世界に一つだけの花

 

※トリプルデラックスのネタバレ含みます

 タランザ→セクトニア気味です

 

―――――

 

 

 

―――――物語の始まり始まり―――――

 

 昔々あるところに、一匹の蜘蛛がいました。
 蜘蛛は蜘蛛であったけれども、蜘蛛特有である八本足ではなく生まれつき六本しか足がありませんでした。
 蜘蛛自身は覚えていません。蜘蛛は生まれて間もなく足が欠損しているせいで親から見放され、捨てられてしまいました。
 小さな醜い蜘蛛は幼くして、孤独でした。
 親から何も教わらず、愛さえも知らず、蜘蛛は必死に生きました。本能として備わっている糸の出し方などを独学で練習し、あらゆる場所に潜んでいる敵に怯え逃げ、寒さに震えながらも、懸命にもがいていました。
 そんな時、蜘蛛はふと思ったのです。

〝そうだ、友達を作ろう〟

 独りを寂しく思った蜘蛛は、友達を作ろうとしました。
 蜘蛛は友達と言う存在を知っていました。何故なら蜘蛛は見ていたからです。草に隠れながら、楽しげに遊ぶ蝶達を見ていたからです。お互いを信頼し、微笑みあって可憐な翅を揺らしている蝶々。蜘蛛は自分もそこに交ざって一緒に遊びたいと心から思ったのです。
 だけども蜘蛛は、この世界の嫌われ者でした。気味の悪い容姿。獲物を糸に引っかけては身動きを取れなくし、弱らせてから食らう。蜘蛛は恐れられていました。
 だから蝶は蜘蛛を拒絶し、一斉に逃げてしまいました。

〝貴方は私たちを食べてしまうつもりでしょう?翅もなくて不気味な目。きっと私たちにひどいことをするに違いないわ!〟

 蝶の言葉が蜘蛛の心に氷のナイフのように突き刺さりました。
 飛び去った蝶達を茫然と見つめながら、蜘蛛は泣くのです。
 
〝どうして?自分は誰かと一緒に遊びたいだけなのに、ただ誰かに傍にいてほしいだけなのに〟

 蜘蛛には透き通るような美しい翅も、誰からも好かれるような綺麗な外見も持っていませんでした。ただ蜘蛛にあるのは醜悪でいて不完全な数本の腕脚と、禍々しい眼だけでした。
 誰にも誇れる姿どころか、誰からも気味悪がられるそんな姿でした。
 泣きながら蜘蛛は思うのです。もっと自分が美しくて―――――それこそ蜘蛛ではなく蝶だったら、きっと遊びに交ぜてくれただろうと。自分がこんな気持ちの悪い蜘蛛では無ければ、顔も覚えていない親に捨てられることなどなかったに違いないと。
 しくしくと独り涙に暮れながら、それでも蜘蛛は信じていました。諦めきれずにいました。
 
〝こんなに醜い自分でも、誰か仲良くなってくれる人はきっとどこかにいる〟

 そうして蜘蛛は心を許せる友を、自分を愛してくれる友を見つけようと、糸を出しては風に乗って旅をしました。
 世界はとても広いのだから、きっと誰か自分のことをわかってくれる人がいる。いいや、必ずいる!
 蜘蛛は旅をします。友達を探し求めて。


―――――だけど、誰も蜘蛛と友達になってはくれませんでした。


 あれから長い月日が流れました。
 蜘蛛は成長して、だいぶ大きくなりました。けれども相変わらず足の数は足りないままで、あの日の幼子がそのまま大きくなってしまったような印象でした。
 穏やかな風の吹く温かな日の、綺麗な花々の咲き乱れる花畑で、蜘蛛は力無く倒れていました。
 全身傷だらけで、身も心も衰弱して、死にかけていました。本当に虫の息でした。
 ずっとずっと蜘蛛は独りで旅をしていました。様々な場所に訪れ、たくさんの人々に自分と友達になってと頼みに行きました。
 だけども返ってくる言葉は決まって冷酷なもので、残酷なものでした。

〝気味の悪い蜘蛛なんかと一緒に居たくないよ!〟

〝ここから出て行け!〟

〝醜い化け蜘蛛め!〟

 本気で誰かと接して仲良くしたいと思っている蜘蛛の心を打ち砕くには、充分すぎる言葉の礫でした。
 どこに行っても、どこに行こうとも、人々が蜘蛛を見る目はどれも同じで、皆揃って汚らしいものを見るかのような目をしていました。
 どれほど蜘蛛が自分の姿は生まれつきであるだとか、自分は敵意など全く無いと説得しても、誰も耳を傾けて納得してくれはしませんでした。
 いつしか蜘蛛を迫害する行為は言葉だけには尽きず、暴力も加えられるようになりました。
 石の礫を投げつけられては蜘蛛は潰れるような痛みに呻き、傷だらけになれば皆の笑いものにされ、見世物扱いもされました。

〝誰も、自分と、友達になってなんかくれない〟

 気付けば蜘蛛は完全に自信を失い、心の中で張り裂けそうな悲鳴を上げては嘆くことしかできなくなってしまいました。
 
〝皆、自分のことが、嫌い〟

 今日も手痛い仕打ちを受けて、命からがらここまで逃げ延びてきたのです。
 だけども体力も精神力もとうに限界を越えていて、起き上がることさえままならなくなってしまいました。
 
〝この世界に、自分なんか、いらない〟

 涙もとっくに全て流し尽くしてしまったのか、もはや瞳が潤むことさえありませんでした。ただぼんやりと他人事のように、花畑で咲く花を虚ろな瞳に映しているだけでした。
 赤色の花。青色の花。黄色の花。紫色の花。桃色の花―――――様々な種類の花が大地に根付いては彩り、うっとりするような風景を作り上げています。
 そんな素敵な場所に倒れている醜い自分はひどく浮いて見えるのだろうと、蜘蛛は自虐的に思うのでした。
 健気に咲いている花のほうが、よほど自分よりも美しいと。

 自分もこの花たちのように美しかったら―――――誰かに愛してもらえたのだろうか。 

 自分は、何のために生きてきたのだろうか。
 自分は、何のためにもがいていたのだろうか。
 自分は、何のために頑張ってきたのだろうか。 

〝自分は―――――何のために―――――生まれてきたの?〟

 体中が痛くて、心中がひび割れて、全身のありとあらゆる箇所が叫んでいる。痛くて苦しくて辛くて悲しくて寂しくて悔しくて―――――絶望しかできなかった。

〝こんな思いをするなら、捨てられてすぐに、死ねばよかった〟

 誰にも望まれず、誰からも愛されず、全てから嫌われている存在。はたして生きていることに意味などあるのだろうか。
 もはや死んでいるに等しいではないか。
 誰からも存在を許されていないのなら、とっくに死んでしまっているのと同じではないか。
 誰からも認知されず、滑稽なくらい馬鹿にされて、貶されて、罵倒されて、石をぶつけられて、蹴飛ばされて―――――それをされることだけが生きる意味、生まれてきた理由ならば

〝―――――死にたい〟 

 蜘蛛はぽつりとかすれた声で呟いて、そのまま目を閉じようとしました。
 目裏に焼きついた花々の色は鮮やかで―――――あんまりにも眩しいものでした。
 
 こんな醜い存在でも―――――花を美しいと思ってはいけないのですか?

〝いいえ。そんなこと、決してないわ〟

〝……!〟

 唐突に聞いたことのない声が傍から聞こえてきて、蜘蛛は驚きに思わず目を見開いてしまいます。
 かすんだ視界に映ったのは―――――それはそれは美しい蜂の女性でした。
 この世にこれほど美しい人がいたのかと思ってしまうほどの、彼女は浮世離れな姿をしていました。
 
〝例えどんな人でも、花を美しいと思ってもいい権利があるわ。権利なんていう縛りさえも無いわ。この世界に生まれた時から、全ての生命は何かを美しいと思っていいのよ〟

〝……こんなに醜い、自分でも……?〟

〝何かを美しいと思える心が、美しいわ〟

 蜘蛛は耳を疑いました

〝美しい?こんな自分が?〟

〝ええ。貴方は美しいわ。こんな時でも花を美しいと思うのだから〟

〝嘘だ。自分は美しくなんかない。美しくなかったから、皆から嫌われてしまったんだ。自分なんて、自分なんて生きてるだけで周りの迷惑にしかならないんだ〟

〝どうか自分をそんなに否定しないで。貴方のつけた傷は、貴方が一番痛いということを知っているでしょう?〟

〝だって……こうでもしないと自分は本当に消えてしまうんだ。傷の治し方なんて、知らない。誰も……教えてくれなかったんだ……〟

〝なら、私が教えてあげましょう。貴方の痛みを受け止めましょう。だからどうか―――――そんな悲しいことを思わないで〟

〝え……〟

〝私が―――――貴方の友達になりましょう〟

 そっと差し伸べてくれた手を、僅かに残った力で震えながら、蜘蛛は握りました。
 初めて自分以外の者と手を繋いだような気がしました。自分とは違う体温に驚きながら、それでも確かに伝わってくる温もりに、蜘蛛は縋りついていました。
 そこで渇ききっていたはずの涙が溢れ出て、蜘蛛の頬を朝露のように伝ったのでした。
 多少の不安と疑問―――――だけどそれ以上に、未だかつて感じたことのないほどの歓喜を蜘蛛は覚えました。

 こうして蜘蛛は、生まれて初めて友達ができたのです。


 ◆


 セクトニアと名乗った女性は慈悲深く、身よりの無い蜘蛛の面倒を見てくれるようになりました。
 
〝貴方の名前は?〟

〝名前……〟

 名前を尋ねられ、蜘蛛は声をのどに詰まらせてしまいます。
 何故なら生まれてこのかた蜘蛛には名前と言うモノをつけられたことがないのです。つまりは、自分の名前が無いのです。知らないのではなく完全に、無いのです。
 そのため人々から名前も付けられなかった忌み子としてからかわれることなど、日常茶飯事でした。
 その影響で蜘蛛は名前を尋ねられるたびにどうしようもない不安にさいなまれてしまうのです。自分にはちゃんとした名前も無いという事実が、名前が無いだけでなじられる理不尽さが、たまらなく恐ろしかったのです。
 
〝自分に……名前……無い……〟

 うつむきながら何とか打ち明け、馬鹿にされたらどうしようと心配しましたが、セクトニアは予想外の返事をしました。

〝なら、私が貴方に名前を上げましょう〟 

〝え?〟

〝だって、呼び名がないと何て呼んだらいいのかわからないじゃない。それに―――――友情の証として、どうかしら?〟

 友情の証?
 蜘蛛が吃驚したまま何も言えずにいると、セクトニアは少しばかり残念そうに言いました。

〝それとも、名付け親が私では嫌かしら?〟

 はっとした蜘蛛は慌てて叫びます。

〝そ、そんなことない!だ……だって自分に何かをくれる人がいるなんて、初めてで……〟

〝それならよかったわ。貴方の名前―――――タランザなんてどうかしら?〟

〝たらんざ?〟

〝そう。タランザ。何だか勇ましそうな感じがしない?〟

〝そ、そうかな……?〟

 本当に勇ましい響きがするのかどうかは定かではないが、蜘蛛はこの名が自分の名前になるかと思うと変な気分がした。
 自分の名前。初めて得る自分の名称。

〝他の候補もあげてみましょうか?〟

〝ううん。いい。タランザがいい〟

〝気に入ってくれた?〟

〝うん……タランザ。自分の名前……タランザ〟

 タランザ。
 タランザ、タランザ、タランザ!

〝タランザの名前、タランザ!〟

 蜘蛛はタランザという名前を贈られ、大喜びではしゃぎました。
 このころから彼の一人称は「タランザ」で固定されてしまっていました。
 それほどまで嬉しかったのでしょう。
 名前を与えられたということは、自分の存在を認めてもらえたということに同義なのですから。

〝セクトニア様!タランザは貴方の友達になってもいいんですか?〟

〝なってもいいというか、もうなっているじゃない。それにタランザ、貴方どうして敬語になったの?〟

〝だってセクトニア様はセクトニア様ですから!〟

〝理由になっていないわよ。無理に目上の人に接するような接し方をしなくていいのよ?〟

〝いいんです!タランザ、これがいいんです〟

〝そう。貴方がそうしたいのならいいけれど、友達にしてはちょっと変な感じがするわね〟

 セクトニアは微笑した。 
 タランザも笑った。
 心から笑えたのは、いつぶりだったのでしょう。

 
 それからはタランザはセクトニアと一緒に毎日楽しく幸せな日々を過ごすことができました。
 これまでの孤独な人生を塗り替えられるほどの素敵な日常を、平和に送りました。
 そんな中でセクトニアはタランザに語りました。

〝私は今までいろいろなものに寄生して長い時を生きてきた。様々な場所や多くの人々をこの目で見てきた。そして思ったの―――――どうしてこの世界は悲惨な争いが絶えないのだろうかと〟

 タランザに語るセクトニアの姿はとても寂しげで、悲痛そうでした。

〝種族間の争いや差別。中には同じ種族内での抗争や暴動さえあるわ。何故皆が皆仲良く平等に、幸福を分かち合えないのだろうかと、私はずっと考えていたの〟
  
〝……〟

 タランザにはセクトニアの思いが痛いほどよくわかりました。
 自分ももともとは差別されていた存在なのですから。
 痛めつけられるたびに、どうして皆一様に仲良くできないのかとずっとずっと考えていたのですから。
 幾ら姿や価値観が違えど、皆この世界に生まれたかけがえのない命ではないのかと。
 全ての存在が平等に、親しみあえる世の中にはどうしてなれないのかと。

 いつからこの世界には、見えない無数の厚壁が隔てられてしまったのだろうか。

〝だから私は考えたの。そして決めたの。全ての者が苦しまず、嘆かない世の中を作ると。全ての者が分け隔てなく手を取り合って生きていける世界を作ると、決めたの〟

 セクトニアの決断に、タランザは共感し―――――彼もまた誓いました。
 
〝セクトニア様。タランザも協力します。この世界の為にも貴女の為にも全霊を尽くしましょう。どこまでもお供します〟

 タランザの忠誠にセクトニアは驚いて―――――そして静かに微笑みました。

〝ありがとうタランザ。でも、その言い方だとまるで貴方は私の側近みたいね〟

〝タランザが側近なら、セクトニア様は女王様ですね!〟

〝女王……ふふふ。そんなお世辞はいいわ〟

〝お世辞なんかじゃないです!セクトニア様が女王になれば、この世で一番美しく心優しい女王様になるに違いないですから!〟

 タランザは本気でそう思いました。
 この方ならこの世界を変えられると、信じていたのです。


 ◆


〝セクトニア様!セクトニア様!とても綺麗な花を見つけましたよ。どうぞ!〟

〝あら、ありがとうタランザ。今日の花も本当に素敵ね〟

 朝から意気込んで花を摘んできたタランザは、セクトニアに花束を渡します。
 毎朝花を摘んではセクトニアにプレゼントするのが、彼の日課でもありました。
 だからセクトニアの周りにはいつも色とりどりの花々が溢れています。
   
〝だけどタランザ。毎朝毎朝私の為に花を摘まなくてもいいのよ?大変でしょう?〟

〝いいえそんなこと全然ないですよ!セクトニア様の為に花を贈れるのは、タランザにとってはとても光栄なことなんですから〟  

 嬉しそうに破顔するタランザに対して、セクトニアの表情には少しばかり影が落ちていました。
 申し訳なさそうでいて、寂しげな―――――そんな笑顔でした。

〝そう……。いつもありがとうね。この花も飾りましょう〟

〝あ!タランザがやりますよ。セクトニア様の御手を煩わせるわけにはいきませんから〟

〝花ぐらい自分で飾れるわ。私を腫れ物のように扱わないで頂戴〟

〝しかし……―――――わかりました。今日の花は水が少ない方がいいですよ〟

〝ええ。わかったわ〟

 セクトニアは毎日忙しくありました。
 少しずつではあるものの彼女の理想に協力したいと集まってくるものはいたけれども、それでこの世界から争いや差別が消えるわけではなりませんでした。
 相変わらずこの世は澱んでいて、争いが絶えることも休まることもありません。
 そのたびにセクトニアは悩み悲しみ、どうして皆わかってくれないのだろうと涙に暮れる日もたびたびありました。
 そんなセクトニアを支えながら、タランザはセクトニア様が悲しまぬよう元気づけてあげたいと強く思っていたのです。
 だからタランザは毎朝花を摘んでは彼女に届け、その他にもたくさんの贈り物を彼女へとプレゼントしたのでした。
 セクトニアは喜んではくれましたが、彼女を蝕む悲劇と疲労を和らげる効果には繋がりませんでした。 
 だんだんとタランザはエスカレートし、もっともっと美しく立派で豪華なものをセクトニアへ贈りたいと、そうすればきっとセクトニア様も元気になってくださると思ってしまうようになったのです。

 そして―――――タランザはある日、未だかつて見たことのないほど優美でいて神々しい鏡を見つけたのです。
  
 タランザは一目見てこれをセクトニア様へ贈りたい!と思い立ち、早速それを持ち帰りました。
 
 それが―――――全ての始まりであり、全ての終わりでもありました。
 
〝セクトニア様!今日はとても美しい鏡を見つけましたよ!どうか受け取ってください〟

〝まぁ!なんて美しい鏡…!ありがとうタランザ。大事に飾るわ〟

 いつもより大いに喜んでくれたセクトニアを見て、タランザも大満足でした。
 ―――――変わり果てたセクトニアを見るまでは。

 次の日の朝、タランザがいつものように花を摘んでセクトニアのもとを尋ねた時―――――信じられない出来事が起きました。

〝セクトニア様!今日の花もとても瑞々しくて綺麗ですよ!今朝の花は見事に咲いていますので、お時間がありましたら一緒に花園まで参りませんか?〟

 にっこりしているタランザの笑顔が凍りつくのは、そう時間はかかりませんでした。
 いつもなら微笑んでタランザを迎えてくれるはずのセクトニアでしたが、今日はまるで違いました。
 今までのセクトニアとは別人のように、冷たい目をしていました。
 あれ?と、タランザは不思議に思います。
 この目―――――どこかで見たことがあるような……。

〝妾に汚らしい野花など持ってくるな!無礼者が!〟 
 
 厳しい言葉を突きつけられ、花を差し出した手を弾かれました。
 その衝撃で丁寧に作られていた花束があっという間に解け、無残に床に散らばりました。
 
〝……え?〟

 床に散らかった花を茫然と見下ろし、タランザは間の抜けた声を発してしまいます。
 どうして花が床に散乱しているのだろうか。どうして自分の手がこんなにもじんじんしているのだろうか、どうしてこんな状況になっているのだろうか―――――どうしてセクトニア様が、笑ってくださらないのだろうか。
 タランザの頭の中に幾つものはてなが生まれては、埋め尽くしていきます。

〝ああ、汚れてしまった。妾の部屋が汚れてしまった。早急に片づけんかタランザ〟

〝え……え?セクトニア様?〟

〝早くしないかこの木偶の坊!妾の命令に従えないのか〟

〝は、はい。只今……〟

 掃除用具を持ってこようと急ぐタランザは、いつまでも謎が払拭できませんでした。
 今朝のセクトニア様は機嫌が悪いのだろうか。調子が悪いのだろうか。いったいどうしてこうも冷たいのだろうか。
 あの方は―――――どんな花でも心から愛しているというのに。
 タランザは摘んだばかりの花がゴミとなってしまったことが少々心苦しかったが、セクトニアの命令に従ってそれを処理しました。
 セクトニアの部屋に飾られたばかりの鏡が怪しい光を放っていることには、まだ気がついていませんでした。

 
 その日以来、セクトニアは豹変しまいました。

〝世界平和などくだらない。今こそ妾の王国を作り上げ、世界を支配するべきであろう!〟

 今までとはまるで違う宣言をし、それに逆らう者は問答無用で排除する―――――気がつけばセクトニアは残虐無慈悲な女王として君臨するようになっていました。
 
〝妾の美しさこそが全て!この世の者どもは妾に忠誠を誓え!従順な配下となれ!逆らう者には罰として鉄槌を下そう!さぁ!妾に全てを尽くせ!〟

 タランザは驚愕し、もちろん他の者達も仰天せざるをえませんでした。
 皆かつてのセクトニアのやり方に心打たれてついてきたというのに、あんまりな手の平の返しようでした。
 そのため、逆らう者や逃げ出す者が続出しました。こんなやり方に納得できるわけがない、賛成できるわけがない、許されるわけがないと。
 しかしセクトニアはそれを許しませんでした。
 そしてタランザに命令をするのです。

〝妾に逆らう愚か者共にお前の操りの魔法を使って、妾に決して逆らわない兵士になるよう洗脳しろ〟

 タランザには他者を操る魔法が使えました。
 だけど今まで通りのセクトニアなら、絶対に他者の心を愚弄するようなことはしないでしょう。するはずがありません。
 しかし今のセクトニアは違います。自分だけの為に、タランザの力を使って理想通りに事を進めようとしているのです。それはあまりにも惨く、利己的でもありました。

〝そんなことできませんセクトニア様!人の心を弄ぶようなことは断じて!〟
 
 タランザは頭を下げて懇願しました。どうかそのようなお考えはやめてくださいと。
  
〝妾の言うことがきけんのか。タランザ〟

 氷のような冷たい響きを持つ声に、思わずタランザは身震いしてしまいます。
 それでもここで引き下がるわけにはいきません。

〝セクトニア様!いったいどうしてしまったのです!前までの貴女はそのようなお考えをなさらなかったでしょうに!何がどうしてこうなってしまったのです!タランザにはわかりません!心優しかった貴女がどうしてこうも、お変わりになってしまったのか……!〟

〝確かに前までの妾はそのような夢物語に現を抜かしていた。叶うわけのない理想ばかりに目を向けていた〟

〝そんな……!貴女なら、貴女ならきっとできたでしょうに……!誰も苦しまず、差別されず、争いの無い世界を作ると……!貴女は心からそう申していたではないですか……!〟 

〝お前は本当に信じていたのか?馬鹿馬鹿しい。妾はとうの昔から諦めていた。愚かなこの世界の争いは永遠に絶えることは無い。それこそこの世が破滅するまで。妾はわかりきっていた。だが、愚鈍なお前たちのような民は未だに夢に目を奪われ、現実を見ずにいる。妾はそれに愛想がつきた〟

 タランザは愕然としました。
 セクトニア様はこの世界を救えないと、とっくに悟っていたのかと。
 つまり―――――自分や自分たちは、救えない世の中に苦悩しているセクトニア様にプレッシャーを与えていただけなのではないのかと。

〝そんなある時、お前が贈ってきた鏡を見た時閃いたのだ。何も学ばぬこの世そのものを妾が牛耳るほうがよっぽど良いではないかと!〟

〝鏡……?〟

 鏡。鏡。鏡!
 あの鏡!
 そういえばあの鏡のプレゼントした次の日から、セクトニア様はお変わりになった……!
 ふと、タランザの心の奥底でバリンと、何かにひびが入るような音が聞こえた。
 ―――――何か、いけない気がする。これ以上は、いけない気がした。

〝そして妾はこうしてここにいる。何も間違っていない。妾は正しい〟

 誇らしげに迷いなく言ってのけるセクトニアに、タランザは青ざめる他なかった。

〝そ、それでも皆の心を掌握するような行為は許されるものではありません!どうかお考え直してください!〟

〝まだお前も妾に従えないのか!―――――醜いお前にここまでしてやったのは誰だと思っている!〟

〝!〟

 聞きたくない言葉を聞いてしまった。
 タランザはへなへなと床に手を付き、項垂れてしまいました。

〝二度は無いぞタランザ。妾に従え。さもなければどうなるかわかっているな?〟

〝はい……わかっていますセクトニア様……。貴女の命じるままに……〟

〝ふん。最初からそう言えばいいのだ。だからお前はろくに使えないのだ〟

 痺れを切らしたかのようにセクトニアは苛立ちを露わに、部屋から出て行きました。
 独り残されたタランザは―――――震えました。

〝あの―――――目〟

 どこかで見たことある目だとは思っていたけれど、醜いという言葉を聞いて思い出してしまいました。
 あの目は―――――。

〝自分を虫けらのように見る―――――目〟

 昔々からセクトニアに出会うまで、向けられていた非道な目そのものでした。
 まさか、セクトニアにそんな目を向けられてしまう日が来るだなんて。
 自分を唯一認めてくれて、親しくしてくれた存在に―――――あんな目で見られてしまうだなんて。

〝……〟

 タランザは力無い目で、室内に飾られている鏡を見ました。
 ここでようやく鏡が怪しげなオーラを発していることに気がついてしまいました。どうしてもっと早く気づけなかったのだろうか。見境のない後悔が、タランザの身を襲いました。
 ふらつきながら鏡の前まで移動し、その鏡に掴みかからんばかりにタランザは手を伸ばしました。

〝この鏡のせいで……!セクトニア様はおかしくなってしまった……!〟

 怒りの形相を顔に刻み付けて、タランザは鏡を殴りつけました。
 しかし鏡はびくともせず、反動でタランザの手に鈍い痛みを奔らせるだけでした。
 それにも構わずタランザは鏡を殴打し続けました。
 やつあたりをするように。もがくように。

〝お前さえ……!お前さえいなければ……!お前さえなければ……ッ!〟

 自分達は今まで通り楽しく幸せでいられたのに。
 この鏡が全てを台無しにしてしまった。
 ようやく手に入れた幸せだったというのに、一瞬にして壊れてしまった。
 憎悪を向け、タランザが鏡に拳をぶつけようとすると―――――唐突に声が聞こえた。
 それは、鏡の中から聞こえた。
 信じがたいことに―――――鏡に映ったタランザが、自分の意思とは関係なしに喋っていたのである。
 口元に邪悪な笑みを湛えて。

〝何ヲ言ッテイルンダイ?タランザ。全部オ前ノセイジャナイカ〟

〝な……!〟

〝鏡ヲ拾ッテキタノモ、セクトニア様ニ必要以上ノプレッシャーヲ与エ続ケタノモ、全部オ前ジャナイカ〟

〝違う!タランザはセクトニア様のことを思って……!〟

〝セクトニア様ノコトヲ思ッテ?ソノ結果ガコレ!アハハハハハハ!結局オ前ハセクトニア様ヲ苦シメ、狂ワセテシマッタダケジャナイカ!〟

〝違う!違う!違う!〟

 チガウ?
 ホントウニ?
 アノ時―――――鏡ヲ贈ラナケレバ。

〝ヤッパリオ前ハ醜イヨ。コノ世デ一番穢レテイルヨ。人ニ害シカ与エラレナイ。恩ヲ仇デシカ返セナイ。哀レナ忌ミ子ダヨ〟

〝ちが……っ!〟

 チガワナイ。
 ソウダ。タランザダ。

 タランザガスベテワルイ!
 ワルイノハタランザダ!

 自分自身で幸福を奪ってしまった。
 自分自身で全てを壊してしまった。

 自分が―――――いたから。
 自分が―――――生きていたから。
 
〝オ前ハ生キテイルダケデ、人ヲ不幸ニスル!〟

 

 自分なんか―――――生まれなければれば。

 

〝ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!〟

 

 タランザは絶叫した。
 喉が潰れんばかりの声を上げて。
 絶望に打ちひしがれるタランザに、鏡のタランザは優しげな声をかけた。

〝アア、可哀想ナタランザ。悲シイヨネェ。自分ノセイデ最愛ノ人ヲ狂ワセテシマッタダナンテ。コンナ事実受ケ入レラレナイヨネェ〟

 涙を零し、声にならない声を上げるタランザに寄り添うように、鏡のタランザは笑うのです。

〝楽ニナリタイヨネ。ソレデイテ、ズットセクトニア様ノ傍ニイタイヨネ。ダッタラキミモ狂ッテシマエバイイヨ。皆デイカレチマエバモウ独リジャナイヨ。サァ、オイデ〟

 鏡に光が宿り、タランザに降り注ぎました。
 鏡に映ったタランザはにたにたと趣味の悪い笑顔のまま、消えていきました。
 やがて、鏡には何も映らなくなりました。
 鏡の前で座り込んでいたタランザは、ゆっくりと空を見上げました。とはいっても空はそこには無く、あるのは見慣れた天井だけでしたが。

〝ク……ククク、ク〟

 小刻みに身を震わせながら、タランザは口角を上げました。

〝アハハ……アハハハハハハハハハハハハハハハ!!ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!アーハッハハハハハハハハハハハハハ!!!〟

 突如、人が違ったようにタランザは哄笑し始めました。
 狂ったように、壊れたように、いかれたように、破たんしたように―――――笑って、笑って、笑って、笑って、笑いつくしました。
 
〝クククク、ククク……タランザはクィン・セクトニア様の忠実な側近なのね!早くあの方のお望みどおりに事を進めないといけないのね!〟

 昔々あるところに、一匹の蜘蛛がいました。
 蜘蛛は皆からの嫌われ者で、いつも独りで泣いていました。
 そんな蜘蛛に手を差し伸べたのは、慈悲深き蜂でした。
 二人は友達になり、仲良くなりました。
 蜘蛛は蜂に恩返しをするためにも、蜂の幸せを願っていました。
 蜂はこの世界を良くするために、身を粉にして行動していました。

 だけども二人の夢が叶うことはありませんでした。

 気付けば取り返しのつかないところにまで、二人は来てしまっていました。

 こうして―――――忘れてしまいました。
 二人は忘れてしまったのです。
 一人は苦悩の果てに鏡を覗き、美に魅入られてしまいました。
 一人は絶望から逃れるために鏡に縋り、過去の過ちに対する罪悪感を遠ざけ、見ないふりをしました。
 二人とも心を狂わせ、心を壊し、正しささえ忘れてしまいました。

 いつからだったのでしょうか、二人が友達と呼べる関係でなくなってしまったのは。
 どうしてでしょうか、二人が破滅への道筋をたどるようになってしまったのは。
 かつての醜い蜘蛛は、かつての心優しき蜂は、思い出さえも失くしてしまったのです。

 二人は幸せでした。
 そして不幸せになり―――――気付けば欲望を追い求めるだけの存在へと、成り果ててしまいました。

 物語は―――――ここで終わるはずでした。
 悲劇の物語として、ここでページが終わるはずでした。
 運命が変わるのは―――――セクトニアがフロラルドを乗っ取り、独裁国家を誕生させてしばらくした後。
 星の似合う勇者と、勇者ではない下界の自称大王が、やってきた時に。

 

―――――悲しき物語の、結末が変わるのです。
 

 

 

 
―――――切り捨てられた

―――――自分がもっと強ければ

―――――見捨てられた

―――――自分がもっとしっかりしていれば

―――――いらない、と言われた

―――――あの時、死ねばよかったのかな

 

「…い……おい!しっかりしろ……!聞こえるか!?」

 乱暴に誰かに揺すり起こされ、タランザは目を開けた。
 ぼんやりと靄がかかっている視界に飛び込んできたのはある顔と、自分を支える手の感覚が背中のあたりにあった。
 体がひどく重い。多少怪我をしてしまっているようだ。

「……キミ、は?」

「おいおい体打ったショックで忘れちまったのか?オレだよ」

 目の焦点があってくるにつれて、目の前の存在の顔がはっきり見えてくる。
 
「……勇者……じゃない勇者」

「けっ!人様のことを間違えてこんな辺鄙な場所まで連れて来るだなんて、まったくどうかしてるぜ!」

「なんでキミが……ここに……」

 そこにいたのは―――――デデデ大王だった。
 タランザはだんだんと回復してくる思考回路を張り巡らせて、今の状況を把握してきていた。
 自分が本当の勇者を倒すことに失敗したことに。セクトニアによってあっさり切り捨てられてしまったことに。
 しかし理解できないのは、どうして敵であるはずのデデデが自分を助けようとしているのか、まるで見当がつかなかった。

「こうもくそもあるか。ただ何となくだ。お前はムカつくけど―――――どうもいろいろと事情がありそうなんでな」

「え……?―――――そっ!それよりもセクトニア様!セクトニア様は!?」

 その時、天空を斬り裂くような咆哮がどこからともなく響いてきた。
 タランザはビクッと震え「な、何なのね……?」とデデデに尋ねてしまう。この場所からでは咆哮の正体を突き止めることができなかった。
 するとデデデは複雑そうな表情で答えた。

「お前んとこの女王様が、暴れてんだよ」
 
 その言葉にタランザは驚愕を隠せなかった。
 あれがセクトニアの叫び声だというのか。
 あんな声―――――一度だって聞いたことがない。
 それ以上に―――――あんな声、もはや化け物の雄叫びではないか。

「そんな……!まさか今も、勇者と交戦中……?」

「ああ。カービィが相手してやってるよ。けど、ありゃあ相当時間がかかりそうだな。やばいぐらい邪気を感じるぜ」

「セクトニア様……!―――――うわァ!?」

 がっくりと途方に暮れるタランザを、デデデは一気に担ぎ上げた。

「な、何をする!離すのね!」

 微弱な力で暴れるタランザをもろともせずに、軽々とデデデは彼を肩の位置にまで持ち上げてしまう。

「その様子じゃしばらく動けねえだろ。それにちょっとばかし聞きたいことがある」

「聞きたいこと?」

「―――――お前は何であんなやつに従ってるんだ?」

 あんなやつ、とは無論セクトニアのことだろう。
 瞬間タランザはかっとして、デデデに噛みつかんばかりの勢いで

「セクトニア様をあんなやつ呼ばわりなんて無礼なのね!―――――そんなこと……タランザが、セクトニア様に尽くしたいと思ってる。それだけの理由だ!」 

「そうか。だったら何で、お前はアイツを止めなかったんだ?」

「何でって……」

 タランザはそこで言葉を詰まらせる。 
 
「……止め、たかった。止めたかったよ。でも、ダメだっだのね」

「なんでだよ」

「だって、セクトニア様は―――――ああもう!やめろ!キミのことは耳障りだ!嫌なことばかり思い出す!」

 頭を抱えるタランザに対して、デデデの態度は冷静だった。

「……悪いけどよ。こっちはもうお前の事情全部知ってんだよ」

「な……!」

 信じられないと言いたげなタランザに構わず、デデデは続けた。

「お前に操られている最中、ずっとお前の―――――お前たちの過去の投影を見てたんだよ」

「そんな、馬鹿な!」

「お前が昔アイツの友達だったってことも、もうわかってるぜ」

「……ッ!」

 糸で繋がれた身であったデデデは、奇しくも糸を通じてタランザの精神とリンクしてしまったのだろう。にわかに信じがたい話ではあるが、こうも言い当てられてしまっては返す言葉も無い。

「だったら何だって言うのね……タランザのこと逃げ出した愚か者だとか、醜いとか汚らわしいとか言いたいの?言えばいいさ……!」

「ざけんなよ。誰もお前にそんなことを言える権利なんかねぇ。言うもんか。他のやつが言ってたら問答無用でぶっ飛ばすレベルだ」 

「……それじゃあ何。同情なんて結構だよ」

「タランザ―――――お前、何を怖がってるんだ?」

「!」

「何をさっきからそんなにビクビクしてるんだよ。取って食うつもりなんてねえからな。それとも―――――セクトニアのことが心配なのか?」

「あ、た、りまえだろ……あたりまえだろッ!セクトニア様はタランザの命の恩人で、タランザの唯一の女王で―――――ッ!」

「……一番最初の友達、か?」

 友達。
 その言葉に、タランザは苦しげに表情を歪ませた。

「……そうだよ……。でも、もう……友達どころの話しじゃない……あんまりにもセクトニア様はタランザにとっての大事な存在で……もう、よくわかわからないのね……」

「―――――だったら、わからなくなっちまうくらい好きだってことで、いいじゃねえか!」

 突然デデデが早足で歩き始めたので、タランザは反射的にデデデにしがみついてしまう。

「ど、どこに行くのね!?わかりきったように言うな!嫌なことは忘れていたかったのに!どんだけタランザの頭がゴチャゴチャになったかと……!」

「全部を終わらせに行くんだよ!それに、お前がいつまでも忘れているふりをしている思い出とやらに決着をつけて、はっきりさせてやる!」

「そ……そんな勝手な……!」

 この間にもセクトニアの咆哮と戦闘音はけたたましく響いてきている。いつまでものんびりしている場合ではない。
 
「キミの手出しなんて無用なのね!そもそもなんでこんな話になってんのさ!」

「いいからとっととセクトニアの部屋に戻るぞ!」

「まさか逃げるつもりなのね!?」

「ちげーよ!言っただろ決着を着けに行くって!」
  
「だから意味が分からないって……!」

 そんなことをしているうちにもデデデは駆け足で長い階段を昇り、再びセクトニアの部屋にまで戻ってきた。

「さてと―――――ちょっとばかし荒っぽくなるぜ」

「え?」

「離れてろよ。何せ、何が起こるかわかんねぇ代物なんだからよ」

 デデデに肩から降ろされ、タランザはだいぶ回復した体力を使って浮遊する。
 その間にもデデデは背中に取り付けていた愛用の大振りのハンマーを取り出した。
 そしてそのまま―――――依然として変わらぬ位置に飾られている巨大な鏡に躊躇なく歩み寄っていく。

「何をするつもりなのね!?その鏡に近づいちゃ駄目!タランザの記憶を見たなら知ってるでしょう!?その鏡は人を狂わせてしまう!」

 慌てて引き留めようとするタランザであったが、デデデはニヒルに笑んでみせた。

「ばーか。こんな鏡に魅入るほど、オレ様は疲れちゃいねぇよ」

 自信満々に言う大王を映した鏡は―――――突如揺らめきだした。
 まるで水面に一滴の雫が落ち、ゆらゆらと波紋が生まれたかのようだった。
 
「これに似たような鏡についてちょいとばかし知り合いのヤツが詳しくて、何となくはわかってるんだよ―――――この鏡は自分の心を映し出し、闇の部分を浮き上がらせてくる!」

 鏡に映るデデデの姿が―――――闇色に染まる。
 気づけば鏡にはデデデだけれども明らかにデデデとは違う存在が映っており、待っていたと言わんばかりに跳び出してきた。
 
「も、もう一人のデデデ大王?」

 見た目は瓜二つだけれども気配がまるで違う両者を交互に見ながら、タランザは困惑してしまう。
 もう一人のデデデ―――――さしずめダークデデデと言うべきだろうか。ダークデデデは戦意満々なのか、冷徹な態度のままハンマーをすでに構えていた。
 それを確認してからデデデもハンマーを慣れた手つきで構えた。
 戦闘は避けられなさそうだった。

「本当だな。あいつの言ってた通りだ―――――自分自身と向き合うっていうのは、こういうことなんだなァ!」

 戦闘開始の合図などは無かった。
 両者共ほぼ同時に動きだし、ハンマーを振るった。
 お互いのハンマーがぶつかりあい、鈍い打撃音が衝撃波と混ざって生じ、更に乱打へと繋がった。
 目まぐるしいバトルをただ一人見ているのはタランザだけであり、混乱した頭のままただただこの戦闘を見ているしかなかった。

「さすがは鏡のオレ!やっぱり強いな……!」

 ハンマーを横薙ぎに振るって距離を取りながら、デデデは楽しげににやりと笑んだ。
 それに引き替え、ダークデデデは相変わらずの無表情を崩さない。

「来いよ。相手してやるぜ」

「……」

 機械のように精密で寸分の乱れさえ無い動きで跳びかかってくるダークデデデを、デデデは迎え打つ。
 二つのハンマーが空を切り、風をひき起こし、衝撃を生み出す。
 どちらも一向に退かない戦いであったが、ここでデデデが一歩踏み出した。

「おらよっ!」

 デデデは相手の放ってきた一撃をあえてハンマーで受け止めず、体を捻って寸でのところで回避したのだ。かなり無理な体制を取ったため、少しばかりデデデは苦悶の表情を浮かべる。
 しかし勢いでは負けず、大きく空ぶることになったダークデデデに隙をつくことができ、デデデは手の内で器用に回転させたハンマーで横から相手のがら空きのわき腹に強烈な一打をお見舞いした。
 衝撃を殺しきれずダークデデデは向こう側の壁にまで吹っ飛ばされ、叩きつけられる。

「まったく。油断も隙もねぇ。だけど―――――やっぱりオレのほうが強い!」

「だ、断言しちゃったよこの人……」

 危なくない場所まで避難しているタランザにまでツッコまれてしまう始末であった。

「細かいことは気にすんな!まぁ―――――まだ勝負はついてないみたいだけどよ」

「!」

 倒れていたはずのダークデデデであったがゆっくりと起き上がり―――――いつの間にか手にはハンマーではなく大斧が握られていた。
 戦意は先ほどよりも上がっているように見え、感情の色が含まれていない目には殺意が宿っていた。

「……さっきのキミみたいな姿をしているのね」

「オレ様の趣味じゃねえんだけどな―――――巻き込まれないように頭下げとけよ!」

 デデデの言葉が言い終わる前に、ダークデデデはもう走り出していた。
 中距離にも対応できる斧を振るう瞬間、風の裂ける音が聞こえた。

「うおっと!」

 自分を斬りかからんときた容赦のない攻撃を間一髪のところでデデデはジャンプして回避し、間髪をいれずに振り上げられた斧の柄部分をハンマーで弾いた。

「オレもタランザに操られていたときはあんな感じだったのか?気味の悪い戦い方をしやがる」

 デデデは少々焦りつつ、ハンマーを構えなおす。
 先ほどのハンマーよりも圧倒的に攻撃速度が速い。もちろんデデデのハンマー攻撃よりも速いため、ある程度の予測と見切りをつけなければやられてしまうだろう。
 微妙な距離感のまま相手の様子を見、今度はデデデから先に攻撃を仕掛ける。
 ダークデデデはそれに臆することなく、それどころかこの攻撃が来るのはあらかじめ予測していたと言わんばかりに―――――鳥肌が立ちそうになるほどの正確で最短の動作で、デデデのハンマーの柄部分に斧を突き立てた。

「んなっ」

 とても頑丈に作られているはずのハンマーの持ち手に穴が開き、デデデは動揺する。そこに一瞬の隙が生まれてしまった。
 隙を見逃さなかったダークデデデは長い斧を巧みに操り、柄部分をデデデの腹部に叩きつけた。

「ぐあぁっ!」

 後方へとばされ、デデデは背中から柱に激突してしまう。

「デデデ!」

 タランザが思わず声を上げる。
 そんな中でも躊躇なく、ダークデデデは連撃を繰り出そうと斧を振りかぶっている。

「まだ、だぜ!」

 痙攣しながらもハンマーを掴みとり、振り下ろされた斬撃をデデデはぎりぎりのところで受け止める。
 一撃、二撃、三撃と続き―――――ついにハンマーが弾き飛ばされてしまう。

「っ!」

 得物が無くなり無防備となったデデデにとどめを刺さんと、ダークデデデは斧を振り上げる。

「まずった、か?」

 冷や汗を流しながら、デデデが痛みに悲鳴を上げる体に鞭を打って退避しようと試みたその時―――――勝手に自分の体が予想外の方向に引っ張られてしまう。

「うおっ!?」

「危ないのね!」

 デデデを引っ張っていたのはタランザだった。デデデの体に糸を伸ばし、それをロープのように使っていたのだ。
 しかしすぐにダークデデデは蜘蛛の糸の存在に気づき、無情にも切断してしまう。
 
「!」

 それによってデデデは体の支えを失い、宙に投げ出され床に落下してしまう。
 それでも充分にダークデデデから距離を取ることができた。向こうから近づいてこられてしまっては何の意味もなさないが。

「デデデ!デデデ!」

 ひっくり返りそうになりながらもタランザは何とか起き上がったデデデのもとに飛び、切れた糸を更に引き千切った。
 
「おいおいこんなことしなくともオレは大丈夫だったぜ?ま、サンキューな」

「デデデ……何で……何でキミは危険な目にあいながらも、戦うのね?何で今……戦っているのね……?」
 
「いててて……そうだな。何でオレは、戦ってるんだろうな」

 痛みに呻きながらも、デデデは近づいてくるもう一人の自分を正面から見つめていた。
 その奥にある鏡も一緒に―――――見据えながら。

「ぶっちゃけオレは被害者だし、お前にもセクトニアの野郎とも何の関わりもねえけどさ―――――アイツが今戦ってるんだ。アイツだけにかっこつけるっていうのも癪だろ」

 アイツ―――――星の戦士。勇者のことだろうか。

「それによ……あーあ。オレ様もアイツのお人よし具合にやられちまったかな―――――……目の前で困っているやつがいたら、放っておけねえだろ」

「……デデデ」
 
「湿っぽいのは好きじゃないんだよ。だから―――――そんなに自分を責めるんじゃねえよ」

 気付けばタランザは―――――涙していた。
 ぽろりぽろりと目から星の粒のような涙を零し、床に幾つかの水滴を作った。
 
「タランザが……あの鏡を拾わなければ……タランザが……セクトニア様に期待を背負わせ続けなければ……タランザが……セクトニア様を止められていられたら……!」

 嗚咽混じりに懺悔を告白するように言葉を発するタランザの頭を、デデデは優しくぽんと手を乗せた。

「泣くなよ。誰もお前を責めたりできねぇよ。お前を責めれるやつなんざ、どこにもいない。自分で自分を責めることも、いけないんだぜ。お前の気持ちは充分わかってるからな。どんだけ苦しかったか、悲しかったか―――――お前が一番よくわかってるだろ?」

「……ッ!」

 涙ながらに頷くタランザに、デデデは「そうだよな」と言う。
 そして―――――迫りくるダークデデデに身構えた。
 
「だけどよ、涙に暮れるだけじゃダメなんだよ。どうすべきだったか、どうすべきなのかを考えて―――――がむしゃらでもいいから突っ込んでいくのが、一番なんだッ!」 

「でも……もうどうしたらいいのかわからない……!何を信じればいいの……?タランザは……生きていていいの……?」

「馬鹿野郎!あのなぁタランザ!信じるも信じないも、お前はお前をもう少し認めてやれよ!昔のセクトニアはお前の存在を認めてくれたんだろ!?だったらお前もお前を信じないと駄目だろ!」

 武器が無い状態にもかかわらず、デデデは怯まなかった。真っ向から相手に立ち向かおうと、胸を張っていた。

「―――――お前がお前を信じてやらないで、お前は何を信じるんだよ!」 

 デデデの叫びが室内に響き渡り―――――やがてダークデデデは斧を振り下ろした。
 ―――――生じるはずの無い音が発生する。
 本当ならばデデデの体は斬り裂かれていなければならない。
 だけどもデデデの体は無事であり―――――その手には遠く離れたはずのハンマーが握られていた。
 柄の部分に―――――僅かに蜘蛛の糸が付着していた。

「―――――タランザは、タランザのことを、もう少し信用してみることにするよ」

 素早くデデデのハンマーを回収したタランザは、涙をこぼしながらも笑ってみせた。
 
「やればできるじゃねえか―――――さぁ、これで終わりだぜ!」

 笑顔のままデデデは高く跳躍し、ダークデデデの額に渾身の一撃を叩きこんだ。

「だりゃあああああああああぁぁ!!!」

 全体重をかけた一撃であったが、ダークデデデはまだ抗おうと斧で対抗しようとしてくる。
 しかしデデデの勢いと破壊力には勝らず―――――光と鏡の破片のようなものを散らして、消滅した。
 倒したことを確認しても大王は止まらず、そのまま鏡のほうへと走った。ハンマーの威力を更に上乗せして―――――思いを込めた打撃を、鏡に放った。
 たちまち鏡にひびが穿かれ、幾つもの破片を散らしながら―――――完全に壊れた。
 そんな光景を見ていたタランザは、涙に濡れる目で待ち望んでいた瞬間を目視しながら―――――思うのだった。

―――――勇者は、もう一人いたんだ。

 確かにそう、思ったのだった。 
 同時に湧き上がってくるもの。今まで忘れていたふりをした記憶が彼の元に舞い戻ってくるのを感じた。
 それは昔差別されていた悲しい記憶だったり、セクトニアと過ごした幸せの日々の記憶だったり―――――今までのタランザの人生の経験そのものだった。 

「―――――忘れていたら、ダメだったのね……」

 泣きながら、タランザは今まで自分が間違っていたことにようやく気付いた。
 たくさん嫌な記憶はあった。だけども、確かな幸せの記憶も間違いなくあった。
 その全てを忘れてしまっては駄目だった。失くしてはいけなかった。
 この記憶と経験があって―――――今の自分がいるのだから。見失ってはいけなかったのだ。

「終わったぜ」

 少々服を傷ませながらも快活そうな様子で帰ってきたデデデを、タランザは見上げた。

「これでお前の忘れていた過去も、セクトニアのことも元通りに戻ればいいけどよ」

「―――――ありがとう。デデデ。思い出させてくれて。タランザは……やっぱりセクトニア様の、友達だったのね。大事な大事な……初めての、友達だったのね……」

「おう。思い出せたのなら、よかったじゃねえか」

「だからタランザは―――――」
 
 タランザが何かを言いかけたところで、部屋のほうへ向かってドタバタと誰かの足音が聞こえてきた。
 
「大王様ぁぁぁあ!」

 やってきたのはバンダナワドルディだった。
 マキシムトマトを二つほど抱えて、走ってきていた。

「バンダナ!?お前なんでこんなところに……!」

「大王様たちが心配で追いかけてきたんです……!ここの兵士は皆倒されていたので何とか来れました!」

「あー……カービィのやつが派手にやったからなぁ……」

「そんなことよりも大丈夫ですか!?マキシムトマトをどうぞ!栄養満点ですよ!」

「お!ありがたい!いただくぜ!」 
  
 バンダナから受け取ったマキシムトマトを、デデデは嬉しそうにむしゃむしゃと食べた。体力全回復!

「はい!タランザさんも!」

「え……いいの?」

「大王様と一緒にいるってことはその……悪い人じゃなかったんですよね!遠慮なく食べちゃってください!」

 半ば強引にマキシムトマトを手渡され、タランザは困りつつもそれを口にした。

「美味しい……」

「だろ?プププランドの食い物は全部美味しいんだぜ―――――さぁこれで元気いっぱいだな!今なら一人で野球が出来そうだぜ!」

「大王様あまり無茶はしないでくださいね……」
 
「おう。わかってるよ」

「……ねぇ、デデデ」

「何だ?」

「―――――友達って、いったい何なんだろうね」

 タランザの問いにデデデとバンダナは顔を見合わせ、そして声を合わせて言うのだ。

「困ってる時に放っておけないような人のことをいうんだぜ(ですよ)」
 
「だったら―――――」

 その時、どこからともかく誰かの甲高い悲鳴が聞こえた。

「この声は……まさかカービィ!?」

「そんな!カービィさんの……!?」

「こりゃあ放っておけねえ!くそ!あの距離じゃさすがに飛んで行けねえ……!」

「任せるのね!」

 そう言ってタランザはデデデを掴み、空へと跳びあがった。

「このまま一気に行くのね!」

「助かるぜタランザ!行くぞ!」

「お二人とも気を付けてくださいね!」

 バンダナをそこに残して、デデデとタランザは飛行を始めた。
 セクトニアの暴走が止まらず、最終段階まで来ていることは―――――もう、わかっていた。


 ◆

 

「まだ!助けてさえいなかった!」 

 叫んだ。
 
「まだ!手を差し伸べてさえいなかった!」

 叫んだ。

「まだ!怒ってさえいなかった!」 
 
 叫んだ。

「友達だったのに!本気で叱って止めることさえできなかった!」

 叫んだ。

「友達だったのに!間違いをちゃんと指摘することさえできなかった!」

 叫んだ。

「だから―――――!だからもう、タランザは逃げない!」

 
 すでに空は明け方の光に包み込まれかけていて、禍々しい巨大花のバックで美しい朝焼け間近の夜の幕が僅かに残っているだけだった。   
 元は魔的なほど美しかったであろう花は、朽ちかけて枯れかけていた。
 そんな花に対峙しているのは、勇者カービィと第二の勇者のデデデ大王と―――――花の友達の、タランザだった。
 もはや元の姿さえ失ってしまった花―――――セクトニアにタランザは手を差し伸べながら、語りかける。

「セクトニア様。もうやめましょう。こんなこと間違っています。鏡の呪縛は終わったのです。タランザも、タランザの罪から決して逃げません。だからセクトニア様―――――帰りましょう!一緒に!この世界は争いが絶えず醜いものかもしれませんが、幸福も何も無い世界かもしれませんが―――――タランザはいます。いつまでも貴女の傍にいます!だから……!」

 しかしセクトニアはそんなこと聞き入れたくないのか、鋭利なカッターを数発こちらに向けて投擲してきた。
 すかさずデデデとカービィはその攻撃からタランザを守りに入った。

「たっく……聞き分けがねぇにもほどがあるぞセクトニア!」

「お願い!タランザの声を聞いてあげてよ!このままじゃ君―――――本当に戻れなくなっちゃう!」

「セクトニア様ごめんなさい……こんな時に言うのもあれですけど……タランザは、正直世界のことなんてどうでもよかったんです。タランザにとっては―――――貴女が、タランザの世界そのものだったんです。貴女の幸せがタランザの幸せで、貴女の悲しみがタランザの悲しみだったんです」

 だんだんと強さを増していく朝日に照らされながら、タランザは告白するのだった。
 長い間言えずにいた、言葉を。

「タランザは―――――セクトニア様を愛していたんです」

 友達だけれど、友達以上の存在で、かけがえのない存在だった。
 何にも変えられない、世界に一つだけの花のように―――――愛すべき存在であった。

「タランザを美しいと言ってくれた貴女の美しさに、そして何より優しさに―――――心を奪われたのです。貴女の為なら死んでもいいと、本気で思ってました。でも、今やっと気づいたんです。大事な友達―――――大切な人の為に死ぬのではなく、共に行きたいと。共に、生きていきたいと」

 だから、どうか。
 どうか、この声を聞いて。
 かつての醜い蜘蛛は、貴女に命を救われたのです。貴女に名前を与えられ、貴女がいたから今の今まで生きてこれたのです。
 だから―――――!

「―――――あのころを、思い出して!」

 その時だった―――――セクトニアが叫び声を上げて、花から飛び出したのは。

「!」

 目にもとまらぬスピードでタランザに向かって一直線で、彼女は飛来してきた。
 咄嗟に身構えたカービィとデデデであったが―――――その必要はなかった。

「―――――セクトニア、様?」

 目を見開いて驚いているタランザに抱きつく形で―――――変わり果てたセクトニアは、そこにいた。

「イマノ、ワタシハ、ミニクイ?」

 しゃがれた声で訊いてくるセクトニアに、タランザは「いいえ」と首を振った。

「貴女はいつだって美しいです。この世の全てが貴女を否定しようとも、タランザはいつまでも貴女が好きです」

「ソ、ウ……」

 ヨカッタ。
 セクトニアは―――――僅かに、微笑んだような気がした。
 そしてふらりと体が揺れ―――――幾千もの花弁が生まれた。

「セ……!」

 

―――――ゴメンナサイネ

―――――タランザ

 
 セクトニアが完全に消滅するまで、そう時間はかからなかった。
 同時に世界は朝の目覚めを迎え、空中を舞い踊る鮮やかな花弁が幻想的でさえあった。 
 眼下には雲が。ここは大地よりもはるかに高い天空の上。こんな場所で舞い散る花弁は―――――奇妙で、奇異で、儚げだった。
 カービィとデデデに見守られる中、タランザは青色の花弁を一つ手にして―――――安心そうに、涙を伝わらせながら言うのだった。

「ほら―――――やっぱり、貴女は世界で一番美しい」

 

 

 

 

 

 プププランドにワールドツリーという新たな観光名所が誕生し、おかげで大盛況であった。
 
「ここらへんの人達って皆変わりものだったり流行りものに敏感なのね?」

「あはは。案外ね」

「だったらボクのテーマパークのほうにも遊びに来てほしいんだけドネ……」
 
 花々が咲き乱れ、花弁が舞い落ちるここで、タランザとカービィ―――――そしてマホロアが話をしていた。

「完成しても全然人来てくれないシサァ!宣伝しても〝難易度高すぎ!〟とか言われるから初心者用のも開設したのに客足は相変わらずダシ……!」

「ははははは……」

「マァ、ただでさえ有名どころがないことで有名だったプププランドなんだカラ、良い機会なんじゃない?この調子でもっともっと発展させていッタラ?」

「そうだね。フロラルドとの行き来も楽になったし」

 事件が解決してからすぐに、フロラルドとプププランドの交流が始まり、これをきっかけにワールドツリーを使って貿易や交流を行おうということになったのである。
 割と温厚な者達が集まっているプププランドの民と平和主義なフロラルドの民は相性が良く、早くも親しい関係を築くことができている。 
 友好の証としてワールドツリーは両国に繋がる道だけではなく、このように観光名所として今は栄えている。 
 そこの一番の管理を任されているのは、タランザである。

「そういえばタランザはフロラルドの人とはどう?」

「そうね……まぁ多少のぎくしゃくはあるけど、それなりに仲良くはなったね。逆にプププランドの人たちが個性的でどう接するべきか……」

「ダヨネー。本当にこの星の奴らッテ変り者が多いんだカラ」

「マホロアが言えることじゃないでしょ!」

 楽しげに談笑している三人であったが、そこにデデデ大王が血相を変えて走ってきた。

「おいお前ら大変だぞ!いや、大変じゃなくてえっと……とにかくいいからついてこい!」
 
「どうかしたのね?」

「イキナリ押しかけてきてどうしたんダイ?」

「だから来いって言ってんだろー!」

 疑問はあるけれどもひとまず三人はデデデに導かれるままに、彼の後ろをついていった。
 到着したのはスカイツリーの根元だった。

「これを見てみろ!」

 デデデが指を指したのは―――――一輪の花だった。
 海と空が入り混じったような濃くも澄んだ青色をしている、見たこともない形をした綺麗な花であった。

「この花がどうかしたの?綺麗な花だね」

「ン?この花―――――僅かだけど、魔力を感じルネ」 

 身を傾げているカービィや興味深そうなマホロアとは違い、タランザは「あ……」と声を洩らしていた。

「この花……まさか……!」

「まさかとは思うが……まさかじゃないよなぁ……?」

 

「―――――セクトニア、様?」

 

 タランザの声に、カービィはビックリ仰天して「え!?」と声を上げてしまう。

「この花がセクトニア!?セクトニアはあの時に消えちゃったんじゃ……!」

「でもこの花から間違いなくセクトニア様の気配を感じるのね!」

「……ネェ、セクトニアって前に話で聞いた限りダト、いろんなモノに寄生できるって言ってたヨネ?」

 マホロアの質問に皆は頷く。
 するとマホロアはしばし思考し―――――やがて自分の考えを口にした。

「モシモ、セクトニアは消滅する前に花弁に寄生する力があったのナラ―――――確率的には奇跡に近いケド、偶然風に乗ってここの土にその力を少しだけ伸ばシテ、花として一命を取り留めたんじゃないのカナ?」

「こういう時だけは本当にお前の頭の回転の良さを評価するぜ……」

「コウイウ時だけって……ひどいナァ」

「じゃあこれは……セクトニア様なんだね……本当に本当にセクトニア様なんですか……?」

 花は何も答えない。花だから、喋ることさえ叶わない。

「多分だケド、彼女は今弱りきった体を休める為に一時的に花に身を宿しているんだと思ウヨ。ダカラ今は深く眠ってイル。目覚めは相当かかるかもしれないケド―――――間違いなく生きていルヨ」

 マホロアの言葉にタランザは心から安堵したのか、花を前に今にも泣きだしてしまいそうなくらい瞳を潤ませた。

「よかった……よかった……!セクトニア様はまだ、この世界にいる……!本当によかった……!」

 タランザはしばらく喜びと安心感に身を浸らせ、そして何かを決意したように浮遊した。

「こうしてはいられないね!セクトニア様が目覚める前に、もっともっとワールドツリー……いや、プププランドを良いものにしていかないとね!」

「はは。やる気満々だなぁおい」

「デデデ大王!キミにも協力してもらうのね!タランザの為に頑張るのね!」

「わかってるよ……って最後おかしいだろ!」

「何だか……割と最近のボクを見ているような気分ダヨォ」

「だね!でも楽しいからいいじゃん!」

 プププランドの観光名所、ワールドツリー。
 そこの根元に静かに咲く一輪の花は、やがてこの世界で一番美しい花として人々から愛されるようになる。 

 世界で一番美しく―――――世界で一番優しい花として。  

 

 

 ◆

 

 

―――――おはようございますセクトニア様

―――――見てくださいこの花々!ワールドツリーに咲く花は本当に綺麗なものですよ

―――――これは摘んでも摘んでも終わりがなさそうですね!

―――――それに、見てください。ワールドツリーや花々を見る人々を

―――――皆、楽しそうにしているでしょう?

―――――世界には争いが絶えないかもしれません。醜いもの、汚らわしいものも多々あるでしょう

―――――だけど、ここには確かに在りましたよ

 

―――――皆が分け隔てなく、心から楽しめ、幸福になれる、美しい花のような、優しさが。


 

 

 

 

 

                                                                     戻る