マリオネットなんかじゃない
※亜空の使者でのお話です
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いつからワタシはそこにいたんでしょうか。
そもそもここは、どこだったんでしょうか。
ワタシは、誰だったんでしょうか。
ワタシは、ダレ?
◆
はっと気が付いたら、得体のしれない闇の世界にワタシは独りぽっかり浮かんでいました。
薄っぺらな体です。平面で、真っ黒。今にも空間に混ざってしまいそうです。
何のためにワタシはここにいるのでしょうか。
何の意味を持って、ワタシはここに存在しているのでしょうか。
全然わかりませんでした。
ワタシの自己は実に曖昧で、靄がかかっているみたいにぼんやりとしていたのですから。
でも、しばらくそこを漂っている間に気が付きました。
この空間に点在し、今もなおばら撒かれている影の粒子は、ワタシが生み出したものであるということを。
誰かはこれを〝影虫〟と呼んでいました。
何故ワタシは影虫を生み出せるのか、そんなのちっともわかりません。
ただただ純粋に怖いと思いました。
きっとこの力はよくないことを呼ぶ。そんな気がしたから。
誰かを不幸にする。何かとんでもないことを引き起こす。
世界の平和を乱す。
そんな予感がしたんです。あくまで、そんな予感が。
案の定、そうなってしまったんですけど。
ワタシはそう。
操り人形でしかなかったのですから。
★
「貴方は誰?」
目覚めたワタシの視界にまず飛び込んできたのは、金髪碧眼のとても美しい女の人でした。
桃色を基調とした高級そうなドレスを着て、それに合わせたレースたっぷりの日傘を差していました。
ここはどこだろう。
空は不気味な色をした雲に覆い隠され、空気はひどく冷たく、なんだか地面が揺れ動いています。
地震かと思って下を見たら、不思議な繊維でできた床。ようやくそこで自分がとある船の甲板に立っているということを把握しました。
ここはそう。戦艦ハルバード。
だんだんと思いだしてきました。
あぁそうか……ワタシは……。
化け物の姿になって。
周囲を確認すると、女の人の後ろのほうに何人か人がいました。
なんだか全員屈強そうな男の人達ばかりです。
全員が全員、ワタシに怪しげな視線を送っています。
そりゃあそうでしょう。
だって、あの化け物を倒したと思ったら、急に現れたのがワタシだったんですから警戒して当然でしょう。
自分でいうのもあれですけど、なんかちょっと悲しいですね。
でも、仕方がないことでしょう。
だって、ワタシは、あの人たちから見たら〝敵〟の存在なんでしょうから。
ワタシは、好きで、あの組織に協力してたわけなんかじゃないですけど、影虫を生み出していたのはワタシなんですから……結局は同じこと。ワタシは悪なんでしょう。悪者。実際にこの世界の平和に悪影響を与え、秩序を崩壊させた大罪人でしょう。
あの男の人たちは武器を構えている。
今、この女の人がワタシの前に立っていなければ、一斉に襲い掛かってくるつもりなんでしょうか。それとも威嚇のつもりでしょうか。
どっちにしても、裁かれてしまうんでしょうかね。
剣で切り刻まれるのか、銃で撃ち抜かれるのか、針で射抜かれるのか、それとも爆弾で吹っ飛ばされちゃうんでしょうか。
どれも嫌です。ワタシ、死にたくなんかないんですから。
だけど、やっぱり仕方がないことなんでしょう。
ワタシはたぶん……ここで、死ぬ。
それが一番正当で、正しいことなんでしょうから。
ワタシ、どこで何を間違えたんでしょう。
影虫なんて作りたくなかったのに。
誰も傷つけたくなんかなかったのに。
世界を不幸になんかさせたくなんてなかったのに。
ワタシは、いったいなんだったのでしょう。
ワタシは、誰だったのでしょう。
ワタシは、ワタシは。
「貴方、とっても可愛い!」
……エ?
女の人が満面の笑みを浮かべて、ワタシを指さしそんなことを言います。
ワタシが、可愛い?
エ?この状況で言うことですかソレ。
後ろの男の人たちもワタシと全く同じことを考えていたのか、ぽかんとしています。
「はい!これ持ってみて」
いきなり彼女の傘を手渡された。
とりあえず握ってみる。
「キャー可愛い!」
はしゃいでいる女の人。なんではしゃいでられてるんでしょう。謎です。
なんだかご期待に添えなければならないような義務感に襲われ、そのままてくてく歩いてみる。
するとより一層黄色の声は大きくなりました。
何故でしょう。
何故恐れないんでしょう、ワタシを。
何故不審がらないんでしょう、ワタシを。
ワタシはさっきまで化け物になっていたというのに、そして貴方たちを倒そうとしていたのに、何故。
「皆見て!この子とっても可愛い!」
好奇心旺盛で天真爛漫であろう女の人はぴょんぴょん無邪気に跳びはねて、呆気をとられている男の人たちにそんなことを言う。
そして続けて
「この子はきっと、悪い子じゃないわ」
と、何の確証もないことを言った。
なんでそんなことがわかるんでしょう。
貴方、ワタシのことまだ何も知らないくせに。わかってないくせに。
「騙されてはいけませんよ。姫」
そんな声が聞こえた。
そうだ。騙されてはいけませんよ。
だってワタシは、仮にも、悪の手先だったんですから。望んでなかったとはいえ。ここで、裁かれるべきなんですよ。ワタシは。
「あら、騙されてなんかないわよ」
きょとんと青色の眼を見開いて、女の人は微笑みます。
「だってこの子、嘘ついてないもの。私わかるわ」
どうして。
どうしてなんですか。
どうして嘘ついてないだなんて、わかるんですか。
「だって、聞こえてたから」
女の人はワタシが持っている傘に、そっと触れました。
「貴方の声。〝タスケテ〟って声が、聞こえていたから」
……。
いいんですか?
許してくれるんですか。
ワタシ、そんなふうに助けられていいんですか?
ワタシは、悪いやつだったのに。
貴方たちを、傷つけようとしていたのに。
世界に酷いことをしようとしていたというのに。
「一緒に行きましょう」
女の人が白色の手袋を着けた手をこちらに伸ばしてきました。
握ってと言う意味なのでしょうか。
「一緒に前へ進みましょう。私たちと一緒に……貴方の名前は?」
ワタシの、名前は。
Mr.ゲーム&ウォッチ
いいんですか?ワタシ。
この手を握っても
歩き出しても、いいんですか?
「歓迎するわよ。私たち〝スマッシュブラザーズ〟に」
導かれるように、誘われるように、ワタシはその手を、ゆっくりと握った。
もう一度前に、進むためにも。
ワタシが操り人形でないと証明するためにも。
ワタシがMr.ゲーム&ウォッチであることを、伝えるためにも。