最大の誤算でもなければ、最悪の読み違いでもない。
 そもそも愚直でいて待機を拒み、じっとしていることがこの上なく苦手なソウリュウは戦局を先読みするような軍師的思想は全くと言っていいほど持ち合わせていない。
 分析能力はお世辞だろうが口が裂けようが絶対に高いとは言えない。空間把握能力や状況判断能力、洞察力も高いか低いかの二択で問われれば曖昧の中間、もしくは中の下と評価されてしまうことだろう。
 それでもソウリュウが常に戦いの場を渡り歩ける戦士として活動できるのは、拳士として幾つもの戦いを乗り越えてこられたのは卓越した瞬発力と身体能力、速度以上に決め手の破壊力に特化した体術、そして相当の運があったからと言える。
 幸運。
 災厄をもたらす混沌の子として生を成したソウリュウだったが、彼はかなりの運気に恵まれていた。
 だからこそ今まで師匠ショウインとの無期限の不殺の誓いも一度たりとも破ることなく、永続する約束を守り続けることができていた。 
 しかし、赤薔薇の屋敷の冒険にも終盤が近づいてきたソウリュウが直面するのは、実に運の無い一手である。
 待ち受けていた者も、その一手も、彼と彼の仲間を確実に追い詰めることを、勝負も何も始まっていない序盤中の序盤の時点で決定事項となってしまった。
 押された烙印は、真っ赤な薔薇。
 ここにはいない誰かが愉悦の笑みを浮かべながら嘲りの言葉を囁く―――――「ああ、これぞまさしく〝不運〟ってやつですね」。


―――――兄妹対決って、いつの時代でもどんな状況でもどのような心境でも、〝萌え〟以上に、〝燃え〟ますよねぇ。

 

 

 ◆

 

 

 

名も無き勇者の冒険 第一幕 飛べない勇者と死ねない愚者

 

 

XIV 犠牲無しでは終われない ~VSスペードのダイアナ~

 

 

 

 ◆

 


「あーあ。本当にもう駄目なのです。悲しくなって涙が出ちゃうくらい、駄目なのです」

 

 小鳥の囀るような可愛らしい少女の声が聞こえたかと思えば―――――すでに〝一手〟は加えられていた。
 祈り場のある正面方向から伸ばされたそれは、高速で空気を貫き、驚くほどの長さにまで到達しても尚止まらなかった。
 真っ直ぐ、真っ直ぐに。ひたすら直進するそれはソウリュウめがけて突進していく。
 後にフレイは得体の知れない棒状の武器を「東の大陸の伝記に登場する〝如意棒〟のようだ」と表するが、現時点ではソウリュウもフレイもそれの正体が何なのか把握することさえできない。
 隙があったとは言え、動体視力に優れたソウリュウでさえも霞んで上手く視認できなかった。
 素早い不意打ちに、回避も間に合わない。  
 武器の先端部の刃がソウリュウの脇腹を深く掠め、血を噴き上がらせる。
「が、あッ!」
 焼けるような激痛に顔を歪めながら、それでもソウリュウは脇腹を抑え、横へと逸れた武器を薙ぐような動きで蹴りを放つ。
 すると武器は思った以上にあっさりと弾かれ、勢いよくしなる竹のように歪曲したかと思えば、たちまち長さを縮めて持ち主の元へと戻っていく。
「なんだ、今の!」 
 凄まじい攻撃速度に圧倒されるフレイだったが、長椅子と長椅子の隙間に屈みこんでしまったソウリュウの元へと急いで向かおうとするが、
「く、るな!フレイっ!」
「え……」
 その制止の言葉の直後に、フレイの真横すれすれを再び伸びてきた武器が信じがたい速度で空気を突き抜ける。 
 途中で絨毯を引っ掻いたのか赤の生地が花弁のように宙を舞い、棒立ちになってしまうフレイの視界を一瞬だけ真っ赤に染めた。
 バキャンと、豪快な破壊音を響かせて、後方の長椅子が木片を撒き散らして大破する。 
 武器の突貫攻撃によって大穴が穿かれたそれには、もう二度と腰掛けることはできないだろう。
 もしもあの攻撃が人体に直撃すれば、本当に嫌な意味で二度と日の光を拝めなくなるかもしれない。
 今更のようにフレイの全身に悪寒が奔る。吐き気さえ催しそうになる。
 幸運にも三撃目は到来せず、慌ててフレイは思い出したかのように手近な椅子の下に滑り込むように身を隠した。とてもじゃないがソウリュウの下まで移動する余裕はない。
(伸縮自在の攻撃。どう考えても魔道具だ)
 身を隠し続けていても、いずれ集中攻撃されてしまうことは目に見えている。
 フレイは俯せの状態のままで弓矢を手にする。
「大丈夫かい、ソウリュウ……!」 
「何とかな……これも、メイドか……?いてて……結構抉られたな、これ。そもそも、こういう場所で戦っていいのかよ。俺が気にする必要なんてないんだろうけどさ……」
 フレイの二つ前の椅子の前にて身を屈めたまま腹部を抑えているソウリュウだが、止血が間に合っておらず指の間からはぽたぽたと血の滴が滴り落ちている。何とか立とうと椅子の背に捕まるが、その動きは鈍い。
 静謐の象徴とも言える教会風の内装には、鮮血は似合わない。白を基調としている分、尚更はっきりと血の赤が浮いてしまう。
 神に対する冒涜などという言葉は、この場合考えている暇がない。必要性がない。
「これで四人目……お前の話を聞く限りだと、これで最後の一人だな」
「うん……それも―――――」

「キャロリーナさんもジュノーさんもブルーガさんも一体全体何をしているのです?ここまでお客様をご案内していいだなんてマーシアさんにもご主人様にも言われてないはずなのに……あ、でも〝一体全体〟ってなんだかとっても可愛い響きがするです!ふふふ、変なの~」
 かつかつと、靴音を鳴らして悠々と躍り出てきたのは、予想通りメイド服を着た少女だった。深緑色の髪を高い位置で団子状に結んでいる。
 キャロリーナことミーシャと同年代ほどの幼い少女は、太陽の花のような満面の笑みを湛えて、手に持っている長槍をくるくると手の内で回して遊んでいる。回すといってもゆっくりではなく全自動の回転車輪を思わせる速さで回しているせいで、ひゅんひゅんと風を斬る音がここまではっきりと聞こえてくる。
 モチーフは―――――スペード。
 トランプの柄の主である四つ―――――ハート、ダイヤ、クローバー、スペードはこれで全て揃ったことになる。
 役者は全員舞台に。
 最悪の組み合わせで―――――。

「やっと見つけた、リズ……!」

 フレイと同じ髪色のメイド。
 連れ去られた彼の妹と、ようやくここで再会を果たす。
「覚えているかい。僕だ、フレイだ。君の兄だ」
 敵として、操られてしまってはいるけれども、それでもひとまずは生きていることに心底安堵したのか、今までにない感情を込めて声を発した。
 記憶は封じ込められているだろうけれど、それでも自分が兄であることを伝える。
 すると、彼女は愛嬌のある小動物を思わせる円らな瞳を更に丸くする。
「お兄サマ?」
「え?」
「お兄サマ。お兄サマ!迎えに来てくれたのです?」
 覚えて、いる?
 フレイとソウリュウは目を見開く。
 物騒な武器を回すのを止め、両腕を広げて陽気にぴょんぴょんと跳ねる実の妹の姿に、フレイは驚きながらも最高の理想を一瞬だけ思い浮かべたが―――――すぐに表情を深刻な物へと逆戻りさせてしまう。
「リズ……心優しい君だ。記憶があるなら、ソウリュウに攻撃するはずがないよね」
「はにゃにゃ。なんだぁ心浮かれてるお兄サマを滅多刺しにしようと思ってたのに、残念です。鳩が豆鉄砲をもぐもぐしたような顔が見たかったのに」
 天真爛漫な笑顔で恐ろしい言葉を次々と発していく様は、異様でならない。
「ご主人様が言っていたです。〝貴女の兄を名乗る者が来る〟と。きっとそれがお兄サマ。貴方なのです。兄はいないけれど、ご主人様が言っていたので、お兄サマが、お兄サマ」
 くるくると祈り場で踊るようにターンをする彼女は、あどけなさの裏にとんでもない狂気を秘めている。
 くすくす、くすくすと嗤う。
 壊れた自動人形のように、歪に。 
「ダイアナのお兄サマ。名前は覚えました、フレイお兄サマ。やっと会えて嬉しいです。やっと―――――やっとお兄サマを殺せるです!」
「リズ……」
「メイド戦隊が一人、〝スペードのダイアナ!〟」
 彼女は胸を張って槍を床へと突き立て、愛らしい眼でソウリュウ達に微笑みかけながら、小鳥の鳴くような声音で名乗り上げた。
「スペードのくせに〝ダイア〟ナなのかよ」
「〝ア〟と〝ヤ〟の違いだけです。細かい点は気にしてはいけないのです。ダイヤのダイアナなんてまるで駄洒落みたいじゃないですか!それに、ダイヤはジュノーさんの物ですー!あ、でもジュノーさんがやられちゃったなら、〝もちーふちぇんじ〟も許されますです?」
「んなこと俺が知るかよ!お前はお前の兄ちゃんと帰るんだよ!」
「帰らないです!ダイアナはダイアナのご主人様の下で誠心誠意お勤めするです!奉公するです!」
「ほ、ほーこー?」
「それに、可愛い子ほど旅させよって言葉、ありますですよー?」
「それ自分で言っちゃいけない台詞のような気がするんだが……」
 語彙力の無いソウリュウは咄嗟にフレイに助け舟を求めてしまう。
「確かにリズは可愛いけど、可愛い分まだ危険な外にいさせるわけにはいかない!」
「お、おう!多分その通りってやつだな!」
 フレイの言葉に謎の説得力を感じ、ソウリュウはとりあえず頷いた。
「さぁ、踊りましょう。死の円舞を!」
 にこりとした笑みを湛えたまま、ダイアナは開戦宣言を提示する。
「踊る?踊らされるの間違いだろ。それに踊るよりも戦うほうが好きだぜ」 
「どちらも疲れ果てれば地に這いつくばるのは同じ、です!―――――『ユグドーラの枝』」
 
 ―――――刹那、槍が伸びる。
 ―――――同時に、ソウリュウも椅子から跳び出す。

 椅子の背を削った槍はソウリュウの頭蓋をかち割ることも脳を突貫することもできず、空を突く。
 ごうっと近距離から巻き起こる衝撃風に鼓膜がびりりと震えるが、それに構わずソウリュウは祈り場へと続く一直線の道へと躍り出ては間髪を入れずに床を蹴り、ダイアナに向かって全力疾走する。
 いつの間にか脇腹には引き破った腰布をきつく巻いており、荒療治だが止血は済ませてあった。  
「避けたから安心したです?良い的です、そこ!」
 対象が直進してくるのならば好都合と言わんばかりに槍を引き縮め、もう一度ソウリュウに向けて速攻させる。
「その槍、結構痛いんだよ。当たってたまるか!」 
 高速技に対応しきれているとは言えないが、それでもソウリュウは素早く縦方向に跳躍し、脇の椅子を足場に着地する。
 すかさずそこを狙って槍が振り動かされるが、その時にはすでにソウリュウは別の椅子へと移動していた。
 続けざまの連撃はさすがに回避が間に合わず、ソウリュウは身を逸らして両腕を交差させ、防御姿勢をとる。
 斧を振るうような軌跡を残したその一撃は重く強力であり、盾代わりの腕へと衝突したかと思えば轟音と共に床が陥没し、椅子が拉げる。
「いける!」
 それでもソウリュウは衝撃を受け流し、にやりと笑んでは槍を蹴り飛ばしては跳躍する。
 柱や壁を利用して反射するように祈り場近くの椅子の背に足をつけた。
 その間にフレイが放った魔法矢がダイアナに殺到するが、祈り場の台の裏に隠れることで難を逃れる。表台に突き立った矢は風属性の魔力素を乗せられており、刃は鋭くなかった。
 隙を見たフレイは椅子の下から跳び出し、転がり込むようにソウリュウとは反対側の通路の柱裏へとひそむ。
 槍では二対一では分が悪い。フレイはソウリュウに合図をせずとも連携を取ることを心掛け、接近と遠距離から攻めにきている。
 相変わらずソウリュウは自分勝手とも言える猪突猛進的な戦法を取っているが、フレイのサポートが上手くついて回っているようだった。
「ナイスってやつだ、フレイ!」
「ちょこまかと、です……」  
 得物の槍は武器の用途通りに突き刺し攻撃に特化した形状をしており、鋭い先端部分には何重にも返しがついている。ブルーガの〝リタルダンドクラック〟のような厄介極まりない特殊効果とは違って、先ほどからの攻撃パターンを見る限り、この槍は伸縮自在の代わりに魔的な効果は皆無のようだ。
「休憩時間はまだです。ダイアナの槍はどっこまでも伸びていきますよお!」
 気を取り直してと呟いてから、ダイアナは槍を薙ぐ。
 生じる風はもはや暴風であり、みしりと床や椅子が嫌な軋み音を立てる。
「この距離なら、充分!」
 ソウリュウは跳ぶ。
 一二、三歩で間合いを詰め、ダイアナめがけて踵落としをお見舞いする。
 素早い身のこなしでダイアナはその一撃をいなし、槍の長さを短く設定し直してからそのまま近距離戦へと持ち込む。
 ぐるりと舞い踊るように振るわれ、刺突してくる槍を腕や足で受け止めながら、ソウリュウも足技拳技が混成した連撃を解き放つ。
 無数の打撃を尚も受け流し、ダイアナも負けじと速度重視の突撃を華麗に披露していく。
「あはは!」
「はは……!」
 愉しげに笑うダイアナとぶつかり合いながら、ソウリュウもまた笑った。脇腹を堪えるあまり、引きつった笑顔になってしまっていたが。
 槍と腕がぶつかり合う鈍い音が連なり、間隔を開けずに展開される攻撃の精度はお互い負けていない。
 めまぐるしい攻防はしばしの間繰り広げられ、どちらとも一向に引く気配がない。
 拉致があかないと先に思ったのはどちらだったのか。
「なら、これはどうです?」
 突如、軽やかにダイアナが後方に跳躍する。ふわりとメイド服のスカートが夢のように膨らみ、中身のレースとドロワーズまでがソウリュウの眼前に恥じらい無く曝け出されてしまうが、この手のことにはソウリュウはとことん疎いため、特に感じるものは無かった。
 問題は何故ここで下がったのかだ。
 怪訝そうに眉をひそめて構え直すソウリュウに、ダイアナは祈り場の台を盾のように駆使しては、そこに突き刺さっていたフレイの矢を引き抜いてはソウリュウへと投擲する。
 豪速球。否、豪速矢か―――――。
「お、おおおおおおおおお!?」
 人間が素手で投げつけてきたとは到底思えないほどのスピードで飛来してきたそれを、仰天しながらもソウリュウはギリギリのところで掴んで押さえる。一歩遅ければ眼球が貫かれて取り返しのつかないことになっていたに違いない。
(ま、マーシアほどじゃねぇにしてもこいつ本当に人間か!?)
「せ〜っの!」
 矢はまだ余っているのだと絶句するソウリュウに残酷に微笑みながら、ダイアナは新たな矢を投げつけてくるが、フレイが援護すべく射った矢がそれらを撃ち落とす。
「あ、危なかった……」
 その間にソウリュウはそのまま祈り場脇の燭台柱の上に飛び移る。
 額に浮かんだ汗を拭いながら、脇腹を抑えて叫ぶ。
「フレイ!お前の妹―――――やけに強くないか!?今までの奴らと動きがまるで違うぞ!」
 すぱっと、槍を剣のように振り回して燭台柱を真っ二つに両断され、ソウリュウは止む無く床へと降り立つ。
「そりゃあそうです!リズはメイド戦隊のリーダーなのですから、一番強いってもんです!」
「あ!?なんだって!?」
「戦隊モノでリーダーポジションが最強ってのは鉄則ですです?」
 メンバーをまとめられる技量と度量がある者がリーダーになれるのですと、ダイアナは自慢げに語る。
 振るわれる槍をかいくぐり、ソウリュウははてなと首を傾げてしまう。
「……てっきりマーシアが一番なのかと思ってたんだが」
 ぐるりと槍を支柱に旋回して奇襲を仕掛けてくるダイアナは、曲芸師を彷彿とさせるダイナミックな動きで翻弄してくる。
 槍によって叩き斬られた長椅子が、呆気ない断末魔さながらの大破音を奏でる。
「マーシアさんは別格です~あの人はダイアナ達とは〝違う〟のです」
「違う?同じメイドなのに?」
 ソウリュウが足先で槍を蹴り上げれば、槍は天井付近にまで長さを伸ばしては急停止する。
 そのままたたみかけるように裏拳を打つソウリュウだったが、笑いながら軽やかなステップを決めるダイアナを捉えきれなかった。
 ぴょんぴょんと重力感をほとんど感じさせないほどの軽さ。
 軽薄とさえ表せるかもしれない。
「あははは!貴方にはそんな風に見えるのです?―――――さっきからマーシアさんのこと気にしていらっしゃるみたいですが、もしかして好きなんです?マーシアさんのこと」
「好きィ?」
 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
 好き―――――ソウリュウにはその言葉が持つ意図が全く持って理解できなかった。
 戦いの最中ゆえに別思考に頭が回らないというわけでもなく、本当の意味でわからなかった。
 〝好き〟とは、何か。
 マーシアという名のメイドに対する好意とは、何なのか。
 好意というもの自体―――――わからない。
「好きも何も、何言ってんだ。お前の言ってること全然わかんねえぞ」
「―――――貴方はきっと、とっても、鈍感です?もしくは、とっても、空っぽです?」
「空っ、ぽ……?」
 その一言がやけにぐさりと胸の内に突き刺さり、絡まった糸のように引っかかったのは、どうしてなのか。
 から。
 カラ。
 からっぽ―――――?
 
(前にもそんなことを、誰かに言われたような)
 

 だが、知らない。
 〝自分〟は誰かにそのようなことを言われた覚えがない、はずなのに。


「ソウリュウ、危ない!」
「!」
 フレイの声にはっとしたソウリュウだったが、その時にはすでにダイアナはソウリュウの懐近くにまで接近してきていた。 ダイアナは身長が小さく細身なぶん、小回りが利く。それもソウリュウの死角を見抜き、その一点を集中的に狙ってきている。
 いつの間にか攻撃射程範囲内に入ってしまってしまい戦慄するソウリュウに、ダイアナはやけに冷たい笑顔を見せつけていた。
「虚ろな人です。とてもとても虚ろなのです―――――どうして邪魔をするです?〝空っぽ〟なら空っぽらしく、全部見捨ててしまえばよかったのに」
「くっ……!」 
 槍先を伸ばして叩きつけるような連続攻撃が襲いくる。
 このまま打たせ続ければ自分の体が穴だらけになる。ソウリュウは足に力を込め、踏ん張りながら槍めがけて掌底を打つ。
 再び始まる近接戦だが、今回は序盤からソウリュウは押されてしまう。
(くっそ……!腹がいてえ……っ!) 
 ずきずきと激痛に悲鳴を上げる脇腹はやはりかなりの深手のようで、止血用に巻き付けた布下から血が滲みだしている。歯を食いしばりながら猛攻に耐えるが、一発一発を抑えるたびに傷が一層開いていくような不快な感覚が生じていた。
 元来の肉体の治癒力は高いと言っても、軽傷でもない限りダメージは確実に体を蝕み、苦痛を与える。
 意識せずともソウリュウの攻撃力は下がり、機敏だった動きも鈍くなっていく。
 徐々に、じわじわと、追い詰められていく。
 そして、防御は崩れ、弾かれる。


「あっ」

 

 しまったと、言うよりも早く―――――足で捌ききれず、防ぎきれなかった槍刃が止まることなくソウリュウめがけて突き出される。
「―――――ッ!!」
 決死とも言える苦の決断をしたソウリュウは左腕を出し、槍の突撃をその身に受け―――――貫かれる。
 皮膚を破る音。肉を貫く音。骨の鳴る音。血がごぽりと溢れ出す。
 フレイの叫び声が聞こえる。返事はとてもじゃないが行えない。
 奔る激痛。一瞬、意識が吹っ飛びそうになる。
 あまりの痛みはとてもじゃないが耐えがたく、ソウリュウは絶叫した。
 悲鳴ではなく、咆哮として。
 痛みさえも、力に変換して。

 

「だらああああああああああああぁあ!」
「っ!?」

 

 まさか貫かれたままの状態の槍先を強く握られるとは思わず、ダイアナは戦慄する。
 体術使いの武器そのものである腕の片方を破壊したのだからそれだけで充分動きを止められるかと思っていたが、予想の範疇を遥かに上回る行動をとられてしまう。
 雄叫びを上げたソウリュウは強引に体を捩じり、腕に突き刺さったままの槍を振るうことでダイアナを投げ飛ばした。
「きゃうっ」
 得物を持ったままだったダイアナは無理矢理にも等しい常軌を逸した発想に見事巻き込まれ、体重が軽いことが災いしてあっという間に近くの柱に背中から叩きつけられ、か弱い悲鳴が洩れ出る。
 まさにそれは痛恨の極みと言えた。  
「ち、力比べでなら負けねえ自信あるんだぜ……?」
 肩を激しく上下させて荒く呼吸をしながら、ソウリュウは誇るように言った。
 痙攣する腕から槍を引き抜き、無事な腕で思い切り遠くに投げ捨てる。しばらく間を開けて遥か遠くにて槍が何度も落下音を知らせることから、ソウリュウ達が先ほど登ってきた螺旋階段の奈落に落ちたのだろう。
 だらだらと多量の血を流す腕は壊死こそしていないものの当分使い物になりそうになく、力無く垂れ下がっている。
 ソウリュウは左腕を犠牲にダイアナの武器を奪い、ダイアナはソウリュウの腕を潰した代償に武器を失った。
「あは、ははははは、あはははははははははははは…………」
 ずるずると柱を背に何とか床に着地したダイアナは咳き込みながら、今までとは違う邪悪な笑みを口元に浮かべる。
 ただしそれは〝笑顔〟とは言い難いもので、凍り付いた表情は今にでも繊細なガラス細工のように砕け散ってしまいそうだった。
「あはは……肉を切らせて骨を断つなんちゃらですね。こんなにも早々にダイアナの武器を取り上げたかったのは、このままじゃ負けちゃうって予感したからです?でも、腕を台無しにしちゃうのはちょっと勿体ないと思うです」
「……!」
「やっぱり貴方様は〝空っぽ〟です。そうです。きっと、哀しいくらい、すっかすかなんでしょうね」
 腕を抑えるソウリュウに、ダイアナは手ぶらのままでゆっくりと近づいていく。
「やめるんだ!」
 思うように動けないソウリュウを庇うように、弓矢をダイアナへと向けたフレイが跳び出しては立ちはだかる。
「フ、フレイ。俺は大丈夫だからお前は下がってろ……」
「むしろ下がるのは君のほうだ」
 フレイには引く気配がない。
 真っ向からダイアナと対峙している。
「リズ……」
「あら、ごきげんようですお兄サマ。まさかそれで勝ったつもりです?王手ってやつを決めに来たのです?」
「もうやめよう。君は帰るんだ。ここは君のいるべき場所じゃない」
「いるべき場所というのは自分で決めるものじゃないのです?それにダイアナは、ここにいるのですここにいたいのです。ここにご主人様がいる限り、存在している限り、ダイアナ達はここにいなければならないのです」
「それは間違っている!君達は操られているだけなんだ!ミーシャもロゼラもイリアナも、そうやって操られていたように」
 フレイの言葉に、ダイアナは急にぴたりと歩みを止める。機械仕掛けの人形が動力源の供給が途絶えたことによって静止するかのような、唐突さであった。 
「操られている、ですって?ここは、ご主人様の、お屋敷だというのに。ご主人様は、ここに、いるというのに、操られてだなんて……―――――そんなことは関係ないんですよお!」
 狂ったような表情を貼り付けて、尋常ではない気迫を帯びませながらダイアナは激昂した。だんと足を踏み鳴らせば、驚くほど周囲は静まり返り、彼女の激情に任せた叫びだけが空間をこだまし、支配していく。
「ご主人様は!ずっと、ずっと、ずーっとここにいるのです!ここにいたいのです!ご主人様が!幸福な夢を望むのならばダイアナ達はそれを守り続ける義務があるのです!使命があるのです!ここは幸せしかないのです!ここには幸せしかいらないのです!素敵なおもちゃ箱なのです!最高の楽園なのです!だからダイアナ達も幸福なのです!こうしてお客様を殺して刻んで全てを守ることで世界の平和は保たれるのです!そうですそうですそうなのですそういうことなのです!」
「リズ……何を言っているんだ……」 


「夢は覚ましちゃ駄目なのです。覚めれば、世界(心)が壊れてしまうです」


 あははと、ダイアナは壊れた玩具のように笑う。
「ご主人様の望むモノはここでしか手に入らないのです。ご主人様の願うモノはここにあるはずなのです。ダイアナ達は道具なので使われるだけなのです。でも、ご主人様が使ってくれるなんてとってもとっても光栄だと思いませんです?」
「操り人形として使われることで、喜びも何もあるもんか!君やミーシャたちは、皆カシスの街の家族なんだよ!?」
「お兄サマはご主人様の哀しみを知らないからそんなことが言えるんですよお!一度知ったら抜け出せないのと同じなんですよお!兄弟愛も家族愛も友人愛も隣人愛も何にもかんにも投げ飛ばしちゃいたくなりますよ!だってもう、そういう風になっちゃってるんですから!―――――ご主人様は〝愛〟なんて大嫌いなんですから!お菓子と紅茶と薔薇と使用人がいれば充分なんですよおこの〝世界〟なんて!ご主人様の〝世界〟は!」
 ダイアナは病的に呟き始める。
 一心不乱に早口で呪詛を並べるように、まくしたてるように、己に言い聞かせるように、否定する。拒絶する。
 
 〝愛〟を。

 そこに含まれているのは、聞くに堪えない怨念と憎悪。
 呪いの言葉だった。

「〝愛〟なんていらない〝愛〟なんていらない〝愛〟なんていらない〝愛〟なんていらない〝愛〟なんていらない〝愛〟なんていらない〝愛〟なんていらない〝愛〟なんていらない〝愛〟なんていらない〝愛〟なんていらない〝愛〟なんていらない〝愛〟なんていらない〝愛〟なんていらない〝愛〟なんていらない〝愛〟なんていらない〝愛〟なんていらない―――――ここは素敵な理想郷なんです。再現するだけの。再構成の空間なんです。神なんていない。誰も知恵の実を食うべきではなかった―――――」
 見据える先のフレイとソウリュウがどれほど青ざめようとも、唖然としようとも、ダイアナは抑揚の薄れた声を紡ぎ続ける。
「だから、邪魔をしちゃ駄目なのです。これは〝殺し合い(ゲーム)〟なんですから、余計な私情は淘汰されなければならないのです。お客様を殺さなければならないのです。盤上の駒の命運を左右させ、掌握するのはいつだってご主人様ただ独りなのです―――――なので、ダイアナは駒らしく、駒らしいことをするのですっ!」
 ダイアナは颯爽と一歩踏み出したかと思えば、胸元から一本の短剣を抜刀した。抜け落ちたシンプルな鞘はやけにゆっくりと落下していく。
 その時、ソウリュウの視界に映る全ての物が、急激あるべきはずの速度を失い、時間の流れごと低速化する。
 これはあくまで錯覚であり、決して物理法則を凌駕しているわけではない。
 ただ、走馬灯を見ているかのようなスローモーションな世界で、短剣を持って突進してくるダイアナを直視する。
 駒らしく駒らしいことをする。
 それは最後まで命令に忠実に従い、自殺特攻をすることなのか。
 もしもここでソウリュウが全力で攻撃をすれば、たちまちダイアナは絶命することだろう。
 そうされても構わないと主張するかのように、ゆっくりな世界でダイアナは迷うことなく突攻してくる。
 無謀だと制せるのならば、どんなによかったか。 
「やめろ……!」
 棒立ちにも等しい状態で立ち尽くしているフレイを引っ張ろうと手を伸ばしたところで、その手は空を切る。
 気づけばフレイは駆けだしていた。
 ソウリュウは遠ざかっていくその背中に血だらけの左手を伸ばすが、届くことは無かった。
 一度だけ振り返ったフレイはソウリュウを見つめて、静かに微笑する。

「今度は僕の番、なのかな」

 そのままフレイはダイアナの前へと走り出た。

 迷いも、惑いも、戸惑いも、かなぐり捨てて。

 

 やがて、ぐさりと、腹部に刃が突き刺さる。

 

 誰かの叫び声が響き渡る。
 短剣がフレイを刺したその時、魔法のようにソウリュウの世界は正常に戻った。
 信じがたい光景を前に、修正される。
「フレ、イ」
「……来ないでくれ。少し、話をさせてくれ・・・…」
 立ったまま腹から血を流すフレイと、伝ってきた血によって濡れた柄を握り続けるダイアナは、至近距離で向かい合う。

 兄と妹。
 血の繋がった兄弟。

「……何です。死にに来たのです?震えているですよ?」
「……」
「フレイ……!何で……!何で避けなかったんだよ!」
「……何でだろうね。わからないよ…………でも、僕がこうしていなかったらソウリュウがこうしていたような気がしたから」 
 ソウリュウは驚愕に目を見開く。ダイアナは訝しげに眉根を寄せた。
 そっと短剣の刃に手を添えながら、フレイは笑ったまま答えた。
 手から滑り落ちた樫の弓と矢は音を立てて床に散らばる。
「でも……僕は……僕達は、死にに来たんじゃない―――――助けに、来たんだよ。君は、僕の大事に妹だから。他の子も、皆大事な街の家族だから」

 やっぱり君と戦うなんて無理なんだ。
 もう、見たくないんだ。
 君達が人形のようになっていくのを。

「きっと、館の主人が一番嫌いなモノが原動力なんだよ、僕は―――――〝愛〟している家族と戦うのは、もうこりごりだ」
 ダイアナは険しい顔つきのまま歯を食いしばる。
「愛〟?そんなモノ……何にも通用しないんです。この世はとことんそっぽ向いたままの冷たい冷たい蜜味の地獄なんですから……!」
 握りしめたままの柄に更に力を籠め、短剣をより深くフレイに刺しこもうとする。
「そんなモノいらない!いらない!いらない!いらない!いらない!いらない!いらない!いらない!いらない!いらない!いらない!いらない!いらない!いらない!いらない!いらない!いらない!いらない!いらない!いらない!いらない!ダイアナはもう人間じゃない人間やめてますだから〝愛〟の説得だとか抱擁だとかそんなくだらないモノに心動かされるわけも無いんですよッ!!」
 そのまま内臓をかき混ぜて、生命活動に必要不可欠な臓器達を全部ぐちゃぐちゃにしてしまおうと。
「あ、あれ?」
 そこまで考えていざ実行しようとしたところで―――――ダイアナは自分の手が微動さえしないことに気付いてしまう。
 どれほど運動神経に命令を伝達させても意志に反して握力は抜けていき、それどころか動悸まで激しくなってくる。
 息苦しく、胸が痛み、眩暈に足元がふらつき、吐き気がする。
 ダイアナは信じられないと言いたげな様子で、酸素を求めるように何度もぱくぱくと口を開閉させる。


「あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれあれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?」

 

 引き離されるように手から短剣が抜け落ち、ダイアナは焦点の合わない目でフレイを茫然と見つめては、頭を抱えた。
 額には脂汗を浮かべ、がちがちと歯が鳴る。奥歯がしきりにぶつかり合うのは自分の体が小刻みに震えているのだと、察することもできないまま、ダイアナは苦しげに息を吸っては吐く。絶え絶えに。
「な……何故でしょう?あれ?あれれ、です?何だかとっても、すごく、こんなに、あんなに、そんなに、どんなに?」
 兄の血で汚れた両手を見下ろして、ダイアナの表情がみるみるうちに恐怖と悲痛の色に塗り替えられていく。
 目元に涙が溜まり、ぽろぽろと真珠のように零れ落ちる。
「どうして、ダイアナが泣けてきてしまうのでしょう」
 塩辛い感情の水が血と混ざりあい、ふやけたような色合いに染まる。

 

「君は人間だよ。〝痛み〟がわかる、れっきとした人間だ」

 

 人間のフレイは言った。
 メイドのダイアナではなく、人間のリズに、自分の妹にそう言った。

 

「―――――フレイ、お兄様……」

 

 迷いと後悔に縁どられた切なげな掠れ声が、喉奥から零れ出る。
 〝助けて〟、〝ごめんなさい〟と、幼子が家族を求めて泣くように。

 

「―――――おかえり」

 

 帰るのが遅いから迎えにきたよ。

 フレイが実の妹を抱きしめる頃には―――――契約刻印の鎖は音も無く、独りでに壊れていった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

―――――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

―――――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

―――――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・〝人間〟

 

 


 ◆

 

 

 

 

 短剣が抜け落ち、乾いた音を立てた。

 
「フレイ!」

 ソウリュウはがくりとダイアナを抱きしめたまま膝をつくフレイに駆け寄り、その身を支える。
 気が動転したせいで流血している左腕も使ってしまい、焼かれるような熱痛に呻いてしまう。それでも腹部から多量出血しているフレイの身を案じるほうが優先だと己の意志に鞭を打つ。
「フレイ!何やってんだお前!?」
「はは……咄嗟に、君みたいなことをしちゃったね……」
「俺みたいなことって、お前……!」
「僕のことよりも、ダイアナを……」
 ダイアナはフレイの胸に顔を埋めて、意識を失っている。
 頬を伝う涙がそのまま流れ、床へ落ちる。
「お前の妹は無事だ。むしろお前のほうがやばいだろ!待ってろ今止血するから……!マント使うぞ!」
「……よかった……」
 了承の言葉を聞く前にフレイのマントを破き、それを包帯代わりにフレイの傷口に巻きつける。
「お、思ったよりきついね……それに、怖くてたまらないや……君みたいな勇気は、備わってないんだなやっぱり」
「喋るな!血が……!」
「大丈夫。急所は外れてる……それより、さっきの話の続きをしたい……」
 フレイな苦しげに咳き込みながらも、ソウリュウに話し出す。
「君は、死ぬつもりなのかい……?気になってたんだ。どうして君は他人のためにそこまで頑張れるのか。行き過ぎた無茶を繰り返せるのか。だって君、僕のことやメイドだった子のことを庇ったり、すごく危ないっていうのに極限まで手を抜いたりして……普通ならできないよそんなこと。誰だって自分が痛い思いをするのは怖いし、嫌だよ」
「お、俺はそんな、頑張ってるとか、繰り返せるとか、よくわかんねぇよ。俺は俺のやりたいようにやってるだけだよ。難しいことは何も考えてないよ……死にたいだなんて、そんなこと思ったことねえよ!」

 

 本当に?
 本当にそうだと断言できるのか?

 

 不意に自分の中からそんな冷たい声が聞こえ、ソウリュウの背筋に冷や汗が流れる。

「それでも……マーシアが言った通り、君は〝早死にするタイプ〟だね―――――わかったことがあるよ。君は意外と他人の痛みに敏感な人柄なのかと思っていたけどそうじゃない」
 フレイは真剣な表情で声を発した。
「君は、他人の〝痛み〟も自分の〝痛み〟もわからないんだ」
「どういう意味だ、それ」
 痛みがわからない?
 現に今、腕や脇腹はひどく痛むし、体の所々で痛みは訴えてきている。痛覚は厄介なほど正常に機能している。
 訳がわからないと言いたげなソウリュウに、フレイは悟りきったような目を向ける。
「それがわかったら、初めて君は〝人間〟になれるのかもしれない、ね……」
 フレイが何故このような反応をしたのか、目をしたのか、本当の意味でソウリュウが理解するのは、ずっと先のことになるのかもしれない。
「……一つだけ言わせてよ」
 一呼吸を置いて、祈るように託す。


「君が死んだらそれを悲しむ人がいるってことを、忘れないで」

 

 

「……俺が死んだら、悲しむやつ……?」


 ふっと、フレイは目を閉じる。
 それが永遠の眠りのように見えてしまい、ソウリュウは思わず彼の肩を強く掴んでしまう。
「お、おいフレイ!嫌だ!死ぬな!死ぬなよ!」
 嫌な既視感―――――脳裏を過ったのは、死した師匠の姿であった。
 ソウリュウは歯噛みし、嫌悪するモノすべてを薙ぎ払うように叫ぶ。叫ぶ。叫んだ。
「嫌なんだよ!嫌だから戦ってるんだよ!目の前で誰かが死ぬのは、もう嫌だっ!!」
 そしてフレイは目を閉じたまま、静かに笑んだ。
「……僕は、死なないよ。少し休むだけだよ。ちょっと疲れたから……妹のことも守らないといけないしね……それに、君は行かなくちゃいけないんだろ……?」
「え……」
「さっきの言葉、忘れないでくれよ。恩人に死んでもらいたく、ないから、ね……」
 刹那、後方から聞き覚えのある足音がソウリュウの耳に入ってくる。
 振り返れば、そこにはメイドが立っていた。
 最初でいて、最後のメイドの少女。  
 長い黒の三つ編み、クラシカルなメイド服、身の丈をも超える片刃の大斧、感情をまるで感じさせない無表情、人形の眼のように精気の籠っていない瞳、日焼けを知らない氷雪のように白い肌、思わず見惚れそうになるほど美しく、儚げな少女。 
 ああ、またこれだ。
 場所や場面や時間や空間や状況や状態は全くもって同一ではなく異なっているというのに、彼女だけはどこにいても〝変化〟がない。
 彼女は存在だけを切り取った写真をコラージュするようにどこまでも不変的で、変貌しない。
 傷ついているソウリュウに対して、マーシアはやはり無機質な面持ちをしている。
 初めて相対した時と変わらぬままの姿で。
 それでも―――――まるで鏡に映る自身を見ているようだと思ってしまったのは、何故なのか。

 

「―――――ソウリュウ様」

 

「……よう。マーシア―――――」

 

 メイドのマーシアと、竜人のソウリュウは邂逅する。

「また会えましたね。マーシアは、待っていました」
「会うも何も、最初からここはお前らの館だろ。出てきてくれねえならこっちから見つけてやるつもりだったよ」
「ついに、逃げ出しませんでしたね―――――全メイド戦隊の突破、おめでとうございます」
「逃げ道なんて無いし、逃げるのは俺の性分じゃないんだよな……」
「何となくですが、ソウリュウ様ならそうおっしゃると思いました。そうです。逃げたところでここには出口などないのです―――――ご主人様を倒さない限り、貴方様はここからは帰れません。規則(ルール)ですから」
 横目でフレイの様子を見る。
 祈り場の台にもたれかかったフレイはダイアナを抱えたまま、意識を飛ばしてしまっていた。
 大重傷ではないが、それでも放置しておいたら取り返しのつかないことになるかもしれない。
 ソウリュウは眠るフレイに、言う。数少ない相棒役だった彼に。
「ここまでありがとよ。後は俺に任せろ。必ず街に帰してやる―――――さっきの話、後でちゃんとわかりやすく説明してくれよ」
 時間が足りないんだと、拳を握る。
「約束通りメイド戦隊は全員倒したぞ。さあ、俺を主人の元に案内しな。こっちには怪我人がいるんだ。さっさと勝負つけて帰りたいんだよ。そんでもって街にかけた変な術を解け。そして俺達を解放しろ!」
「約束は守ります。破るつもりは微塵もありません。何故なら私はそのように命じられているからです。そのようにできているからです」


 マーシアは、笑わない。

 

 


「〝この世界の絶望〟……〝終わらない悲劇〟を知る勇気が、貴方様にはありますか?」


 

 

 

 

 
―――――最後の鍵が、開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

第四回戦 スペードのダイアナ   勝者 ソウリュウ  敗退者 フレイ

 

 

                                    最終戦進出決定―――――

 

 

 

 

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 物語もクライマックスになってきました。

 支離滅裂な文章を目指してみました。