幻想世界の古道具屋 第一幕 メモライズ・カメラ

 

 

End.渾沌を招く者

 

 ◆

 

 

 ちりんちりんと、扉が開くと共に小鐘が鳴りました。
 読書中だったロミはその音に反応して顔を上げ、本に栞を挟んで閉じました。古めかしく厚い文庫本は、遥か昔の時代を背景に描いた推理小説のようでした。

「―――――いらっしゃいませ。とは言ってくれないんですね」

 紳士的だけれども人を食ったような底知れない笑み。来店した客は、一際目を引く容姿と雰囲気を湛えていました。
 真っ黒なシルクハットに装飾が多めの燕尾服。何色とも言えない不思議な髪色に瞳。その内左目には漆黒の眼帯が取り付けられています。今の時代には似つかわない奇抜な衣装。何よりもそれを纏っているのが九歳児程度の子供なのですから、余計に目立ちました。
 不穏と優雅な空気を一緒に持ち込み、百年以上生きた妖狐のような魅惑的な威厳を散らしながら店内に入り込んできます。
 もしもそこにロミ以外の第三者がいたら、間違いなくぞっとしていたことでしょう。
 その血の凍るような、悍ましい気配に。

「貴方に売るモノは、何もありませんから」 

 ロミの顔に笑顔はありませんでした。
 そこにあったのは、眼前にいる子供を警戒するような冷たい表情だけでした。

「相変わらずですねあなたは。お久しぶりですロミ。元気にしていましたか?こうして会うのは250年ぶりですかね?」

「丁度20年前ですよ。貴方じゃないんですから、私はそんなに長寿ではありません―――――フランシスさん

 フランシスと呼ばれた少年は「あらま」と、わざとらしい素っ頓狂な声を上げました。

「それでも魔法使いなんですから、500年くらいは生きれるでしょうに。ま、精々500年。たったの500年。羨ましいですね。終わりある者の生は」

「それよりも何をしに来たんです。冷やかしなら帰ってください」

「おやおや、随分な言い方ですね。よほど私のことが嫌みたいな口ぶり。招かれざる客ってことですね」

「否定はしません。そもそも招いてなどいません」

「ふふふ。この店が道具だけではなく人を招くようになったら、それはそれは繁盛して大金持ちになれるでしょうね。店主がもう少し人間に寛大だったらの話ですけどね」

「僕は本当に大切に道具達を扱ってくれる人にしか道具を渡しません。決して」

「あら、そこには私も含まれますか?」

「ご安心ください。貴方が筆頭で含まれています」

「ですよねー。ふふ、やっぱり貴方は相変わらず変わりませんね。安心しましたよ。ちょっと心配してたんですから」

「貴方が私の何を心配するというのです」

「人に騙され、道具に欺かれ、その目を潰してたりなどしたらどうしようかと」

 悪気一つない可愛らしい笑みを浮かべるフランシスに、ロミはぴくりと眉を動かしました。

「貴方の不気味な目。気持ち悪い目。私はお気に入りなんですよ?緑色は嫌いじゃないですし、その力もまた異質で素晴らしい―――――私にとっては何の役にも立たない陳腐な鈍同然ですけどね。ふふ、目が鈍だったら盲目ですねー」

「僕の目は見世物ではありません。素晴らしいと褒め称えると同時に蹴落とすだなんて、貴方も相変わらず変わっていませんね。いえ、貴方はずっとこのまま変われないのでしょうね。永遠に」

「わかっていますよそんなこと。今更言われても別に私はどうだっていいんです。これが私なんですから。ふふふふふ」

 にたにたと厭らしい笑みを浮かべるフランシスに不快感を覚えるロミでしたが、そこで初めて彼の後ろに違う人物がいることに気づきました。
 気づかなかったのも無理はありません。その者は小柄なフランシスよりも更に小さく、骨が浮き出るほどがりがりに痩せた幼い少女だったのですから。
 衣服はふんわりとした可愛らしいモノですが、奴隷を思わせる首輪が彼女には取り付けられていました。黒光するそれは彼女の潜在能力を封じ込めているようで、異様な魔力を感じました。

「こら、ガズネ。勝手にモノを触っちゃ駄目ですよ。そういえば貴方、ここに来るのは初めてでしたね。店主さんに挨拶しなさい」

 ガズネと呼ばれた幼女はフランシスに促され、はっとロミのほうを見ました。荒れ狂うようなぼさぼさ髪のせいで目を確認することはできませんでした。
 挨拶しろと言われても言葉が上手く出ないのか、犬のように唸るだけでした。

「あ、念のために言っておきますがその子に触らないほうがいいですよ。あまり近距離に寄るのもお勧めしません」

「……どうしてです?」

「最悪骨ごと持って行かれますよ」

 凶暴な性質の持ち主のようでした。

「まぁ私と一緒にいるときは基本的にそんな粗相はしませんけどね。ちゃんと躾けてるはずなんですが、まだまだ手のかかる子で」

「貴方はまるでこの子を犬のように扱っているんですね」

「実際そんな感じですし」

 くすりと、フランシスは説明をします。

「ガズネは私のペットです。妖精の取り換えっ子って知ってますか?西洋のほうでの言い伝えなのですが、生まれたばかりの子供や幼い子供を妖精が自分の子供にすり替えてしまう。ガズネはすり替えられて人間側として生を授かってしまった子ですね。これがまた厄介で、すり替えた妖精が邪妖精だったものですから負と陰、不幸を導き破壊に特化した力を得てしまっていて―――――しかも私がいないとそれを制御することもできないんです。まだ幼いから仕方がないんですけど、思春期になるくらいまでには調教しなければと思っています」

「先ほど貴方は変われないと言いましたがそれを訂正させてください」

「ほう」

「貴方は一生堕落していくでしょうね」

「ふふふ。それも悪くない。だけど終わりの無い場合は、堕落の果てにどこに辿り着くんでしょうね」

「生憎、僕はいつか死にますから。旧世界の唯一の生き残りの貴方と違って」

「それは残念です。この世の終わりも見れないなんて。いったい何のために生きてるんですかねぇ―――――まぁ、どちらにしてももうじき面白いものが見れそうですよ。私は待ち遠しいですよ。いつか魔法使いである貴方ともまた戦うことになるかもしれませんけど、その時はよろしくおねがいします」

「ええ、よろしくおねがいします」

「笑ってくださいよ」

「にっこり」

「顔で笑ってくださいったらもう。まぁ、いいです。今回も何も売ってくれないなら私もう帰っちゃいますよ?」

「どうぞお帰りくださいませ」

「むぅ」

 少し拗ねたような表情で、フランシスは肩を竦めました。

「あ、そういえば―――――」

「そういえば?」

 

「―――――ソウリュウという名前の竜人を知りませんか?」

 

 ロミは顔色一つ変えなかった。

「―――――さぁ。知りませんね」

「そうですか。それじゃあさようなら」

 行きますよガズネと幼女に言い、その手を引いてフランシスは店をあとにしました。

「今度は娘さんも紹介してくださいね」

 最後の言葉をロミは完全に無視しました。
 誰もいなくなった店の中で、ロミは深いため息をつきます。彼にしては珍しく疲労感を漂わせる様子でした。 

「可哀想にソウリュウ君―――――あの人に付きまとわれてしまってるのか」

 同時に申し訳ないけれど、自分じゃなくてよかったと心から思ったのでした。 


 

 ―――――波乱の幕開け?

 


                                                    END

 

 

 

 

 

 

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 ◆

 

 

 これにて第一幕は完結、第二幕に続きます。 

 まだまだ話は始まったばかりです。 
 これからもよければ付き合っていただけたら幸いです。
 キャラクターデザインなどで協力してくださった黒城さんに改めて感謝を。

 ちなみにフランシスとガズネは名も無き勇者の冒険をメインに登場するキャラですが、こちらにもたびたび登場する、はずです。