言葉はあえてボリュームを落として、誰にも聞こえないように呟きました。
「すごーい冴えてるねー。名探偵ルイージ?」
「そ、そうかな?」
 ちょっぴり照れくさくなりながらも、ルイージはついにんまりしてしまいます。
「マリオ。ルイージ。貴方達の分もあるから、もう少し待ってくれる?あとちょっとで完成するから」
 クッキーを焼き始めたばかりのピーチが二人に微笑みかけて、マリオはどきりとしてしまいます。
「そういえばコーヒーも淹れたのよ。よかったらどうぞ」
「あ、い、いただきます」
「わあ、ありがとうございます」 
 マリオ達はピーチにコーヒーを淹れたカップを渡されます。
「あとは焼き上がるのを待つだけだから、皆もちょっと休憩しましょう」
「ハーイ!」
 ピーチは自らの手で順々にコーヒーカップを配っていきます。
「エヘヘ、コーヒーハ、久シブリカモシレマセン」
 うきうきしながらコーヒーを飲もうとするウォッチですが、直前になってパックマンにある質問をされます。
「ゲム君ってピーチ君のこと好きなの?」
「おまあああああ!!」
 あまりにも直球で、あまりにも剛球すぎて、マリオは腹部に謎の打撃を幻視しました。20%くらいのダメージでしょうか。
 マリオの異常を知らないで、唐突すぎる質問にウォッチは思った以上にすんなりと即答します。
「エ?ハイ。(仲間として)好キデスヨ」
「グホウッ!」
「うわっマリオ汚い」
 ウォッチの迷いない返答にマリオはコーヒーを吹き出し、隣のカービィに露骨に顔をしかめられます。
「だ、大丈夫ですかマリオさん」
 心配したヨッシーがマリオの背中をさすってくれます。先ほどのカービィとは天と地ほど対応が違います。
「あ、ああ……危うくバーストしかけたぜ……」 
「それ大丈夫って言わないのでは……」
 当たり前ですが大乱闘スマッシュブラザーズにおいて、キャラクター自体が精神的にバーストすることはありえません。
「デモ、ドウシテソンナコトヲ」
 首を傾げるウォッチに気を良くしたのか、本格的な話を始めようとします。
「それがね……むぐっ」
「オイ待てちょっと待ってくれ」
 滑りそうになるパックマンの口を、マリオは慌てて塞ぎました。
「パックマン〜!」
「もが、もが、ごめんよ。つい、うっかり」
「危なっかしいなまったく……」
「どうかしたのマリオ?」
 不思議そうに湯気立つコーヒーカップを手にしているピーチ姫に見つめられ、咄嗟にマリオは勢いよく首を振ります。
「な、なんでもないですピーチ姫」
「……マリオ君。謎の原因を突き止めたいんじゃなかったの?いっそ、本人に聞いちゃえばいいんじゃないかな」
「そういうわけにもいかないだろこの場合」
 見上げてくるパックマンに、ばつが悪くなります。
「そういうものなのかなぁ、う~ん……―――――あ」
 何か考え付いたのか、パックマンは閃いた様子で両手をぽんと打ちました。ゲームエフェクトが表示されていたら、彼の頭上には豆電球が浮かんでいることでしょう。
「わかった!マリオ君とゲム君は似てるんだよ」
「え?」
「エ?」
 マリオとウォッチはほぼ同時に同一のリアクションを取ってしまいます。
「ほら、今のタイミングの良さとか」
「ホントだ。すごーい!」
「いや、今のはただの偶然だと思うんだが……具体的に俺とウォッチのどこらへんが似てるんだ?ルイージ、どう思う?」
「さあ……」
 マリオはウォッチと自分を見比べますが、似ている点がさっぱり見出せません。それもそのはずウォッチは真っ黒な平面人間で、容姿の細かい特徴を発見することは不可能なのですから。
 しかしパックマンは根強く「絶対似てるよ!」と、推してきます。
「前から似てると思ってたんだよね。顔とか」
「顔!?」
 パックマンとウォッチ以外の全員が、予想外の発言に息を合わせて仰天します。
 ウォッチの顔は―――――案の定黒一色。輪郭しか判別できません。
「ワタシ、マリオサンニ似テル顔ヲ、シテイルンデスカ?」
「うん。似てる似てる。鼻の辺りとか」
「本当デスカ。アマリ鏡ハ見ナイノデ、気ヅキマセンデシタ」
「待て待て待て、ちょっと待て話が追い付かない!」
 納得以前の問題で話が暴走しかけ、マリオはパックマンを何とか制します。
 鏡を見る以前に鏡を使用する必要性について訊ねたいのでしょうか―――――多分違います。
「そ、そもそもパックマンには、ウォッチの顔がわかるのか?」
「え、皆わからないの?」
 むしろそっちに驚くと言いたげなパックマンの正直な表情に、一同は返す言葉がなくなります。
「さ、さすが同年代……」
 パックマンとウォッチは最古参勢なので、年が同じだからこそ通じ合えるシンパシーがあるのかもしれません。とにかく一同は心の中でそういうこととしてまとめました。
「あとは雰囲気とか」
「あ、それはちょっとわかるかもしれないわ」
 ピーチ姫は目をぱちぱち瞬きさせます。
「二人とも真っ直ぐで、優しいところが似てるわ」
「ソウデスカ?照レチャイマスネ……!」
 精一杯喜びを表現するウォッチとは真逆に、マリオは身動きが取れませんでした。
「マリオ。顔赤いよ?」 
 カービィに指摘され、マリオは初めて自分が紅潮していたことに気づきます。
「そ、そんなことないぞ!」
「うふふ」
 そんな様子を見て、ピーチ姫は口元に手を当てて微笑します。
 丁度その時、クッキーを焼いているオーブンから合図の音が聞こえてきました。
「あら、焼き上がったみたいね」
 つまりは、美味しいクッキーが食べれるということです。
 腹ペコ三人組は再びきらりと目を輝かせます。
「随分早いね。わくわく!」
「この前、ロックマンの知り合いの方にオーブンを改良してもらったからよ」
「改良というか、改造ですよねそれ」
 オーブンだけではなく様々な機械の内部がいじられたそうです。
「何はともあれ、クッキーの完成ね」
「やったあ!」
「美味シクデキテマスカネ……」
「味見味見!」
「こらこら慌てないの~」
 ピーチ姫がクッキーを更に盛り付けると、腹ペコ三人組はわっと群がって美味しそうに食べ始めてしまいます。
「わあ美味しい!」「ゲム君、クッキー成功してるよむしゃむしゃ」「ミ、皆サン食ベルノ早イデス……!」「あれ、クッキーがいつの間にかこんなに減ってます」
「やれやれ……でも、喜んでもらえてよかったわ―――――マリオとルイージの分は死守できたから、これを」
 腹ペコ組に隠れてピーチ姫が手早くラッピングをしてくれたクッキー袋を、マリオとルイージは受け取ります。
「あ……ありがとうございますピーチ姫」
「ありがとうございます。美味しそうだなぁ」
 ドキドキしながらもマリオはお礼を言い、ルイージは破顔しました。 
「丁度、貴方に食べてもらいたいなって思っていたの!渡せてよかったわ」
 急に近づいてこられたせいか、マリオは余計に心臓の鼓動が高まってしまいます。
「それにしても今日のマリオは何だかおかしいわ。本当にどうかしたの?」
「い、いえそんなことはないです!俺はいつも通り……平常通り、です!」
 顔を真っ赤にしたマリオは踵を返して、全力で走り去ってしまいました。
「あ!兄さ~ん―――――……行っちゃった」 
 取り残されたルイージはぽかんとしますが、隣のピーチ姫のほうがもっとぽかんとしています。
「どうしたのかしらマリオ。ルイージ、貴方何か知ってる?」
 不思議そうに頬に手を添えて考えるポーズをとったピーチ姫ですが、ルイージはマリオのためにも本当のことは伝えません。
 その代わりに、
「何でも無いよ」 
 純情な兄のことを思い浮かべ、ちょっぴり笑い出すのでした。

 

 

 ◆

 

 

「オ菓子作リ、楽シイデスネ。今度マタ、ピーチサンニ、教エテモライマショウ」
 無事に成功したクッキーを嬉しそうに見つめながら、ウォッチは鼻歌を歌いだしそうな様子で呟きました。

「ピーチサン、ヨカッタデスネ。マリオサンニ、クッキー、渡シタカッタミタイデスシ!」

 

 

 

 

 

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