鏡
※シャドーカービィがすごいひねくれています
―――――
この世界の全てが嫌いだった。
どいつもこいつも楽しそうに薄っぺらな笑顔を浮かべて、下品な声を上げてはしゃいで、大したことのない幸福にいちいち酔いしれる。
惨めったらしくてその姿を見るのもその声を聞くことにも、嫌悪感があった。
この世界で生きる奴らは皆とんでもない木偶の坊であり、堕落している。とてもじゃないが自分とは思考や価値観が違う、別世界に等しい存在である。
そうであるとさえ、〝カービィ〟は思っていた。
にへにへとだらしのない笑みを振り撒く人々。実にくだらない他愛のない会話。危機感も無ければ警戒心も無い無防備な態度。緩んだ毛糸よりも頼りない思想。愛と平和。ただそれだけ。
あまりにもくだらなくて、見向きもしたくなかった。
この世界―――――通称鏡の国には数多の鏡が点在し、その鏡の一つ一つがポータルとなって様々な地域へと繋がるという奇妙な世界。
〝カービィ〟はそんな世界の異端だった。
争いを好まず温厚で親切な人たちが暮らしている鏡の国の中で唯一、誰にも心を開かない者。
この世界の全てを毛嫌いしている者。異常者とも呼べる。
悲しみも苦しみも無い素晴らしき楽園で、ただ独り多大な不満を持ち、どうしようもなく棘の付いた毒を吐いているのだから。
森も。海も。氷雪地帯も。地底も。火山も。高山も。宇宙も。何もかも。
あらゆるエリアも、あらゆる生命も、あらゆる全てのものを―――――彼は否定し、拒絶していた。
なぜそこまでして頑なに拒むのかは誰にもわからない。
彼はいつも孤立していた。むしろ彼としてはそのほうが良いと思っていた。彼からしたら周りのろくでもないやつなんかとは関わりたくないのだから。あえて不可侵の一線を引いていた。そのラインを決して越えるなと忠告し、近づくやつらに威嚇をした。まるで手の付けられない獣の様であった。それも、人とは違う発想と考えを持った一匹狼である。
その行動が結果として、彼を国一番の変わり者として扱われるようにした。
変わり者と表するよりは、嫌われ者と言ったほうが適切かもしれない。
この国に住まうもの達のほぼ全員は平和的主義者であり、厄介事にはとてもじゃないけど首を突っ込みたくないとさえ思っている。
だから誰も〝カービィ〟には近寄らない。
近寄ってもどうせ手痛い仕打ちをされるだけなのだから。
〝カービィ〟は孤独だった。
孤独のまま自由に、国中をうろうろと彷徨うようにうろついていた。
基本、彼はどこにでもいる。どこにでもいた。
大嫌いな世界を巡り、つねに不快感を露わにした表情で歩いている。
そこまで来るとどうして彼はそこまで様々なものを嫌っているのか不思議にさえなってくる。
こんなにも安全で慈悲深い世界だというのに。どうして。
理由はもちろん誰も知らない。〝カービィ〟は心を閉ざしているのだから。誰にも自身の心情を教えたりするわけないのだから。
周りも気にしていなかった。あんな皮肉屋は放っておいてこっちで楽しくやりましょう。そんな風にあっさりと除外した。
誰も〝カービィ〟には構わない。〝カービィ〟もそれを望んでいる。
―――――ただ一人、例外がいたけれども。
☆
「何処へ行くんだ」
背の高い木々が豊かに生い茂る森の中で、〝メタナイト〟は尋ねた。
「別にいいじゃん。ついてこないでよ」
〝カービィ〟はその問いかけをすぐに弾いて、振り返ることもせずに早足ですたすたと歩み続けた。
だけど仮面の剣士はそれでもついてくる。
〝カービィ〟の後ろを静かについてくる。
一定の距離を保ちながら、近づき過ぎず離れすぎずのスタンスで、歩いてくる。
足運びはさすがは熟練の剣士そのもので、疲れの色を一向に窺わせない。
いつまでもついてくる剣士に苛々しながら、〝カービィ〟は舌打ちをして歩行速度を上げる。
それでも振りほどけない。
ちくしょう。何なんだこいつ。いつもいつも構いやがって。
心の中で〝メタナイト〟を散々罵倒し、聞くに堪えない暴言をぶつけまくる。
これを現実で繰り出したいのが本音だがどうせあの剣士のことだ、全部受け流してしまうに違いない。違いないというよりも確定している。すでに〝カービィ〟は何度もそうされてしまっている。意味がないことはわかっているけれども鬱憤は溜り、怒りも覚える。外で吐き出せないから内で吐き出す。ぐちぐちぐちぐちと。それが余計に彼の苛立ちに油を注いで火をつける。結果、内心は大火事。地獄の業火並みの火力で燃え上がる。
ただでさえ―――――今日はムカついているというのに。
「ああもう!しつこいんだよっ!」
痺れを切らした〝カービィ〟はどこからともなく剣を取り出し、容赦なく〝メタナイト〟に斬りかかった。
隙を突いた奇襲。はたから見たら卑怯と批判されてしまうかもしれないが知ったことではない。
〝カービィ〟は強い。だけども―――――〝メタナイト〟のほうがその上に立っている。
〝メタナイト〟はその攻撃が来ることをあらかじめ予測していたと言わんばかりに、統べるような動作で身を引かせ、後退する。
常に吊っている愛用の剣を、抜こうとさえしなかった。
〝メタナイト〟の退避行動に呆気を取られたカービィは、盛大に剣を空振りすることになる。
思い切り跳躍し、勢いをつけて遠慮なくソードを振るったのだから、当てる対象を外せば言わずとも反動は多い。しかも不運なことに〝カービィ〟の足はとっくに地から離れていて、衝撃を抑える場所も皆無であった。
宙で二回ほど回転してから、〝カービィ〟は地面に落下する。
べしゃっと、小柄な体躯に相応な音が生じた。
受け身は取っておらず、背中をしたたか打ったようである。取れなかったのか取らなかったのかは不明だけれども。
からんからんと高い音を鳴らして剣も遅れて転がる。銀色の刀身が少々土に塗れてしまう。
そのまま身動きを取らず茶色の地面に突っ伏している〝カービィ〟を、〝メタナイト〟は嘲笑ったりなどしなかった。見下すことも軽蔑することもしなかった。
それどころか助けようと、手を差し伸べてさえくれた。
〝カービィ〟はそれを弾かれるように払い落とす。
手と手がぶつかり合って、静寂の中で乾いた音を響かせる。
「―――――触るなッ」
猛獣を連想させる鋭い睨眼が〝メタナイト〟を捉える。
黒真珠を思わせる瞳は本来ながら美しい光を放つのだろう。しかし、今の彼の眼はどこか濁って淀んでおり、光をほとんど含んでいない。さながら青空を喰い尽くす常闇のように。
それと同時に―――――悲しげな色を帯びている。そんな眼をしていた。
「何なんだよお前!いつもいつもぼくについてきて!」
堪忍袋の緒が切れたのか、〝カービィ〟はついに怒鳴り出してしまう。
自分が知る限りの嫌味やら罵詈雑言そのものをぶちまける。堰を切ったかのように、一斉に溢れだした。
「鬱陶しいったらありゃしない!ムカつくしウザいんだよ!」
〝メタナイト〟のことを知らない者はこの世界にはおそらくいない。
それくらい彼は有名で、名が知れていた。
誰に対してでも心優しく平等で、剣術にとても長けている。
みんなが困っていたら迷わず助けてあげたり、何事にも率先して手伝ってくれる。
言わば―――――みんなのヒーロー。英雄。鏡の国の勇者。
みんなは〝メタナイト〟をすごく好いている。
〝カービィ〟とはまったくの真逆である。
そんな〝メタナイト〟はよく〝カービィ〟のことを気にかけてくれていた。
みんなと馴染めず孤立無縁の日々を送るひねくれ者をただ一人心配してくれている。
〝メタナイト〟の親切心。
それは〝カービィ〟にとっては有難迷惑でしかない。
同情なんてそれこそ世界で一番嫌いなものなのだから。
「施しなんていらないよっあっち行け!目障りなんだよ!」
猛る〝カービィ〟を、〝メタナイト〟は何も言わずに見つめていた。
何を考えているのかはよくわからないけれども、真っ直ぐな眼で〝カービィ〟を見据えている。
逆に〝カービィ〟が目を逸らしてしまうくらいでもあった。
「すまない」
謝ってどうすんだよ。
〝メタナイト〟の考えていることは全然わからない。
どうしてこんなにも厄介者でしかない自分に構うのか、付きまとうのか。
〝カービィ〟は起き上がって、付着した土埃を払いながら剣を拾った。
惨めでならなかった。
何と言う有様だろう。無様だ。情けない。みっともない。
怒りと殺意は鏡合わせで、いつひっくり返ってもおかしくない。
ああもう。消したくなる。目の前から、この世から、こんなくだらない世界から!
だけどどうせ、自分が勝てるわけないんだ。
こいつのほうが強いってことは充分承知してる。わかりきってる。意味なんてないんだって。
本当に。
本当に本当に本当に。
「〝カービィ〟」
大嫌いなやつは言う。
捻くれ者は視線だけを送った。
「今日の空は綺麗だ」
「……は?」
予想外のことを言われ、〝カービィ〟は素っ頓狂な声を上げてしまう。
〝メタナイト〟は空を見上げていた。
鬱蒼と生い茂る葉の向こう。青色の大空は悠久に広がっていた。
雲一つない抜けるような蒼穹。
ここまで綺麗に晴れた空は珍しい。
「あまり嫌ってやるな」
それだけを最後に、〝メタナイト〟はマントを翻してその場から立ち去って行った。
完全に置いてきぼりをくらった〝カービィ〟は、仮面の騎士をぽかんとしながら見送ってしまう。
後にも先にも残されたのは、皮肉屋だけであった。
「なんなんだよアイツ!」
苛立ちに任せて傍に落ちていた枝を取り、思い切り叩きつける。
細くて脆い枝は呆気なく折れてしまう。
折れたことも気にせず、〝カービィ〟はびしびしと地面に枝を殴打し続け―――――やがては枝が無くなり、疲労も増したのか「くそおお!」と叫び、脇道を逸れて開けた場所の野原に転がった。
そのまましばし悶絶。最終的には大の字になって野原で寝転がる。
空。
憎たらしくなるほど美しい青色だけが〝カービィ〟の視界にはあった。
世界を埋め尽くし、支配する優しい色。
この国の者達ならみんな空を見上げて、感嘆するのだろう。
〝カービィ〟は違う―――――単純に憎いとしか思えなかった。
「くだらない」
ふいに手を空に伸ばしてみる。
そのまま温かな光を放つ太陽に手を添える。
そして、手を握る。
太陽を掴むように、潰すように―――――手を閉じた。
掴めるわけがない。潰せるわけがない、
太陽はあんなにも大きくて、遠い存在なのだから。
それこそ鏡に映る―――――虚像のように。
この世界の全てが嫌いだった。
何もかもが嫌いだから、何もかもにムカついて、何もかもに苛ついた。
そんな中でも―――――仮面の騎士は語らずして言うのだ。
この世界を少しでも好きになってくれと。
こんな世界でも我々にとっては素晴らしい理想郷なのだと。
どうか嫌わないでやってくれと。
向き合って、仲良くしてやってくれと。
理解の範疇を越える。
どんだけアイツはお人よしなのだろうか。
構わなければいいのに。
関わらなければいいのに。
「こんなぼくに」
卑屈になる。
自分を卑下する。
自分は嫌いなんだ。
いくらみんなが愛しているものであろうとも、好きになることができない。
どうしてなのかはわからない。
ただただ、憎らしくて
ただただ、恨めしくて
まるでそれは―――――嫉妬にも似ていた。
それなのにアイツは向き合えだなんて言う。
逃げずに共存せよと、言う。
心配して―――――気にかけてくれている。
「そんな優しさ、いらない」
〝カービィ〟はぼそりと呟く。
心なしか悲しげな響きを持って、その言葉は空へと舞いあがった。
太陽は眩しい。直視できないほど。
〝カービィ〟はかざした手をそのまま凝視するように眺めて、眼を閉じた。
慈愛の光を拒むように、彼の世界を闇に沈ませた。
☆
この世界は鏡のように、弱くて残酷だった。
楽園が崩壊したのは一瞬だった。
何かが激しく割れる音がけたたましく響き渡り、国中を揺るがした。
それが何か尋常ではないことが起こったのを告げるには、充分すぎる役目を果たしていた。
世界の中心。
天界を思わせる白亜の神殿で、鏡が割れた。
それも―――――世界を支える役目を果たす大鏡が。
決して割れることのないはずのそれが、完膚なきまでに破壊されてしまった。
あれが無ければ世界に綻びや歪みが生じ、世界のバランスが保たれなくなってしまう。
何よりも人々が恐れていたことが、実現してしまった。
鏡を割ったのは―――――〝メタナイト〟だった。
信じがたいことに気高く誠実な彼が、一番のタブーを犯してしまったのだ。
彼らは知った。
自分が―――――模造品でしかないことを。
レプリカでしかないことを。
〝本当の世界〟で生きし者の影であり、悪意で形成された存在でしかないことを知ってしまった。
それを人々に知らしめたのはどこからともなくやってきた―――――ダークマインドであった。
奴は強大な力であっという間に鏡の国を支配し、乗っ取った。
自由で豊かな理想郷の支配者となり、悪と言う名の感情で世界をたちまち統制し、縛った。
夢の世界は終わってしまった。
おとぎ話のように、いつまでも楽しくて幸福に満ち溢れていた世界は―――――所詮は邪悪の塊でしかなかったのだから。
受け入れられない現実に直面することになった人々の心はたちまち壊れ、乱れた。
それが本質的に見の内に備わっていた悪の心を呼び覚まし、暴走を促す。
何よりも壊れてしまったのは―――――〝メタナイト〟だった。
誰からも信頼を置かれ、尊敬されていた彼は乱心し、〝本物の世界〟からやってきたオリジナルのメタナイトと交戦し、大鏡へと封じ込めてしまった。
その一部始終を―――――〝カービィ〟は見ていた。あますところなく、見ていた。
状況が理解できなかった。
オリジナルのメタナイトと戦う彼の姿。
まるで猛り狂った獣のようだと思った。
我を失い、入り乱れた感情のままに剣撃を放つ―――――怪物のようだと。
鏡は割れてしまった。
理想も、夢も、希望も、何もかもを置き去りにして。
残留したのは激情と、悲愴と、絶望だけだった。
虚しくさえあった。
世界は空っぽになってしまった。
みんなが信じ切っていた平和は偽物であり、そんな虚偽の世界で今までずっと―――――自分たちは無知のままに生き続けていた。
自分たちの存在は、悪でしかなかった。悪の面でしかなかった。
だから―――――〝カービィ〟はその時初めて理解したのだ。
自分がこの世界が嫌いだった本当の原因。理由を。
無意識の内に何処かで感じ取っていたのだ。
この世界が―――――ただ映された幻想にすぎないと。
夢は終わった。
残ったのは悲劇的な現実しかない。
人々は眠りから覚めて本能を曝け出してしまった。
優しくて強かった〝メタナイト〟の人格は―――――オリジナルの真似事だったのか。
そこに立つ鏡写しの騎士は怨念で染まり、見る影も無く変わり果ててしまっていた。
仮面についた深い傷。オリジナルが刻みつけたのだろうか。それだけがこのメタナイトが〝メタナイト〟であるのだということを、〝カービィ〟に認識付けた。
壊れた世界で、〝カービィ〟と〝メタナイト〟は向き合った。
どちらとも眼は逸らさなかった。
だけども、騎士の眼はそれこそ硝子玉の様で―――――何も映していなかった。
なんて顔してるんだよ。
全てに絶望しきったかのように。
まるで―――――〝カービィ〟のように、世界を拒絶していた。
誰よりもこの世界を愛していたはずの者が、世界を否定していた。
だから、〝カービィ〟は許せなかった。
世界の滅びを願っていた自分を救おうとしていたやつが、今度は世界を呪うだなんてこと。
「ざっけんなよッ!!」
激昂と共に、〝カービィ〟は手にしていた剣を構えた。
激怒を露わに、闘志を剥きだして。
黒ずんだ大鏡の前で、対峙する。
「お前が……!お前がぼくにこの世界を好きになれとか言ったくせに、なんでそんなことしてんだよ!ふざけるな!お前は好きだったんじゃないのかよ!?この世界のこと好きだったんじゃないの!?それともあれは全部―――――嘘だったのか!?」
閃光が真横を高速で通過した。
一瞬何が起こったのかわからなかった。
だけども光が消えた時、床に深い爪痕が残されていた。
鋭い斬撃。
焼き焦げて、荒々しく抉れている。
目の前の剣士は―――――剣を抜いていた。
自分から攻撃を仕掛けるなどと言うことは決してしないはずの男が、〝カービィ〟に初めて牙を剥いた。
突然の強襲。
〝カービィ〟は動揺こそ顔に出さなかったものの、内心では猛烈な焦りが芽生えてきていた。
ぞっとした。
戦慄する。
血の気が引く音が聞こえた。
〝メタナイト〟が本気で自分に刃を向けてきている事実が、信じがたかった。
だけどもこれは本当であり、現実である。
夢はもう―――――覚めてしまったのだから。
これが〝メタナイト〟の本当の姿―――――。
「邪魔を―――――するな」
ゆらりと陽炎を思わせる不安定な動きで、〝メタナイト〟は剣の柄に握力を込めた。
普段の彼とはまるで違う―――――深刻そうな声音だった。
どこかに決定的な欠陥が生まれてしまった機械のような、弱々しくも強固な声。
見る影もない、仮面の剣士。
耳を塞ぎたい衝動に駆られた。
お前はこんなにも弱いやつだったのかと。
みんなの平和を祈っていて、正義の為に戦うようなやつだったのに―――――悲しみと苦しみに苛まれたらこうも狂ってしまうのかと。
失望した。呆れた。
それを通り越して―――――考えたくも無かったどうでもいい感情さえ生まれてしまった。
「邪魔を、するな?」
それはいったいどういう意味を持った言葉なんだ。どういう意図を含んでいるんだ。
この世界の破壊?
こんな間違った世界、いらないとでも?
それこそ本当に―――――〝カービィ〟が望んでいたこと。
〝メタナイト〟は欠片も望んでいなかった。
なのに。
そこにいたのは―――――醜悪なる憎悪の固まりだけだった。
自分を守ろうとしてくれていたのに。
この世界を守っていたのに。
今のお前は―――――破壊しか望まないのか。
ぶちりと、何かが切れる音がした。
もう止めようがなかった。
抑えることも制御することも、できなかった。
〝カービィ〟は吠えた。
それこそ獰猛な獣のように雄叫びを上げ、目を剥いて、抜刀して飛びかかる。
〝メタナイト〟は何も言わなかった。
何も言わなかったけれども体は精密な機械のように動いていた。
お互いに―――――殺意を持って。
剣と剣が激しくぶつかり合った。
衝撃が波紋となって周辺の鏡に奔る。
音が消えたのは―――――しばらく後のことだった。
☆
気付けば〝カービィ〟は大鏡の前で仰向けで倒れていた。
周囲はいかにここで行われた戦闘が激しかったかを物語っており、ぐちゃぐちゃだった。
〝カービィ〟は生きていた。
生きていたけど傷だらけだった。
意識が覚醒するとすぐに鋭い痛みが全身に奔り、起き上がることもできなかった。
これこそ無様で惨めでみっともないことなんだろうと、〝カービィ〟は自嘲気味に笑んだ。
〝メタナイト〟はもういない。どこにもいなかった。
きっとすでに行動を開始しているのだろう。自分などには目もくれず。
昔とはもう違う。もう彼は〝カービィ〟に手を差し伸べてなどはくれない。
むしろそれでいいじゃないかと、〝カービィ〟は笑う。
あんなに鬱陶しかったんだし、嫌で嫌でたまらなかったんだから。
それにこの世界がどうなろうといいじゃないか。
自分はこの世界が心底嫌いなんだから。
壊れようが狂おうが関係ない。
みんなが泣こうが暴れようが知ったこっちゃない。
これこそが自分の望んだことに近いのかもしれないのだから。
ははは。馬鹿な〝メタナイト〟。
こんな世界に優しくしたって何の意味も無いんだ。
やっとわかった?愚かなやつ。
どいつもこいつも本当に。
本当に本当に―――――。
「はははは」
〝カービィ〟は笑う。
だけども気分は全然晴れない。
心の中に青空は生まれなかった。
それどころか曇って、雨が降ってくる。
苦しくて苦しくてたまらない。
視界が滲んでぼやけてきた。
「ははははははははははは」
頬を伝ったのはなんだったのか。
雨だったのか、それとも心の水だったのか。
いずれにしても口に流れ込んできたものの味はしょっぱくて、余計に切なくなった。
「ははははははははははははははははははははははははは」
笑ってみる。
乾いた笑顔で。
ああでも、上手くできない。
湿っぽい。
こんなの嫌なのに。
大嫌いなのに。
何で泣いてるの?
体痛いから?
ああでも、もっと痛い場所がある。
体の中の奥底の、どこか。
何がこんなにも苦しくてつらいのだろうか。
みんなが不幸になることさえ願っていたというのに。
いつしか哄笑は泣き声に変わって、〝カービィ〟は感情のままに泣いた。
慟哭する。
だけどもう誰も助けてなどくれない。
本当の孤独。
独りぼっちなのだから。
夢を失った楽園で、一人の影として生きているのだから。
きっとこんなにも苦しくて悲しいのは、全部アイツのせいなんだと思った。
こんな世界、本当は大嫌いなのにね。
何もかもいらないって捨ててただけなのに。
向き合わせようとしてくれたものさえ、なくなってしまった今だから。
大切なことに、やっと気づいてしまった。
☆
「君は誰?」
四人のカービィがきいてくる。
色とりどりの彼ら。
鏡に映った姿。
あんまりにもそっくりで、瓜二つすぎて眩暈がしそうになった。
不思議そうにきょとんとこちらを見ている彼らは、オリジナルの彼らである。
元は一つだけど〝メタナイト〟によって四つに分けられてしまった戦士。
自分の―――――光。
灰色の〝カービィ〟は静かに、無表情で答える。
何年も前からそう問われることを予想していたかのように、迷いなく言うのであった。
「ぼくは―――――シャドーカービィ」
ぼくは影。
君たちの影。
正義のヒーローの影。
決めたよ。
いろいろとムカつくことはあるけど。
ぼくは―――――正義の味方になるよ。