※捏造注意

 

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お腹がすけば寂しくなり、お腹がいっぱいになれば幸せになるようなお話です。


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 星の戦士は難しいことを考えるのが苦手でした。
 否、本当は苦手でも何でもないのかもしれません。
 それでも、星の戦士は難しいことを考えるのが苦手でした。
 難しいことを考えるのが嫌いでした。
 
 星の戦士は何も考えないことが得意でした。
 否、本当は得意でも何でもないのかもしれません。
 それでも、星の戦士は何も考えないことが得意でした。
 何も考えないでいることが一番楽だと、最初から知っていました。
 
 難しいこと、難しくないこと、簡単なこと、簡単ではないこと。それらを区別するのは実はとても難しくて、結局のところ全ては難儀に変わってしまいます。
 だから、あえて何も考えないことが一番楽なのです。
 何事においても、意味を求めてはいけないのです。
 少なくとも星の戦士は、無心ながらもそう心に置いていました。誰かに命令を下されているわけでも、過去に追った深い傷が響いてくるわけでもありません。単純に、自分との約束であり、何て事のない〝当たり前〟でした。
 最善策は最良策。星の戦士は面倒なことは好みません。
 煩わしい物事を排除して、星の戦士は単調に生きていました。

 星の戦士は物心ついた頃から、もしくは生まれてから今までずっと、小さな星の乗り物に乗って旅をしていました。
 気が遠くなるほどの長い間、はたまたほんの一瞬のような期間を、無限の星々が飾り付けられた宇宙で過ごしました。始まりも無ければ終わりも無い、目的も目標も無い、空っぽの旅を続けていました。
 特に悲しくもなければ、虚しくもありません。星の戦士にとって、宇宙の孤独なんて大したことではありません。ずっと星の戦士は独りなのですから、今更寂しいと感じる必要も、痛感する未来も訪れないでしょう。
 帰る場所も戻る場所も引き返す場所もありません。星の戦士は限り無く自由なのですから。未練も後悔もありません。
 どこにも定住しない星の戦士は、それこそ星の数ほどの星に降り立っては旅立ち、降り立っては旅立ちを繰り返しました。

 星の戦士は自分から〝星の戦士〟を名乗ったわけではありません。星の戦士は地位や権力には無頓着で、己の名を宇宙中に轟かせようなどという理想は、一度だって抱いたことがないのですから。
 星の戦士のことを〝星の戦士〟と、表するのは今まで星の戦士が訪れた星の民達です。
 星の戦士には戦士の名に相応しく、立ちはだかる敵をたちまち圧倒させる力を持っており、彼はたびたび様々な星の危機を救ってきました。
 星の戦士は特に何も考えていません。彼にとって、敵を倒すことは道端に生えている雑草を抜くことに等しく、頼まれようが頼まれなかろうが、自分の進行を邪魔する悪しき存在は容赦無く打ち倒してしまいます。
 星々の民はそんな星の戦士を英雄と讃えるのと同時に、心の奥底から恐れました。
 あまりにも強大な力を持つ星の戦士は危険であり、誰も彼に望んで近づこうとはしませんでした。
 星の危機を救い、星の戦士が新たな星へと旅立つたびに、人々は安堵するのです。
 星の戦士は、宇宙の星々に救済を与える化け物として認識され始めていました。
 奇異?恐怖?驚愕?衝撃?否定?拒絶?尊敬?崇拝? 
 誰も彼もが感情的で、心の色がころころ変わります。飴玉の色が時と共に変化するくらい面白い光景です。何とまぁ、残酷な光景でしょう。きっと誰も、〝間違っている〟だなんて、思っていないでしょう。
 もちろん星の戦士はそれに対して嘆くことも、怒りに叫ぶこともありませんでした。
 富や名声を欲さないのと同等に、彼は批判や中傷さえ気にしないのです。
 星の戦士の空のように青く澄んだ瞳は、あらゆる物事に興味を持ちません。
 いつだって無表情で、夜空を見上げているのです。
 何故なら、星の戦士は難しいことを考えるのが苦手であり、何も考えないことが得意なのですから。

 宇宙が一つの枠組みならば、星々は枠の中に収められた絵の一部に過ぎないと思っても、その数を全て把握することは不可能でしょう。それこそ、神様や、神様のような存在でもない限り。
 気が遠くなるほどたくさん点在する星でも、一つとして同一のものはない。そのことを、ずっと旅をしているカービィはわかっていました。
 似ている星こそあれど、全く同じ星は無いと、宇宙を渡るたびにぼんやりと思うのです。
 赤い星、青い星、緑の星、黒の星、白の星……きらきらと個々の光で煌き、魂を燃やすように輝く星達は、宇宙という名の孤独な闇を照らす、幾つものカンテラでした。
 だけど、収束する星光が導く先にも後にも、星の戦士の居場所は無いのです。
 星は、こんなにも眩しいのに。
 星は、こんなにも存在するのに。
 星は、その星の全てを知っているはずなのに。
 星は、星の戦士を導くだけで、抱きしめてはくれないのです。
 それを悲しいと感じないのが星の戦士なのですが、時折無性に心内にぽっかり穴が空いたような気分に陥るのです。
 宇宙はあんまりにも広くて、目的地の無い星の戦士にとっては常に迷っているようなものですから、どちらに行けばいいのかわからなくなってしまう時もあるのです。

「君はあんまりにも大きくて、ぼくがあんまりにも小さいから、ぼくはぼくだって間違えちゃいそうになるんだ」

 皮肉的な文句を投げかけても、宇宙に音は響きません。
 誰かに訪ねようにも宇宙は独りぼっちで、星の戦士もまた独りぼっちゆえに、会話にもならないのです。そもそも宇宙に口など備わっていないので、一方的で尚且つ無意味なお喋りしかできません。
 宇宙には音も無ければ、温もりもありません。こんなにも膨大で壮大で雄大で巨大なのに、ただの冷たい壁のようにさえ思えてきます。
 不意に、星の戦士は自分は宇宙ではなく果ての無い分厚い壁の前で、独りで点を数えているだけなのではないかと、疑問を覚えることがありました。
 しかし、仮にそうだったとしても、別に誰も困りはしないでしょう。最初から意味も無く旅をするだけの星の戦士と、意思の有無が判別できなくても口は無い宇宙では、そもそも何も成立しないのです。
 返事もなければ問いかけもありません。
  何故なら独りなんですから!
 
「ぼくの居場所は宇宙にしかないけど、ここじゃ寒くて眠れないんだ……」

 星の戦士は溜め息をつきます。そして、また星を探すのです。
 星と星を繋ぐように、星と星の間を歩むように、流星の尾を辿り、粒子の彼方に誘われるままに、何も考えずに飛んでいくのです。
 幾千、幾億、幾兆もの光が紡ぐ世界は幻想的で、神秘的で、いつだって見えない輪で結ばれています。
 寒いと星が歌い出し、光の河がどこまでも伸ばされ、宇宙を揺蕩います。
 星と星との距離は近いようで遠く、時には何百年何千年もかかることがあります。
 あの星とあの星とあの星とあの星とあの星。この星とこの星とこの星とこの星とこの星。その星とその星とその星とその星とその星と。どの星?
 いろんな星に行っては出ていき、彷徨っては彷徨い続け―――――ある時、星の戦士は宇宙の果てで、一際眩しい星を見つけました。
 奇妙なことに、五角形の星の形をした星です。
 あらゆる星の中で最も美しく煌めき、闇さえも思わず恋焦がれてしまいそうな、眩い星でした。
 何も考えない星の戦士でも、心惹かれる何かが、その星には在りました。目には見えないけれど、確かに感じたのです。
 星の戦士は引き寄せられるように、その星へと降り立ちました。
 丁度季節は春。穏やかな陽気に優しい風が吹き、大地は花々に彩られています。
 一見、のどかで平和な星のように見えましたが、どうやらこの星には危機が到来しており、住民達は大慌てでした。
 
「デデデ大王が国中の食べ物を盗んでしまったんだ!」

 話を聞けば、この国の自称王様はとても大食いなようで、国中の食料を盗んでしまったようです。
 星の戦士はちょっぴり困ってしまいます。せっかく気持ちよくお昼寝ができそうな星なのに、この喧噪ではぐっすり眠ることができません。
 結論から言えば、星の戦士は自分のことしか考えていませんでした。それ以外のことはあくまで蚊帳の外。何も考えないことが特技なのですから。
 とりあえず星の戦士は悩むことなく、さくっと迷惑な王様を倒して事件を解決し、それから木陰で眠ろうと決めました。
 一度決めたら行動は迅速でした。星の戦士はあっという間に敵を薙ぎ払い、そう時間もかけずに、城に潜伏していた王様を倒すことに成功しました。
 国中の人々は星の戦士に感謝します。ここまではひどく見慣れた光景です。
 だけど、いつだって感謝感激の騒ぎは数瞬で終わり、後は語る必要もない色の無い答えが待っています。
 星の戦士はただ眠りたいだけなので、人気のない静かな森でひっそりと眠ろうとします。
 しかし、不思議なことに人々は星の戦士の強さを知っても恐れることなく、むしろ親しげに近づいてきました。

「国を救ってくれてどうもありがとう!お礼にたくさんの贈り物をあげます!」

 星の戦士が貰ったのは、たくさんの食べ物と、小さな家でした。
 何かをプレゼントされたのは記憶の続く限りでは初めてで、星の戦士はきょとんとしてしまいます。
 星の戦士が旅人であると知った人々は、いつでもどんな時でも星の戦士をプププランドに迎え入れ、歓迎すると微笑みました。
 難しいことを考えることが苦手で、何も考えないことが得意である星の戦士は、心の奥底から困惑しました。

「この展開は初めてだ。ねえ、ぼくはどうしたらいいんだろう」

 咄嗟に空を見上げて訊ねますが、宇宙はもちろん何も答えません。
 そもそも宇宙はすでにはるか遠く、空の向こう側にあるのです。

「ぼく、今までたくさんの人を見てきたけど、こんな顔は初めて見たよ。誰もぼくを怖がってないし、神様みたいに崇めたりもしない。〝ありがとう〟って言ってくれるんだ―――――これってすごく、変じゃない?」

 星の戦士は狼狽しながらも、貰った食べ物を食べました。食べ物を食べるのは何百年ぶりでしょうか、何千年ぶりでしょうか。もしかすれば、生まれて初めてだったかもしれません。
 そのあまりの美味しさに、星の戦士は吃驚して、夢中になって全ての食べ物を平らげてしまいました。
 するとどこからともなく現れた王様は、星の戦士に指をさして宣言するのです。

「おい!お前は大食い王の俺様に張り合うつもりだな!この間の負けは認めるが、食い物に関しての敗北は絶対認めないぞ!―――――今日からお前は俺様の宿敵に認定だ!」

 はて、ますます星の戦士は驚愕してしまいます。
 今まで星の戦士が倒してきた敵は数多にいましたが、その誰もが星の戦士に再戦を挑もうなどとは考えません。
 それなのにこの王様は、再び星の戦士に立ち向かおうとしているではないですか。
 自分のことを恐れずに、正面から真っ直ぐと、見つめ返してくれるではないですか。
 
「おい、お前の名前はなんて言うんだ?」

「名前……?」

 名前を尋ねられたのは、紛れも無く初めてでした。
 遠い昔、星の戦士には名前があったのですが、あまりにも長い間使っていなかったので、星の戦士は自分の名前を忘れてしまっていました。
 いつまでもぽかんとしている星の戦士に呆れたのか、王様はぶっきらぼうに言います。

「じゃあお前の名前は〝カービィ〟だ!言いやすくて覚えやすいし、いいだろ?」

「カービィ……」

 どこかで聞いたことがあるような、なかったような―――――それでも、不思議と懐かしい響きでした。
 何度も心の中でその名を呼び、星の戦士は王様を見上げて、初めて笑いました。
 何も考えないのではなく、初めて自分以外の存在のことを考えたのです。
 ここは宇宙の中で光り輝いているちっぽけな星の上だけれど、これ以上になく大きいと、夢から目覚めたかのように、唐突に実感したのです。
 
「君を見ていると、ずっと昔からおともだちだった気がするよ」

 迷子の星の戦士は、やっと帰る場所を見つけたのでした。

 

 

 ◆

 


「デデデ~!グルメレースしようよっ。もちろん今日もぼくが勝つんだけどね!」

 

 

 

 

 

 

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