楽園には戻れない

 

 

※星カビwii前日譚のようなもの

  関係ないですがタイトルすごく気に入っています

 

―――――

 

 

 

―――――ずっとずっと、楽園で眠っていられたらよかったのに

―――――楽園は平和で、あんなにも輝いているというのに

―――――だけども楽園にいては、何も叶わない

―――――だから嘘つきは楽園から出て行った


―――――たった独りで

 

 

 ◆

 

 

 鳴り響くけたたましい警報音が癪に障った。
 どうして船などといったものにはサイレンがついているのだろうか。鬱陶しくてたまらない、今すぐ叩き壊してやりたい。
 そんな衝動にマホロアは無性に駆られたものの、警告を発する機器を止める余裕、ましてやぶち壊す余裕など一切なかった。
 やかましい音を少しでも遮断するために耳を塞ぎたいという欲求が湧き出るが、両手はコントロールパネルを操作することに忙しく、実行不能。
 船内のライトの内部の光源が警告色を放つ。
 そのため船の中は赤色に満ち溢れて、縁起でもないことになっている。
 うるさい音、眩しい明かり。
 その二つが神経を極限にまで張りつめているマホロアの集中力を妨害し、彼の焦りを誘う。
 
「ウルサイったらありゃしナイ!ローア、何とかしてヨ!」

 現在マホロアが手動で操縦している船―――――ローアに対して、運転手は憤りを全てぶつけるような大声で怒鳴った。
 返答はもちろん無い。
 伝説の天かける船は、何も語らないのだから。
 例えどのような状況でも、決して。 
 マホロアはもちろんそれをわかっている。
 だからこそ余計に忌々しく思ったのか、あからさまに大きな舌打ちを一つした。
 轟音、そして衝撃。
 先ほどからローアに連続して襲いくる、攻撃の嵐。
 相手は把握している。
 把握しているもなにも、こちらから戦いを挑んだのだから把握していないなどということは絶対に無い。
 外と中継が繋がっているモニターに大きく映っている、四つ首の炎を思わせる赤い体色の竜。
 その首うち一つは、黄金色に煌めいている豪華な王冠を被っている。美しいけれどもどことなく悍ましさを感じる冠を。
 王者の風格を惜しげもなく晒している竜が、マホロアの対戦相手。
 独りじゃとてもじゃないけれど勝ち目のない存在に、ローアと共に挑んでいるのだ。

「ク……ッ!」

 忙しく鼓動する心臓。
 額に浮かぶ汗。
 緊張と焦燥のせいで震える手。
 マホロアは揺らぐハニートパーズの瞳の焦点を必死に合わせて、画面の向こうのハルカンドラの守護神を鋭く睨みつける。
 船内からの眼光には気が付くわけないはずなのに、ランディアはマホロアと視線をぶつけたような気がした。
 とてつもない覇気と、意思を帯びた深い色をした瞳に、マホロアは竦みそうになる。

―――――勝てる確率ハ……予想では五分五分だったハズなのニ

 手元で淡い機械光をわずかに放出しているパネルをぎこちなく操りながら、マホロアは思考する。
 星屑の弾丸を発射し、弾幕を張りながら。
 展開されたローアの射撃攻撃は高火力を誇る。
 大地の溶岩の大河から立ち昇る煙が、空に厚い雲を掛けている。視界は相当悪い。
 そんな中、ランディアを取り巻くように弾が高速で突き進んでいく。
 普通ならばとても回避しにくい攻撃パターンのはずである。
 無論、マホロアはそれを狙っていた。
 
―――――ローアを使ってモ……駄目ナノ……?

 しかしそれをランディアはもろともしない。
 密度の濃い攻撃網を巧みな飛行で掻い潜り、こちらに向かって突撃してくる。
 迷うことなく、真っ直ぐに、惑うことなく、直線的に。
 頭に乗せているマスタークラウンを守る。ハルカンドラの統制を保つ。
 守護神は守るべき摂理の為に、それを崩そうとするマホロアとローアに容赦なく制裁をくだそうと飛んでくる。
 ランディアの口から吐き出された星型の光弾が、また一つローアに被弾する。
 威力ある一撃に、激しい振動が生じ、マホロアは半ばホログラムを表示しているコントロール台にしがみ付くような形で、それをやり過ごす。
 すでに戦いが始まってから一時間近く経過している。
 戦闘に慣れているランディアとは違って、マホロアは慣れてなどいない。
 運転する船がローアでなければとっくに負けていてもおかしくない相手に、すでにマホロアの心は折れかけて。
 だけどもまだ戦意を失せてなどいない、諦めてなどいない、と自分自身に言い聞かせるように、マホロアはぽきりと折れてしまいそうな心を何とかつなぎ止めていた。
 まだ、足掻いているのだ。限界寸前の精神力で、自我を押さえつけて。どれほど苦しくとも、立ち止まろうとせずに、もがいている。
 今、彼を動かしているのは己の野望。ただそれだけだった。  
 
―――――アタレ……!

 念じるように、祈るように、ローアに新たな攻撃を命じる。
 自動操縦機能も備わっているローアではあるが、このような激戦ではそんなものただの気休めでしかない。
 戦いというものは自分の目で見て、判断しなければならない。慎重に、的確に、冷静に、機械のように精密に。
 自分の命運、ローアの命運はマホロアに託されている。
   
―――――アタレ!

 一発でも大きな弾があたれば
 ランディアを充分ひるませることができる。
 そうすれば反撃などいくらでもとれる。 
 戦局はランディアのほうが優勢で、自分たちが押されているのはよくわかっている。
 だからこそ、反撃のチャンスをうかがうしかない!
 だけどもマホロアの指す一手は、どうしてもランディアにうまくとどかない。
 技をはずすたびに、どんどん追い込まれていく。 
 ランディアは強い―――――マホロアの想像以上に。 

「……!」

 ローアが損傷していくたびに、警鐘が激しくなる。
 マホロアの意識も、不安定になっていく。
 天かける船の動きが、被弾の回数に比例して悪くなっていく。
 追いつけない。
 狙われる。  
 まるでマホロアの戦法などとうに見切っていると主張するかのように、軽やかにランディアが迫ってくる。
 
―――――コ

 焦りと不安が重なって、最終的に彼の心に呼び起こされたものは
 
―――――コノ野郎……ッ!!

 どうしようもない憤怒だった。
 プライドを傷つけられたマホロアは、自分でも驚くほどの怒りを覚えていた。
 激情をキーボードに叩きつけ、ローアに指示を出す。怒りをランディアにぶつけるために。
 このさい、何でもやってやろうと思った。
 どんな卑怯な手でも、小狡い手でも、見っともない手でも、矮小で外道な手でも、なんだって実行してやろうとマホロアは誓うように決断する。
 ランディアさえ倒せば。ランディアさえ撃破すれば……!
 もうマホロアの脳内にはそれしかなかった。
 目的を果たすためには、この四つ首竜を倒すほか術は無い。
 だからこそ、立ち止まるわけにはいかない。
 がむしゃらにキーを叩く。
 ローアに電子信号の叫びを送る。
 もっともっと、速く。
 もっともっと、強く。
 お前はボクの船なんだから、ボクの命令に忠実に完璧に従え!と。
 そして、そこまでして、マホロアは戦慄した。 
 ローアの背後に―――――巨大な活火山が迫ってきていたのだ。
 ぶつかったらまずい。あの質量には絶対に耐えられない。マホロアは瞬時にそれを把握する。
 同時に、自分たちが絶望的な窮地に立たされたということを悟る。
 今現在交戦中であり、浮力を上げる余裕は皆無。
 これ以上は逃げ切れない。追い詰められてしまっている。
 詰み。
 チェックメイト。
 
―――――マスタークラウン……

 やけに、時間がゆっくりに感じられた。 
 マホロアの見るものすべてが、スローモーションになる。
 もちろんそれは錯覚であるが―――――走馬灯にも似ていた。
 脳裏に焼きついてはなれない、宇宙を支配しうる力を秘めた秘宝。
 自分が欲してやまない、焦がれてやまない、唯一の望み。
 それがもうすぐ傍にあるというのに―――――とどかない。

―――――こんなニ、近いノニ

 とどかない。
 それは、自分の望みが達成されないということを意味する。 

―――――ドウし、テ

 爆音がすぐ耳元で聞こえた。
 あまりの音の波に、鼓膜が破れたかと錯覚する。 
 マホロアの小さな体は爆風で吹っ飛ばされ、後方の壁に叩きつけられる。
 悲鳴さえ洩れない。
 大破損したローアの中に、外部の熱い空気と炎が侵入してくる。
 何かが割れる音、砕け散る音、壊れる音。雑音が耳障りなハーモニーを奏でる。
 マホロアの頬を熱風が撫でる。
 最大音量に達した警報音。
 それさえも、今のマホロアには遠かった。
 霞む視界に、ランディアの姿が映る。
 そして、自分は死ぬ、と悟った。
 抵抗しようにも、もうとっくに体は限界を迎えていた。
 戦闘と言う名の裁判に判決がくだされる。
 言わずともわかる―――――有罪。
 守護神によって、裁かれる。

「……ゥ…………」

 悔しい。
 悔しい、悔しい、悔しい、悔しい、悔しい。
 せっかく
 せっかくここまで来たというのに
 ここまでたどり着いたというのに
 駄目なのか
 無理なのか
 不可能だったのか
 ローアを手に入れて
 ここまでやってきたというのに
 全て意味の無い行為だったのか。

 怒りの感情のせいなのか、視界がやけに赤い。目の水分が飛んでしまいそうなほど熱い。
 せりあがってくる吐き気、苦痛が熱さにしか感じ取れない。
 まるで全身が炎そのものになってしまったかのような、感覚。  
 
―――――ボクの願いハ、叶ワナイ?  

 マホロアの表情が悲愴に染まっていくその刹那
 ピピピ、とチープな電子音がマホロアの耳に入った。
 マホロアの知らない音。
 ふと無意識に、残った力を振り絞ってモニターのほうを向く。
 砂嵐の画面に途切れ途切れ文字と数字の羅列。
 それはやがて一つの文になった。

『ワープホール 展開』

 直後―――――空間に穴が開いた。  
 黒と紫、闇色の光の粒を幻想的に振り撒く、あらゆる世界と空間を繋げる宇宙の裏道へと繋がる穴。
 ワープホール。
 異空間を移動するさいの、出入り口。
 ローアは―――――勝手にそれを作り出した。
 
「ェ……!?」

 驚愕に目を見開いたマホロアであったが、吸い込まれるような逆らえないエネルギーを身に受けて、目をぎゅっと瞑った。
 まるでブラックホールに突入していくかのような気分だった―――――もちろんそんなこと体験したこともないが。
 
「な、ンデ」

 マホロアの声は暴風にかき消され、誰にも受け止められずに空に吸い込まれていった。 
 流されるような奇妙な感覚。
 火山と闇が交わる光景。目を開ければそんなありえもしない風景。
 こんなにも不思議で、恐ろしい景色を目にしたのは―――――マホロアは初めてだった。
 底知れない闇に吸い込まれていく自分。
 初めて世界の本当の姿に触れてしまったばかりに、どうしようもなく無力な自分を思い知る。
 歪む次元。捩れる虚空。生み出しているのは紛れもなく、自分が乗っているローア。 
 心地良いとさえ思ってしまう浮遊感、無重力感。
 それはマホロアの脆い意識をたちまち攫った。マホロアは倒れ、気を失ってしまう。
 すぐさまランディアが後を追おうと翼を広げる。 
 だけどもローアの動きのほうが速かった。
 猛スピードで―――――マホロアを守るように、ローアは異空間ロードに飛び込んだ。 
 追撃にかかろうとしていたランディアは一歩間に合わず、ローアの入場を許した入口は光塵を散らして完全に消滅してしまう。
 ランディアはそれを見送ることしかできなかった。
 何も言わず―――――複雑そうな表情で、かつてこの地に封印されていた船の見えない軌跡を脳裏でなぞることしかできなかった。
  

  ◆

 

 

―――――楽園から一度足を踏み出したらもう二度と引き返せない

―――――嘘つきはもう後戻りできない


―――――じゃあ、天かける船は?

 

 

  ◆


 これは夢だったのかもしれない
 もしくは幻覚だったのかもしれない
 それとも幻想だったのか

 マホロアは、異空間を漂っていた。
 否、漂っているというよりは落ちていっていると言ったほうが正しいのかもしれない。
 濃い紫と深い闇色に満ち溢れた、世界の裏側。
 揺蕩う暗黒の海には大中小の幻想的な結晶が星のように浮かんでは流れてを繰り返している。
 時たま奇妙な姿をした色とりどりの鳥が、どこへともなく虚空を旅する。
 音は無い。ひたすらの静寂。 
 幾多もの結晶が不思議な光を放ち、空間に明かりを灯す。
 まるでここは宇宙だった。  
 銀河や太陽などは存在しないけれども、結晶が星屑や隕石を想起させる。
 マホロアはぼんやりと、それらを虚ろに見つめていた。
 水底に沈みゆくようにゆっくりと、自分が落下していることなど気にもせずに、夢現にただ壮大でどこか切なげな世界をその瞳で映していた。
 どこに落ちていくのだろうか。   
 結晶達が作り出す小規模な流星群の中、共に燃え尽きようと誘われているかのごとく、マホロアは引き寄せられていく。
 深い深い、暗黒へ。

―――――ココは、ドコ?

 ふいにそんな疑問が浮かんだが、すぐにどうでもよくなった。
 何故だか気分が良くて、心地良い。
 怖いくらい、穏やかな気持ちになれている。
 まるで、楽園みたいだ。
 マホロアはくすりと笑った。
 
 きらりきらりと特有の光沢で煌めいている結晶。
 ガラスのように澄んでいて、表面だけでも触れればあっという間に砕け散ってしまいそうな脆い印象。
 だけども巨大なものはマホロアの何十倍何百倍の大きさで、圧倒的な存在感を発している。
 幾つもの図形を重ねあわせたような形は、シャンデリアのように尖って見えて、ボールのように丸くもうかがえた。
 マホロアが自分が万華鏡の中に迷い込んでしまったかのような、錯覚を受けていた。

―――――ダッテ、全てが遠イ

 手を伸ばしてもとどかない、もどかしい思い。
 この世界はそれを体現したような場所なのだから。  
 全てが恐ろしく美しく、禍々しいほど綺麗で、でも決して手に入れることはできない。
 楽園のような空間は、感情に満ち溢れた空虚。
 ふわりふわりと落ちていく体。
 くるりくるりと回る意識。
 眠たくて、脱力感にも似た安らぎにずっと浸っていたくて、マホロアは目蓋を下した。
 永遠に夢に沈んでしまいたかった。溺れてしまいたかった。閉じこもってしまいたかった。
 このまま、ここで、永久に、独り――――― 

―――――……ア、レ?
 
 マホロアははっと再び目を開けた。
 きょとんとした表情で、果てしない闇空をいっぱい視界に取り込む。  
  
―――――ボク、ナニか、大切なコト、忘れてナイ?

 カタコトな口調で呟いてみる。
 クエスチョンマークを脳内で表示させて、
 何かとても大切なことを忘れてしまっている気がする。……気がする。
 何か重要なことが心の引き出しから抜け落ちてしまっているような、そんな気が。
 どうにもこうにも噛み合わない。思考が曖昧なせいで。 

―――――ボクは……

 ふと、視界の隅で黒い陰が横切った。
 それはマホロア目指して下降してくる。
 青と白を基調にした、どことなく神秘的な雰囲気のある―――――一隻の船。

―――――ロー、ア?

 本当はもっともっと大きかったような気がする。でも今、マホロアの目の前に現れたローアはとても小さく、マホロアとほぼ同じくらいの大きさ。
 淡い透明な光を纏って、マホロアの元に舞い降りる。 

―――――ネェ、ローア。ココはドコ?ボクは死んダノ?

 ローアは語らない。
 何も、口にしない。
 返事はなく、沈黙だけがそこに在った。
 結晶の光の河中で、綿毛のようにふわりふわりと、マホロアとローアは向き合ったまま落ちていく。
 流れはあっても進みのない時の中、夢も現もわからないまま。
 
―――――キミは……ナゼ…… 

 その時だった
 にわかにローアが眩しく輝きだしたのは。
 あっとマホロアが声を上げる間もなく、ローアは―――――内部から幾つもの歯車を放出した。
 歯車―――――エナジースフィア。
 ローアの動力源である、個々のパワーを秘めたエンジン。
 ミニチュアサイズのローアの体積に釣り合わない量のそれが、一斉に溢れ出ていく。 
 銀の光を帯びた、数多の部品。 
 まるで天の河のように広がって―――――空間を満たしていく。
 ばらばらになって、離れていく。
 それこそ、星のように。夢のように。

―――――!

 只ならぬ危機を察知し、マホロアは慌ててローアを引き寄せた。
 壊れていく天かける船を、ぎゅっと抱きしめる。守るように。
 立場を変えて。

―――――ダメ

 エナジースフィアは流れ出ていく。
 マホロアが止めようと思っても止められない。
 もう、手遅れだった。

―――――ダメ、ダメ、ダメダ!

 マホロアはぶんぶん身を振って、ローアに叫んだ。
 従者に命令を下す主人とは程遠く、駄々をこねる子供のような口調で、声を張り上げた。     
 この叫びまで、闇に飲まれてしまわぬようにと。

―――――キミはボクの船なんダ!ボクに残さレタ最後の切り札なんダ!こんなトコロで勝手に壊れるなんて絶対に許さナイ!

 あるはずのない機械の温もりに必死縋りつきながら、銀の光に飲み込まれていく。
 星の光ではなく、ローアの光。
 月の砂漠の砂のようにさらさらとした、繊細な煌めき。
 マホロアは包まれていく。ローアと共に。  
 流星は燃えて。燃えて。燃えて。不可視の命を燃やして。
 銀の炎がすべてを覆い尽くした時

 夢は燃え尽きた。 
 

 

 

 ◆

 

 

―――――天かける船は嘘つきを追いかけて、楽園を出て行った

―――――正しい選択だったのかは誰にもわからない

 

 

 

「―――――る……?…………聞こ……える……?……聞こえる?」

「!」

 聞き覚えの無い声に何度も呼ばれ、マホロアは意識を取り戻し、勢いよく跳び上がった。

「わぁっ!」

「うおっ!」

「!」

「わっ!」

 マホロアの周囲には四人の見覚えの無い人物がいて、マホロアの挙動に吃驚してしまったようだった。
 
「こ、ここハ……!」

 まだ朦朧としている意識を何とか覚まして、マホロアは驚きの表情で辺りを見回した。
 拡散力のある白色の船内―――――間違いなくローアの中である。
 しかし随分と激しく損傷しており、あちらこちらに破損した残骸が散らばっている。

―――――ボクは確かハルカンドラでランディアと戦ッテ……ソレデ……

 そこまで考えてはっと何かを思い出したマホロアは、弾かれるようにローアのシステム管理機器に向かった。
 幸いなことにパネル台やモニターは壊れておらず、何とか正常に機能しそうだった。
 恐る恐るローアの状態をチェックすると―――――案の定、最悪なことになっていた。

―――――パーツガ……!それにエナジースフィアモ……!

 モニターは嘘をつかない。
 ローアの現在状況は、それこそ最悪としか言いようがなかった。
 ローアに必要不可欠な五つのパーツ及び動力源であるエナジースフィアが、なくなっていたのだ。
 全て分離して、何処かに散らばってしまったのか、本当に何もかもが喪失していた。
 これではローアは動かない。
 今の天かける船は文字通り、空っぽなのだから。

―――――ソンナ……コンナコトッテ……!

 とてつもない喪失感に襲われながらも、内心では「ヤッパリ」と自分が諦めに近い感情を抱いていることに、マホロアは気づいていた。
 諦めと言うよりは、呆れのほうに近かったかもしれない。
 
―――――アレハ……夢じゃ、なかったノ?

 マホロアが見た夢。
 もしくは夢のような、現実。
 現実味のない空間を真っ逆さまに落ちていく自分を、壊れゆくローアが助けてくれた、幻のような光景。
  
―――――ボクは、生きテル。デモ……ローアハ…… 

 もしあれが夢だったとしても、ローアがマホロアを助けたのは紛れも無い事実である。
 マホロアは項垂れた。 
 胸内に湧き上がる感情に、猛烈な罪悪感を覚えながら。
 そこにマホロアの背中を軽く叩くもの。
 振り返ると、そこには四人の見知らぬ者達がいた。
 マホロアは記憶を少々巻き戻し、先ほどからいるということはおそらく気を失っている自分を心配してくれた存在なのだろうと、現在状況を把握した。
 そしてマホロアににこりと温かな笑顔を見せながら、桃色の少年は迷いなくこう言った。

「何か困ってることでもあるの?手伝うよ!」  

 マホロアは一瞬にして、策をたてた。
 一瞬にして策をたてることができるマホロアは、今だけは自身の捻くれた特技に感謝することにした。
 精密には程遠いけれども、希望のある策をたて―――――実行する。
 この策略に全てを懸けると、絶対にはずしたりはしないと、自分自身に誓って。
 何よりも―――――壊れたローアを再び起動させるには、この方法しか最善の手がないのだから。
 一大決心だった。
 もう、迷う暇なんてない。
 前に進むには―――――こうするしかない。

 マホロアは塗り重ねた余所行きの仮面のような微笑を浮かべて、できる限り印象の良い声音と口調で―――――彼らを騙し、利用する。
 真実も、真意も、本当も、何もかも隠して。

「実はネ……―――――」

 

 

 

 ◆

 


―――――もう後戻りはできない

 

 


「どうしてボクを助けタノ?」

 「絶対にパーツを見つけてくるからね!」と意気込んで出て行ったカービィたちを愛想よく送り出してから、マホロアはローアにそう問うた。
 策略の出だしは非常に良好だった。
 この調子でカービィたちが騙され続けてパーツを集めてくれれば、いずれはローアも元通りに動き出すことができるだろう。
 そして―――――ランディアにリベンジを挑めるだろう。
 もっとも、今度戦うのはマホロア達ではないが……。
 ローアが異空間ロードから墜落した場所は、ポップスターという星だった。
 ここで暮らすカービィ曰く、宇宙一平和な星。本来ならマホロアにとっては無縁の地。
 何の偶然か、ローアはここに落ちてしまったのである。
 ……否、偶然ではないかもしれないが。
 深い青空はどこまでも高く、優しげな風に乗って白色の雲が旅をしている。
 大地は豊かで、ローアが停まっているこの草原は広々としており、空気もよく澄んでいた。
 人が住める環境ではないハルカンドラの地とは全く真逆の―――――楽園のような地。
 マホロアはどことなく遠い眼差しで、慣れない地帯を一望する。 
 
「……ボクを置いて逃げればよかったノニ」

 命を救ってもらった相手に対してその態度、発言はどうなのかと思ってしまうが、マホロアは気にもしない。 
 喋ることができない船には、言い返すことも論じることもできない。
 マホロアは返事がこないことをとっくにわかりきっているので、特に腹を立てたりもしない。
 だけども、何故自分のことを助けたのかということだけは聞きたいのだろうか。返答を期待するようにそっとローアの滑らかな船体を手の平で撫でた。
 
「ボクを庇ったりしなケレバ、キミはこんなふうにならずにすんだノニ」

 ローアは異空間に逃げた。マホロアを守るために。
 ただでさえダメージが大きかったというのにも関わらず、ローアは少しでも安全な場所に逃げ込もうとした。
 ローアだけならばどの空間に移動してもそこまでの影響は受けないだろうが、生身のマホロアは例外である。 
 天かける船はそれを案じて―――――ここ、ポップスターを目指したのだろう。
 少しでもマホロアにとって安全である場所を選んで、自分のことを顧みずに。
 選択を絞ったローアは異空間を長時間移動し、自身の耐久に限界を迎え、そして壊れた。
 奇跡的に最重要のパーツはポップスターの各地に散らばったようだったが、エナジースフィアはどうなったのかまでは定かではない。 
 
「キミは……ボクにこき使わレル道を選んだといウノ?」

 ローアは答えない。
 「本当に、お人よしダネェキミも」と、マホロアは嘲笑にも似た小さな笑い声をあげた。

「これデ―――――ボク達は完全に、共犯者ダネ……お礼なんて言わなイヨ」

 ちっとも嬉しくなさそうに、マホロアは宣言した。
 涼しげな風が吹いて、マホロアのマントを揺らす。
 
「ボクはマダ、諦めてナイ。カービィたちを利用シテ、今度こそマスタークラウンを手に入レル」

 ダカラ

「ダカラ、キミも必要なんダヨ。こんなトコロで―――――壊れたままジャ、だめダ」

 凛とした響きで、ローアに言う。
 命じるように、誓いをたてるように。

「ローア―――――ボクと、宇宙の果てまでついてキテ」

 ボクの策ハ、キミがいないと成立しないんダカラ。
 
 了解も了承も、ローアには出す術がない。
 でも、答えなど―――――わかっていた。
 イエスだろうがノーだろうが、関係ない。
 自分たちは越えてはいけない境界を越えてしまった。
 異空間ロードを渡ったあの時から、後戻りなどできなくなっていた。  
 カービィのように、歪んでも穢れてもいない存在は―――――存在さえ明らかになっていない、空想の楽園にしっかりと足をつけている。
 マホロア達にはもう、それができない。
 宇宙の平和を乱そうと目論んで、取り返しがつかなくなった存在には、二度と。
 だから、マホロアはひたすら突き進むしかない。
 親切心なのか忠誠心なのか、後を追いかけてきてくれたローアと共に。
 目的地を目指して、悪意に塗れた道を歩むしか選択肢が残されていない。
 憎たらしいほど美しい蒼穹の下で、一人と一隻は見えない一歩を踏み出した。
 躊躇はない。


「ゴメンね。ローア」

 
 何故ならもう、楽園には引き返せないのだから。

 

 

 

 


 

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