幸福のお茶会

 

※捏造注意

 

 

―――――

 

 カービィは食べることが大好きである。
 甘いもの、辛いもの、苦いもの、酸っぱいもの、しぶいもの、ありとあらゆる食べ物が好きである。
 食事をするということが彼の喜びそのものであり、何かを食すということは彼の幸せそのもの。
 ご飯を食べる時、カービィは心から幸福を感じる。
 カービィは食べることが大好きである。
 甘いもの、辛いもの、苦いもの、酸っぱいもの、しぶいもの、ありとあらゆる食べ物が好きである。
 毛虫と、食べられない物は、食べられないけれど。


 ◆


 デデデ城のバルコニーで、カービィとドロシアは向かい合って座っていた。
 二人の目の前にある円状の小テーブルにはお茶用のカップやら美味しそうなクッキー乗った小皿が綺麗に並んでおり、雰囲気はいかにも〝素敵なお茶会〟であった。
 カービィは美味しそうに目の前のケーキを食べていた。
 生クリームが美しくコーティングされたショートケーキは見るからに甘く、載せられた真っ赤な苺が白のケーキによく映えていた。
 カービィはそれを大雑把に切り崩しては、ぱくりと大きな口を開けて食べた。

「美味しい!」

 嘘偽りの無い感想は眩しく、どこまでも素直だった。
 夢中で食べ進めるカービィを、ドロシアは微笑ましげに見つめていた。
 
「よかったわね」
 
 その言葉には何の屈託も無ければ、非と不の否の感情も含まれていない。
 ただただ自分のことのように嬉しそうに、カービィを見つめている。
 実に幸せそうに、幸福そのものを体現したかのような笑顔で、幸せそうなカービィと共にいる。


 ドロシアの目の前には、どろどろの絵の具が入ったカップが置かれていた。

 

 

 ◆

 

 

 ドロシア・ソーサレスは食べるということを知らない。
 甘いもの、辛いもの、苦いもの、酸っぱいもの、しぶいもの、ありとあらゆる食べ物を知らないのである。
 食事をするということの意味がわからず、何かを食すということ自体が理解できないでいる。
 ご飯を食べる時、それはそもそも訪れない。
 ドロシア・ソーサレスは食べるということを知らない。
 甘いもの、辛いもの、苦いもの、酸っぱいもの、しぶいもの、ありとあらゆる食べ物を知らないのである。
 わかったことは、絵の具だけは〝摂取〟できるということ。

 


  ◆


 カービィとドロシアはよくデデデ城でお茶をする。時たま食事も一緒にする。
 それは城主であり王様であるデデデが許しているからである。城から見える眺めは一品であり、ドロシアとカービィはプププランドの風景を愛している。
 だからお菓子やご飯を用意するのは、決まって城で働くワドルディである。

「カービィさんとドロシアさんが一緒にお茶をする時に、ボクはお菓子と紅茶と絵の具を用意します。だけど、ボクはどうしても絵の具を食べるってことがよくわからないんです。美味しい物を目の前に、絵の具だけを食べるということが」

 いつの日かバンダナワドルディはそんなことを口にした。
 それに対してデデデ大王はこう答えた。

「ドロシアは絵の具しか食えない―――――摂れないんだとよ。もともとは絵の具さえ口にしてなかったみたいだが、カービィと一緒に飯を楽しみたいんだ」

 だけど、それは実に奇妙な話ではないだろうか。
 食事を愛するカービィと、食事を知らないドロシアが一緒に向かい合ってお茶をするなんて。
 食事とは、そうやって繕うモノだったのだろうか。
 食事とは、そうやって単調なモノだったのだろうか。

「だけどそれは、良いことなんですよね?」

 複雑そうに言うバンダナワドルディの頭を、デデデはそっと撫でた。

「本人が良いなら、それでいいんじゃないか?」

 それにきっと、俺達が口出しをしても意味なんかないだろうしな。

 困ったようにデデデは笑った。笑う。笑う。
 食べ物が大好きなデデデ。盗んでしまうくらい食事が大好きなデデデ。
 肩をすくめながら、笑ったような顔をしている。

「でも、大王様」 

 バンダナワドルディは言いずらそうに、言うのだった。

「―――――美味しい食事と一緒に、あんなにどろどろな絵の具を出していいのか、それが正しいことなのかわからなくなる時があります」

 まるで腐った沼のような色をしているのだから。
 腐食した海の、汚い水の全てを集結させたような廃色をしているのだから。
 ドロシアはソレしか摂れないと言う。そう言うけれど、はたしてソレを出し続けても構わないのか。

「だってドロシアさん。一度も美味しいなんて言ってません」

 彼女がおいしそうに絵の具を摂っていたところを、見たことがないと。
 バンダナワドルディは主張した。

「それもそうです。あれにはたくさん毒が入っているんですから―――――ドロシアさんは猛毒を飲んでいるんです。飲み続けているんです」

 強い絵の具。原液に近い有毒なモノ。 
 ドロシアは微笑みながら、嗜みとしてそれを飲んでいる―――――カービィに合わせて、自分も〝そのような存在〟であるかのように成りきっている。
 だけどもそれは〝そのような存在〟が飲めば、たちまち肉体を蝕まれて倒れてしまうほどの恐ろしいモノ。
 しかしドロシアはそれしか摂取できない。それ以外は摂取できない。〝そういう風に〟できているのだから。
 バンダナワドルディはいつものようにお茶の道具を運び、ケーキと猛毒を渡す。
 まるで違うモノを、それぞれの前に置く。
 甘いお菓子と、内臓を破壊する液体を。

「だからボクは二人を見るたびに思うんです。美味しいケーキを食べるカービィさんと、猛毒を食べるドロシアさんを見て―――――どうして、こんなにも違うのだろうって」

 今にも泣きだしそうな様子で、バンダナワドルディは身を震わせました。
 それを見下ろしていたデデデは、表情を暗ませました。

「だけどよバンダナ。よく見てみろよ。テーブルじゃなくて二人を―――――笑い合ってる二人を」

「……え?」

「片方はケーキで片方は絵の具で、確かにアンバランスでミスマッチだけどよ。ちっとも悲しそうじゃないだろ」

 楽しげに会話をしながらケーキを食べるカービィ。絵の具を飲むドロシア。
 甘いものと苦しいもの。それでも二人は何て事の無いように、気にもしていないかのように―――――

「幸せそうだろ」

 何も知らない人から見れば、とても楽しそうで穏やかなお茶会にしか見えない。
 そこに潜んだ毒と、意味と、裏を知らなければ―――――何の問題も無い。
 ここにいるのは幸せそうな星の戦士と、幸せそうな魔女だけなのだから。

 デデデは寂しげに笑った。
 バンダナワドルディは何も言えなかった。

「見ているのが辛いなら、配膳係を変えてやるよ」

「……いいえ、大丈夫です。このまま続けます」

 ぎこちない笑顔でしたけれど、バンダナワドルディは頑張って笑った。

「ボクがちゃんとやりますから。ちゃんとやって、最後まで見とどけますから」

 そうか、と大王はバルコニーの方に目をやった。
 もうそこには二人ともいないけれど、またここに来る日が必ず来るのだろう。

「幸福のお茶会、か」

 

 これはドロシアの望んだことであり、二人の幸福な日々の一場面なのだ。

 


 

 

 カービィは―――――ドロシア・ソーサレスは―――――食べることが大好きである―――――を知らない。
 甘いもの、辛いもの、苦いもの、酸っぱいもの、しぶいもの、ありとあらゆる食べ物が好きで―――――知らない。
 食事をするということが彼の喜び―――――わからない―――――虚無―――――何かを食すということは彼の幸せ―――――理解したい。
 ご飯を食べる時、カービィは心から幸福を感じる―――――訪れない幸せ。
 カービィは食べることが大好き―――――?。
 甘いもの、辛いもの、苦いもの、酸っぱいもの、しぶいもの、ありとあらゆる食べ物が好き―――――?。
 ―――――××××は今―――――何を食べている―――――?―――――。―――――――――――――――。


 ◆


「美味しい!」

 嘘偽りの無い感想は眩しく、どこまでも素直だった。
 夢中で食べ進めるカービィを、ドロシアは微笑ましげに見つめていた。

 今日の彼はほろ苦くて甘いガトーショコラを食べていた。
 
「よかったわね」
 
 その言葉には何の屈託も無ければ、非と不の否の感情も含まれていない。
 ただただ自分のことのように嬉しそうに、カービィを見つめている。
 実に幸せそうに、幸福そのものを体現したかのような笑顔で、幸せそうなカービィと共にいる。

 ドロシアの目の前には、変わり映えのしないどろどろの絵の具が入ったカップが置かれていた。

 二人とも楽しそうに
 実に楽しそうに
 二人とも幸せそうに
 実に幸せそうに
 二人とも嬉しそうに
 実に嬉しそうに

 ―――――違ったモノを、口にしている。

 まるで、すれ違っているかのように。
 致命的に、掛け違ってしまっているかのように。 
 だけどもその光景に間違いはなく、間違いなど含まれていない。
 それでも歪で、異様で、異質が、存在している。
 
 何も間違っていない。誰も過ちを犯していない。
 これは正しいのだと、誰も叫ばなければ宣言さえしない。
 これは正しい。当たり前。最初から誰もがわかっている。
 奇妙な正しさ。正当性がテーブルの上にあるだけなのだ。

「ねぇ、ドロシア」

 カービィはフォークを咥えた。
 ガトーショコラの欠片を飲み込んで。

「なにかしら、カービィ」

 ドロシアはカップを持った。
 絵の具を原液を飲みこんで。

「ドロシアは、美味しい?」

 視線だけ彼女が浮かばせているカップへと注ぐ。
 するとドロシアは笑顔を崩さないまま、答えた。

「美味しいわ」

「嘘つき」

 流れるように言葉が繋がった。

「ドロシア。それは美味しいモノじゃないよ。君だってわかってるでしょ?」

「ええ、わかってるわ。だけど、これは確かに〝美味しい〟のよ。私にとっては」

「よくわかんないよ。ぼくは―――――一度も君が美味しいって言ったこと聞いたことないよ」

「今言ったわ」

「それは嘘だよ」

 カービィの表情は少しだけ、悲愴に染まった。
 ドロシアの表情は相変わらず、素敵な笑顔だった。
 
「ぼくはね、ドロシア。君と一緒に同じモノを食べたいな―――――だってぼくはどんなに頑張っても、絵の具は飲めないから。だけどドロシアは本当は食べれるんでしょ?ぼく達と同じモノ」

 この絵の具以外は摂取できないの。
 カービィや皆と一緒にお茶やお食事をしてみたいの。できることならこれからもずっと。
 だけど普通のモノ―――――皆が食べるようなモノは食べることができないの。
 だから私はかわりにこの絵の具を食べるわ。
 夢だったの、誰かと一緒に食事をするのが。

 いつの日か、彼女はこんなことを語っていた。夢に恋する少女のように、夢見ていた理想。
 それは叶った。不完全な形だけれども確かに叶ったのだ。

 完全になる日は―――――来ない。

「それは駄目よ、カービィ」

 ドロシアは笑っている。
 空っぽになったカップをカービィへと向けて、にこりとしている。
 飲み干してしまったモノは、彼女にとっては何の味もしない無機物だけれど、カービィからしたら劇毒である。 
 そこには無い。カップの中にはもう何も残っていない。 
 空っぽ。
 虚無。
 空白だらけの、白紙。

 大丈夫よ。カービィ。
 けれど、ごめんなさい。カービィ。
 私の我儘だけど、これを続けていたい。
 幸福なお茶会が、私は大好きなのだから。

 

 

 

 

 

 

「私みたいな汚い絵画が貴方達と同じモノを食べるなんて、気持ち悪くて申し訳なくて、できないもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               ―――――そんなことないのにね。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 自己嫌悪と自己否定でできた塊と、素敵なお茶を。

 

 

 

 

                                                                     戻る