祝福の鐘は鳴らない

 

※妄想捏造満載です

 

―――――

 

 チューンストリートに朝がやってくる。
 まだまだ眠っている人たちを優しく起こそうと、陽の光が温かく街に降り注いでいく。それはまるで一日の始まりを告げる挨拶のようでもあった。
 以前までは何も無いに等しかった街だが、今では多くの人々がやってきたり暮らしたりとかなり発展し、にぎやかになってきている。
 さすがに早朝では人気はほとんど無いが、そんな中で街道を疾走する二つの影があった。

「うう~さすがにこんな早くに起きるのはきついよぉ」

「でも朝日を浴びながらジョギングっていうのもなかなか乙じゃない?」

 ミミとニャミの二人は朝早くから道を駆けていた。
 小脇には大きめの肩掛け鞄を挟んでおり、布蓋のボタンが緩んでいるため今にも中身が溢れ出てしまいそうだった。  
「それはそうだけど……朝っぱらからいきなり電話かけてきたと思ったら〝今日の夕方からパーティするから招待状配ってこーい!〟だけ言ってそれきりのMZDもどうかと思うけど」

 不満げにぷんぷんと頬を膨らませるニャミに、ミミは苦笑した。

「まぁ神だから仕方がないよ」

「だよねー」

 ポップンワールドの神ことMZDから今朝突然かかってきた電話の内容に従って、ミミとニャミは大急ぎで用意された招待状(親切なのかどうかは不明だがMZDが前もって用意してくれていた)を街中の民家のポストに配っているのだ。
 郵便配達の者も吃驚するくらいのハードな任務(もとい頼まれごと)である。

「だけど、どうせなら派手にぱぱーっと配っちゃいたいよね」

 住宅街に連なる一軒家のポストにリズミカルに招待状を投函しながら、ニャミはミミに言った。

「ぱぱーって……ああ、チラシみたいに?」

「うん。招待状の数、明らかに多いし」

 そこでニャミは自身の鞄の中身をミミに見せる。
 確かにミミの言った通り招待状がたっぷり収まっている。掘り出せば幾らでも出てきそうだった。

「後で掃除大変そうだなぁ」

「皆が拾ってくれればそれに越したことはないよ!」

「そうだね!」

 妙な納得をしたミミが頷いて、ニャミは「よーしっ!」と意気込んだ。
 そして二人はそれぞれの鞄に手を突っ込んでは―――――

「それ―――――ッ!」

 豪快に宙に招待状をばら撒いた。
 花吹雪のように舞う招待状は風に乗って、多くの人々の元に導かれるように、様々な場所に流れていく。
 楽しげにはしゃぐ二人は、踊るようにくるくると回りながら再び駆け出していく。
 まだ車も人も走っていない街を、二人だけが笑顔で通っていく。

「Come on pop'n party!」

 さあ、街よ目覚めて!
 おはようの時間だよ!

 


 ◆

 
 時間は経過し―――――早くもお昼時。
 夕方まではあと数時間しかない。そんな刻である。

「ふ~……だいたい配り終わったかな?」

「結構走ったから疲れたね」

 丘の上でピクニック感覚でサンドイッチを食べながら、ミミとニャミは息をついた。
 街中を駆けまわり、おそらくほとんどの場所で招待状を配り終えたであろう二人には、さすがに疲労の色が窺えた。

「これでパーティには間に合いそうだね」

 お茶を飲みながらミミが安堵に顔をほころばせた瞬間だった。

「まぁ上出来の中の下ってところか?」

「うわぁ!?」

 突如ミミの目の前に人影が出現し、驚きのあまり水筒を手放してしまう。
 しかし水筒は落下することなく、不思議な影の手によってキャッチされた。

「おっす。早起きは三文の徳って言うけど、どうだったか?」

「え、MZD!いきなり出てこないでよ~ビックリしたじゃん」
 
「朝焼けの街は綺麗だったけど、実はけっこう眠いよ……」

 不敵な笑みを浮かべる少年―――――MZDは重力に逆らってふわふわと宙に浮かんでいた。
 足元から伸びる奇妙な不定形の影が、そっとミミの手に水筒を返した。

「影、ありがとう。で、どうしたの?招待状はちゃんと全部配り終えたよ?」

「途中盛大にばら撒いたりした割にはちゃんと配ってるよな。偉い偉い」

「見てたのね……」
 
「だけど、まだ一つ配っちゃいないところがあるぜ」

「え?」

 MZDの言葉が予想外だったのか、ミミとニャミは息ピッタリにはてなと首を傾げた。

「だって招待状は一枚も残ってないよ?」

「嘘こけ。よく見てみろよ」

 びしっとMZDがミミの鞄を指さすと、底の方に一枚だけ招待状が張り付いて残っていた。

「あ!こんなところに残ってたんだ」

「だけど回れる場所はニャミちゃんと私で全部回ったよ?」

「おいおいお前ら。街っていうのは日に日に新しい発見があるからこそ面白いんだろ」

 自信満々に胸を張って宣言するMZDに、やれやれと言いたげに二人はため息をついた。

「だったら神も最初から一緒に配るの手伝ってくれればよかったじゃん」

「俺だってやることあったから忙しかったんだよ。会場のセットとか新しい音楽の準備だとか」

「本番当日の朝にやるっていうのも結構アレだと思うけどね……。もっと計画的に行こうよ」

「ともかくあと一つ。あと一枚だ!そんじゃあ俺は支度に戻るからまた後でな―――――あ、ついでに貰いッ」

 その場から消えようとする直前にニャミが食べるはずであったサンドイッチを一切れ手に取り、それを咥えてピースサインを最後にMZDは魔法のようにかき消えた。

「あああぁ!私のサンドイッチ!最後の一枚だったのにィ!」

「ありゃりゃ。私の半分こしてあげるよ」

 悲鳴を上げて項垂れるニャミに、親切にもミミが親切にもサンドイッチを分けてあげた。

「ありがとうミミちゃん。まったく神ったら正体に関しては全部私たち任せなんだから」

「でもここまで来たならあと少しだよ。最後まで頑張ろ!」

「うん!よぉしお腹もいっぱいになったし元気も出た!午後も頑張るぞ―――――ん?」

 三口でサンドイッチを平らげたニャミが陽気に立ち上がったところで、何かを察知したのか目をぱちくりとさせた。
 
「どうかしたの?」

「……歌が聞こえる」

「歌?」

「ミミちゃんは聞こえる?」

 ニャミに促されて耳を澄ませると、彼女の言うとおり歌声が聞こえてきた。かなり遠くで歌われているせいか、微かにしか聞こえなかったが。

「うん、聞こえる。綺麗な声だね」

 女性らしい澄んだソプラノの声。ガラスのように繊細で、透明感のある声音だった。

「だけど―――――何だか悲しそう」

 美しい歌声は何故だか儚げで、胸を打つような悲しみが含まれていた。言葉で言い表すことが難しいほどの、悲愴な感情がそこには籠っている。

「こんな歌を歌う人、私知らないよ」

「私も―――――もしかしてこの人がMZDが言っていた配ってない最後の一つ?」

「かもね。それじゃあ早速行ってみよう!」

「おー!」

 ミミとニャミは歌が聞こえる方向へと歩き出した。
 街の全景はだいたい把握しているものの、日に日に進化していく街の道を完全に頭に叩きこめているわけではない。
 歌が聞こえてくるのはかなり入り組んだ道の先だった。

「この辺りってあんまり詳しくないから迷っちゃいそうだよ」

「あ、でももう少しで抜けられそう」

 二人は慎重に歌声を辿って進み―――――ようやく目的地らしき場所へと到着した。

「ここは―――――教会?」

 そこで二人を待っていたのは古びた教会だった。
 人気は全く無く、昼だというのにうすら寒い気配を感じる。
 
「こんなところあったっけ。人なんているかな……?」

「でも歌声はこの中から聞こえるよ」

 間違いなく教会の中から歌は絶えず聞こえてきている。
 二人は少しばかり緊張しながらも、僅かばかり開いている教会の厚い扉に手を掛けて開いた。
 教会内は埃っぽく、木製の長椅子も痛んでいたり窓ガラスは粉々に割れていたりととてもじゃないが式や典礼が行えそうになかった。色あせたステンドグラスや大きなステージがあることから、昔はかなり立派な建物だったのであろう。
 そんな中に非常に奇異な存在がいた。
 永遠の愛の誓いをするべき場所で、一人の女性が歌いながら佇んでいた。
 ボロボロにほつれたウェディングドレスに黒ずんだブーケ。肌はひどく乾燥しているのか土気色。ブロンドの名残を残した髪も錆びついてしまったかのようで、精気をまるで感じさせない。墓地からそのまま這い出てきたと言っても納得できるほどの容姿だった。
 そんな体の喉奥から零れ出る歌声はやはり美しく、異様ではあったが惹きこまれるものがあった。
 彼女の姿に驚きつつもこっそり教会内に忍び込もうと一歩を踏み出したところで、ぱきりと甲高い音が足元から生じた。

「わっ!」

 誤ってミミがガラス片の一部を踏んでしまい、思わず声を上げてしまう。
 ぎょっとしたニャミも飛び退り、パキパキと破片が砕ける音が連続した。

 歌が、止む。

「―――――誰?」

 美しい歌声をそのまま閉じ込めたかのような声質で、新婦姿の女性はミミとニャミのほうを向いた。
 ボロ布同然のベールに隠れてしまっているため目元は確認できないが、どこか嬉しそうに―――――何かをずっと待ち望んでいたかのように期待に溢れた表情をしていた。 
 だけどもミミとニャミの二人の姿を見た瞬間に、その表情は寂しげなものに変わっていった。

「えっと、もしかして邪魔しちゃったかな?」

 足元のガラス片に少なからずの恨みを持ちつつ、ミミは女性に尋ねた。
 
「そんなことないわ。でも、ここに誰かが来るのは本当に久しぶりだったから少し驚いたわ」

 温厚で友好的な様子に安心したのか、靴裏にこびり付いたガラスの残骸を払いながらミミは笑った。

「私はミミ。それでこっちは」

「ニャミだよ!」

「ミミとニャミね。私は―――――デボラ」

 デボラと名乗った女性はにこりと口元に笑みを浮かべた。

「綺麗な歌声が聞こえてくるから誰かと思ったけど、デボラだったんだね」

「私の歌声。ちゃんと外まで聞こえた?」

「うん。すごくよかったよ!」

「それならよかった。ありがとう」

 何らかの不安が払拭できたのか、デボラはカサカサの手で胸を撫で下ろした。

「デボラはここで何をしているの?」

「あの人を待っているの」

「あの人?」

「そう。私はこの教会であの人と結婚するの……」

 幸せそうに語るデボラに、ミミとニャミは顔を見合わせて怪訝そうに眉をひそめた。
 みずぼらしいウェディングドレスを纏った継ぎ接ぎだらけの花嫁。古びた教会。結婚式が行えそうには到底見えない。

「あの人ってデボラのお婿さんだよね?今どこにいるの?」

 ニャミがそう訊ねると、デボラは悲しそうに

「わからないの……でも、あの人は必ずここに来てくれるわ。私を迎えに来てくれるって信じているの」

 デボラの言葉が嘘とは思えない。
 これは何かおかしいぞと思い、ミミとニャミは浮かび上がる疑問に頭を悩ませた。

「あの人は私に囁いてくれたの。世界で一番愛していると。この教会で式をあげて、一緒に幸せに暮らそうと約束したの」

 屈託一つない笑顔は、この世には何の苦しみがないと信じているかのように無垢なものであった。
 何かを思いついたのかミミはニャミに小声で何かを伝え、ニャミはそれに応じた。 

「ちょっとごめんねデボラ。すぐ戻ってくるから」

「?……ええ」

 きょとんとするデボラをひとまずはおいて、二人は教会の外へ走り出た。
 そしてそのまま裏の墓地に向かい、ひたすら一つ一つの墓石を確認し始めた。
 ほぼ廃墟に等しい墓地に立つ墓は少なく、そう掛からずに二人は探していた墓を見つけ出すことができた。 
 それはあまり嬉しいものではなかったけれども。 

「……ミミちゃん」

「……ニャミちゃん」

 困ったようにお互いの名前を呼んで、再度目的の墓に目を落とす。
 年期を感じさせる十字架には花一つ添えられておらず、長年誰も墓参りをしに来てくれていないということが一目瞭然だった。

「……どうしよう」

 墓石に彫られた名前は

『DEBORAH』

 絶句する他なかった。

 

 

 ◆


 

 ポップンパーティには世界各地から様々な者達がやってくる。
 一般人から才人。もしくは異能力者や異形者まで幅広く制限がない。
 そんな中でミミとニャミは、〝死〟を経験しつつもこの世に形を残している者の何人かと面識がある。
 例えば人形製作に没頭する変わり者の幽霊紳士だったり、ゴスロリファッションを好むB級ホラー映画の女優のゾンビであったりと、〝死〟を体験しても尚現世で活動できている該当者は確かにいる。
 奇妙なことにそのような経験を積んでいる者の大半はかなりドライであり、あまり過去に執着している様子がない。実際にどうなのかは定かではないが、ミミとニャミが知る限りでは未だかつてそのようなエピソードはほとんどなかった。
 だけども今回のパターンはそれとは全くの真逆である。
 何故なら―――――一度死に、そして死から蘇りゾンビになったということをまるで自覚できてないという厄介なパターンなのだから。

「地縛霊的な感じなのかな……未練があり過ぎて復活して、成仏どころか自分が死んじゃってることに気がついていないってやつ……」

「ごめんミミちゃん私あんまりオカルトとか詳しくないから……ジズあたりが詳しそうだけど今呼ぶわけにはいかないし……」

「二人ともどうかしたの?」

「う、ううん」

「何でもないよ」

 場面は変わり、再び教会の中。
 久しぶりの尋ね人が嬉しいのか、デボラは上機嫌であった。
 それとは反対にミミとニャミは困惑してしまっていた。
 
「貴女達は不思議ね。そんな恰好をした人、私初めて見たもの」

 くすくすと笑うデボラに対して、ミミとニャミの心は重かった。
 彼女がどれほどの長い年月をここで過ごしたか。いつまでたっても一向に迎えに来ない花婿をどのくらい待ち続けたのか、想像さえできなかった。

―――――まさか、いきなりデボラに〝貴女はもう死んでて、ゾンビなんだよ〟とは言えないし……。

―――――気の毒だけど、たぶん……花婿さんは迎えに来ないよともいえないし……。
 
 う~んと内心で唸る二人であったのか、唐突に何か閃いたのか「そうだ!」とミミが勢いよく顔を上げた。

「どうかしたの?ミミ」

「あのねデボラ。私達今日の夕方からパーティをするの!」

「パーティ?」

「そう!この街の人達をたっくさん集めて、皆でわいわいがやがや楽しいパーティをするんだよ!―――――よかったらデボラも一緒に行かない?」

「私?でも……いいの?」

「全然かまわないよ!むしろ人が多いほうが盛り上がるしね」

 ミミの誘いに心を惹かれるも、急に思い出したかのようにデボラは顔を曇らせて首を横に振った。

「ごめんなさい。とても楽しそうだけれど、私は行けないわ」

「どうして?」

「私はここであの人を待っていないといけないから……」

「今晩だけだし、少しくらいはいいんじゃない?」

「駄目よ。もしもあの人が私がいない間にここに来てしまったら、きっとあの人とても悲しむわ」

 どうやらデボラは梃子でもここから離れないつもりらしい。
 おそらくは肉体が完全に朽ち果てるまで、永遠に待ち続けるつもりだろう。

「折角の誘いなのに、ごめんなさい」
 
 デボラが俯いたところで、ふわりとすぐ傍に現れる者があった。

「いつまでもここにいても何も楽しくないだろ」

「わっ!MZDいつの間に!?」

「さっきの歌声、すごいよかったぜ?あんなに良いアリアが歌えるやつを放っておくわけにはいかないな」 
 
 突如として出現したMZDに動揺しながらも、デボラは「だけど……」と目を逸らした。

「だけどもへったくれもない。もうパーティまで時間がないんだ―――――荒っぽいけどこれも一興だろ!」

 にやりと笑いながら、MZDは問答無用でデボラの体を持ち上げた。言うならばお姫様抱っこである。
 デボラのほうが若干MZDよりも背が高いが、骨と皮と申し訳程度の肉しかないゾンビの為非常に体重が軽く、問題は無かった。

「おー」

「やるー」

 神ならやりかねないなという具合で、ミミとニャミは肩を竦めた。

「な、なに……!?」

 一気に視点が高くなり、デボラは仰天してか細い悲鳴を上げる。

「よーしそのままレッツゴーだ!」

 掛け声とともに走り出すMZDに、ミミとニャミも続く。

「や、やめて!離して!い……いやッ!」

 デボラは必死で抵抗するけれども長らくそのような体の使い方をしていなかったせいか、攻撃力なるものは皆無だった。哀れデボラはそのまま強引に連れられていく。本当に久しぶりの太陽の光や風の感覚に怯えながらも、MZDにしがみつく他選択肢がない。
 街を駆けていく彼ら彼女らの姿は実に違和感に溢れるもので、花嫁を誘拐している集団のようにさえ見えた。

「あの人が迎えに来てくれるのよ!お願いだから離して!」

「大丈夫だ。何も問題ないぜ」

「何を言っているの!あの人はあそこに私を迎えに……!」

 狼狽するデボラに対して、相変わらずMZDは余裕綽々だった。

「今から行くトコロ、もしかしたらお前の旦那さんとやらもいるかもしれないぜ?」

「!」

「まぁとにかく掴まってな」

「神ったら、女の人の扱いがなってないよ~」

「もっとこう優しくさ……」

「うるさいぞお前ら。俺を誰だと思ってる」

「神だから仕方がないか~」

「おいったら」

 愉快な会話を繰り広げるミミ達を困ったように見つめながらも、デボラはMZDの言葉が本当ならと、不安の中で僅かな期待に胸を躍らせた。
 空はすでに茜色に染まっており、眩しくも穏やかな夕焼けをベール越しに目を細めながら、ゾンビの花嫁は黙って眺めるのだった。

 

 ◆

 

 パーティ会場にはすでにたくさんの者達が集まっていた。 
 遅れてきたMZDにブーイングを浴びせる者もいたが、気にもせずにMZDはお得意のDJになりきって数多の音楽を流し始めた。
 一つ一つの音楽が宝石のように煌めいており、空間を彩りだしていた。
 それに合わせてパーティ参加者は踊ったり歌ったりと楽しげに騒ぎ出す。それさえも一つの音楽となって、溢れ出てくるメロディの粒がリズミカルに弾けた。 

「すごい……」

 初めてのパーティにデボラは驚きと感動を覚え、はしゃぐ人々をきょろきょろと忙しく見ていた。
 ミミとニャミはそんなデボラの隣でパーティの会場を眺めながら、満足そうに笑んだ。 

「でしょ!ポップンパーティはいろんな世界のいろんな人たちが来るんだよ!今回はこの街だけだけど、それでもすごいでしょ?」

「すごいわ……!こんなにすごいお祭りを見るのは初めて!」

「あはは……お祭りじゃないけどね」

「だけど、ここにはあの人はいないみたい……」

 しょんぼりと肩を落としたデボラであったが、何の前触れもなく彼女の目の前に小さめの影が音もなく登場した。
 MZDと同じ姿をした影はニヒルな笑みを作る。

『これからもパーティはやるからお前も来いよな!早くお前の歌声を皆に聞かせてやりたいんだ』 

「でも、私はあの人を……」

『パーティに来るやつらは毎回違うし、それに―――――こんなに大賑わいなら教会に来た旦那さんとやらも絶対に気づくぜ!』
 
「!」

「そうだよデボラ!たくさんの人が来るんだから、旦那さんのことを知ってる人がいるかもしれないよ」

「それに、あそこにずっと独りきりなんてつまらないよ!」

 ミミとニャミもMZDに便乗して説得してくる。
 デボラはしばしの間黙して考えたが、やがてはにこりと可憐な笑顔を見せてくれた。

「ありがとう。そうね……あの人を待つだけじゃなくて、こうして探すのも悪くないかもしれないわね」

 ありがとう。
 何度もお礼の言葉を繰り返すデボラの姿は、いつしか生前の姿を映しだしていた。
 湖の水面を連想させる青色の瞳に、流れるような眩い金髪。雪のように白く、羽衣のように柔らかなウェディングドレス。桃色がかった赤色の薔薇のブーケを手に、彼女は微笑んでいた。
 時が止まったかのような錯覚を覚えてしまうほどの、息を呑むような美しさで。
 ふと気づけばデボラは元のゾンビの姿に戻っていた。
 あの日の在りし日の思いのまま、姿形が変わっても尚―――――彼女の思いは不変的で、たまらなく美しかった。

「……綺麗な花嫁さんだったんだね」

「MZDもしかして見惚れてた?」

「バッカ。こういうのは見惚れちまうもんだろ」

 当の本人に聞こえないよう小さな声でこそこそと、三人は笑い合った。
 
 早くも街は夜に包まれていく。
 今宵のパーティはいつも以上に長くなり、一層盛り上がることだろう。
 永遠に終わらない宴のように。
 

 

 ◆

 


「今日は不思議なことばかり起こる日だったわ」

 教会に戻ったデボラは、星明りを頼りに大きな十字架の前で幸福そうな笑顔を浮かべていた。

「たくさんの友達ができたし、たくさんの音楽を聞けたわ。とても楽しいパーティだったの」

 そっと十字架に寄り添い、愛しい人に身を任せるようにそのまま板床に膝をついて目を閉じた。
 
「貴方にも見せてあげたかったわ―――――早く、私を迎えに来て……」

 平和で豊かで愉快な街の片隅に、今は使われていない古びた教会がある。 
 その中では覚めない夢に安らかに溺れるように、死者の花嫁は花婿の迎えを直向きに待ち続けているという。
 
 不気味で薄暗い教会だけれども。
 二人を祝福するチャペルの鐘は永遠に鳴らないけれども。
 時折思い出したように彼女の歌声と、新しい友人たちの話し声が聞こえてくるという。


 

 

 

 

 

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