世界はまだ終わらない

 

 

 

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―――――ワタシの世界が オワリを 告げル


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 〝沈静〟
 〝安定〟
 〝制御〟
 それらを意味する青の電子信号は、もはや何の意味もなさなかった。
 激情の色に染まったワタシの同胞。仲間たちは機械の意識を心層の奥深くに沈めており、動く気配さえ見せなかった。
 これ以上幾ら私が直接命令を出しても、それは無駄な行為でしかない。
 何よりも、時間がない。
 残り数分で―――――この工場全ての亜空間爆弾が起動し、爆発する。 
 亜空間爆弾の威力はワタシは嫌と言うほど知っている。
 ワタシの仲間たちの命を犠牲にして炸裂する殺戮兵器は、食らったものの肉体を一片残らず消失させる。
 空間さえも歪め、影虫によって構築された生物以外は生きていくことのできない死の世界を生み出す。
 悪夢だ。
 まさしく、悪魔の兵器だ。
 しかしこれは現実だ。
 現実に地獄を誕生させる―――――悍ましいものだ。
 こんなものを作り出すべきではなかった。
 逆らうべきだったのだ。
 例え―――――今以上に多くの仲間を犠牲にしようとも。
 ワタシ自身が処刑されようとも。
 そうすべきだったのに―――――何故。  

「止まれ!止まれよぉ!」

「もう止めてよ!このままじゃ皆……皆死んじゃうよッ!」

 亜空間爆弾のスイッチに両腕を接続した仲間たちを止めようと、スマッシュブラザーズ達が奮闘している。
 懸命に仲間たちを引きはがそうと、彼らの命を繋ぎ止めようと、誰一人として犠牲者を出さぬよう―――――諦めずに行動をしている。
 しかし、もはやそれは時間の無駄でしかない。
 タイムリミットは刻一刻と迫っている。
 早くここから脱出せねば手遅れになってしまう。
 スマッシュブラザーズ。この世界の最後の希望達。
 彼らを死なせるわけにはいかない。
 何としてでも―――――絶対に。

「ロボット!どうしよう……何とかならないの!?」

 赤色のキャップがずれてしまっているディディーコングが焦燥感を露わに尋ねてくる。
 ワタシは俯くしかなかった。
 もう―――――ワタシの仲間たちは助からないと。
 わかっていた。わかりきっていた。
 亜空間爆弾のスイッチ代わりである彼ら。
 一度爆弾本体と腕を連結してしまえば、助かることはない。
 何度馬鹿な奇跡を望んだことか。何度不発を望んだことか。何度彼らが助かることを望んだことか。
 その理想はことごとく破壊されてきていた。荒々しい爆風と、展開される闇色の空間を前に。
 叶わぬ願いをどれほど抱き続けただろうか。どれほどの時間。どれほどの数を。
 数える諦めるほど、回数を忘れるほど、いつしか数えることさえやめた。
 ワタシは―――――罪人だ。
 これは当然の報いであり、当然の罰である。
 仲間たちを守るために、仲間たちを犠牲にし続け、世界までをも脅かしたワタシの―――――罰だ。
 背負うべきなのはワタシだけである。
 仲間たちは何も悪くない。悪くないのだ。
 スマッシュブラザーズも悪くない。
 裁かれるべきなのはワタシだ。
 ワタシと―――――亜空軍である。
 だから―――――これ以上、誰かを置いていくわけにはいかない。

「―――――よく聞いてくださイ」

 ワタシは言う。
 伝えるべきことを伝える。
 これが最後のワタシの願い。
 それを全て託そう。
 世界の希望に。

「もうここは手遅れでス。皆さんは一刻も早くここから避難してくださイ」

「え……そんな……それじゃあ……もう……!」

 ディディーコングが驚愕に目を見開く。
 ドンキーコングが仲間を掴んでいた手から思わず力を緩めてしまう。
 ピカチュウが呆然と周りを見渡す。
 オリマーがピクミン達を取り落としそうになる。
 ファルコンが信じがたいと言いたげな眼差しをこちらに向ける。
 サムスはすでにワタシの言いたいことを悟ったのかヘルメットの向こうの顔を悔しげに、悲痛げに歪めた。
 
「―――――ワタシの仲間はもう、助からなイ」

 淡々と事実を述べる。
 ここまで冷静でいられるのは、ワタシがロボットだからだろうか。
 もしも機械の躰ではなかったら―――――ワタシはどんな顔していたのだろうか。

「このままでは貴方たちも爆発に巻き込まれてしまいまス。だから早ク。どうか早く逃げてくださイ」

 貴方たちは死んではいけないのでス。

 一同の思いは重なり合い、悲愴と沈鬱なものに包まれる。
 助けられない悲しみ。救えない悔しさ。亜空軍に対する憎しみ。破裂寸前までに膨れ上がる。
 時間がたりない。
 悲しみに打ちひしがれる余裕も、悔しさを噛み締める暇も、憎悪を滾らせることも―――――している場合ではない。
 
「ッ―――――!行くぞ皆!俺についてこい!」

 ファルコンがやっとの思いでそう吐き出す。
 それにはっとさせられた一同は顔を見合わせ頷く。

「ごめんなさい……助けてあげられなくて……ごめんね……!」

 ピカチュウが泣きだしそうな瞳で依然として微動だにしない仲間たちを映して、そう呟いた。
 それでも泣かない。
 本当は声を嗄らすほど、泣き叫びたいだろうに。
 泣いている場合ではない。そんな状況ではない。
 今は生きねば。
 生き延びねば。
 そんな思いが彼を、彼らの中で真っ直ぐに前を向いているのだろう。
 
 それでいい。
 それで―――――正解だ。

「―――――ロボット?」

 サムスがワタシのほうを振り返る。
 ……理由はわかっている。
 ワタシが走りださないから。
 ワタシが立ち尽くしているままだから。
 
「どうしたロボット?行こうぜ!」

 ドンキー。
 ごめんなさい。
 ワタシはもうそちらへは行けないのです。

 ワタシは―――――ここでオワリです。

「皆さン。ありがとうございましタ。短い間でしたが、協力することができて本当に嬉しかったでス」

「おいおいちょっと待てよ。何だよその、まるでここでお別れみたいな台詞は」

「エエ。皆さんとはここでお別れでス」

 これが―――――最後にできることだから。

「今まで散々非道なこト、非情なことを行ってきてしまいましタ。ワタシはもう、何度処刑されてもおかしくないくらいの罪を重ねてきましタ。許されることではありませン。仲間たちは皆死にましタ。皆死にまス。ワタシの責任で死なせたようなものでス。そんなワタシが、自分だけのうのうと生き延び、生きていくことが出来ましょうカ?とてもじゃないけれど出来ません―――――ダカラ、ワタシはここに残りまス」

 仲間たちと最後を共にするために。
 エインシャント島の長として。
 亜空間爆弾を生み出したという罪を償う為に。

 礎になるように、断罪されるように。

「ここでサヨナラでス。スマッシュブラザーズ」

 後悔はない。
 未練もない。
 これでいい。
 これでいいのだ。
 死んでも許されることではない。
 だけれども―――――仲間を見捨てることはもう、できない。

「…………」

 スマッシュブラザーズ達は沈黙する。
 カチリカチリと亜空間爆弾のタイマーは止まることなく等間隔に滅びの終着点を予告する。

「さぁ行ってくださイ。貴方たちはまだ、行かなくてはいけないのでしょウ?」

 そう。
 そのまま駆けだして。
 行きなさい。
 そして、生きなさい。
 逝くのは―――――ワタシだけで充分なのだから。

「あぁ。そのつもりだ。お前もつれてな」

「エ……?」

 瞬間、逆らえきれない浮遊感がワタシにかかる。
 気付けばワタシはドンキーの逞しい腕に持ち上げられていた。

「ナ、何をするんでス!離しなさイ!」

「離してたまるかよ!行こうぜ皆!」

 ドンキーの行動の意図をあらかじめわかっているのか、一同は先ほどよりも力強く頷き、再び駆け出す。

「馬鹿な真似はよしなさイ!ワタシをおいていきなさイ!」

「馬鹿な真似?おいていかれることを望むお前のほうが馬鹿げている!」

「ナ……!」

 サムスのその一言に、ワタシは何も言えなくなってしまう。
 さらに彼女は続ける。

「生きることを諦めるな!多くの死を見てきたお前だからこそ!自分の命を投げ捨てるような真似はするな!」 

「ワタシは……ワタシは仲間を助けることもできズ!犠牲にするばかりだっタ!生きる意味などなイ!仲間たちと一緒にいかせてくださイ!」


「その仲間たちが!今までお前にずっと付き従っていた仲間たちが!お前を生かしたいって思っていたんじゃないのか!?」

「!」


 〝アナタハ イキテクダサイ ワタシタチノオモイヲ ワスレナイデ ドウカ イキテクダサイ〟

 いつだっただろうか。
 そう言われたのは。
 何故―――――この時まで忘れていたのだろうか。
 仲間たちは、生きろと言っていた。
 ワタシに―――――生きろ、と。


「仲間の思いを無碍にするつもりか!?仲間たちが今まで支えてくれた命を!自らで放棄するつもりなのか!?」
 
 ワタシ、は。
 なら―――――どうしたら。

「ナラ……なら、どうしたらいいんですカ……?」

 すでに工場内が不安定になってきているのか、先ほどから小刻みな揺れが立て続けに起きている。
 長く薄暗い廊下を駆けるスマッシュブラザーズは更に早足になって、前へ前へと進む。

「仲間を失い、取り返しのつかない罪を背負っているワタシはどうしたらいいんですカ……?罰されるべきなのに、これからどうやって……生きればいいのでス……?」

「生きる意味なんてそんなのわかんないよ!」

「わからないな。特に今は……ただ生きることに必死過ぎてな……!」

 四足で跳ぶように走るピカチュウと、少々息を荒げながら前進するオリマーが言う。
 
「とにかく今はここから脱出するのみだ!そして―――――亜空軍を倒し、世界の平和を守る!それだ!」

「……!」

「わはは単純だ!それでいてとても難しい!だからこそ挑戦するしかないだろ?」

 ファルコンは豪快に笑った。
 こんな状況でも明るく、全てを跳ねのけるように、笑った。

「守れるものを全力で守ればいいってことだろ!」

「仲間たちの死を無駄にしないためにも―――――やるしかない」

 もう一度、サムスはワタシを見る。
 どこまでも真っ直ぐな眼で、見る。
 
「だから、力を貸してくれ。死んではいけないのは、お前も同じだ」

 ワタシは、ワタシを見る。
 罪深く愚かなワタシに目を落とす。
 仲間たちが今まで支えてくれた命が、ここに入っていた。
 それを捨てるわけにはいかないと、今、教えられた。
 仲間の死を忘れずに、生きること。

 これがワタシの―――――本当の償い。やるべきことなのかもしれない。

 そう思った。
 確かな感覚。

 ここで死ぬわけにはいかない。
 生きねば。
 生きねば。
 生きねばならぬ。

 復讐でもあり、断罪でもあり、贖罪でもあり―――――希望。

 


〝サ ヨ  ナ  ラ      ロ  ボ ッ ト   サ  マ〟

 

 
 声が聞こえた気がした。
 もう、振り返らない。
 決別するわけではない。 
 だけども―――――止まるわけにはいかない。

「ワタシはまダ―――――立ち止まっては、いけないのですネ……」

 ワタシはまだ、〝そちら〟には行けない。
 〝こちら〟でもがいていなければならない。

 それがやるべきことならば。
 それがワタシにできることならば。
 許されることではないとわかっているけれども―――――。

「ワタシは―――――生きねば、ならなイ」

 答えがやっと、出た。
 もう迷わない。
 ワタシの―――――エインシャント卿ではなくロボットとしての、決断だ。 

「だったら一緒に行こうぜ!ロボット!」

 眼前に現れた巨大な穴(ホール)。
 スマッシュブラザーズとワタシはそこに飛び込んでいく。
 風を切る音。高度から落下する重力感。
 ファルコンがすかさず指を立てて、何かを合図するように叫ぶ。

「カモン!ファルコンフライヤー!」

 するとホール下から待ちかねていたとばかりに、彼の愛機であろう宇宙船が颯爽と登場する。 
 
「皆乗るんだ!すぐに発進するぞ!」

 言われる間もなく一同はそこめがけて着地し、受け身を上手くとって加速に耐えられるよう身構える。
 すぐさま機体のエンジンが勢いを乗せ、高速発進を開始する。

「すごい!いつの間に準備してたんだね」

「前もって呼び出しておいて正解だった!」

 高性能の船は外へと繋がる連絡トンネルを高スピードで駆け抜けていく。
 このまま何の問題も無く操縦できれば、爆発に巻き込まれずに済むだろう。
 しかし―――――何事もなく脱出できるほど、この工場はあまくはない。

「……!?」

 後方から―――――謎の唸り声が聞こえてきた。
 しかも唸り声の発信源である何者かはファルコンフライヤーに追いつく速度で飛行してきている。

「新手か!?」

「まじかよやべェじゃねえか!」

「ここで邪魔されるわけにはいかない!」

 一同は戦闘準備を取り、迫りくる巨大な影をぐっと睨みつける。
 闇に包まれた奥から、獰猛な獣のような雄叫びが再度響いてくる。
 逃げることはできない。
 戦うしかない。
 戦わなければ―――――生きることができない。

「かかってこい!こんな場所で終わってたまるかよ!」

「最後の最後までしつこいなぁ!ボコボコにしてやるっ!」

「あの影は……やはり―――――倒し損ねていたか!」

 ごうごうと激しい風が鳴る。吼え声に混ざり、更にけたたましいものと化して。

「ここで―――――死ぬわけにはいかなイ」

 生きろと言ったのは誰か。
 行こうと言ったのは誰か。
 世界の破滅をもたらしているのは誰か。
 それを止められるのは誰か。
 
 単純でいて難解で、簡単でいて難問。

 それはまるで―――――死と生のように。

 ワタシは構える。
 ワタシのできる限りを実行するために。
 


 ―――――ワタシはまだ、戦えル!


 

 暗闇から飛び出してくる機械鳥に立ち向かうべく、ワタシは一歩前へと踏み出した。
 
 終わるにはまだ、早い。

 

 

 

 

 

 

 

 

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