一章 望まれない世界と星の申し子

 

 End. 終わらない旅の始まり

 

 

 

 

 

 

 

―――――故郷はすでに燃え尽きて、焼け野原になっていた。

 

―――――自分の家は確かに断っていた形跡は残っていたけれど、もはや家ではなくなっていた。

 

―――――長老の館は完膚なきまでに破壊しつくされ、広場にはたくさんの死体が無残なやり方で処刑されていた。

 

―――――木々は焼き焦げた。花は消え、水は枯れた。

 

―――――自分を好きだと言ってくれた女の子の為に墓を立てた。

 

―――――自分を助けてくれた男の子は二度と戻ってこなかった。

 

―――――自分を愛してくれた夫妻は骨さえ見つからなかった。

 

―――――自分を迎え入れてくれた仲間達は跡形も無い死体に、もしくは焼けだたれた塊になっていた。

 

―――――ああ、何も無い。ここには何も無い。何もかも無くなってしまった。
 
―――――皆々、死んでしまった。

 

―――――手にしているのは、女の子から貰った造花の飾り。

 

―――――血が染み込んで黒ずんだ赤花になっていたけれど、とても美しいと思った。

 

―――――美しく、美しく、ひどく醜いと。

 

―――――あの子の命は花のように、誰かの命は火のように、散ってしまった。

 

―――――自分の命は永遠に耐えない。

 

―――――〝フゥ〟は叫ぶ。

 

―――――「誰か助けて」と。

 

―――――〝  〟は答える。

 

―――――「もう誰も助けてくれない」と。

 

 

 

 

―――――絶叫。

 

 

 

 ◆

 

 

 生命は輪廻転生を繰り返し、生と死の中、魂だけは永遠に輪の中を逸れることなく巡り続ける。
 なら、永遠に死することが適わなくなった者は、いったいどこに行くというのだろうか。
 永久に留まり続ける魂、永劫に朽ちない肉体、形は水面に映る月のように朧だが、確かにここに存在している。

 

「―――――本当に、本当に本当に本当に本当に本当に、〝神様〟なんていないじゃねえか」

 

 風の音しか聞こえない荒野で、長い黒髪が尾を引く。
 焼け野原のような褐色肌、一際ぎらぎらとした光を帯びている金の瞳、草臥れた踊り子の装束。
 齢十ほどの少年は、死んだ世界に独り立ち尽くしていた。
 否、死んだ世界ではない。少年が殺した世界の中心で、空を見上げている。
 夜空に散りばめられた満天の星々は、血に塗れた少年でさえも優しく照らし、月に至っては彼に影も与えてくれている。
 嫌でも自分がここにいるということを思い知らされるが、さすがに影を失くしてしまっては本当に自分は化け物に認定されてしまう。それに関しては少々安堵していたが、安心してからそんなことはどうでもいいのだと呆れてしまう。 

 

「もう、とっくに、化け物。こりゃどっからどう見ても化け物だよな!」

 

 けらけらと楽しげに笑う少年は、手にしていた長槍を放り投げた。槍は砕けた岩に直撃しては甲高い音を立て、やがて微動だにしなくなる。油と血液によって柄まで汚れた得物はひどく刃こぼれしており、もはや刺突武器ではなく頼りない鈍器と化している。
 つい数刻前まではあんなにも激しく振り回せた武器が、骨董品としても扱えないほどボロボロになってしまった。
 形ある物はいつかは必ず壊れる。
 この世に不変は存在しない。
 当たり前のようで受け入れがたいこの世の摂理だが、今の少年にはとても素晴らしい響きで聞こえた。
 
―――――ああ、どうして!どうして自分だけ生きているんだろう!どうして!どうして!どうして!

 

「―――――本当に、どうしてだろうな」

 

 死に絶えた世界には、無数の死体が転がっている。妙齢の大人から赤ん坊、男も女も容赦無く、真っ赤な血に染まっている。
 かつては一つの集落が存在した地は残骸と焦土と死体の海に満たされ、立ち昇るのは儀式の雄たけびでも人々の歓声でもない、虚しい残り火の煙だけだった。
 実に奇怪で不思議で珍妙で―――――おかしかった。
 少年はいつしか自分の身の内に余るほどの〝力〟を操り、制御できるようになっていた。
 己の消失と破滅と死を望んだ結果、いつしか彼は自在に姿を消せる技を習得していた。
 〝消えたい〟と念じるだけで彼の姿は誰からも視認されなくなり、気配も察知されなくなる。ゆえにどんな相手にも気づかれることなく不意を打ち、確実にしとめることができた。
 〝消えて〟〝殺し〟〝消えて〟〝殺し〟をひたすら繰り返していれば―――――死体の山ができた。
 それでも、何度も殺された。 

 「……あんなに殺されたのにな。ちっとも、平気じゃないはずのに、簡単に人間は、死ぬはずなのに」

 ぽつりと呟いて、少年は自分の腹部に深々と突き刺さっていた木の槍を引き抜いた。
 たちまち傷口からは大量の血が溢れ出たが、間もなくして傷は塞がる。
 比喩表現でもなく、時間の経過の描写を行変えの際に短縮したわけでもなく、少年の傷はみるみるうちに完治したのだ。
 傷周りの肉と皮が埋め合わせをするように、死滅した細胞を補うように、それこそ魔法のように再生されたのだ。
 
「いってえなぁ……やっぱり夢じゃないよな、これ」

 

―――――嫌だ。嫌だ。もう嫌だ。何もかもが嫌だ。

 

「何で死なないんだろうなぁこの体、どっかおかしくしちまったのか。何か悪い事でもしたっけ。何もしてないよな。うん。何もしてないし何もできなかったからこうなったんだ。うん。何だ、最初からわかってるじゃん」

 

―――――死ぬのも殺すのももう嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 

「〝俺様〟は何も間違ってない」

 

―――――〝僕〟はもう消えてしまいたい!

 

「復讐も果たしたッ!みんなみんなぶっ殺してやった!仇も仇の家族も友達もみんな殺してやった!」

 

―――――あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!

 

 少年は見失った。
 人格が崩壊するほど、性格が多数に分裂するほどに。
 それでも危うい意志のまま、死にかけの思考のまま、彼は時間をかけてかつての家族や友を奪い去った敵部族の集落の在り処を突き止め、復讐を果たした。
 そして―――――生きる意味を本当に見失ってしまった。
 全てを失くし、死ねないまま、何をするべきかどうするべきか、答えてくれる者も助けてくれる者も誰もいない。
 彼は孤独だ。どうしようもなく独りだ。
 ただ独り、生き残ってしまった。

 

「なあ〝フゥ〟。今の〝俺様〟はトクサみたいに強そうか?トクサみたいになってるか?トクサみたいになれてるか?」

 

―――――もう、つかれた、なにも、かんがえ、たく、ない。

 

「じゃあいいよもう何も考えなくて。お前はメソメソ泣いてばかりでウジウジ気持ち悪いし、そんなんだからリリィを救えなかったんだよ―――――〝俺様〟がこの後のことは全部やるから、お前はもう死んでいいよ」

 

―――――しにたい。

 

「そうだ。お前は〝俺様〟の中で死ね―――――フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ。フゥは死んだ―――――フゥは死んだ。お前は死んだ。〝俺様〟は〝フゥ〟じゃない。〝俺様〟は〝フゥ〟じゃない―――――化け物だ」

 

 フゥという名の少年は、あの日槍で心臓を貫かれ、崖から転落して死んだ。
 ここにいるのはフゥの姿を真似ただけの、化け物だ。
 フゥは死んだ。死んだ。リリアンナやトクサたちと一緒に死んだ。
 
「それじゃあ〝俺様〟の名前は―――――何なんだろうなぁ」

 

 黄の瞳。長い黒髪。褐色の肌。擦り切れた衣服。小さく細い体躯―――――永遠に死ねない、不死身の化け物。
 
「―――――だれだ?」

 

 〝自分〟は、まだ〝自分〟がわからないままだった。 
 
 
 そして―――――永遠にわからないままだろう。
 

 


 ◆


―――――

 

 そう間もなくして、西の大陸から大海原を越え、白い肌の侵略者が襲来する。
 この地で生きし人類よりもはるかに優れた頭脳と技術を持った侵略者達は強力な武器や見たこともない生物を巧みに乗りこなし、瞬く間に大国を征服した。
 彼らは貪欲でいて強欲であり、金や香辛料などといった特産物を欲し、古から伝わりし文明を容赦なく破壊した。
 太陽信仰も人身御供もあっという間に幕を閉じ、いつしか白肌の侵略者は蹂躙しきった大陸を植民地と制定し、多くの人々が奴隷として牛馬のように酷使された。
 略奪からの強制労働。家畜以上に酷く惨いやり方で、富の為に鞭を打たれる。
 だからこそ彼は思ってしまったのだ―――――罰が当たったのだと。
 神を狂信し、数多くの奴隷を生贄として捧げたことで、自分達の首を絞めすぎたのだと。
 彼は哄笑し、叫んでいた―――――ザマアミロ!と。 
 同時に生きる希望はとうの昔から失っていた彼だが、一つの可能性を見い出す。知り得る世界が狭かったゆえに、今まで一度たりとも浮かばなかった発想を、実現させようとした。

「その変てこな乗り物を一つよこしな。小さいやつでも構わないが積荷はたっぷり乗せろ。従わなければ全員殺す」

 姿を消して白肌の人間達の船に乗り込み、人質をかけて脅し、彼は小舟を奪うことに成功する。
 あれほど恐ろしかった部族達は侵略者には全く歯が立たず、そんな侵略者を単身で襲うと奴らは怯えきって何でも言うことを訊いた。未知なるモノに対しての恐怖心がどいつもこいつも足りないと、少年は嘲笑した。
 途中何度も殺されかけ船を沈ませられそうになったが、自分の姿と一緒に乗る船も消せば、相手の目をくらませたまま容易く逃げ切ることが。
 船の漕ぎ方は難しかったが次第に慣れ、積み込まれた積荷の香辛料やら果物やらを眺めつつ、少年は海を進んだ。
 地平線の彼方まで青く、どこを見渡しても青一色。空も青く澄んでいるため、世界の全てが真っ青に染まってしまったような錯覚さえ覚えてしまう。
 海に出るのも海に来るのも海を見るのも初めてだったが、ずっと昔からこの景色を知っていたような気がする。 
 生命の宿りし海。星の大部分を包み込む海。この時代にはまだ正式な世界地図も地球儀も存在しておらず、誰も宇宙から地球を見ていないけれど―――――この星は、どこから見てもとても青く目立っている。 
 遠ざかって見えなくなったかつての故郷があった大陸に見送られ、もしくは追放されて、少年は何回も後ろを振り返った。 
 当分か、もしくは永遠に戻らないだろう。万が一、この大陸に再び足を踏み入れることがあっても、故郷には帰らないだろう。
 あそこにはもう―――――あの子と仲間の墓しか無いのだから。
 決別は済ませた。後は、進むしかない。
 
『泣かないで〝フゥ〟。〝フゥ〟は何も悪くない』

 

 それでも、幻の声はいつまでも払拭できない。

 

「うるさい!〝フゥ〟は死んだ!俺様は〝フゥ〟じゃない!」

 

『〝フゥ〟―――――ねえ、泣かないで』

 

「うるさいうるさいうるさいうるさい!泣いてなんかないぞ俺様は泣いたことなんかないぞ俺様は強いんだから!―――――ああもう、大っ嫌いだ!こんな世界!」

 

 叫べど叫べど脳裏に浮かび上がるのは―――――〝フゥ〟の記憶。
 ああもう見たくないのに、感じたくも思い出したくもないのに。消すことさえできない。忘れることさえできない。
 胸元につけた花飾りを無意識の内に握る。心が落ち着くわけではないが、不思議と安心することができた。
 悩む必要はない。もう自分にはこの花と、死なない体しか残っていないのだから。
 仲間は死んだ、神は捨てた―――――ここにいるのは、化け物だ。

 視界がかすみ、しょっぱい水が口腔内に流れ込んできたのは気のせいだ。
 きっと海のせいだ。
 今日、海水が塩辛いことを初めて知った。
 知らない世界を知る。
 大嫌いなこの世界を知る。

 さよなら〝フゥ〟。 
 さよなら―――――〝フゥ〟の思い出。

 初めまして―――――世界。

 

 

 

「生きてやる!くそみたいな世界だけど、生きてやる!生き延びてやる!―――――本当に死ねるその日まで、俺様は生き延びてやるぞ……ッ!」

 

 

 

 果ての無い青き海と空の狭間で―――――不死の怪物は、憎い太陽に宣戦布告をするように声を荒げた。
 
 その声を聞いた者は、誰もいない。
 
 星以外―――――誰もいない。
 

 

 


 ◆

 

 

 

 地球上で今一人、決意を胸に歩み出した者がいた。
 死ねないまま生き、いつか必ず訪れるであろう滅びの時まで生きぬくと決断した化け物がいた。
 地球はそんな彼を見つめていた。
 見つめ、見つめて、届かない手をそっと伸ばした。

 

 星が生まれ 光が生まれ 世界が生まれる
 星の声 見下ろす銀の船 まだ遠い
 星の海 幾千の魔石の渦 まだ見えない
 星の記憶 永遠の空の彼方 いつかそこに
 星は見ている 星は知っている 愛しき世界
 私は ずっと 待ち続ける
 眠る 眠る 星の元で 夢に 沈む 貴方を 救い出すために 


 
 誰にも聞こえずとも、地球は子守歌を歌う。
 名前を得て、失った彼の為に―――――彼に捧げる、母の唄を。

 

 

 

 

 ―――――59番目の宇宙の滅亡まで、あと××××年。


―――――不死身の化け物が赤鎧の女騎士に出会うまで、あと五十以上と百年未満。

 

 

 

 


                                     第一章 完


                                    ―――――物語は第二章へ

 

 

 

 

 

 

―――――

☆後書きモドキ

 

 一章のネタは一年くらい前から浮かんでたはずでしたがまさかこんなに遅筆になるとは思わなかったです。
 だいたい二話くらいまでは一年前に書いたデータが残っており、今年に入ってから二話以降を書いたのですが、「だいたい内容薄っぺら(ひどい)だから二週間もあれば終わるべ!」と高をくくってましたが、実際は丸々一か月かかりましたアホか。
 別に急いで更新しているわけではないのですが、一章も完成していない状態でこの創作まともな創作(?)名乗れないよなということでなるべく早急に書きました。だから雑。そのうち書き直すかもしれません。
 二章以降は間違いなくスローリーな更新になるでしょう。のんびりやりたいというのもあるので。

 盛大なネタバレですが、一章はGAIAのメインキャラであり物語全体の裏主人公?であるフランシス(今作ではフゥ)の過去話です。
 まだ他の章にはほとんど手を付けていませんが、あらゆる章の物語にフランシスは関わってきていますので、彼の人格が恐ろしいくらい歪んでいたりゲスかったりするのはだいたい過去が原因、もしくは死ねないことに対する絶望心なので「そうかそうか君はそういう経歴があったから歪んだんだね。しかたがなくもなくもないかも」程度に思っていただけたら幸いです。
 
 ざっと序章→一章の内容をまとめると

 

 概念時代のフランシスが地球が好きになる→概念の仲間(イデアの民)から追放されて死にかけたところを地球に保護される→地球に保護されてからは一つの生命として生きる→西暦1400年代になってついに保護されフランシスは人間に成る(一章の始まり)→ランシスの里の人々に拾われて友達もできて五年間踊り子として幸せに暮らす→だけど里は敵に襲われて仲間全員死ぬ。自分が不死身であるということをこの時に知り絶望→絶望しつつもくじけず生きることを決意(ただし人格大崩壊)して、新大陸へと渡る(二章へ続く)

 

 みたいな感じです。ややこしい。
 正直序章と一章は導入部でもあるので、二章からもっと面白くできたらいいなと思っています。

 一章で一番好きなキャラはトクサです。
 後の各章にトクサによく似た性格のキャラが出てきたりするのはちょっとした伏線だったりします。

 あとフゥがリリアンナからもらった造花は薔薇を模したモノだったりします。

 一応フゥの人格大改変にも物語のすごい後半のほうの伏線だったりするのですがそれはもはや終章レベルにまで発展するので、ちゃんとつなげられるだろうか……頑張ります。 

 

 そんなわけで GAIA一章 望まれない世界と星の申し子 でした。

 ここまで読んでくださった方、これからも読んでやってもいいぜな方、ありがとうございます!

 

 

 

 

 

 

 

 

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