絵画の魔女は幸福な夢を見るか?
※ちょっぴりドロッチェ×ドロシア要素が含まれているかもしれません
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―――――「私、ここにいていいの?」
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絵画の魔女について、少しだけ語ろう。
長年絵画の世界で一人孤独に過ごし、誰からも忘れ去られた絵画の怨念について。
彼女はとても寂しがりやで、純粋だった。
それゆえ嫉妬や憎悪などを嫌い、気が遠くなるような時間悲しみの中でたった独り生き続けていた。
一度は心を狂わせ暴走し、とある星を支配してしまおうとしたこともあった。
だけどもそんな時、彼女はとある一人の戦士に命を救われた。
己が犯した罪を許され。途方も無い寂しさを癒してもらい、彼と友達になった―――――彼女にとって初めて友達だった。
彼女は戦士に導かれ、自分が支配しようとしていた星に住まうことになった。少しでも多くの人に絵画を見てもらえるよう、この国のお城に。
心を病ませていた魔女は、そこでたくさんの友達ができた。たくさんの物を知ってたくさんの優しさに触れた。
やがて魔女の精神は回復し、皆から愛される慈悲深き存在になった。
今も、魔女は幸せにこの星に暮らしている。
絵画の魔女は映りゆく季節の中で、変わりゆく景色や自然や人工物を見ることを好んでいる。
例えばそれは抜けそうなほど青い空であったり、広大な草原であったり、荒廃した街であったり、永久凍土の氷河だったり、大小様々である。
彼女自身が絵画であるがゆえ、絵を描く絵であるがゆえ、世界の美しい姿や素敵な形を見ることが大好きなのであろう。
そうして眼に見て、想像し、心で感じて、空想し、なぞるように、彼女の思ったままの世界を模っていく。
絵画の魔女にとって絵を描くことは生きがいであり、呼吸することに等しいことであり、必然であり、運命であり、定めなのである。
ずっと昔から描き続けている、自身の心の形。幻想。夢。
現実に跡を残して、今も変わらず彼女の作品は生き続けている。
現が夢に飲まれてしまわないように、少しだけ怯えながら。
♪
デデデ城のとある部屋。
ドロシアは座ったまま、壁にかかったとある一つの額縁をじっと見つめていた。
額縁よりも下に体があるので、目線が上がっている。なので見上げていると表現したほうが適切かもしれない。
長い髪と不思議なデザインの服が床に広がって、まるでふわふわとしたドレスのようだった。
神秘的な月の色の瞳が、瞬きもせずにそれをずっと鏡のように映している。
身動き一つしない。それこそ絵のように。まるで世界の時間が止まってしまったかのように。
だからこそよりいっそうドロシアの美しさが際立って、芸術的でさえあった。
「こんなところで何してるんだ?」
「きゃっ」
突然後ろから声をかけられ、ドロシアはびくりと身を震わせた。かなり驚いたようである。
「あ、あら。ドロッチェ……?」
振り返るとそこにはいつもの鮮やかな赤色のマントと帽子をかぶったドロッチェが立っていた。
とある一件以来時たまプププランドに訪れる盗賊団の団長である。
「びっくりした。久しぶりね……」
「何か集中してたみたいだったが、邪魔だったか?」
「いいえ、そんなことないわ。私はただあれを見てただけだから」
ドロシアはにこりとはにかんだ。
あれとは壁にかかった額縁のことだろう。繊細で見たこともない彫り細工が施された古めかしい額縁―――――ドロシアの物である。
本来ならば絵画である彼女が現実に出てこれるのは、彼女自身の力で実体化しているからであり、やはり本当の姿は一枚の絵なのである。
その為、具現の力を解いたら彼女は絵に戻り、必然的にこの額縁に収まる。
言わばこの額縁は彼女の真の家であり、彼女を縛る鎖でもある。
だからドロシアは仮の自由は持っているけれども、帰る場所はいつだってここなのである。
そんな大切な額縁を、ドロシアはずっと見続けていたのだ。
「額縁?あの額縁はあんたの物だろう」
「えぇ。私の額縁よ―――――ちょっといろいろと思いふけってしまったわ。覚まさせてくれてありがとう」
「何か考え事でもしていたのか?」
「ちょっとね……大したことじゃないわ」
心なしか、少しだけドロシアの表情が沈んだものになったような気がした。
ドロッチェはそれに気付いて、一瞬思考し、それからドロシアに言った。
「それ、話してみないか?」
「え?」
「嫌ならいいんだが、悩みとかは打ち明けると楽になるものだろ?」
「……」
ドロシアは困ったように目配せし、どこか恥ずかしそうにぽつりと
「……絶対に笑わない?」
不安そうにそうもらした。
「笑わない。約束する」
ドロッチェが断言したのでドロシアはちょっとだけ安堵し、一つ咳払いをしてから話し始めた。
「私は……私が本当に今、ここにいるのかどうかがわからなくなる時があるの」
ドロシアは少しだけうつむく。
間深くかぶった帽子の先が揺れ、空色の髪がさらりと流れた。
「私は絵画で、今ここにいられるのは自分の力で実体化してるだけ。なんだかそれがとても変な気がしてしまうの。私は額縁に収まって絵画の世界で生きる存在なのに、どうして外の世界にいられるんだろうかって思ってしまって」
「外の世界が嫌なのか?」
「まさか」とドロシアは言う。
「とても好きよ。私はずっと外に出たかったのだから。カービィがあの時私を助けてくれなかったら、一生絵画の世界から出れなかったと思うし、たくさんのお友達もできた。私、幸せなのよ。皆にとても感謝してるわ」
「なら、どうして。居場所ならあるじゃないか」
「そう。居場所はあるの。それはわかってる……―――――ねぇドロッチェ。幸せすぎて怖いって思うときない?」
唐突にそう問われて、ドロッチェは「う~ん」と唸った。
「まぁ、ごくごく稀には」
「でも、私は毎日なの。毎日幸せで幸せで、本当に幸せすぎるの」
「それは良いことなんじゃないのか?」
「だから怖いの―――――実はこれ、全部夢なんじゃないかって。私が描き出した幻想なんじゃないかって、思ってしまうの」
絵画の世界は彼女の世界。彼女だけの世界。
彼女の理想と望みが全て叶う楽園。魔女の箱庭。
だけどもそれは所詮彼女自身が描いた絵、作品、夢にしか過ぎない。
彼女の力で、無意識のうちにかけた魔法で動くそれらは―――――本当の意味で、幻想である。
「よくわからないでしょう?ごめんなさい。でも、怖いの。もしかして今私がいるここ、ポップスターは全部私が描き出したものなんじゃないかって。これは全部私の見ている夢なんじゃないかって。これは現実なの?それとも私が作った夢なの?それじゃあ私はどちらにいるの……?―――――そんなことを、考えてしまったの」
幸福だと思って愛しているこの世界は、絵画の世界で上塗りして生み出されたものなのかもしれない。
自分が今いるここは、外ではなく昔と変わらない絵画の世界なのではないかと。
自分は自分を騙して、夢を見せているのではないのかと。
ドロシアはそう、怯えていたのだ。
「……あんたは、どっちだったらいいんだ?」
ドロッチェの言葉に、ドロシアはきょとんとしてしまう。
「ここが本当の外の世界だったらいいのか。それとも絵画の世界だったらいいのか。どっちだ?」
「そ」
「そんなの……っ」とドロシアは少々声を裏返らせて、力を込めて答えた。
「本当の、外の世界が、いいに決まってるわ……!」
「だろうな」
ドロッチェは微笑んだ。
そしてその笑みを崩さないまま、ドロシアにゆっくりと手を差し出した。
「ちょうどよかった。俺は今あんたを呼びに来たところだったんだよ―――――行って、あんたの悩みを解決させようか」
「?」
戸惑いながら、躊躇しながらもドロシアはその手をそっと掴んだ。
瞬間、引き寄せられる。
「よっと」
「……ッ!?」
あっという間に、ドロシアはドロッチェに抱えられてしまう。
かっと顔を赤くして、ドロシアは「な、なななな……!」と呂律が回らずしっかりしていない口調で狼狽えた。
「あんまり時間がない。この方が手っ取り早くて済む」
「て……手っ取り早いって貴方……!」
赤面するドロシアとは真逆に、飄々としているドロッチェはそのまま歩き出す。
だんだんと勢いをつけて。
「しっかり掴まって」
「ま、待って……貴方、ちょ……ちょっと!」
ふわりと浮遊感。
ドロッチェのマントが翼のように広がる。
ドロシアの長い髪が尾を引いて、風にたなびく。まるで、空の流星。
きゅっと眼を閉じていたドロシアは、恐る恐る瞼を上げる。
「!」
そこはもう、空中。
デデデ城を飛びだして、ドロシアはドロッチェに抱えられながら空を飛んでいた。
涼しげな風が頬を撫でる。心地良い感覚。何かに解放されたかのような爽快感。
「ど……どこに行くつもりなの?」
困惑するドロシアに、ドロッチェは悪戯を隠している子供のように不敵な笑みを浮かべて「それは行ってからのお楽しみ」とだけ答えた。
「それよりも―――――あんたには、これが自分の描いたものに見えるのか?」
眼下のプププランドの街並みや森、川や谷。ドロシアが心から愛する場所。
どこか不安げに、ドロシアは黙してしまう。
「この空も、この風も、この大地も、全部あんたが描いたものなのか?」
「違う。けど、わからないわ……」
最初は浮上し続けていたドロッチェであったが、やがて体勢を低くして滑空していく。
重力がかかる感覚に、ドロシアは反射的に眼を瞑ってしまう。
「つくぞ」
数秒後には、もうドロッチェは地面に着地していた。
遅れてドロシアも眼を開けた。
到着した場所は、色とりどりの花の咲き乱れる綺麗な丘だった。
プププランドが一望できるほど高いけれども、だからと言って急ではなくなだらかな丘である。
「えっと……なんで私をここに?」
ドロッチェに降ろしてもらい、軽く服を整えながら問うた。
「あんたを待ってる人達がたくさんいるからだ」
「?」
ドロシアが頭上にクエスチョンマークを浮かべたその時
「きゃぁっ!?」
突如視界が真っ暗になり、ドロシアは仰天し声をもらしてしまう。
どうやら背後から誰かに目を隠されてしまったようである。
「だ、だれ……?」
「えへへ~だ~れだっ」
可愛らしい声。聞きなれているその声。ドロシアはその声の主を知っていた。
「……カービィ?」
「あたりィ!」
ぱっと手を外される。太陽の光がまぶしく感じ、ドロシアは思わず瞬きをしてしまう。
その間に回り込んできたカービィが、素早く彼女の魔女帽子を取った。
「あっ」
その代わりに他のものをかぶせられる。
「……?」
ひらひらと舞い落ちてくる―――――花弁。
ドロシアは花冠をカービィにかぶせられたのだ。
「えっと……カービィ、これは?」
「花冠!ボクが作ったんだよ~。うん、すっごいよく似合ってる!」
快活そうに笑うカービィ。それとは裏腹にドロシアはぽかんとしてしまう。
「……どうして私に?」
「あのね!今日は皆で―――――もがっ!」
「一人で全部を言うなよ」
カービィの口を押えたドロッチェがにんまりと笑みを作った。
「もがっもがががが」
暴れるカービィをそのままに、置いてきぼりになっているドロシアに盗賊は言う。
「今日は皆で―――――あんたを祝うんだよ」
「……へ?」
花冠を触りながら、ドロシアは素っ頓狂な声を発してしまった。
「もがもががっ!いつもお世話になってるから!皆で感謝祭するんだよ!」
じたばたともがいているカービィが何とかそう発言する。
しかしドロシアはますます混乱してしまう。
「え、え?なんで?なんで私を祝うの?なんで私に感謝するの?私何かしたっけ?え……え?」
「もう、じれったいなぁ」
カービィがドロシアを半ば強引に引っ張っていく。抵抗できずなすすべもなくドロシアは目の前の星の戦士に連れられて行ってしまう。
「カービィ!レディを引っ張ったりするなよ」
「ドロッチェに言われたくないんだけど……」
「なっ」
「さぁさぁレッツゴーゴーゴー!」
ノリノリのカービィ。相変わらず動揺しているドロシア。呆れつつも苦笑するドロッチェ。三人で花の道を進んでいく。
やがて―――――
「「「いらっしゃいドロシア!!」」」
迎えられた。
たくさんの人達と、花と、ごちそうに。
愛に。
「えっ……!」
茫然と立ち尽くすドロシアの目の前は、野外パーティ会場だった。
プププランドの多くの人々が笑顔で、ドロシアを迎えてくれていた。
「え、えと……あの、その…………」
ドロシアはぶるぶると震え、青ざめながらドロッチェのほうに振り返った。
「こ、これは……夢?やっぱり私の描いた幻想……?」
「なんでそうなるんだ」
若干呆れながら、ドロッチェは会場を指さした。
「確かめてみればいい」
「何かよくわからないけどそれ~!」
「ッ!」
カービィに背中を軽く押され、ドロシアはよろけてしまう。
「おっと危ない」
そこをすかさずデデデ大王が支えた。
「おいカービィ!何しやがるんだよ」
「あ、大王……ありがとう。えっと、ごめんなさい。今、どういう状況なの?」
「状況?んなもん決まってるだろが」
大王は快活そうに笑って、ドロシアの髪に一輪の花をさしてあげた。
「お前の感謝祭だよ!ありがたく満喫しやがれっ」
「大王口悪い~」
「人をいきなり突き飛ばすようなやつに言われたくはないっ!」
「なにを~!?」
デデデとカービィがぎゃいぎゃい言い争いになる中、途方に暮れているドロシアの周りにたくさんの人がわっと集まってきた。
「ドロシア!いつもありがとう!」
「いつも素敵な絵を見せてくれてどうもありがとう!」
「これからもよろしくね!」
たくさんの感謝の言葉をかけて。
「あ……」
いつの間にか花塗れになってしまっていたドロシアは、ぎゅっと胸元を押さえた。
この無数の温もり
ずっと昔から恋い焦がれていた、感情。
ばっと振り返る。
そこには優しげに微笑むドロッチェがいた。
「―――――これが全部、あんたの描いた幻想か?」
その問いに―――――ドロシアは「いいえ」とはっきりと答えた。
少しだけ瞳を潤ませて、とてもとても幸福そうに
「だって、こんなにも温かい作品なんて、私……描けないもの」
愛しさと温もりで、心をいっぱいにした。
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―――――……ワタシ、イキテイテ、イイノ?
うん。いいよ。ぼくが許すから。全部、許すから―――――
―――――コンナ、ミニクイ、スガタ……ナノニ……?
醜くなんてないよ。君はとっても素敵だよ―――――
―――――イイノ……?
いいんだよ―――――
―――――ワタシ、コッチニイッテイイノ?
いいよ。おいで。一緒に行こう。そして、たっくさん思い出を作ろう!―――――
君の世界は、あの額縁の向こうだけじゃない。
だからこっちにおいで。一緒に行こう。
君はこっちにきて、いいんだから。
たくさんの思い出を作ろう。
たくさんの幸せを手に入れよう。
たくさんの愛を抱きしめよう。
お誕生日おめでとうドロシア。
君はもう独りなんかじゃない。
この世界は、君を愛してるから。