退屈は人恋しき


※ステージ4前夜妄想小説

  ランペルのキャラがおかしい

  妄想捏造満載

 

―――――

 

 空は数多の星々を飾りつけ、満月は美しくも怪しげな光を夜の静寂に包まれた大地に降り注いでいる。


 鬱蒼と生い茂る葉多き木々のせいで日当たりが悪く、朝でも昼でも薄暗く、夜は一層暗いウスグラ森の奥にひっそりではなくどうどうと建っているオドロン寺院の最上階にて。
 広々とした室内の天井部にはシャンデリアの如く、年期を感じさせた巨大な鐘がつるされている。
 それが何よりも目立つが、その他にも猫足のバスタブやら古びたテレビなどといった生活感溢れる家具が置かれており、金属鐘と多少のギャップを感じざるをえない。
 そんな不思議な場所の窓、ウスグラ森やその近辺にある村や夜空の絶景を眺めることができる窓際に、一人のバケバケが寝そべるように腰かけていた。
 真っ白の染み一つないシーツを夜風に遊ばせながら、気持ちよさそうに微睡んでいた。 
 手には一本のワイン瓶。
 銘柄を見る限りかなり上等なもので、アルコール度数も高い。
 

「あ~あぁ~……お酒、たまに飲むとこ~んなに美味しいんだねぇ……」


 可愛らしい声は熱を帯びていて、妙に間延びしている。
 よく見ると窓周辺の床には様々な種類の空の酒瓶が転がっており、部屋の空気も酒臭い。
 どうやらこのバケバケ……ざっと見ただけでも十本以上はある瓶の中身を全部一人で飲み干してしまったようである。
 べろべろに酔っぱらっている原因は、これで間違いないだろう。


「おいおいランペル、あんまり飲みすぎるなよ」


 ランペルと呼ばれたルビーのように赤い瞳のバケバケの隣にとまっていたカラフルなオウムが、呆れながらそう言う。


「わははいいじゃんたまには~……それに、ボク、そんな、たいして飲んでにゃいし~」

「嘘こけ。現時点でカーペットの上に転がりまくってるこれは何だい」

「酔っぱらってにゃいしィ」

「〝な〟がちゃんと言えてない時点で酔っぱらってるの確定」

「あぁもううるさいなぁ~……酔いが冷めちゃうよぉ全くもぉ困ったさん……ヒック……なんだか、ら~」

「おいコラ、今自分が酔っぱらってるの認めたよな?」

「お前も飲むゥ?」


 やや挑発的な口調で、ランペルがワイン瓶をオウムの鼻先に付きだす。


「やぁなこった。こっち向けんなよ酒臭いだろ」

「ボクのせぇぇっかくの親切心、思いやりの心を無為にしてしまうのかい。もったいないねぇ~にゃはは」


 ケラケラと楽しそうに笑うランペルを横目に、オウムは溜息をつく。
 

「今日は満月。これを見ながら晩酌!風流だねぇ~」

「ラッパ飲みしてるくせによく言うよ……」


 ぐいっと一気に直接瓶口に口をつけて葡萄酒を水のように飲むランペルは、相当な酒豪なのであろう。
 体の負担を一切考えていないようだが、大丈夫なのか。
 と、オウムはすでにさっきから何度もそう注意しているが、このうわばみ、全然聞いていない。
 ……一気飲みは、良い子じゃなくても絶対にやってはいけません。
 なんて言葉はどうやらランペルの辞書にはないようである。


「ぷはぁ、美味しい。地下で寝かせてたワインが飲みごろだったんだからさぁ~……良い酒は長い間寝かせれば寝かせるほど、ヒック……美味しくなるものさぁ……」


 実に爽快そうな爽やかな笑顔を見せられ、オウムは鬱陶しそうに顔をしかめる。
 

「だからってこんなに開ける必要性ないだろ」

「ボクが飲みたかったから……それでいいの~さ~」

「あっそう。頼むから吐くのだけはやめてくれよ。汚いから」

「吐くわけないじゃぁん。ボクを誰だと思ってるんだい?」

「ただの呑み助のバケバケ」

「やめてくれよそれじゃあ朝から晩まで飲んだくれるやつみたいじゃあないかい」

「別に間違ってもないじゃないか。お前朝から晩まで寺院に引き籠ってるんだから」

「……好きで引き籠ってるんじゃ、ないやい」


 憂鬱そうに呟いて、ランペルはふくれっ面になる。 


「暇なんだよボクは……暇で、暇で、暇で、暇で、暇で……死んじゃいそうなんだよ」


 ころんと、ランペルの手から滑り落ちた空っぽのワイン瓶が深紅のカーペットの上に音もなく落下する。


「誰かを驚かして遊ぼうにもだぁれも近寄ってこないし、だぁれもここにこない。退屈……ウスグラ村のやつらなんざ、寄ってこないどころかぶつぶつぶつぶつ暗いことばっか呟いてるしやんなっちゃうよぉもう」

「……」

「うん、いいねお酒。退屈しのぎにピッタリだ」

「……あんまり飲みすぎると頭おかしくなるぞ」

「退屈感をなくすには最高だからさぁ……」

 

 月は丸く、大きい。
 月明かりに照らされながら、ランペルはふっと息をつく。


「ねぇ、一つ……いいこと思いついちゃったんだけどさぁ」

「何だ?」

「ウスグラ村の連中……あいつら全員に豚にしちゃわない?」


 くつくつと邪悪な笑い声を喉奥からもらして、ランペルが嫌らしく笑む。

 
「理由は?」

「だぁってぇあいつらいっつもブツブツ呟いてばっかだからさぁ、ヒック、どうせならブヒブヒ言ってるほうがおもしろいんじゃないかなぁって」


 こいつ……相当酔ってるな。 

 オウムは内心でそう思いながら、きゃっきゃとはしゃぐランペルを不安げに凝視する。


「ボクの魔法で、鐘の音と同時に村人を一人ずつ豚に変えちゃおうかなぁってさ!いい退屈しのぎだと思わない?」

「別に……ランペルがやりたいなら、やればいいだけの話だ。お前はオレの〝ご主人様〟なんだから」

「それもそうだねぇ……ヒック」


 意地悪く言いながら、ランペルはふいに星空を見上げる。
 瞬く星の群れを、退屈なバケバケはつまらなそうに瞳に映す。 
 そしてにっと口角をあげて


「決行は明日だ。思いたったら行動は早いほうがいい……うしゃしゃしゃ……!楽しみになってきたなぁぁ……ぁ……」


 ぷつんと、糸の切れた操り人形のように、ランペルはぐらりとその場に倒れた。


「お、おい!ランペル!?」


 オウムは驚いて、慌ててランペルを翼で揺する。
 

「まさか急性アルコール中毒で死にましたとかそんなオチやめろよ!?」


 しかしその心配も、ランペルのすやすやとした寝息に気付いてすぐになくなってしまう。
 深い眠りに落ちたランペルは、眼を閉じてすでに夢の中だった。


「なんだよいきなり寝やがって……」


 心配して損じゃねえか、とオウムは脱力する。


 起きているときはあんなにも捻くれているランペルであるが、眠っているときは無垢な子供のようにも見えてしまう。
 もっとも、彼は随分と長い間生きているのでとっくに大人なのだろうが。 
 しかしオウムは―――――ランペルは幼少の時のまま、精神年齢の成長が止まってしまっているかのようにも思えてならなかった。

 だいぶ長い付き合いなので、何となくわかってしまうのだ。

 

「なぁランペル」


 オウムは独り言のように話し出す。


「お前さ、本当は寂しいんじゃないのか?」


 夜の涼しい風が、ランペルの胸元についているリボンをたなびかせる。


「退屈だ退屈だ暇だ暇だぼやいてるけどさ、それって本当は寂しいからなんだろ?」


 オウムは特に感情をこめず言葉を紡ぎながら、そのままランペルに寄り添ってみる。
 別に意味はない。
 ただ、何となくの行動である。


「誰かを驚かすのも、誰かを困らせるのも、それって自分を見てもらいたいがための行動だろ?」


 ランペルは答えない。 
 すうすうと静かに呼吸して、月光を浴びている。

 

「……お前あれか?〝友達〟とかそういうのが欲しいのか?」

 

 ―――――独りぼっちは寂しいよ。

 ―――――誰か、誰かボクのことを見てよ。

 ―――――ボクと一緒に遊んでよ。

 ―――――名前は教えてあげられないけど、一緒にいてよ

 ―――――ねぇ、ねぇ、ボクの存在を知って

 ―――――〝化け物〟って形でもいいから

 

「……ま、お前に限ってそんなことないよな」


 ありえもしない想像を浮かばせて、オウムもうとうとし始め―――――やがてランペルと共に眠りにつく。

 

『お前はボクの名前を知る唯一の存在だ。だから絶対に寺院から出ていかないこと。ボクはお前の〝ご主人様〟なんだから!』

 

 夢現に、昔の言われた言葉を思い出す。


 〝友達〟じゃなくて〝主人と下僕〟。 


 その関係に対して、オウムは悲しさなんてこれっぽっちも感じていなかった。 
 だけど少しだけ   


 ランペルの目の前に〝友達〟なる存在が現れればいいな、と思った。

 

 

 ☆ ★

 

 


「なぁに言ってるんだよ。そりゃぁ確かに寂しいのもあるけどさ……お前がいるからちょ~っとはましだよ」


 〝友達〟とかなんだかよくわかんないけど、少なくともお前といて居心地悪くないし、ボクの名前を教えてもよかったなぁとは思ってるさ。

 

 そんな声が、聞こえたような気がした。

 


 


 ―――――明日、彼の暇潰しの悪戯がまた始まる。

 

 

 

 

                                                                     戻る