名も無き勇者の冒険 第一幕 飛べない勇者と死ねない愚者
Ⅴ お掃除メイドマーシア
◆
「しょ、招待……?」
良くも悪くも野生児なソウリュウにはあまりにも聞きなれない単語であり、今この状況に置いては非常に場違いな用語でもあり、目を白黒させてしまう。
「はい。ご主人様が貴方様との面会を御所望です」
わけがわからない。と言いたげにソウリュウは思わず隣にいるフレイを横目で見てしまう。
フレイも意味不明の状況―――――それもそのはず、血塗れのメイドがいきなり大の男の頭を叩き潰してやってきたのだから―――――に混乱しているのか、引きつった表情でソウリュウに耳打ちした。
「……まさかとは思うけど、ソウリュウの知り合い?」
「んなまさか!」
こんなおっかない知り合いがいてたまるか!と、ジェスチャーを送るソウリュウの反応を想像していたのか、フレイは目配せする。
「だよね。こんな凄惨な挨拶してくる子とは、関わりたくないものだ……」
ただでさえ困惑状態にある街に、これ以上刺激を与えないでほしい。というのがフレイの本音だろう。
戦慄した空気は圧迫感がひどく重く、ありとあらゆる方向から圧力をかけられているような気分に陥ってしまう。
周りの住民たちも硬直し、一部はざわめき始めている。小さな子供を連れた親達はすでに逃げている。屈強な男たちは農具を武器のように構えているが、メイドの発する静なる威圧感に委縮気味であった。
強いとあらかじめ分かっている存在よりも、圧倒的に理解の範疇を越えた存在のほうが恐ろしい。未知なる少女一人に、誰一人として手が出せない。
手を出せば―――――メイドの足元に散らばる肉塊と似た形態と化すような予感しかしない。
「私はソウリュウ様の招待とお迎えを兼ねてやってきたのです」
血飛沫が跳んだ服を整えもせず、マーシアと名乗った異常なメイドはそこでようやく足元に目をやった。
生首だったであろうモノを見下ろして、彼女は無表情のまま「ああ」と声を洩らした。
「度重なる御無礼をお許しください―――――少々邪魔が入りまして、お掃除をしていました。汚い所を見せてしまって申し訳ございません。お話が終わりましたら改めて血塊一つ残さず綺麗に清掃致します」
血やら肉やらでぐちゃぐちゃになった地面に何の抵抗も無く手を伸ばし、メイドは落としてしまった斧を拾い上げる。
見ているだけで悪寒が全身に奔る光景であった。
「そ、掃除?お前……自分が何をしたのかわかってんのか」
戸惑い混じりのソウリュウは、マーシアの足元に散乱する人間の残骸を指した。
するとマーシアは何て事の無いように事務的な口調で返答した。
「お掃除です―――――私はメイドですので頼まれずとも言われずとも、道は綺麗に保ちたいのです」
「……ッ!」
ソウリュウもフレイも絶句するしかなかった。
このメイド―――――人間を〝ゴミ〟としか見ていない。
毎日仕える屋敷の中を清掃し、埃や塵を一つも残さないように掃いては拭いては磨き、美しい環境を整える。使用人であるメイドには掃除という仕事が必要不可欠であるということはわかる。
それと同じように、邪魔で汚い人間を掃除する。
掃除屋という職業は殺し屋や暗殺者を暗喩するモノであるが、まさかメイドが文字通りの掃除人であるとは、誰が想像することであろうか。
「殺された人……多分、裏門の門番だと思う」
フレイの言う通りならば、メイドは裏の門から強行突破でここまでやってきたということになるだろう。
一体、ここに来るまで何人の住民が殺されたのだろうか。依然として血をしたたらせている斧の刃は、未だに切れ味を失っていないようであり、まだまだ人肉を断ち斬れそうであった。
「なあお前……見たところこの街の人間じゃないみたいだが、どこから来たんだ?マーシア……だっけか」
牽制するようにソウリュウが訊ねると、マーシアはこくりと小さく首を縦に振った。
「先ほども言いましたが森のお屋敷から来ました。はい、おっしゃる通りマーシアです」
「おいフレイ。この辺りにお屋敷があるだなんて聞いてないぞ」
「そりゃそうだよ僕だって屋敷があるなんて知らなかったよ。この辺りにそんな大きな建物があるわけないじゃないか。確かに近くに森はたくさんあるけど……」
この土地に詳しいフレイでも、森の中にある屋敷など聞いたことが無いようだ。
つまりこのメイドは嘘をついているのだろうか。
「虚偽ではないのかと疑っているかもしれませんが、嘘じゃないです。マーシアは〝かーなび〟ではないですが、ご希望ならばご案内することもできます」
「……なぁフレイ。〝かーなび〟って何だ?」
「あのさソウリュウ。気づいたら僕が頭脳役みたいになってるけど何でも知ってるわけじゃないんだよ?頼むよ……ただでさえ混乱してるんだから……」
早くも現状に狼狽し、慣れない血を大量に見てしまったせいでフレイは気分が最悪のようであった。
「……見たところ女中みたいだが、右手に随分と危なっかしいモノ持ってるな。本当は何者だ?」
ひとまず〝かーなび〟という謎の名詞の話題から話を逸らし、頭を抱えたい気持ちでいっぱいになっているフレイをフォローするようにソウリュウは追究を続けた。
「申し訳ありませんが必要最低限のことしかマーシアは話せません。ご主人様のご命令で会話に制限があるのです」
「さっきからご主人様ご主人様って、そのご主人様は何者だ」
「申し訳ありませんが必要最低限のことしかマーシアは話せません。ご主人様のご命令で会話に制限があるのです」
人形を通り越して機械みたいな女だと、マーシアを観察しながらフレイは内心で思った。
「もう一度繰り返します。ご主人様が貴方を館に招待したいそうです。こちらが招待状でございます」
手に付着した血をエプロンで拭き、マーシアはエプロンポケットの中から丁寧に一枚の白い封筒を取り出した。表面に豪華な装飾を施された招待状は、血塗られた場にはとても不釣り合いだった。
「何だって急だな。俺はこの街に来たのも初めてでついさっきだし、そもそもお前のご主人様とやらも知らないぞ」
「それでもご主人様は貴方に心から会いたがっているのです。気難しいお方なのですが、あんなに胸を躍らせているご主人様を見たのは初めてでした」
初対面どころか出会ったことの無い者に対する反応ではないと、ソウリュウは眉をひそめた。
「……どこかで会ったことあるのか?俺とソイツは」
「申し訳ありませんが必要最低限のことしかマーシアは話せません。ご主人様のご命令で会話に制限があるのです」
「さっきも同じことを言わなかったか?」
苛つくことも露骨に気味悪がることも無かったが、ソウリュウは怪訝そうにマーシアに指摘した。
「はい、言いました」
悪びれることもなく、マーシアは自動人形のように返事をするのだった。
そしてマーシアは足音も立てずにソウリュウに近づいてきた。
フレイも周りの人間もぎょっとしたようだったが、ソウリュウは竦むことなくそのまま立ち向かうかのように一歩も引かなかった。
「どうぞお受け取りください。詳細は中の本文に記載されている通りです。何かわからないことがありましたらお気軽にご質問、ご相談をお願いします」
腫れ物を扱う何らかの儀式のように招待状を差し出してきたマーシアに、ソウリュウは正面から手を振った。
遠慮する、断るといった意味を持つ手振りだった。
「悪いが、この招待状は貰えないな。むしろ誰かを誘う時にはご主人様とやらが直接来るもんじゃないか?」
「そうなのですか」
とぼける様子もなく、驚いている様子でもなく、変わらぬ音程のままマーシアは招待状をちらりと見た。
「少なくとも俺はそっちのほうが好感とやらが持てるぜ」
マーシアはしばらく招待状を渡す体勢のまま微動だにしなかったが、やがてゆっくりと元のポケットの中にそれをしまった。
そしてぽつりと、言うのであった。
「―――――ご主人様はこのような流れも想定していました」
「え?」
思わずソウリュウは耳を疑った。
「その時の〝対処法〟もマーシアはご主人様に言いつけられています。招待状をソウリュウ様に受けとって貰えなかったら、力づくでお渡ししなさいと」
「力づく?つまりは戦うってことか?」
力と力のぶつけ合いはむしろソウリュウの得意分野であり、目の前の細身の少女にはとてもじゃないが行える代物ではないような気がした―――――否、普通の女子は巨大な斧で人間の頭を叩き割ったりはしない。
「ご理解がお早いようで何よりです」
「……一つ聞いてもいいか?」
「許可されている範疇ならば構いません」
「それはお前の意志なのか?」
「いし?―――――路傍に転がる石のことですか?」
「いやそっちの石じゃなくて……」
決して冗談で言っているようには見えないので、ソウリュウは一つ咳払いをしてから今度はなるべくわかりやすいように訊ねた。
「お前自身が望むやり方なのかってことだよ」
「望む、やり方」
人々を恐怖に陥れ、障害となる対象を抹殺し、常軌を逸した行動を涼しい顔―――――凍り付いた心―――――のままに行う。
はたしてそれが自分自身の道理に合っているのかと、迷いは何一つないのかと、彼女は訊かれている。
「……」
数秒を黙したマーシアは彼女なりの答えを出したのか、そのまま数歩後退した。ソウリュウを距離を取り、間合いを測るように。
足音が生じないのは、石畳を濡らす血が音を吸ってしまっているのだ。
傍から見れば、ここは身の毛もよだつ血の海でしかない。
異常な事態と恐慌に包まれ、かつての穏やかな田舎街の姿は街の外郭だけを保って変貌しきってしまっていた。
「貴女様が御所望する回答は出せないかもしれませんが、御無礼を招致に私―――――マーシア個人の回答を提示させてもらいます」
槍斧の穂先の斧頭が少しだけ地面に沁み込みかけた血水をすくい、槍部分をインクのような紅色を染めさせた。
「マーシアの意志は、どのような時でもいかなる時でもご主人様を最優先に、ご主人様の為だけに在ります。何故ならこの体と心は全てご主人様のモノなのですから」
それが真実であり嘘偽りのない本音なら、恐ろしい話この上ない。
このメイドはとことんどこまでも、主君に忠実な僕でいるつもりだ。
「―――――そんな意志でも、人をゴミのように殺すのは、許せることじゃないぞ」
ここで初めて僅かに怒りの感情を顔に出したソウリュウが、一歩前へと踏み出した。
「いいぜ。かかってこいよ。一体全体何がどうなっているかはちっともわかんねぇけど、勝負を挑まれたからには受けるってのが俺の流儀だ―――――だけど周りの人間を巻きこんだら承知しねぇからな。場所変えようぜ」
くいっと誘うように手を動かしてから、ソウリュウはフレイに向き直った。
「ここらへんで開けた場所はないか?広場も結構開けてるけど人もいるし、建物は壊したくないしな」
「建物って……あのメイドはともかく、君は建物を破壊できるくらいの実力があるのかい?」
「前にどっかの国で決闘挑まれた時は廃街だったけどが住宅街が全部消えたな」
大したこと無さそうに言ってのけたソウリュウに面を食らうフレイであったが、息をつく間もなく急展開がたて続きに起こっているせいか感覚が麻痺してしまっているのだろう、疑い一つ見せずに苦笑した。
「……世界の広さを痛感するよ。このご時世で独りで旅をしてるってくらいだから相当強いんだろうなとは思ってたけどね……」
それに、ごく一般的な旅人が着用するような衣装とはかけ離れている服を着て、どのような遺伝子がそんな鮮やかな暖色を引き継いだのかと疑ってしまうような髪色を持ち、奇妙な雰囲気を湛えている人物が―――――言ってはいけないが、普通ではあるわけがないなと、その予感をフレイは心の内に留めていた。
それは決して侮蔑や迫害の念からではなく、純粋なる好奇心から思っていることである。
「強いやつと戦いたいってのもあって旅してるしな。世界は広いぜ。強いやつが山のようにいる」
軽く肩を回すソウリュウに、フレイは忠告するように小声で話した。
「ソウリュウ、僕は戦闘慣れしてないから上手くは言えないけど、この子と正面から戦うのはまずい気がする。どれだけご主人様とやらに心酔しているんだ……主人の為なら大量殺戮も平気でしそうな子だ」
「だけど話し合いで解決するようなやつに見えないぞ」
「それもそうだけど……」
この先何が起きるのか皆目見当のつかないゆえに、フレイは心配でたまらないのだろう。
そんなフレイの不安を解きほぐすように、ソウリュウは「なぁに」と快活に笑んだ。
「俺も結構強いんだぜ?心配すんなよ。ややこしい話し合いよりも拳でわかりあう方がよっぽど伝わってくるモノがあるぜ」
「……」
「開けた場所、なさそうか?」
ソウリュウは、真っ直ぐすぎて憎めない。それどころか正義感に溢れていて、心優しい。
おそらくは言ったらきかない性格なのだろう。
それを見抜いたフレイは、どこか懐かしさを感じながらくすりと微笑した。
「……心配ご無用みたいだね。開けた場所に関しては思い当たる所があるから、ついてきて。人もほとんど通らないような場所だからね」
「おっ!それは助かるぜ!」
「あと、そこのメイド……マーシアさん。貴女に幾つか訊きたいことがある」
急に話しを向けられたのにも関わらず、マーシアは冷静に対応を取った。
「マーシアにお答えできることなら何なりと」
「それじゃあ言うけど―――――」
フレイの口から出てきた言葉は、物語の鍵を握る重要な内容をこれ以上になく含んでいた。
「もしかしてこの街を閉ざしている原因と、住民が消えていく原因―――――君のご主人様とやらにあるんじゃないか?」
◆
〝本当に大丈夫なのかいフレイ〟
〝た、多分?〟
〝そっちのお兄さんは何者だい?〟
〝旅人だよ!ここは俺に任せとけって〟
フレイに案内されソウリュウとマーシアは街外れの一角までやってきた。
前までは畑として土地が使用されていたようだが、土の栄養分があまり無くなってしまったため、今ではただの空き地になっているらしい。
敷地はかなり広く、地盤自体もなかなかしっかりとしており、遮蔽物も無く近くに民家も無い。これ以上に無く理想的なフィールドだった。
案内の最中ソウリュウはともかくマーシアが勝手に暴れ出すのではないのかとフレイは肝を冷やしていたがそんな事態は起こらず、実に静かに礼儀正しく彼女はフレイについてきた。
遠巻きに街の人々が恐々と三人の様子を眺めており、中にはソウリュウ達に今にでも加勢せんとばかりに農具を構えた筋肉質な男たちが睨み眼を利かせていたが、ソウリュウは全て断った。
「なぁに心配すんなよ。事を大きくしたくないから、ぱぱっとこっちで話しを終わらせてくるぜ」
やけに自信ありげにソウリュウは言っていたが、フレイは未だ完全には不安を拭えずにいた。
―――――言うからには本当に勝てるのか?ソウリュウは……。どちらにしてもあのメイド、街の異変についても何か知っているみたいだし、聴きだせることは聴きださないと……!
〝もしかしてこの街を閉ざしている原因と、住民が消えていく原因―――――君のご主人様とやらにあるんじゃないか?〟
その問いに対して、マーシアは何も答えなかった。何も言わなかった。何の反応も示さなかった。
だけれども彼女の機械的でいて事務的じみた性質を見れば、本当に何も関係ないのならばその口で直接否定することだろう。
しかしマーシアはそうしなかった。ただ無言を押し通すことで、問いを無効にした。あえて、隠すような無回答でフレイを見つめ返した。
それだけで充分だった。充分過ぎるほどの証拠にさえなった。
―――――あのメイドは間違いなく何かを知っている。どちらにしても街への強襲は許されることではない。むざむざと彼女の住処の屋敷とやらに帰すわけにはいかない。
一緒についてきた最大の理由は、それである。妹の所在と安否を突きとめられるかもしれないチャンスを、手放すわけにはいかない。ようやく掴めそうな手がかりなのだから。
ひとまずは、ソウリュウに任せるしかない。フレイにも多少の戦闘の心得はあるが、ソウリュウはおろかマーシアには絶対に勝てない。渡り合える実力など皆無である。そもそも立っている世界が違うのだから。
向かい合う二人を注意深く観察しながらも、フレイはソウリュウ側の後ろでおとなしく待機する。
「―――――さて、どうする?」
軽く準備運動をするソウリュウとは全く真逆に、マーシアは柱のように身動きせずに立ち尽くしていた。
「ソウリュウ様がよろしいのでしたら、マーシアはいつでも始められます」
マーシアは不動のままでも、予備行動無しでもベストコンディションで戦えるようである。
「あー待て待て。その前に一つ」
「一つ?」
筋肉をほぐしたソウリュウが、指を一本立てた。
「決闘規則(ルール)を決めよう!」
「決闘規則(ルール)、ですか?」
聞きなれない言葉なのか、マーシアは無表情のまま疑問形を口にした。
「あんまり厳しいとつまんねぇけど、多少なりとも決闘規則(ルール)があるから試合は楽しくなるもんだろ?」
「……申し訳ございません。マーシアにはあまり理解できません」
「まぁ何となくそんな気はしたぜ。お前、すごい修羅場をくぐってきてそうだからさ」
ソウリュウの赤炎の目と、マーシアの漆黒の目。
陽気な眼と、虚ろな眼。
違うようでどちらも同じく、死線を潜り抜け、歴戦の戦士であることを物語っていた。
お互いすぐに、そのことは見抜いていた。
「それを言うならば、ソウリュウ様もそのような部類に入るかと思われます。マーシア個人の意見ですが―――――貴方は、今も尚険しい山肌を進んでいるかのように見えます」
「ははは。あながち間違いじゃないぜ」
「―――――貴方は幾つもの死線を乗り越えてきた戦士の目をしています。生まれてからずっと戦地の前線に立ち続けているかのような、マーシアはそのような予感がするのです。そんな貴方が、どうして決闘規則(ルール)などという枷を重んじるのでしょうか」
「それがな、約束をしちまってよ」
「約束、ですか」
「うん。と言っても俺の師匠なんだけどよ―――――絶対に人を殺すなって誓いをたてられたんだ」
困ったようにはにかむソウリュウに、マーシアは少しだけ黙した。
もしも彼女が今ここで感情を顔に出すことができたのならば、間違いなく哀れみの色を浮かべていたことだろう。
「―――――それはきっと、想像を絶するほどの過酷な道のりでしょうね。貴方にとっては」
「そうだな。だけど約束は約束だし、破るつもりはないんだ。だから、俺はこの戦いにおいてお前を絶対に殺さない。何があろうとも絶対にな」
「マーシアも、貴方を殺すわけにはいきません。ご主人様の宴に死者を招くことは許されません。それに、貴方を殺めて怒られるのはマーシアですから」
それはありがたいなと言いかけたところで、しかしとマーシアは付け加えた。
手にしている得物の刃を見せつけるように突き出しながら。
「しかし、腕の一本二本。足の二本や三本は斬っても構わないということなので、ある程度のお怪我は覚悟してもらいます」
「おいおい三本足の人間なんていないぞ」
「人間?―――――お言葉ですが、私には貴方が人間のようには認識できないのですが。マーシアの目の識別機能が低下しているのでしょうか」
「俺は人間だよ。〝人間として生きてる〟やつだ。区別がしにくいってなら、一応人間って部類に入れておいてもいいぜ」
迷いなく宣言するソウリュウの意を受けたのか、マーシアは一回瞬きをした。睫毛は黒く、長かった。
今のままでも充分に美少女と言えるが、軽く化粧をすれば絶世の美女にも負けず劣らないほどの別嬪に化けるかもしれない。
「畏まりました。一応人間のソウリュウ様」
「うへ」
一応という単語が妙に突っかかったのか、ソウリュウは苦々しげに呻いた。
「……何か聞きようによってはすごい馬鹿にされてる感じがするけど、まぁいいか」
「それでは、今戦の決闘規則(ルール)は『両者同士の殺しを禁じる』のみで問題ありませんか」
「あー、あと一つ追加」
斧を構えたマーシアを制するように、ソウリュウは手を高く上げる。
「『他のやつを殺すことも絶対禁止』」
「他のやつとは、そこにいらっしゃるソウリュウ様のご友人の方のことでしょうか」
唐突に視線を向けられ、後ろのフレイは反射的に身構えてしまう。
「フレイももちろんそうだけど、その他の人も絶対に殺すなよ―――――つまり、この街の住民を襲うのは禁止ってことだ」
「……それはあまり、この戦いにおいては関係ないのではありませんか」
「関係あるよ。これは俺とお前の戦いなんだから、他の人を巻き込むのは絶対駄目だ」
むすっとしながら強気で推すソウリュウに、マーシアは何てことなさそうに頷いて了承した。
「それじゃあ本当に始めても構わないでしょうか―――――門限があるので、日が暮れるまでに帰還せねばご主人様に怒られてしまいます」
「おう!いいぞ。勝負だ!」
ソウリュウがゆっくりと、力強く構えの姿勢を取る。
いつでも全力で走れる体勢で、体の正面で拳を作っては両手を突き出す。
「不束者ですがよろしくおねがいします」
ぺこりとマーシアは深くお辞儀し、杖を回転させるように斧を回しては刃をソウリュウに向けた。
フレイが息を呑む瞬間―――――二人の激しい衝突が始まったのだった。