独りぼっちの願い

 

 

 

※星カビwiiの前日譚のようなもの

 

―――――

 

 

 誰かが苦しそうに息づいている。
 意識が覚醒してすぐに聞こえたその音は、ひどく弱っていてかすれていた。
 まだ完全には目覚めきれていない〝自分〟のぼやけた視界に、その小刻みな呼吸音の持ち主らしき人影がおぼろげに映った。
 真冬の雲一つ無い澄んだ空のような色をした、見たこともない不思議な衣装を纏った、少年の姿。
 少年と言っても小柄な体躯からでは年齢の認識がどうしても幼くなってしまう。
 本当は立派に成人した存在なのかもしれないけど、今の〝自分〟にはこの人物を外見からでは子供のようにしか捉えることができなかった。
 少年は〝自分〟に縋り付くようにして、倒れていた。
 〝自分〟は今、土だらけで泥に塗れているのだが、少年はまるでそんなこと気にもしていないようだった。
 よく見ると、すでに少年もどろどろのぐちゃぐちゃで、服もところどころ破れている。
 そして―――――少なからずの傷を負っていた。
 いったい、この少年はなんでここにきたのだろうか。
 こんなに深手を負って、疲弊してまで何のために?
 そんなことを思考していたら 


「やっと……見つけタ……」


 少年はぐったりとした体を無理に起こして、痛々しくしゃがれた声を発した。
 ここに来るまでの過酷な道、灼熱な熱地獄を越えてきたことによって喉がやられてしまったのだろう。
 元はきっと、もっと凛とした声音に違いあるまい。
 

「〝ローア〟……見つけ、タ」


 〝ローア〟。
 〝自分〟の名前を呼ぶものなど、まだこの世界にはいたのか。
 遠い昔に忘れ去られてしまったその名を、呼ぶものに巡り合えてしまった。
 どうやらこの少年は、〝自分〟……〝ローア〟を探しにここまでやってきたようだ。


「よか……ッタ。これ、デ……―――――」


 外套に隠れた顔が嬉しそうに微笑み―――――そのまま小さな身体はバランスを崩し、倒れた。
 慌てて〝自分〟は久しぶりに力を発揮して、意識を失った少年をふわりと浮かばせる。
 軽い。
 少年は、羽根のように軽かった。
 重さがほとんど感じられない。
 かなり衰弱している。
 このまま放っておけば死んでしまう。
 〝自分〟はこの者を見捨てる気にはなれなかった。
 一番の最善は、少年を連れて病院まで急いでいくことだろう。
 だけど〝主〟がいないこの状態では、〝自分〟は飛ぶことさえできない。
 ここには満足な治療道具もない。
 〝自分〟の中は長年整備もされていないので廃れており、ろくに機能さえしない。 
 力もそんなに長くは使用できない。
 〝自分〟はとりあえず、この状況でできる全てを実行することにした。
 少年をゆっくりと持ち上げて、ひとまずは甲板のなるべく綺麗なところに横たえる。
 そして、〝ローア〟の持つエネルギーを、少年に注ぐ。
 もしかしたら魔力を帯びた力は、少年の傷を癒してくれるかもしれない。
 そんなぶっつけ本番な行いをしながら、〝自分〟は祈った。
 
 ―――――死にませんように。

 ―――――どうか、この者が死にませんように
 
 その間に少年は深く目を瞑ったまま、譫言のように
 

「ローア。見つけタ」


 と呟き続けていた。

 

 

 ◆

 

 
 少年は、奇跡的に一命を取り留めた。
 これは本当に奇跡としか言いようのないことであった。
 少しずつ回復していった少年は―――――わずかな光しか差し込まない暗いこの地底に、〝自分〟の傍に居座り続けるようになった。
 少年の名前は〝マホロア〟と言った。 
 彼は彼方からの旅人であり、とてもとても遠い場所からやってきたと。
 初めは喉が怪我をしていてまともに喋れずにいたが、だんだんと、ぽつりぽつりと〝自分〟にそのことを話してくれた。
 もちろん―――――〝自分〟からマホロアに言葉を伝えることはできないけれども。
 〝自分〟は意思や感情を持ち、知的生命体と同じにものを考え、思考することができる。
 だけど、あくまで〝自分〟は船。
 いくら言葉として伝えたくても、伝えることができない。
 だからマホロアは一方的に語り、〝自分〟は一方的にそれを聞く。
 ただそれだけのことであった。
 マホロアは〝自分〟が何であるか、わかっているようだった。 
 〝心を持つ船〟であるということはもちろん、はるか昔にこの星―――――ハルカンドラで建造されたということも知っていた。
 それだけで、彼が只者ではないということが理解できた。
 おそらく―――――マホロアは〝自分〟が欲しいのであろう。
 〝天かける船ローア〟であるこの〝自分〟が。
 どんな理由で手に入れたいのかは、わからないけれども。


「ねェ、ローア」


 マホロアを助けてからもう何日過ぎただろうか、彼は一向にここから離れようとはしない。
 食べ物も飲み物も一切摂取せず、〝自分〟が力を与えなければ今にも死んでしまいそうな中、マホロアは喋ることをやめようとはしない。


「ボクはねェ。キミを手に入れるためにはるばるココにやってきたンダ」


 どこか虚ろな口調で、マホロアは操縦室の背もたれに体重を預けて、口を動かす。


「見つけたのはボクなんだカラ。キミはボクの船になるんだよネェ?」


 確かにそうだ。
 気の遠くなるような年月をここで繰り返しおくってきていた〝自分〟の持ち主など、いなかった。
 だから彼が願いそれを望むのならば、〝自分〟は彼の船となる。
 船は乗り手を選ばない。
 善人であろうが悪人であろうが、関係ない。
 所詮〝自分〟は乗物であり、〝主〟がいなければほとんど何もできない。
 彼には〝自分〟の〝主〟になる権利がある。
 

「助けてくれてありがトウ。ボク、あのまま死んじゃうかと思ったヨ」


 今も、〝自分〟が力の供給を取りやめれば、マホロアは簡単にあっさりと死ぬだろう。
 でもマホロアはそれを把握していながらも、怯える気配を見せない。
 
 まるで―――――いつ死んでもいい。
 そんな、どこか壊れた気配を、彼は纏っていたのだ。


「キミは―――――ボクを生かしてくれたんダネ。本当に、ありがトウ」


 マホロアは泣き笑いのような表情を浮かべて、〝自分〟にお礼を言ってくれた。
 お礼を言われたことはとても嬉しかったが、妙にその台詞に引っかかるものがあった。
 
「キミはもう、ボクの船。それでイイ?イイよネ?」


 自分自身に問いかけるようにマホロアは、唱える。
 

「ローア。キミはもうボクの船ダ。ボクに逆らわナイ。ボクのためだけに行動スル。ボクだけに忠実デ。ボクだけの船だヨ」


 こうして〝自分〟は晴れて、マホロアの所有物となった。 

 


 ◆
 

 
 マホロアはあれから、〝自分〟の修理にあたってくれた。
 彼は機械に非常に詳しいのか、慣れた手つきで整備を始める。
 
「ローア。ボクはネェ」


 プログラムを組みながら、マホロアは歌うように語りだす。


「ボクは根本的からひどいヤツなんダ」


 自虐に笑んで、キーボードをピアノを演奏するかのように滑らかに叩く。
 

「キミはボクのことを助けてくれたノニ、ボクはキミを道具として扱おうとしテル」


 知っていた。
 マホロアは己の心に秘めた野望の為に、〝自分〟を使おうとしている。
 そんなことはとっくにわかっていた。


「別に、コレはキミに対しての懺悔ってワケじゃあないヨ」


 改善されたシステム、ホログラムはそれに反応して映像を映し出す。


「だけどネ。口からこうやって吐かないト、ボクはパンクしちゃいそうになるンダ。おかしい話だけドネェ」


 マホロアは楽しそうに―――――悲しそうに笑って、作業をする。 

 〝自分〟はそれを、何もできずに見守る。

 

 やがて〝自分〟の中の問題は解決され、マホロアが実行さえすれば〝自分〟はもうどこにでも行けるくらいにまで復旧された。

 

 

  ◆

 


―――――ボクはネ、力が欲しいんダ。この宇宙をまるごとゼンブ手に入れられちゃうくらいの力がネ。欲しくて欲しくてたまらないンダ。でも、ボクには力なんてないし、情けないことに戦うことさえできナイ。だからキミを使って計画を進めようと思うんダ。ひどいヤツでしょ?恨んでくれてもいイヨ。呪ってくれてもイイ。だけどキミはもうボクの船。ボクは主でキミのご主人サマ。もう嫌でも逆らえないデショ?残念でシタ。いっそのこと最初に出会ったときに、ボクを見殺しにしておくべきだったネ。何もかも全部手遅れダヨ。キミはボクの命令通り動くしかないンだ。ソウ。それでいいんダヨ。キミがやりたくないことも問答無用でやらせルシ、こき使ウ。ボクは基本的にひどいヤツだからネ。そりゃあもう……死んでも治らないくらい、ネ。

 

 彼は、〝マスタークラウン〟を手に入れると言った。
 そのために、〝マスタークラウン〟を守護する四首竜ランディアを殺すと言った。
 どんな手を使ってでも、奪い取ると言った。
 
 手となり、足となり、ランディアを殺害するのは―――――彼ではなく〝自分〟である。

 〝自分〟がランディアを殺す。
 逆らうことなどできない。
 何故ならマホロアこそが、〝自分〟の〝主〟なのだから。

 

―――――拒否権はもちろんないヨ。ボクは冷たいやつだからサァ。自分以外のモノは利用できる道具としか思えなイシ、騙すモノとしか思えナイ。どうしよ~もなく、壊れちゃってるンダ。

 

 マホロアは、独りだった。
 きっとこれからも独りだろう。

 〝自分〟もまた、独りだった。
 きっとこれからは―――――彼のために利用される道具にすぎない、とるに足りないものになるのだろう。

 

―――――だカラ、ボクは自分以外のヤツを傷つけられルシ、嘘を吐いて悲しませることだってでキル。その気になれバ……

 

 〝コロスコトダッテデキル?〟

 

 マホロアは、自嘲的に高笑いをし―――――そして、泣きだした。
 それは母を求めて泣く子供のような泣き方ではなく、身を引き裂くような泣き方だった。
 
 彼は心を閉ざし続ける。
 感情を殺して、自分に有利な方向へと物事を進ませる。
 策士。
 虚言の策士。
 
 マホロアはもしかしたら、自分自身のことでさえ―――――〝道具〟として認識しているのかもしれない。

 そんな自分が恐ろしく、嫌でたまらないとばかりに、マホロアは泣き声さえもらさずに涙をこぼすのだ。
 
 寂しい。

 そんな感情が溢れ出てくる。

 
 〝自分〟もまた独りで、利用されるだけの者にしか過ぎないと思っていたから。
 そして、泣きじゃくる彼を抱きしめることさえできない〝自分〟を恥じた。

 

 だから―――――〝自分〟も泣いた。

 

 一人と一隻の独りぼっちは、決して交わることなく、孤独のまま慟哭する。

 

 ◆

 
 警戒せずに一気に吸いこめば肺が焼けてしまいそうになるほどの高温の大気が、その世界を満たしていた。
 荒々しい火山から等間隔で噴きだされる溶岩は、大地を真っ赤な海へと変貌させる。
 空は厚い雲に覆われ、雪のように火山灰をまき散らす。 
 生命が生きていくのには非常に困難な場所を、一隻の船が浮遊していた。
 水色をベースにした優しい配色の船。
 上等なオール、左右に付属された真っ白なウィング、雄々しく帆を張ったマスト、己の存在を主張するかのようなエムブレム。
 その姿は紛れもなく、この星の最高レベルの科学力を費やして作り出された飛行船―――――〝天かける船ローア〟であった。
 〝ローア〟の正面には、炎色の翼を大きく広げた四つ首ドラゴン―――――守護神ランディア。
 中央の竜の頭の上には、黄金色に輝く〝マスタークラウン〟があった。
 あれこそが―――――マホロアの求めるもの。
 いち早くマホロアの野望を察知したランディアは、それを止めようと立ちはだかってきている。
 この場合は、ランディアが善で―――――マホロアと〝ローア〟が悪だ。
 守護神は実に正当に、マホロア達を裁こうとしている。


「さァ、ローア……」

  
 操縦室に控えているマホロアが、ぽつりと合図を出す。
 躊躇などせず、遠慮などせず、容赦などせず。
 ―――――絶望などせずに。


「やレ」

 
 〝ローア〟は黙ってそれに従うまでだった。


 〝主〟の望むままに、〝自分〟は戦う。


 たとえそれが善であろうと悪であろうと―――――構わない。

 

 
 
 そして―――――濁って淀んでいる空に、二筋の閃光が弾けた。

 

 

 

 

 

        

 


          ―――――Next stage 【ポップスター】

 

 

 


 

 

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