明日花が咲いたら


※タランザ→セクトニアです


―――――



 あの方は花が好きだ。
 我が子のように花を愛で、慈しんでいるあの方は、女神みたいに綺麗だ。
 タランザはあの方に花の美しさを教えてもらった。
 それはそれは長い時間をかけて。
 ありふれている存在の価値に初めて気づいていく。それは難しくて、同時に胸の内が少しずつ温かくなっていくものだった。
 大切なものを見つけた温もりだと、あの方は微笑んだ。
 タランザは花の愛し方を学び、あの方のように花を大事にした。
 そして花を愛でる以上に、あの方に恋をした。
 恋はたちまち成長して根を張り茎を伸ばし、蕾はいつしか花咲かせた。
 その花弁が何色かはタランザにはわからないけれど、心の内に芽吹いた花もまた大切にした。ぎゅっと抱きしめると、穏やかで優しい気持ちになれた。素敵な安らぎ……。
 この気持ちをあの方に伝えたい。だけどもしも思いが届かず、今の関係が崩れ壊れてしまったら。そう考えるとたまらなく恐ろしくなった。
 タランザはずっと貴女の元で尽くし、貴女を守り、貴女を喜ばせたい。
 いつまでも貴女を慕い、愛していたい。
 だけどまだ言えない。伝え方がわからない。
 心を伝えるのは心を知るように難しく、心の中を見せるのはもっと難しい。
 思いの花はきっと枯れないけれど、萎れてしまうかもしれない。
 多分これは秘めた恋心だ。まだ誰にも見えない、タランザだけの花。
 いつまでもうじうじしていると、友人達が話しかけてくれた。花のように可憐な姿をした友人達は、タランザ達、虫を繋ぎとめる種族達だ。
 タランザは花の民に相談をする。

「女性が喜ぶ贈り物ってあるかな」

  すると花の民達はぱっと表情を明るくして

「それこそ花をプレゼントしましょう!」

 そう言ってタランザに小さな鉢植えを一つ渡してくれました。

「花はたくさん生えてるから、そこで摘んじゃ駄目なのね?」

「花は自分で育てれば、自分の気持ちが伝えられるわ。摘むのも悪くないけど、きっと貴方の場合、とっても大切な思いを伝えたいのでしょう?」

「花で喜んでくれるかな?」

「花を貰って悪い気持ちになる人なんてあんまりいないでしょ」

「一から花を育てたことないんだけど……」

 「私達が教えてあげるわよ。何て言ったって私達は花のスペシャリストだから!」

  醜い自分からのプレゼントなんて、気にいってくれるだろうか。
  花の民にそうは聞けなかった。 手に抱える鉢植えには栄養満点の土しかまだ入っていない。
 ここに自分の思いを込めた花を咲かせられるだろうか。あまり自信がなかった。

 「植える花は何にする?」

 尋ねられ、タランザは間を置いて迷わず言った。
 あの方の一番好きな花の名前を。
 鉢植えに種を蒔いて、ジョウロで水を与える。
 花はまだまだ咲かないだろうけど、今から少しずつわくわくしてきていた。
 あの方への初めての贈り物。 思いが伝わればいいな。
 早く大きくなって。ゆっくり大きくなって。
 決意は曖昧であまり固まらないけれど、精一杯の愛をこめて花を育てよう。
  花の愛し方だけは、あの方が教えてくれた。

 ✱ ✱ ✱
 
 あの方がタランザよりも難しそうな顔をしている。
 豪華な鏡の前で自分の顔と睨めっこしている。美しい顔、手入れされた美貌、磨かれた気品、そこにいるのは民から愛され尊敬される偉大で絶世の美女である女王様なのに、いつまでも複雑そうな顔をしている。    
 何かを悩んでいるかのような張り詰めた表情。何を悩むことがあるのだろうか。貴女は誰よりも慈悲深く、温かく、宝玉のよりもずっと綺麗で、花も虫も誰もが平等に仲良く平和に暮らしているというのに。
 今日も空は澄んでいて、植物はすくすくと元気に成長して、風は良い天気を運んできて、見える星は無限、見える笑顔は民の数ほど。
 どうしてだろうか。タランザが幾ら尋ねても、答えることはない。
 臣下に心配をかけさせまいとしていることはわかる。だけど、隠すばかりならいっそ話してほしいと強く思う。寂しい感情……?

「お水をあげすぎちゃダメよ」

  毎日のように鉢植えの種に水をたっぷりあげていたら、花の民に指摘されてしまった。

「美味しいものをたくさん食べれたら満足して、これ以上食べ過ぎたらお腹を壊してしまうってことがあるでしょ?それと同じよ」

 満たされるばかりではよくないと言うので、少しだけ水を控えてみる。

「だからと言って水を全くあげないってのは無しよ。適量が一番良いの」

 バランス良く、適切に、丁度いいくらいを目指して、目安に。

「お日様の光を浴びると元気になるわよ」

「肥料は大丈夫。この土は栄養たっぷりだから。ふかふかのベッドみたいね!」

「たまには話しかけてあげるといいかも?」
 
 ガーデニングってとても難しいのだと、タランザは改めて知る。
 それじゃああんなにたくさんの花を咲かせられる花の民はすごい知識にあふれているんだな。当たり前のことを今更理解する。 
 もっともっと大きく、もっともっと高いところから見れば、数多の命を育むこの世界このものの力の膨大さに驚く。
 そんな世界であの方は、この大陸を統治して人々を導いて行く。
 それはとても素晴らしく、同時にとても難しいのだろう。
 鉢植えに植えたたった一つの命さえ上手く育てられない自分が、ひどくちっぽけに感じた。

「綺麗な花になってほしいのね」
 
 種にそう囁いて、一緒に空を眺めてみる。
 気づけば種から小さな芽が出てきていた。

 ✱ ✱ ✱

「大丈夫かな」

 この花はちゃんと咲けるだろうか。
 やっと蕾にまで成長したけれど、このまま蕾のまま萎れてしまったらどうしよう。
 せっかくここまで育てたのに。

「大丈夫かな……」

 長い間あの方の笑顔を見ていないような気がする。
 あの方は立派な君主だけれど、悩みすぎて塞ぎ込んでしまわないだろうか。
 ずっと、美しいのに。

「花はちゃんと咲くわよ。頑張ってくれるわ」

「自信を持って」

 花の民達は励ましてくれるけど、あの方のことは誰が励ましてくれるのだろうか。
 あの方は心配しないでいいと言うけれど、心配することしかできないタランザは、本当に何もできなくってしまう。
 己の無力を痛感して、堪えたい気持ちを噛み締めて、果たしてそれでいいのだろうか。

「花は次の季節に咲ける準備をしてるから枯れるけれど、虫はそうじゃないのね」

 虫も花のように弱いから、再生するのにも時間がかかるから、一度折れてそのまま死んでしまうことはよくあること。
 あの方もいつかは枯れてしまうのだろうか。嵐に散る花のように。寒い冬の波に呑まれて。
 そんなことはさせたくない。
 させてたまるものか。
 鉢植えから伸びる花、まだ咲いていない花、いつか開花する花。長く長くどこまでも、この大陸を繋ぎとめるあの方のようにしっかりしていてほしい。
 美しいよりも、優しくあってほしい。
 タランザの恋心の花は、ここまで成長した。
 あの方への思いを込めた、世界にたった一つだけの花になった。
 
 明日、花が咲いたら、あの方に会いに行こう。
 そして思いを伝えよう。ちゃんと伝えよう。貴女を支える根になりたい。貴女を繋ぐ茎になりたい。貴女を信じる葉になりたい。
 花は心のまま、咲かせていたい。
 永遠に咲く花として。貴女の為に在りたい。
 明日、花が咲いたら、また花を育てよう。
 今度は大地に種を蒔いて、花の民と虫の民と一緒に育てたい。
 花畑ができたら、貴女を招いてお茶会をしたい。
 未来永劫を貴女の為に捧げたい。

 明日、花が咲いたなら
 タランザはまた一つ、優しくなれるかもしれない。
 優しい心……。


 

 ◆


 そしてあの方は花を愛せなくなった。
 花弁を毟り、茎を踏みつけ、根を刈り取り、大地を完全なる我がものへと変えた。
 空は曇り、風は濁り、花は泣き、虫は狂った。
 誰が望んだことかと問われれば、タランザはタランザとあの方が望んだことと答える。
 貴女が願うことは例えどんなに理不尽なものであっても、タランザが全て叶えましょう。
 だから、花を枯らしましょう。
 邪魔なものは、壊しましょう。

 今日も明日も明後日も明明後日も一年後も十年後も百年後も千年後も永遠に未来永劫、花は咲かない。
 だけど心の中の花だけは枯らせない。枯らさないでしまっておこう。

 この花が枯れた時、タランザもまた枯れることだろう。

 思いはいつまでも変わらない。
 そう、変わらない。


 だから醜い操りの蜘蛛は、花を




(この先は××が歪んでいて読めない)