糸電話

 

※カビマホっぽいです

 

―――――

 

  

 

 

 

―――――君はとっても不思議

―――――笑ったかと思ったら実は笑ってなくて にこにこ笑顔を張り付けてる

―――――楽しい君は全て嘘で 悲しい刃を幾つも携えて そして突き刺さっていた

―――――ふんわりふわふわ 風船のように いつか空の彼方に消えて 割れてしまいそうで

―――――君とよく似た 空の色 君をどうか連れて行かないでなんて 願う 

―――――誰かさんは知ってる 君の〝優しさ〟 忘れないで

 

 ♦


「はい。マホロア」

「……?」

 ローア内の壁にホログラムのように表示されている巨大なメインモニターと向き合いながら、真っ白なキーボードを慣れた手つきで操作していたマホロアであったが、唐突にその作業を停止させられる。
 何故なら急にどこからともなく入ってきたカービィに何かを半ば強引に渡され、片手が塞がってしまったからである。

「?」

 怪訝そうにマホロアは手渡されたそれをまじまじと凝視する。
 キーボードとほとんど同じ色をした白色の紙コップ。お手頃サイズ及び重さゆえにとても軽く、握力を込めればすぐにぐしゃりと潰れてしまうであろう。耐久性のあまりない薄い素材で形作られ、底板替わりである厚めの振動板が入った使い捨てのコップ。
 一目瞭然で紙コップとわかるそれの底部分からは、何やら凧糸のようなものが伸びていた。
 糸はマホロアの背丈よりもずっと長いようで、マホロアから数センチ離れた地点の床でとぐろを巻くように幾重にも糸が円を描いて落ちていた。
 糸先を追うと、目の前に立つカービィのほうに糸が伸びていることがわかった。
 不思議なことにカービィの手にもマホロアと全く同じ種類の紙コップがあり、それの底部分に糸の終着点があった。
 長い凧糸がマホロアとカービィのそれぞれが手にしている紙コップを繋いでいる。
 マホロアにはこれが一体どのようなアイテムでどのような用途を持つのか、さっぱりわからなかった。
 初めて目にする未知なるものに多少の興味はあったけれども、いかにもチープなこの道具が何かの役にたつのか。そのような疑問ばかりがふつふつと湧き上がってきていた。

「何コレ?」

 マホロアの問いかけにカービィは大いに驚いたのか、えっと声をあげた。

「マホロア知らないの?」

「こんなモノ、一度だって見たことがなイヨ?カービィこれはいったい何ダイ?いきなり渡されテモ正しい使い方がわからなクチャボクには何もできなイヨ」

 意外そうに目をパチクリさせてから、カービィは今自分が手に持っている糸電話をマホロアに自慢するように見せた。
 やはりマホロアにはそれが、両端に紙コップが付属している長い凧糸にしか思えなかった。
 ……振り回したところで武器には到底にならなさそうだなぁと思考していたところで、予想外の答えを耳にした。

「これは〝糸電話〟だよ」  
 
「糸、電話?」

 これが電話?と言いたげな表情で、マホロアは再度手元の紙コップに目を落とした。
 マホロアが知っている電話とは程遠い形態をしているそれを、カービィは確かに〝糸電話〟と言った。
 糸電話。
 糸で繋がった簡素な電話。 
 誰中でも作れてしまえそうな、電気のいらない電話。
 にわかに信じがたい話であったが、これが電話であると明かされたことによってマホロアはすぐにこれの原理を理解した。
 張力や空気の振動を利用したもの。
 なるほど。自分が知らなかったわけだ。
 こんなものは目にしたことも触れたことも、聞いたことさえなかったのだから。
 今までの人生のほとんどを最先端の科学技術の中で過ごしていたマホロアからしたら、〝糸電話〟は原始的なものにさえ見えてしまう。
 彼にとっての電話は、もはや糸自体引かれていないのだから。
 始めて目にした〝糸電話〟はひどく軽く、一度足りとも触ったことがないというのにどこか懐かしい感触がした。

「カービィが作ったのカイ?」

「ちょっとワドルディに手伝ってもらったけどね!あのね使い方はね……」

「こうやって耳に当てて声を聞くんデショ?」

 はしゃぐカービィの前で、マホロアは紙コップを耳元に当てた。
 すると星の戦士は大げさに頷いた。

「そうそう!喋るときは口に当ててね!」

「ソレデ、何でこれをボクに渡しタノ?キミとは近くにいるから直接話せるじゃナイカ」
 
「へへへ~たまにはいいでしょ?それじゃあちゃんと持っててねー!」

「ちょ……ボク作業中だったんだケド……」

 止める間もなくカービィはあっという間に隣の部屋に移動してしまい、マホロアの視界から外れてしまう。
 必然的にカービィが進む方向に糸が伸び、やがて限界を迎えたのかピンと真っ直ぐに張られた。
 まるでサーカスの綱渡りのさいに使用するロープを想起させる。
 もっともここを渡るのは獣でもなければ人でもなく、音である。

「まったくモウ……」

 呆れの溜息をついてから、ひとまずはカービィの遊びに付き合ってやろうと、マホロアはその場に座り込んだ。
 長い間作業に没頭していたのでちょうどいい。ついでに休憩しよう。
 とりあえずマホロアは耳元に当てた紙コップが声を運んでくるのを耳を澄ませて待った。
 
『もしもしッ!』

 僅か3秒ほどで想像以上にボリュームのある声が流れ、マホロアは仰天して跳び上がりかけた。

「ウルサイッ!ボクの鼓膜を破壊する気!?」

 キンキンする耳を押さえながら、苛立ちに任せてマホロアは糸先のカービィに怒鳴った。……先ほどのカービィの声よりも大きかったかもしれない。

『あーごめんごめん。ちゃんと聞こえてるかどうか心配で』

「ウン聞こえた聞こエタ。鼓膜が悲鳴を上げてるよおかげさまデ」

『それならよかった』

「全然よくないケド」

 まぁカービィらしいと言えばカービィらしいなと、マホロアは息を吐いた。
 この時マホロアは少々感動を覚えていた。
 〝糸電話〟。ちゃんとカービィの声が聞こえた。自分の声が届いている。
 初めての経験だったからこそ、余計に新鮮味と小さな喜びがあった。

『初めての糸電話。どんな感じ?』

「ちゃんと声は聞こえるし届くケド、やっぱり普通の電話と比べたらチャッチイ」

『むー。そうかなぁ?プププランドの電話に負けないくらいの良さがあると思うんだけど』

「キミ達の星は本当に田舎で技術の進歩が全然最新鋭のほうに追いついてないカラ、そう錯覚するだけダヨ」

『でも、これからマホロアがこの星をもっともっと良くしてくれるんでしょ?』

 カービィの言葉に、マホロアは目を丸くしてしまう。
 マホロア―――――青色の衣を着た旅人がこの星にやってきてから早くも数年の月日が過ぎた。
 最初は世界を我が物にするためにこの星を一番に支配しようとしたけれども、星の戦士達との激闘の末にしばし行方をくらましたが無事に一命を取り留め、今は改心してポップスターの一員として平和に暮らしている。
 最近の彼は自分の持っている機械に関しての豊富な知識や技術を活用して、テーマパークを作ったり新たなものを開発したりと、ポップスターの人々の暮らしを豊かにするためにそちら分野で多大な貢献を果たしている。
 かつて犯してしまった過ちを償うように、少しでもポップスターを良くするためにも、彼は彼なりに行動をしていた。
 星をもっともっと良くする。
 そう。それは彼にとっては目標であり、生きがいの一つでさえあった。
 それほど―――――この星を愛してしまったのだから。
 
「もちろんダヨォ。無論今だって田舎者なキミたちにこのボクが直々に素晴らしい技術を提供してあげてるんだカラ、この星はモットモットモーット良くなるはずダヨ」

 昔の自分らしくないことを言っているけれども、不思議と悪い気分ではなかった。
 少しばかり鼻高々に胸を張るマホロアに、カービィはぷっと吹きだした。
 糸がふるふると震えていることから、カービィがかなり盛大に笑っているのが明らかであった。

「ナ、何がおかしいんダイ?」

『だってマホロアからそんなことがきけるだなんて、おかしくって』

「失礼ダナァ!元はと言えばお人よしのキミがボクがここにいることを許してくれたんだカラ!」

『ぷぷぷ……それでもマホロア、変わったなぁって思って』

「……変わったと言ウカ、キミたちに変えられたって言ったほうガ、正しいと思ウヨ」

 あの時彼らに会わなければ、マホロアは今も変われていなかっただろう。
 いつまでも嘘つきのまま、嘘を吐いて生き続けていたに違いない。
 そのまま永遠に死ぬまで、自分の心さえ見失って、〝本当〟に置いて行かれて、深い闇の中へと意識を沈ませていたことだろう。
 それはそれは想像したくもない、恐ろしいことで。悍ましいことで。悲しいことだった。

『前までのキミはもっとなんかね……掴みどころがないというか、いつもにこにこしてたね!』

「そりゃあそうダヨ。作り笑いなんだカラ」

『今はちゃんと、本当に笑えてる?』

 カービィにそう尋ねられ、マホロアは一拍おいてから

「そうじゃなかったら、ボクは今頃とっくにこの星から出て行ってルヨ」

 ほんの少しだけ表情をほころばせて、笑った。
 今のマホロアの顔をカービィは確認できないが、充分に伝わったのだろう。
 安心したように嬉々とした声で

『よかった』

 とだけ言った。

「ホンットーにキミもお人よしだヨネェ。こんな嘘つきペテン師なんて放っておけばよかったノニ」

 自虐的な色を漂わせてマホロアはケラケラと笑う。

『うん。たぶんぼくはお人よしなんだよ。君のことを放っておくだなんて、絶対にできなかった』

「……ドウシテ?」

 最初はかりそめの仲間だった。
 駒はいつしか敵対し、敵同士になった。
 悪が正義に敗れるのは当然のことで、報いだった。
 だけども正義は悪を助けた。助けてしまった。
 そして―――――今に至る。

『どうしてだって?そんなの決まってるじゃん』

 受話器代わりの紙コップが、カービィの声を受信する。
 電波ではない音波を、聞き手に伝えてくれる。 


『君には笑っていてほしかったから』
 

 ―――――。


『嘘じゃない笑顔でいてほしかったから。笑って泣いて怒って、君が誰にも嘘をついたり、自分を傷つけたりしないようにしたかったから』


―――――。


『だって、マホロアはぼくたちの大事な〝仲間〟だから』


―――――…………。

 

「馬鹿ダネェカービィ。キミは……ホンットーに……お馬鹿ダヨォ……。優しすぎて、純粋すぎて、疑うことなんてしナイ、騙されやスイ、馬鹿。ソウ、キミは大馬鹿ダヨ」

 マホロアの声が震えているのは気のせいだろうか。
 小刻みに揺れた声音が、カービィにしっかりと届いた。
 しっかりと、離れずに。

「もしかしたら、ボクはまだ嘘をついてるかもしれなイヨ……?本当は楽しいだなんて嘘で、相変わらずキミやキミ達を欺き続けてるかもしれなイヨ……?言葉なんて、全部嘘にできちゃうんだカラ」

『大丈夫―――――だってほら』

 はっとしてマホロアが俯いていた顔を上げると、そこには見知った顔をした者が立っていた。
 明るく破顔して、手には糸電話の片方を持っている。
 糸は、マホロアが持っているものと繋がっている。
 目に見えない絆のように、強く結びついていた。

「嘘なら、君はこんなふうに泣いたりしないでしょ?」

 マホロアの顔。
 レモン色の瞳を潤ませて、煌めく涙をぽろりぽろりと零している。
 泣き顔はぐちゃぐちゃで、涙に濡れている。
 嘘ならばできない表情をしていた。
 誰もが見ただけでわかるような、〝本当〟の感情を露わにしていた。

「君の嘘に騙されまくったぼくだから、君の本当か嘘くらい見抜いちゃうんだから!」

 えっへんと自信満々に宣言するカービィに、泣き顔のままマホロアはぽかんとしてしまう。
 ―――――やがて困ったように笑って、耳から糸電話を離した。

「ソレ……直接喋ってないとわからないんじゃナイ?」

「かもね~―――――でも、届いた?」

『―――――ウン。届いタヨ』

 やっぱりキミは、世界一のお人よし。


  

 

 

 ◆

 


 〝嘘ツキ〟
 
 〝ごめんね〟
 
 〝アリガトウ〟
 
 〝どういたしまして〟

 


 

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