彼女の世界

 

 

※ドロシア戦後のお話です

 

―――――

 

 

―――――何も知らなかった

―――――〝外〟を

―――――だから想像した

―――――だから幻想した

―――――だけどそれは所詮紛い物で

―――――自分は、卵に籠った赤子でしかなくて

―――――ゆっくりと知らない温かみを空想して、胎動した

 

 

 ◆ 

 

 

〝ごめんなさい〟


 泣き声が、響き渡った。
 恐ろしいほどの憎悪の念と悲痛、狂気が入り混じったその絶叫は甲高く、鼓膜が破れそうになるほどの大音量で、大量のペンキをぶちまけたかのような無限に終わりない空間を揺るがした。
 空も地面も地平線の向こうでさえ、ドロドロの絵の具の、マーブルの海、虚無の墓場。
 常人ならば数十分いただけで発狂してしまうであろう、不気味な―――――〝世界〟
 ―――――絵画の世界。
 〝外〟を恨んだ魔女の、箱庭。

「―――――ッ!」

 ヘドロのように淀んだ絵の具の大地にて、カービィは声にならない叫び声をあげた。
 彼をサポートしてくれている魔法の絵筆は傍らに浮かび、案内するかのように飛行し始める。
 カービィはそれを追いかける。
 強烈な地震が襲い掛かってきたが如く、空間は猛烈に揺らめいている。
 ―――――世界が不安定になってきていた。
 
「ドロシア……!」

 だんだんと歪んでいく空間に眩暈と吐き気を覚えながらも、必死に堪えてカービィは全力で走る。 
 目指すものは宙に浮かぶ―――――化け物。
 グロテスクとしか言いようがない形状と体色をした、魂の塊。
 涙をこぼすようにぼたぼたと、纏っていた絵の具を垂らしている。
 崩れているのが、崩壊しているのが、一目でわかる。
 あれは―――――かつてドロシア・ソーサレスと呼ばれていた絵画の魔女の、醜い本性。
 憎しみや恨み、妬みや嫉み、ありとあらゆる負の感情を集めて固めて、形成された―――――魔女の心そのもの。
 
 カービィの最後の一撃を受けて、消えゆこうとしている―――――哀れな魔女の、末路。
 
「ドロシア……!ドロシア!」

 思い切り地面を蹴りあげて、カービィは高く跳躍する。
 限界まで手を伸ばし、ドロシアの魂―――――ドロシアソウルの中に跳び込む。
 どぷりと、粘度の高い液体がカービィの身を包み、誘うように飲み込んだ。
 枯れて干乾びた花のような色に成り果てた魂の中は氷水のように冷たく―――――死にかけていた。
 絵水の中のはずなのに、カービィの耳には声がとどいていた。
 怨嗟の声。
 怒りと悲しみに溢れた、狂おしいほどの悲鳴。
 それは全て―――――ドロシアの心の声。
 ぞっとするほどの、絶望だった。
 瘴気の様に湧き上がる彼女の感情は想像を絶するものであった。
 こんな濁りきった禍々しい思いを長年心に溜め続けていたのかと想像すると、恐ろしくてたまらなかった。
 カービィは危うく気を失いかけ、ぎりぎりのところで何とか踏みとどまる。
 ガチガチと、身を震わせた。
 それは寒さからなのか、ドロシアの背負っていたものを目の当たりにした恐怖からなのか、カービィ本人でもわからなかった。
 ごぽりと、色の無い泡をカービィは吐いた。
 呼吸ができない、苦しい。
 このままでは自分は――――― 

 でも―――――助けなくちゃ 
 
「ドロシアッ!」

 カービィはもがいて、深く深く潜る。
 穢れきった心の海を、胸が張り裂けんばかりの思いで―――――探す。
 
「必ず助けるから……絶対に……絶対に君を……」

 ―――――助ける。

「死なせたりなんか……させないっ!」 

 感覚が薄れていく、痺れていく。
 それでもカービィは手を伸ばし続けた。
 瞳に涙を溜めながら、喉を張り上げて。
 苦痛に満ちた世界の中で―――――光の一筋を探し求めるように。
  
「君を絶望なんかで終わらせたりなんかさせない!!」

 春空の眼が、壊れていく光景の底の陰を捉えた。
 水色の長い髪がふわふわと、泥と化した魂の水底で踊っている。
 つい数瞬前に息を引き取ったかのような、〝身体〟。
 死んだように眠っているのか、眠るように死んでいるのかは、わからない。
 それでもカービィは―――――魔女の手を、握った。
 そのまま引き寄せて、離すものかと強く抱きしめる。
 冷たい身体、ほんのわずかに熱を持っていた。 
 
 ―――――世界が壊れる音がした。

 断末魔のような轟音と共に、空間がねじれ、歪む。
 ガラスが割れるような、繊細な音。
 取り返しのつかない何かが始まっていることを、嫌でも告げた。
 
 魔女の夢、望み、願いを詰め込んだ、箱庭という名の芸術は脆く崩れ去り   
 魔女の心、悲しみ、苦しみ、寂しさ、怒り、恨み―――――感情を押し殺した魂は、一つの絵画を模って、消滅した。
 

 世界が閉じる。
 終わる。
 消える。
 無くなる。
 

 暗転していく意識の中
 カービィはそれでも、ドロシアを離さなかった。

 

 

 ◆

 

 


―――――全てが許せなかった

―――――全てが憎かった

―――――全てを呪った

―――――だから取り込んだ

―――――全て絵画にして

―――――私の夢にしようと

 


―――――ど こ か ら 間 違 っ て い た の ?

 

 

 

 ◆

 

 

 〝ごめんね〟

 泣き声が、聞こえた。
 何も描かれていない画用紙のように、真っ白な世界でか細く切なげに。

「泣いて……いるの……?」

 うっすらと目蓋を開けたドロシアが、澄みきった月色の瞳で、彼女を抱きしめて泣きじゃくるカービィの姿を映した。
 目を覚ましたドロシアに気付いたのか、カービィがはっとする。
 そして、より一層涙を流した。
 
「ドロシア……ごめんね……ごめ……ん……ね……―――――君を……君を助けるには……君を救うには……これしか方法がなくって…………!」

 まるでぬるま湯につかっているような気分だった。
 安らかで、穏やかで、身にぎっしりと詰まっていた重くて汚いものが、全部抜けきっていて。 
 だけどそのかわりに意識が朦朧としていて、半分眠りに落ちているかのようだった。
 ドロシアはかすむ視界を凝らした。
 自分の腹部が食い破られた後の様に、無くなっていた。
 血液の様に止めどなく色水が溢れている。
 痛覚は完全に麻痺しているのか、痛みはなかった。 
 暑くもないし、寒くもない。
 感覚がまるでない。
 皆無。 
 
 ドロシア悟った。

 「自分は、死ぬ」と。


「君の魂は……ぼくが壊した……そうじゃないと、君の暴走は……止められなかったから……」

 つらそうに言うカービィが、ドロシアは不思議でしかたがなかった。

「どうして……あなたは泣いてるの……?」

 ―――――私は外の世界を私の世界に引きずり込もうとした極悪人であって、私を裁くことは正当なことでしょう?

「だって……!君は……苦しかったんでしょ……?悲しかったんでしょ……?何年も何十年も何百年も何千年も!ずっと独りぼっちで……寂しかったんでしょ……?」

 ―――――そうでなかったら、あんな絶望しきった心、持つわけないよ。

 カービィは嗚咽をあげて、頬に雫を伝わせた。
 真珠の様に透明で綺麗な粒が、ドロシアの顔に落ちる。

「泣かないで……私なんかの為に、泣いてはいけないわ……」

 小さな声で囁いて、そっとカービィの目元を指先で拭った。

「私は……間違っていたの……〝外〟を私の幻想に、引きこもうだなんて……愚かだったの……」

 誰にも気づいてもらえない。
 誰にも見てもらえない。 
 存在を忘れられた。
 存在を失った。
 どこにもいなくなった。
 どこにも。
 ここにも。
 悲しかった。
 寂しかった。
 許せなかった。
 憎かった。
 だから全て絵画にしようとした。
 孤独は嫌だったから。
 自分に気が付いてもらおうと。
 自分を見てもらおうと。  
 精一杯。
 だけどそれは罪でしかなくて。
 溜りに溜まった負の感情が押さえきれなくて。
 いつしか暴走するだけの、化け物に。   

 魂の失った身体。
 それはただの抜け殻でしかなくて。
 もう長くは生きられない。
 あと少しで―――――もたなくなる。

「謝らなくてはいけないのは私。ごめんなさい……私は、貴方に酷いことをした。貴方の愛するものに……世界に……償いきれない……ほどの……罪を犯した……」

「でも君は!本当は……ぼくたちと仲良くなりたかったんでしょ!?一緒に……傍にいてくれる仲間が、欲しかったんでしょ……っ?」

 攻撃するという手段でしか、方法がなかった。
 そうすることでしか―――――自分の存在を証明することができなかった。

「ぼく達がもっと……もっと早くから……君に……気が付いていれば……!」 

「……」

 ドロシアの痛々しい腹部から溢れ出る絵の具が、白い世界を染めていく。
 血の様に、波紋のように、音もなく、静かに。

「―――――貴方、の」

 どんどんドロシアの声量が、減っていく。
 しぼんでいく。
 カービィは一字一句聞き逃さんとばかりに、彼女の言葉を待った。

「貴方の……名前……は……?」

 ドロシアが柔らかに微笑んだ。
 こんなにも美しくて、儚げな笑顔を―――――カービィは生まれて初めて見た。

「ぼくは……カービィ……」

「素敵な名前……ね……―――――私は、〝ドロシア〟」
 
 ―――――貴方はもう、知っているかもしれないけど。

 ドロシアはくすりと笑む。

「はじめましてカービィ……」

「はじめまして……ドロシア……」

 優しげに、ドロシアは挨拶した。
 ぽろぽろと涙を零しながら、カービィは挨拶した。

「私は……何も知らなかったの」

 ドロシアは歌うように語りだす。


 空の色も。
 海の色も。
 大地の色も。
 木の色も。
 水の色も。
 花の色も。
 何の色も。
 その形も、匂いも、雰囲気も、温かさも、何も。

「何もわからなかったの……。怨念を溜めこみ過ぎて、生まれた私は……〝外〟を何一つ知らなかったの……それが恐ろしくてたまらなかった。怖くて怖くて……いつも怯えていた」

 真っ白な空間に浮かぶ、汚らしい自分が嫌だった。
 だから―――――〝想像〟した。
 〝想像〟して〝創造〟した。
 自分が求める、夢のように素敵な、素晴らしい世界を描くために。
 何年も何年も、ずっと。 
 
「寂しかったの―――――ずっと」

 きっといつか―――――夢を描き続けていれば、誰か来てくれるかと思っていた。 
 
「馬鹿な話……ね……そんな……そんな都合のいい話……あるわけ、ないのに」

 でも私は―――――そんな馬鹿な夢を、見続けていた。

「それが私の―――――世界だったの」

 
 ごめんなさい。


 ドロシアは泣き笑いのような表情になって、カービィの背後にいる絵筆に視線を送った。
 懐かしそうに見つめて

「その絵筆……私のものだったの」

 と、言った。
 
「え……」

 驚くカービィは、思わず魔法の絵筆の方向に体を向けてしまう。

「いつの間にかいなくなってしまったの。でも、貴方のもとにあるということは……そう……」

 ―――――こんな夢物語を、終わらせるためだったのね。

「カービィ……私はもう、貴方の世界に妨害を与えるつもりはないわ……絵画に取り込まれた世界も、取り込まれかけている世界も……元に戻すわ……―――――私が死ねば、世界は元通りになるから……」

 そんな!とカービィは叫んだ。 

「駄目だよドロシア!そんなの!だって君、言ってたじゃん!寂しかったって……!仲間が欲しかったって……!〝外〟の世界を知りたかったって……!」

「貴方は……魔法の絵筆から離れないで……必ずその子が……出口へ導いてくれるから……」

「独りじゃ嫌だ!ドロシアも一緒に行くんだ!一緒に……帰るんだ!」

「―――――私の帰る場所なんて……どこにもないわ……」

 夢は終わり、幻想も壊れ、残ったのは空っぽの空虚感だけ。
 
 違う違うと、カービィが否定する。

「帰る場所はあるよ……!ぼくの星に行こう……そこは空も綺麗で空気も澄んでて、食べ物もおいしいし、たくさん友達がいる……!もうドロシアに寂しい思いなんてさせない……約束するから……―――――ぼくが壊した君の魂!埋められるよう償うから!悲しみじゃなくて楽しさや喜びを!いっぱいいっぱいプレゼントしてあげるから……だから……ッ!」

「愛しい……子」

 ドロシアがそっと、カービィの額に口づけた。
 力は籠っていないけれど、愛をこめて。
 
「駄目よ。もう夢は終わり―――――貴方は、生きなくては」

「ドロシ……ア……」

「私……知らなかった。ひと肌が―――――こんなにも温かいってことを」  

 最後にわかって―――――よかった。 
 ―――――愛を知れて、本当に……。

 幸せを知らなかった魔女が、幸せを知った瞬間だった。

「駄目だっ!ドロシア!ドロシアぁぁああぁぁぁ!!」

 ふわりと、ドロシアが浮かんだように見えた。
 形を喪失していく無垢な空間が、産まれたばかりの赤子の心を映したような世界が、終わる。
 喚くカービィに―――――ドロシアは最後、幸福そうに笑ってみせた。
 

〝さようなら〟 


 魔女は純粋な愛を受け止めて、散りゆく花弁のように消えた。

 

 

 

 ◆

 


 彼女の世界は色に満ちていた。

 色に。
 色に。
 色。
 色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色
色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色。
 色の海。
 色の空。
 色の森。
 色の世界。
 色の、夢。


 そのどれもが彼女の夢想した夢であって。
 偽物の贋作だった。
 
 彼女は空白の羅列に君臨した女神にも等しかった。
 それがたとえ、現実から追放された存在だとしても。  

 星の戦士は魔法の絵筆と共に、記憶の投影を見た。
 それは海で。
 それは空で。
 それは森で。
 それは宇宙で。
 彼女はどこにでもいた。
 子を愛する母親の様に描いた夢の欠片を、愛でていた。
 そして、どこにもいなかった。
 これは所詮夢物語であると、泣いていたから。
   
 彼女の世界はひどく危うくて、どこか凸凹で

 愛しかった。

 

 

 ◆

 

 

「う……うぅ……」

 眼を開けると、そこには雲一つない蒼天が広がっていた。
 太陽の光がまぶしくて、思わず顔を覆ってしまう。
 鼻腔につく草花の香り。
 風が頬を撫でる。
 プププランドの丘の上。
 いつも通りの―――――平和。

「あ、あれ……ここは……?」

 起き上がったカービィは、しばしきょろきょろと周囲を見回し、自分が帰還したことを把握する。
 
「……」

 独りで、戻ってきた。

「……」

 助けられなかった。

「……っ」

 寂しいと、あれほど嘆いていた彼女を

「……ぅ……っ……!」

 愛されたかったと、微笑んだ彼女を

「ぅぁ……ぁ……!」

 ひと肌は温かいと、知った彼女を
 最後に愛を知れてよかったと、光になった―――――魔女を。  


 カービィは泣いた。
 これ以上にないくらい声をあげて、堪えようともせず、ただただ涙した。
 晴れ渡る空、穏やかな大地、平和の象徴。
 そんな場所で、慟哭する。
 泣き崩れて、自分が融けるんじゃないかと思ってしまうくらい、泣き続けた。
 
 恒星のようなオーラを放ちながら、魔法の絵筆がカービィを慰めるように宙を舞う。
 泣き腫らして眼を赤くしたカービィが見あげると、しゃらんと鈴の鳴るような音。
 いまだかつて聞いたことがないほどの、透き通った音色だった。
 
〝あなたの願いを、叶えましょう〟

 絵筆がそう言ってくれたような気がした。
 そして唐突に、砕けた。
 空の青に溶け込むように消滅し―――――一枚の絵画を、カービィの前に残した。
 古めかしい額縁に収められた絵。
 カービィはこの絵を知っていた。
  
「ドロシア……ここに、いるの……?」

 震える手で絵画を手に取ったカービィは、鮮やかな彩色で描かれた作品に向かって問いかける。 
 返事はない。
 そんなことはわかっている。 
 それでも―――――

「もう……いい……いいんだよドロシア……。夢から覚めても、いいんだ」

 彼女の楽園は、こんなにも小さくて薄っぺらなものの奥にあったのか。
 何て小規模な世界なんだろう。
 まるで―――――宝箱みたい。

 涼しげな風が地に根付く緑を揺らす。
 陽光が星を照らす。
 色とりどりの景色。
 
 〝色〟
 それは、神様がそういった概念を与えてくれたのかもしれない。
 それとももともとあったのかもしれない。  
 それは誰にもわからない。   

 でも、魔女が過ごした夢の世界は―――――彼女が創った世界だった。
 確かにそうだった。
 彼女は創造神であって、夢見る卵だった。
 まだ何の知識も無く、無知で無垢な―――――誕生する前の、生命だった。 

「ねぇ……ドロシア。これが〝外〟だよ。綺麗でしょ……?」

 カービィに抱えられた絵画は、何も言わない。
 静かに微動だにせず、プププランドを見下ろしていた。

 星の戦士は立ち上がって、絵画を掲げた。
 これで国中が一望できる。
 これが―――――はじめてみる、世界の形。

「はじめましてドロシア……―――――生まれてきてくれて、ありがとう」

 魂を失った絵は、もう動かない。
 でも、心なしか嬉しそうに卵の殻を割って、〝外〟に出てきてくれたような気がした。

 

 

 ◆

 

 

「しばらく旅に出ようと思うんだ」

「ほぅ……いいんじゃねえのって……えっ!?」

 ここはデデデ城―――――の王室。
 言わばデデデ大王の部屋だ。
 カービィは少し大きめの荷物を持ちながら、にっこりしてデデデにそう言ったのだ。 

「なんでだよ急に!なんだその……旅行か?」

「違うよ―――――前にも見せたでしょ、あの絵」

「あ……あ~あの絵か。それがどうしたんだ?」

「あの絵をもっとたくさんの人に見てもらおうかなって思ってさ!宇宙中ちょっくら回ってこようと思う!」

「随分と思い入れがあるんだな」

「うん!だって―――――ぼくの大好きな人の絵だもん!」

 惜しげもせずに誇らしげに言うカービィに、デデデは「大好きな人ねぇ~」と意地わるげに口角をあげた。

「なんだぁお前。その絵に恋でもしてんのか?」

「恋っていうか……友達!この絵は友達なんだ!」

「……ま、それがこの間の事件の解決に役だったんだから、そんでもいいかもな」

「えへへ~」

 カービィの隣には布で包まれた薄い四角形の版のようなものがある。
 それはあの絵画であることはデデデでも一目瞭然だった。
 ポップスター中が絵画のような世界に変貌してしまった大事件からもうすでに数日。
 あれからカービィはこの絵を抱えて、プププランド中を駆け回って、たくさんの人々にそれを見せた。
 少しでも多くの人にこの絵画の素晴らしさを知ってもらいたいと、一生懸命励んでいたのだ。
 絵は非常に美しく、好評であった。
 現に芸術に一切興味のないデデデでさえも、その絵には惹かれていた。
 人の心を惹きつける力を持つ、魅力的な絵画。
 ぱっと聞いただけでは胡散臭いと疑われてしまうだろうが、実際に絵を見せたらそんな疑心は消えてしまうであろう。

「おうおうじゃあとっとと行ってこいや。なんか土産寄越せよ」

「わかってるよ。じゃあ行ってきます!」

 カービィは部屋で一番大きな窓を開けて、ぴょんと外に跳びだした。
 ぎょっとしたデデデが叫ぼうとしたが、それは必要のないことであった。
 どこからか飛んできたワープスターに乗って、あっという間に高く飛行し、青空に吸い込まれていった。

「相変わらず風みたいなやつだな……」

 呆れの溜息をつくデデデであったが、どこか愉快そうに眩しそうに、星の戦士を見送った。

 

 

 ◆

 


「大丈夫。ずっと傍にいるからね」

 もう独りじゃないよ。

 幾千もの星々の群れの中を飛びながら、カービィはぎゅっと絵画を抱きしめた。
 やはり無機物らしく冷たかったけれど、やがてカービィの体温で温かな熱を帯びた。
 
 
 この絵画が宇宙で一番愛される絵になったのは―――――
 それはまた、別のお話―――――                       
                                         


 

 

 

 

 

 

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