涙の宇宙

 

※カービィ→マホロア気味かもしれません

 

 

―――――

 

 

〝なんだかマホロアは、空みたい!〟
 
 あれはいつのことだったろうか。
 星が良く似合う戦士に、そんなことを言われたのは。
 とても昔に言われたかのように、思い出すことができない。
 遠い遠い遥か昔―――――だけど、そんなに時間は過ぎていなかったような気がする。
 あまりはっきりと思考できないのは、とても眠いからだろうか。目を開けていること自体が億劫で、意識が朦朧としている。
 ふわふわと、無重力の世界を揺蕩っているかのような感覚。
 夢現で、現夢。聞こえる音色は子守歌を連想させて、余計に眠気を誘った。
 これが月の船で、月の揺り籠のように自分が横たって揺れているのならば、ロマンチックに見えるのだろうか。
 そんなくだらないことを夢想しては、目を閉じる。
 目裏には何も浮かばない。何も出てこない。何も無い。その先にも果てにも在るのは、暗闇の幕だけだった。
 心地良い眠りにつけそうだ。ぼんやりしながらそんなことを考えた。
 眠りにつく前の世界は、まるで誕生したばかりの宇宙のようだ。
 誰も知らない、誰にも見えない、誰にも触れられない―――――孤独で寂しい、世界のようだと。
 夢の中に意識が堕ちていく。
 星の光は、見えそうになかった。


「ボクはもう―――――空にはなれなイヨ」


◆ 

 

―――――これは、夢のような現実でいい。

「どうしてマホロアはいつもローアの中にいるの?」

 唐突に訊ねられ、マホロアはぎくりとしてしまう。
 メインモニター専用のキーボードを操る手も、それに呼応して震えた。

「ど、どうしてッテ……やだナァ、カービィ。ボクは付きっきりでローアの整備をしているだけダヨォ。キミ達が頑張ってパーツ集めをしてくれてるんだカラ、ボクだって頑張らないとねッテ」

 あまりにも急な質問だったためか、マホロアは戸惑いを隠しきれず、いつにも増してカタコトな喋り方になってしまう。
 しかし答え方に難があっただけで、答え自体は上出来で何の問題も無いはずだと、マホロアは自負していた。

「それにしたって、ずっとここにいるよね?」

「ナ、何かそれに問題デモ?」

 やけに突っかかってくるカービィが不確定要素にもほどがあり、マホロアはたじろいでしまう。

「ねぇマホロア。何かぼく達に隠してることあるんじゃない?」

 この言葉にどれほど恐ろしく、尚且つ冷たくマホロアの背筋が凍りついたことだろうか。
 
まさか、自分の計画を見抜かれてしまったのではないか。そんなバカな、こんなおバカさんにばれるわけがない。だけどばれないにしても、何か怪しまれているんじゃないのか?きっとカービィじゃなくてメタナイトあたりが察して、カービィを偵察として送ってきたのか……? 

 僅か数瞬の内にマホロアの脳内では怒涛のような不安や疑心が押し寄せては、対策や対抗方法を練り上げられていた。
 その流れは計算が速く、解析や分析にも非常に長けているコンピューターを連想させた。
 しかし当の本人は悟られないよう必死なので、褒めたところで余計に彼を困惑させるだけであろう。
 それほどまでに、マホロアは切羽詰まっているのだから。
 しかし次にカービィの口から出てきた言葉は、予想外のものであった。

「実はマホロアって、日焼けしちゃいけない体なんでしょ!」

「……ハ?」

 ひやけ……日焼け?
 目を丸くして驚くマホロアに構わず、カービィは続けた。

「デデデが言ってたよ!いつも顔を隠すような厚着をしてて、外にも出てこないってのは肌が弱いからだって!それって本当?」

「エッ?あ、違うヨォ!」

 反射的にそう答えてしまい、マホロアは数秒後に頭を抱えたくなる衝動を覚えることになる。
 もちろんデデデ大王の言ったことなど勘違いも甚だしいが、むしろ今の状況に置いては絶好の逃げ道であった。それなのにカービィの想像さえできなかった発言のせいで、思わず否定の返事をしてしまうなど、あまりにも誤算である。

「違うの?なんだそれならよかった。もしデデデが行ったことが本当なら、〝ぶーぶいカット〟とかいうのを手伝わなくちゃって思ってね」

「そ、それを言うなら〝UVカット〟ダヨ。というかポップスターにもそんな言葉が通じるんダネ……それにしてもなんダイ。ボクのこの格好は、ボクの故郷ハルカンドラに遥か昔から伝わる伝統的な衣装デ……」

「それじゃあなんで外に出てこないの?」

 お茶を濁しつつ話を逸らそうとしていたマホロアに、またもや到来する苦難だった。

「エ、エットそれは……」

 マホロアはぎこちない作り笑いを浮かべながらも、懸命にカービィの追究を打破しようと思考を張り巡らせ、咄嗟に思い付いたそれを口にした。  

「ボクみたいな余所者が、のこのこと外に出ちゃいけないんじゃないカナッテ」

 もっとも、マホロアの本心は一切そのようなことを思っていない。
 マホロアの目的はローアを直し、ハルカンドラへと戻り、あの憎きランディアを倒し、マスタークラウンを手に入れる。それだけしか眼中にない。
 こんな田舎の星で仲良く友達ごっこをし続ける余裕などないのだ。カービィやその仲間達に猫を被って擦り寄っているのも、全ては計画のための道順にすぎないのだから。
 嘘をつくことが悪いことならば、騙されるほうはもっと悪い。
 虚言と裏切りと打算の中で生きてきたマホロアにとって、それは残酷ながらも正当なる理論である。
 今まで騙し騙され、マホロアは力を手に入れるべくここまで這い上がってきたのだから。

「それは違うよ、マホロア」

 そんなことないよと、カービィは笑った。

「ポップスターにいる皆はね、余所者だからって君と仲良くしないとか、そんなことは絶対にしないよ―――――ぼくだって、最初は余所者だったんだよ」

「カービィも?」

「そうだよ。最初はずっと宇宙を旅していて、この星を見つけたんだ。どの星よりも一番眩しくて、きらきらしてた」

 楽しげに話しだすカービィに合わせて、マホロアは作業の手を止めた。
 カービィが余所者だろうがなんだろうが、特に興味は無かったけれど。 

「どんなに遠くからでもわかったよ。真っ暗な宇宙でも、すぐ傍で見守ってくれているような気がした。楽しい時も、悲しい時も、どんな時でも、あの星はぼくの中でずっと輝いてたんだ」

 つい昨日のことを語るように、カービィは活き活きとしていた。春空の瞳は夢を見るように澄んでいた。

「ぼくはポップスターを目指して飛んだ。辿り着いたら辿り着いたで、いろいろと大変なことが起きてたけど、ぼくが予想するよりもずっとここは素敵なところだったよ」

「そう、ナンダ」

「もしかしたらマホロアも、この星が綺麗だったから落っこちてきちゃったのかもね」

 元気いっぱいに笑うカービィを、マホロアは内心でひどく呆れて見ていた。
 
綺麗?綺麗だったから落っこちてきた?何をそんな戯言を。
ボクはただ、無我夢中でここにやってきただけで……。

「だからね、マホロア。余所者とかそんなの気にしちゃダメだよ。明日は明日の風が吹くし、今日は今日の風が吹くんだから、何も変なことじゃないんだよ!」

「キミの理論は、変な理論ダナァ。わかりにくくてたまらなイヨ」

「難しいことはよくわからないけどね―――――マホロアにはもっともっとポップスターを見てほしいなって!」

 苦笑するマホロアに明るい笑顔を向けるカービィは、屈託一つなかった。晴れ渡った空のように。

「なんだかマホロアは、空みたい!」 

 不意に、カービィがそんなことを言った。

「ポップスターの、空みたい!」

 その台詞をそっくりそのまま返したいと思ってしまった。
 マホロアにしては吃驚するほど、素直な反応だった。

……それは、キミのことなんじゃないカナ。カービィ。
 キミは空みたいに、のんびりしてて、お人よしで―――――。

―――――ああ、違う。
 キミは空ではなくて―――――。


「それなら、カービィは星ダネ」

「え?」

「ボク達皆を照ラス、希望の星ダヨ!」

 何でこんなことを言っているんだろう。取り繕いにしては、少々恥ずかしいものじゃないか?と、マホロアは心の中で狼狽えていた。どうして、こんな馬鹿みたいなことを。
 するとカービィは照れくさそうに笑って

「ありがとう!」

 惜しげもなくお礼の言葉をプレゼントするのだ。

「ぼくが星で、マホロアが空―――――いつか一緒に、星空を見に行きたいね!」

「……そうダネ」

「空だけじゃなくて、もっとたくさん!森も、海も、川も、山もたっくさん!ポップスターは広いから、一緒に見に行こうよ!」   

「ウン……―――――ローアが完成したラネ」

 絶えずメインモニターに表示されている残りパーツの数は、ほんの僅かだった。早ければ明日にでもローアは完全に完成することだろう。
 マホロアの悲願が達成される日も、すぐそこで待っている。

「そうだね。あと少しで完成だもんね。その時はマホロアの故郷にもいけるし……うん!楽しみ!」

「ココまで付き合ってくれて本当にアリガトウ、カービィ」
 

ボクに騙されてくれて、どうもアリガトウ。


「ありがとうはまだ早いよ!これからもよろしくね」
 

 心が揺るがないまま、全てが進むのならば。心が変わらなければ、心など無ければ、何も感じないまま全部終わってくれるのだろうか。


 結局、二人がポップスターの空を見上げる日は訪れなかった。

 

   ◆

 

「ネェ、カービィ―――――もしもキミがまだ世界にいるのナラ、今でもキミはボクのコトを〝空みたい〟って言ってくれるカナ」

 王冠を被ったマホロアは、眠るようにそんなことを呟いた。
 ここはひどく寂しい場所。
 輝く星も無ければ
 瞬く光も無く
 温かな熱も無ければ
 優しい幸せも無い。
 ここには何も無い。何も無い。無かった。存在しない。全ては無為だった。無謀で、無駄で、無情で、無い無いづくしの世界だった。

「それともモウ、キミは何も言ってくれないのカナ」
 
 そうだね。
 キミはもう、ボクが倒してしまったんだから。
 キミの仲間も
 キミの愛するものも
 キミが守りたかったもの全て
 キミが希望と言っていた星も
 何もかもボクが壊してしまったんだ。

 空色の服も、空色の船も、空色の世界も―――――全てが空っぽだ。
 本当に、本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に!

 何も残らない。

「空なんて最初から必要ないんダヨ。見上げるダケの空ナンテ、不必要だったンダ」

 今度はボクが、見下ろす存在になったんだから。

 マホロアは空ではない。
 王冠を被ったボクも、空ではない。そんな存在にはなれない。
 青ではない。どこまでも赤く、濁った赤で、世界を塗り替え染め変えるだけの存在に化す。
 晴れなければ曇らない
 雪も降らなければ
 雨も降らない

 

 だからボクは、泣いたりなんかしないんだ。

    
  
 

 

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