不器用な喧嘩

 

―――――

 

 

「なんだい君は!いつもいつも私のことを馬鹿にしてっ!本当に無礼だな!」

「だいたいオマエがいろいろとこまごまじみじみ言うからだろうが!?」

「失敬な!しかも何だい私に向かってオマエ呼ばわりなんて!」

「オマエなんざオマエで充分だ!オマエオマエオマエオマエオマエオマエオマエオマエオマエオマエオマエオマエ!」

「ああもううるさああぁぁい!」

 騒がしい喧嘩がゴロツキ港で勃発していた。 
 いつも港で働いている者達からしてみたら「あぁまたかよ……」と呆れの溜息をつくくらいで終わる恒例の喧噪だが、行きかう者達の中でこのうるさい騒ぎを見たことがない者は「なんだなんだ」と驚きながらも野次馬となって騒ぎに混ざろうとする。
 船着き場に停泊している不気味な黒い大型帆船の近く―――――喚きあって毒を吐きあっている二人の姿がそこにはあった。
 一人は中世時代の貴族が着てそうな赤い衣装を身に纏った、二十代半ばくらいの紫髪のカールが目立つ青年……マルコ。
 もう一人は屈強そうでいかにも漢と表せそうな、眼帯をつけたボム兵の男……コンポビー。
 そんな二人がお世辞にも綺麗とは言えない場所を舞台で、ぎゃあぎゃあと言い争いを現在進行で行っている。
 怒鳴り合いの内容を聞く限り、本当に些細なことで争っているようにも思える。
 一応言っておくが「正論を言って反省して解決する」などという手順概念は一切この二人の間では存在しておらず、もはや小学生レベルの悪口の投げつけ合いになっていた。
 見るものによってはいい大人がこんな低レベルな喧嘩をしてるなんて……と目を覆いたくなるような惨状ではあるが、ここは泣く子も黙る……かどうかはわからないがゴロツキ港。
 争い事大好きな連中のたまり場でもあるこの街にとって、もはやその醜い口論は一種の試合のようでもあった。
 野次馬共は時折愉快そうに口笛を吹いたり手を叩いたりして、下品に場を盛り上げる。

「コンポビー君のわからずやっ!もう私は知らないぞ!」

「こっちこそ!オマエなんざ知らねぇ!」

 お互いはとどめと言わんばかりに思いきり睨み合い、ぷいっと首を反対方向へ逸らした。
 そしてそのままマルコは流されないように荒縄で柱に結ばれて固定されている古びた船に、コンポビーは港にある自分の仕事場まで振り返りもせず早歩きでその場から立ち去っていく。
 苛立ちに満ちた表情で、一秒たりとも同じエリアにいたくないと叫ばんばかりの勢いで。
 ……二人はおもしろいいことにほぼ同じ歩幅でほど同等のスピードで移動していた。
 見世物は幕を下ろす。 
 しかしまだまだ物足りない観客はブーイングにも似たアンコールの催促をし始める。
 マルコはできるだけ聞かないようにシカトをしたが、ただでさえ苛立っていてしかも短気なコンポビーはカチンとする。 
 今にも怒りのあまりで本当に物理的な意味で爆発しそうな気配さえ感じる。
 その時

『るっせぇんだよ手前らぁ!!人が寝てる時に馬鹿みてえにピーチクパーチク騒いでんじゃねえよ!このウスノロ共がぁッ!!』

 ボロボロの元海賊船から、憤怒に満ち溢れた怒声がとどろき渡った。
 あまりの迫力と衝撃に港にいた全員が気圧され、仰天して跳び上がる。
 背筋にいきなり冷や水をかけられたかのようにぞっとしたのだ。
 野次馬達は「やべぇコルテスが怒ってるぞ!」「呪い殺される!」「ヒエエェ逃げろォ!」などとパニックに陥り、ドタドタと乱雑な足音をたてて港から蜘蛛の子を散らすように退散していった。
 あっという間に静かになった港に、海の波音がやけに大きく響く。 

『たっくよぉ……よくもまぁこりずに何度も何度も同じよ~なくだらねえことやってんだよ。やかましいったらありゃしない!四方八方から飛んでくるのはチップじゃなくて品のねェ歓声じゃねえか!』

 呆れるあまりでもはやため息もつけない伝説の海賊王……コルテスは船の中に入ってきたマルコに向かってそう言う。
 マルコの前には姿は現さない。
 この船……ブラック・スカル号はもはやコルテスの身そのものであり、どこで何をしていても彼にお見通しされてしまうのだ。
 マルコはむっとしながら

「わ、私だってやりたくてやってるんじゃない!」

 と、きょろきょろとコルテスの姿を探しながら返答する。 

『いつも手前はそう言うよな。しょっちゅうコンポビーと喧嘩してる割には』

「う……うるさいな。私は……」

『私は?なんだ?言ってみやがれ』

 コルテスに追及され、マルコはうっと呻く。
 自身なさげにうつむいて、ぼそりと小さな声で呟く。

「私は悪くない。コンポビー君が悪いんだ」

『へぇ~……だから罪を認めようとしないわからずやなコンポビー君が許せない……と?』

「そっそこまでは言ってない!」

『でも手前は悪くないんだろ?喧嘩の発展になった内容なんざオレ様は知らねえが、悪いのはぜ~んぶコンポビーなんだろ?』

「……わ」

『わ?』

 マルコは恥ずかしそうに赤面して、言いずらそうにその場でぐるぐる回り出す。

「わ、私も……私もちょっとは……いけなかった……」

『とことん面倒くせぇ奴だな手前は』

 手前は強情な子供みたいだな、とコルテスは苦笑する。
 ますます顔を赤くするマルコは、ぐっと両の拳を握りこんで叫びたくなる衝動を堪える。 

「コルテス君……私はだね……」

『あ?』

「ついつい自分のほうに比がある場合でも……コンポビー君に罪をなすりつけるように怒ってしまうときがあるんだ」

『いつものことじゃねえか』

「失礼な!……でも本当のことだ」

『んで?』

「そのたびにコンポビー君に申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまって……喧嘩するたびに思うんだ。あぁなんで私はいつもこうなんだろうって……」

 古めかしい廊下で、マルコはぽつんと一人立ち尽くしている。
 瞳にはさびしげな色が宿っている。

「それで……もしも、コンポビー君が本当に怒ってしまって、私と縁を切ってしまったらって思うと……あああああああぁ……」

『女子みたいなこと考えてんじゃねえよ……』

「ちゃんと謝らなくてはならないのに……どうしてもその、謝罪をする勇気というものがわかなくて……!」

『手前はどこの女子高生だ』

「ま、真面目に悩んでるんだぞ!」

『わかってらぁ……つまり、手前はコンポビーと仲直りしたいと』

「……まぁ、そういうことになるね」

『手前がねぇ~……』

「うっうるさいなぁ!解決策をコルテス君も何か考えてくれよ」

『―――――んなもん。もうとっくに決まってらぁ』

「なんだって!?」

 項垂れていたマルコが急に精気を取り戻したが如く勢いで顔をあげる。

「どうすればいいんだい」

『今すぐコンポビーんとこに謝りに行け』

「!」

 マルコは少なからず驚愕したのか、顔をこわばらせる。

「で、でも……」

『女々しくウジウジ悩んでても仕方がねえだろ。手前はコンポビーにちょっとでも〝悪い〟という気持ちを抱いた。だったらすぐにでも走って謝りいけ』

「……」

『それに……手前がそんなにも悩んでるようじゃ、コンポビーのほうも相当悩んでるんじゃねえか?』

「え……」

『手前らは似た者同士なんだよ。周りで見てる側はそのことをよぉくわかってるぜ。例えばオレとかな』

「……」

『ほら、いつまでも突っ立ってねぇでとっとと行って来い。こういうのは早いうちにけりをつけたほうがいいぜ?』

「あ、あぁ……!」

 マルコは肩の荷が軽くなったのか、晴れやかに微笑んですぐに踵を返す。
 船から出かけたところでいったん止まり

「まさかコルテス君からそんなアドバイスをもらうとは思わなかったよ!」

 と笑った。
 それに対してコルテスは得意げに鼻を鳴らし

『オレ様を誰だと思ってる?手前みたいな未熟者とはステージが違うんだよ。バカマルコ』

「ありがとう!気持ちが楽になった!助かったよコルテス君」

 ストレートな感謝の言葉に、コルテスは少々照れくさそうに咳き込む。

『……特上物の酒。あとで寄越せよ』 

「考えておこう!」

 マルコは先ほどとは打って変わって軽やかな足取りで、港に出て駆けて行った。
 コルテスは結局最後まで姿を現わさなかったが、それでもマルコの後姿を見送る。

 そして、ニヒルな笑みを口元に浮かべながら誰に問いかけるでもなく言う。
 
『……〝喧嘩するほど仲が良い〟ってことわざ、知ってるか?』

 静まり返った港で、マルコと同じく走ってきたコンポビー。
 マルコとコンポビーはそれぞれ不器用ながらも謝り合う。
 さっきの喧嘩と比べたら激しくも無ければ、白熱もしていない。
 だけど―――――深い友情の証は、確かにそこにはあった。 
 
『手前らのことだよ、ば~か』

 くつくつと喉奥から楽しそうな笑い声をもらしながら―――――コルテスは再び眠りにつく。

「えっとそのつまりそのあれだ!喧嘩両成敗というやつだ!うん!」

「まぁそんな感じか……へへへ」


 仲間の仲直りの会話にちょっとだけ耳を傾けるのも―――――忘れない。 

 

 

 

 

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