名も無き勇者の冒険 第一幕 飛べない勇者と死ねない愚者

 

Ⅺ VSダイヤのジュノー

 

 

「魔道具『バトルポッド・ミディアム』―――――狙い撃ち、ですぅ……!」

 

 ジュノーの一言が主力武器であろうポッドに力を与え、稼働し始める。
 見た目は一見ガラス製の美しいティーポッドだが中に入っているものは紅茶ではなく、粘性の高い毒々しい色をした液体とそれに浸されている鋸を想起させる数枚の花弁だ。
 ひゅんひゅんひゅんと、風斬りにしても例えづらい発射音が連なったかと思えば、ポッドの注ぎ口から無数の弾丸がソウリュウ達めがけて一斉突撃してくる。それも通常の銃器に用いる弾とは全く異なる不定形でいて液状の水弾だった。
「げ!?」
 いかにも毒を帯びている濃い紫の高速水撃に思わずソウリュウはぎょっと声を洩らしてしまう。 
 受け止めようにも脳裏を横切る〝嫌な予感〟なせいで体が思うように動かせず、気がつけば回避行動に移っていた。
 着弾と同時にたちまち発生する不快な熱波に煽られながら、両腕をクロスさせてバックステップで一度下がる。
「あつっ……?」
 種族柄、高温には耐性のあるソウリュウだが、この熱は竜人さえも焦がそうとする毒を含んでいた。
 〝灼熱〟でも〝業火〟でもなければ―――――〝熔解〟。
「ソウリュウ!一旦隠れようこの位置じゃ的になる!」
「わ、わかった!」
 それでも尚突撃しようとしていたソウリュウをフレイが呼び止め、慌ててソウリュウは身を屈めて思い切り床を蹴る。その間にフレイも傍にあった椅子を掴み、盾代わりにしながら横の壁まで走り出す。 
 数瞬後に真後ろに襲いくる水弾の雨に巻き起こされる爆風に背中を押され、ソウリュウ達は何とか壁際の死角である柱にまで移動できた。 
「すげえ威力……大砲並みなんじゃねえの?」
 肝を冷やす二人が先ほどまでいた場所を確認すると、絨毯は焼け落ち、床も修復不可能レベルの損傷が与えられている。ぶくぶくと嫌な音を立てている水溜りから立ち上る煙を見る限り、あの水弾が人体にヒットしたらとんでもないことになるのが明白だ。火を見るよりも明らかだ。
 皮膚に火傷を負うだとかそんなちゃちなものではなく、頭からかぶれば骨まで融けて跡形も無くなるに違いない。
 それはある意味、大砲の弾が直撃するよりも嫌な末路を辿ることになるかもしれない。
「毒液か……これもまた厄介だね」
「さっきの鋏よりも難敵そうだな。こういう戦い方を相手にするの、苦手なんだよな」 
 ソウリュウが最も不得意とするのは、魔法、もしくは魔道具でしか放てない特殊技を主とした戦法使う相手との戦闘だ。
 通常武器とは違って技の回避にも受け止めにも癖があり、対策を練るのも難しい。何よりもソウリュウは魔的攻撃には不慣れであり、実戦経験もほとんどない。
 魔法に関しては「便利そうだけど胡散臭そうですごいめんどくさそう」という印象しかない無学のソウリュウには、魔の原理も効果もさっぱりなのである。
 先ほどのキャロリーナとの戦いでも多少は首をひねったものの、鋏による斬撃効果はかなり単純であり、遠距離戦法に囚われずに直接斬りかかってくる攻撃パターンもあったため対応し切れたが、完全に接近せずに距離を保ったまま〝得体の知れない毒の水による見極めにくい射撃攻撃〟を延々と行ってくる相手は、ソウリュウからすれば非常にやりにくい。
「あの水、触ったらやばそうだしなぁ……」
 あくまで猪突猛進戦法を崩したくないソウリュウ―――――否、崩す崩さない以前にソウリュウには基本的にこの戦い方しかない―――――だが、むやみやたらに突っ込んだところで蜂に巣になるか、蜂蜜のようにどろどろになるかのオチだ。
「かくれんぼですかぁ……?ジュノーは鬼、好きじゃないですぅ……いつまでたっても捕まえられないから……うっ、うっ」
 続けざまに放たれる水弾はソウリュウ達が身をひそめる柱に直撃。激しい振動に危うく頭を打ちそうになる。
 後数発攻撃を受ければ柱はたちまち倒壊するだろう。いつまでもここに隠れることはできない。 
「いいのかよ。館のメイドが館壊して!」
「随分と乱暴……派手な出迎えだね」
 柱の横面に生まれた真新しいヒビに手に汗握りながらも、フレイはすかさず弓を構え、魔法矢を放つ。


「星の素と土の精から一閃―――――蠢け、土矢(グノムアロー)!」

 

 濃い茶色と緑の欠片が矢先に一瞬集結したかと思えば、重々しくもどこまでも伸びるように矢は真っ直ぐジュノーに目がけて突撃していく。
「きゃ、あああああああ!!」
 本当に戦闘慣れしていないのか、単純に不意打ちに驚いたのか、ジュノーは甲高い悲鳴をその場でしゃがみこんでしまう。
 その際に『バトルポッド・ミディアム』の防護機能が作動したのか、使用者であるジュノーを守るように四方八方に水弾がばら撒かれ、盛大に爆ぜていく。爆ぜる。爆ぜまくる。テーブルや料理に被害が及ばないのが奇跡と思えるほど乱れた弾幕は壁や柱に甚大な影響を与える。
 フレイの矢は土属性を用いた〝煙幕〟の役割を持っていたが、激流に等しい弾丸の威力には抗えず、音を立てて中空で融け切ってしまう。
「うえぇ」
 近づこうにも近づけず、遠くから攻撃しようにも防がれてしまう。攻防一体。これにはソウリュウもげんなりしてしまう。
「とんでもない武器使ってんな。メイドってのはもっとこう……おしとやかってやつなんじゃないのか?」
 更に一発、水弾が柱にヒットし、軋音を奏でる。移動を余儀なくされるのも時間の問題だ。
「……いつもはご主人様のお茶を淹れるために使っていますが、今日は特別な殺人サービスで使用許可されているのですぅ……」
「それで淹れた茶をよく飲む気になれるなぁ!」
「ご主人様はお砂糖とミルクと猛毒がお好きなのですぅ……うっ、うっ、でもマーシア先輩のほうがお茶を淹れるの上手なので、いつもジュノーのお茶は投げ捨てられてしまいますぅ……しくしく……」
「そ、そうかよ!」
 戦闘中だというのに未だめそめそと泣き続けるジュノーに、ソウリュウもフレイも非常にやりずらさを感じている。
「いつもいつもジュノーは駄目な子で、器量も悪くて手先も不器用でぇ……お料理を作ることしか取柄が無いのにマーシア先輩には適わないぃ……何故でしょうこんなに努力してるのにぃ……隣の墓は赤いってやつなのでしょうかぁ……うっ、うっ、うっ」
「それを言うなら隣の花は赤い、だよ!君達本当に墓関連が話題が好きだね!いやこの場合は主人の嗜好か?」
「ジュノーは雑草様にも遠く及ばない腐った汚物……いつもキャロリーナ様にいじめられてぇ……先輩にも叱られてぇ……うっ、うっ、うっ、うっ、駄目駄目駄目の駄目子さん……しくしく……」
 悪化する陰鬱モードのまま泣きじゃくるジュノーがだんだんと哀れに思えてくる。メイド戦隊にもメイド戦隊の事情があるのかもしれない。
「お、おい泣くなよ。なんで泣くんだよ戦ってんのに」
「泣いてませんよぉ……ジュノーは弱虫ですが泣き虫じゃありませんもん……しくしく……」
「どっから見ても泣いてるだろ!これじゃまるで俺達がお前を寄って集っていじめてるみたいじゃねえか!そういうの嫌だぞ俺!」
 状況的に見ればまさにその通りだが、戦況的に見ればソウリュウ達が追いつめられているというのが実に滑稽な話である。
「ロゼラ……じゃなくてジュノー!なら休戦しよう。そしてそのまま戦いを止めよう。それで万事解決だ」
「駄目ですぅ……そんなことしたらジュノーはクビになってしまいますぅ……リストラ、社会のゴミ、ハブ、ホームレス、のたれ死にぃ……」
「いちいち言うことが暗いぞ!もうちょい前向きになろうぜ!?」
 フレイの平和的な解決の最善策でもある提案は、呆気なく拒否されてしまう。
「……おっかしいな。本当にあの子こんな性格じゃなかったはずなんだけど……ミーシャの件もあるけど、性格の短所を全面的に引き出されてるのか?」
「そんなに卑屈になるなよ!お前にだってそのー……あれだ!料理上手いじゃねえか!……肉しか食ってないけど」
「え?」
 ソウリュウの言葉が予想外だったのか、ミーシャは涙に濡れた目を丸くする。
「こんなにたくさんの料理作って、多分お前一人で準備したんだろ?すごいじゃねえか!俺はすごいと思うぞ!だからもうちょい自信持てよ。お前にもできることがあるんだからさ」
「料理が得意なのはロゼラの頃から変わらないみたいだね……」
 二人してジュノーをぎこちなく励ましているが、今、現在進行形で戦闘中である。
 何故挑戦者が敵方を元気づけているのか、事情を何も知らない者が見たらわけがわからないと首を傾げることだろう。実際、ソウリュウ達も「何故自分達は戦いの最中に励ましの言葉をかけているのだろうか……」と謎の疲労感に苛まれている。
「ひ……ひ、ひ、ひ、ひ……」
 しかし効果は抜群、もしくは的中だったのか―――――ジュノーは涙を流しつつも、ついに嬉しそうに破顔した。ただし涙でぐしゃぐしゃな顔は整えられていないので、正直かなり怖い。
「人に褒められたの、初めて、ですぅ……だ、だ、誰かの為になれたの、初めてですぅ……!う、う、う、嬉しいぃ……!」
「お、おう……?」
 思った以上に良い反応(もしくは怖い反応)が貰え、ソウリュウとフレイは顔を見合わせてぽかんとしてしまう。
 ああ、でもこれならもしかすれば説得が成功するのではないのかと一抹の希望に賭けて、とりあえず即興で思いついたことを口に出して何とかしようと、ソウリュウはぐっと拳を握りしめる。
「だけどお前の力はこの館で振るうものじゃない。帰るべき場所で使うべき、だろ?」
「やっぱり停戦しよう。ここで戦うことに意味はないよ」
 ソウリュウ達の言葉に対し、ジュノーはぐちゃぐちゃな笑顔を浮かべたまま、先ほどよりは明るくはっきりとした声で返答した。

 

「お客様の褒め言葉を糧に、お礼を成果として―――――お客様を精一杯、惨殺しようと思いますぅ!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「ジュノー、頑張るので応援してくださいねぇ……」
「……」
「……」

 

 沈黙はほんの数瞬だった。

「だっから何でそうなるんだよおおおおぉ!俺が言いたいのはそういうことじゃないんだよっ!」
「戦闘狂的な思考は変えられないんだね……」
 がっかりよりかは脱力してしまった二人だが、再開された攻撃に目を剥いてしまう。 
「何かさっきよりも強くなってきてねぇか!?これが敵に塩をぶつけちまったってやつか!」
「それを言うなら敵に塩を送るだね!後少し意味が違うかも……」
 陰鬱具合が多少は残っているものの、にんまり笑顔を湛えたジュノーの指令を受けて、水弾の威力も急激に跳ね上がっている。
 ついには柱の耐久が限界を迎え、みしりと傾き始める。
「フレイ。今から俺があっちに行ってひきつける。その間に他の柱の陰に隠れろ!」
 ソウリュウの指示にフレイは耳を疑う。
「無茶だよ!そんなことをしたら君が狙い撃ちにされるよ」
「一発当たるのが駄目なら、一発も当たらなければいいだけだ」
「それが難しいからこうして隠れてるんじゃないか!」
「大丈夫だ。それに―――――いいかげん隠れてるのにうんざりしてきたっ!」
「待っ―――――!」
 ソウリュウは背後の壁を蹴飛ばして勢いを乗せ、そのまま部屋中央のテーブル付近にまで跳躍する。
「あ、出てきてくれましたねぇ……」 
 喜ばしげににやりと口元を歪ませて、ジュノーは水弾をソウリュウめがけて一斉放射する。
「どりゃ……!」
 着地してからの再度の跳躍、空中で一回転し、それこそ軽業のように弾丸を避ける。 
 雨のように降り注ぐ水弾の隙間を縫い、テーブルの足部分の脇に滑り込む。
 無論、テーブルの下に逃げ込んだところで水弾の攻撃は止まらず、被弾した上板を食材や食器ごと融かし、真下のソウリュウを巻き込もうとする。
「ほんっとーにおっかねえ技だな、それ!」
 しかしその時にはすでにソウリュウはテーブルの外に素早く脱しており、そのまま向かいの柱を目指して全力で駆け抜けようとしていた。
「逃がしませんよぉ……!」
 固定砲台と化したジュノーの位置からではソウリュウの姿は丸見えであり、格好の的だ。
「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる……ご主人様直伝の、世界の鉄則ぅ……!」
 『バトルポッド・ミディアム』がジュノーの意志に応えるようにごぽごぽと煮えたぎる音を鳴らし、彼女の周辺に多数の水弾を製造していく。先ほどまでの大口径サイズの倍近くの大きさで、濃度も限界値寸前まで上げて、火力と融力を倍増させたそれは、ソウリュウに狙いを定めてうねりを上げる。
「んな……!?」
 突貫せんとばかりに炸裂する水弾の群れにソウリュウは目を見開き、そして足元で爆ぜる一撃の回避が間に合わなかった。
「うわ、あああああ!」
 続けざまに連爆する大火力の暴力に耐えきれず、ソウリュウは煙にまかれながら吹っ飛ばされる。
 床に数回叩きつけられバウンドするが、それでも衝撃を殺しきれず、終点でもあった壁さえも突き破り、彼の姿は見えなくなってしまう。 
「ソウリュウ!」
 駆け寄ろうにもこの位置では到達する前に撃ち殺されるのが目に見えている。
 歯噛みしながらフレイはソウリュウの無事を祈り、練り始めていた魔力素を凝縮させる即席作業に徹する。

 

 

「いって!あて、うわっ!いててててて!」
 ダイニングルームの隣部屋までぶっ飛ばされたソウリュウは全身のあちこちをぶつけながらも、ようやく棚らしき物に背中を打ち付けて停止する。
「ううう……どこだよここ。厨房か?」
 どうやらダイニングルームの真隣は厨房だったようで、古めかしい作りながらも高性能であろう調理器具やら汚れ一つない作業台、整った換気設備にずらりと並ぶ収納庫はもはや圧巻だ。
「あてっ」
 ここで大人数で飯を作ったらすごい量の飯ができるんだろうなぁと間の抜けたことを考えていたソウリュウの頭に、大匙が振ってくる。
 何事かと思い頭上に目をやると、タイミングが良かったのか悪かったのか―――――大量のナイフやフォーク、尖った銀食器類が重力に従って落下している光景を目撃してしまった。
「わ、わ、わああああああああっ!?」
 仰天しながらも無意識のうちに握っていたままの大匙をがむしゃらに振り回せば、木製の物質と金属製の物質がぶつかり合うような鈍くも小気味の良い音が連続し、がしゃんがしゃんと厨房のタイルの床に食器達が落下し、散乱する。
「あっぶねぇぇええ!死ぬかと思った……」
 難を逃れて一安心するソウリュウだが、こうも休んではいられない。
(あー……なんかすげえ背中の辺りが痛いけど、そのうち治るか)
 打撲の痛みに顔をしかめながらも立ち上がり、踏みつけるのもあれなので食器の海を跳び越える。  
「フレイのやつ大丈夫か?―――――ん?」
 ふと視界に入った〝それ〟は、シンクの傍の棚の下段に収められていた。
「これは―――――」

 

「あああああああああああああああああああああああ!?」
「うぇ!?」

 

 突如響き渡る絶叫にソウリュウは勢い余って危うく転倒しかけてしまう。
 すぐに声の聞こえてきた方向に視線を送ると、厨房の正規の入り口から入ってきたジュノーが青ざめた顔でわなわなと震えていた。
 瞳孔まで見開いているのではないかと思うほど瞠目したまま、髪の毛を振り乱して叫び続ける。
「ジュ、ジュ、ジュ、ジュノーが真心こめてお掃除したお台所だったのにぃ!ひ、ひ、ひ、ひどい有様!ひどい惨状!ひどいごみ溜めになってしまったあああああああぁ!」
 壁に空いた大穴、床に散らばる大量の高級食器類と壁の残骸。確かに元はピカピカだったであろう調理場は厳密には違うと言えども部外者(ソウリュウ)に踏み荒らされてしまっている。
「ごみ溜めはさすがに言いすぎだろ!それに好きで壊したわけじゃないぞ!だいたいお前のせいで……」
「ジュノーがごみ溜め野郎と叱られてしまいますうううううぅ!あああああああなんてことをなんてことをなんてことを!」
「えーあー……何かごめん?」
 完全に自分の陰鬱世界に入り込んでしまっている狂乱のジュノーに、ソウリュウは背中の痛みを忘れるほど唖然としてしまう。謝るつもりはなかったのだが、なぜかすんなりと口から謝罪の言葉が転がり出てきてしまうほど。
 しかしジュノーはそれさえも耳に入っていないようで、『バトルポッド・ミディアム』に触れる指に力を込め、とてつもない表情で歯軋りを繰り返す。
「めめめめ名誉挽回したいですぅ貴方をぶっ殺しますぅ!ああああ、でも、ジュノー、厨房は壊しちゃ駄目って先輩に言われていてぇ……ああああもう知りません知りませんジュノーは何も知りません知らないったら知らないですぅ!お客様はここでお料理されちゃってくださいぃいいい!」
 ダイニングルームよりも狭い場所で放たれる水弾は躍起になっているのか、威力も速度もそのままにソウリュウに特攻をかけていく。無論、ますます厨房は汚くなる―――――を通り越して、毒水に触れた物はたちまち無差別に融けていく。
「責任は取らねえからな!」
 そう言いつつもソウリュウは期待に胸を膨らませる子供のように笑んで、戸棚を踏み台に天井近くまで跳び上がり、壁キックを起点にジュノーに接近していく。 
「イライラしてんのか鬱々してんのかはわかんねえけど、それじゃあ楽しい勝負も楽しめなくなるぞ!」
「た、楽しいぃ!?ジュノーは全然楽しんでませんよぉ楽しめませんよぉ!これが楽しいのならお客様は〝イカれちまってる〟ですよぉ!?」
「じゃあ、楽しくないならとっとと終わりにしようぜ―――――俺はそれなりに楽しかったけどさ!」
 思った以上に距離を詰められ、動揺していたジュノーめがけて、ソウリュウは隠し持っていた〝それ〟を袋ごとぶちまけた。
「そらよ!」
 もわりとジュノーの顔に降りかかった〝それ〟は―――――細かい灰色の調味料。 
「きゃあああああ!?げほっ、げほっ、ごほっ、なに、を……!?」
「さっきからドカンドカンうるさいからお返しだ―――――胡椒爆弾だっ!」
 先ほどソウリュウが見つけ、拝借したのは胡椒入りの袋だったのだ。……爆弾ではなく単純に胡椒を振りかけただけだが。
「こ、こしょ……ふぇ、ふぇ……へくちっ!」
 胡椒を吸い込んでしまったせいで咳とくしゃみを連発してしまうジュノーの隙をついて、ソウリュウはジュノーを傷つけずに『バトルポッド・ミディアム』だけを蹴り飛ばす。
 ジュノーの手から離れた劇毒の魔道具ポッドは背後のパン焼き窯にぶつかり、ガラス瓶が割れるような音と共に大破する。武器の攻撃力は強大でも、耐久値は極めて低いようだ。  
「さ、降参するなら今のうちだ」
 武器を壊され、最悪なことに眼前には勝利を確信した相手待ち構えている。
 涙目でわなわなと恐怖と憤りに震えるジュノーだったが、それでも諦めきっていないのか、
「な、な、なななななな、なめないでくださいよぉおおおおおおおお!うあああああああ窮鼠猫を咬むなんちゃらぁ!窮鼠猫を咬むなんちゃらぁ!」
 噛みつくような雄叫びを上げながらメイド服のポケットから一本の短剣を取り出し、いかにも鍛えていない少女特有の構えでめちゃくちゃに振り回しだす。
「わ、と、あぶねえぞ!」
「わあああああん死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃええええええぇ!!」
 取り押さえようにも逆にジュノーに短剣が突き刺さりそうで、軌道が分かりやすすぎる攻撃をかわしながら躊躇してしているその時だった―――――水弾によって融けた壁の一部分から、一本の矢が真っ直ぐ飛来してきたのは。 
「ひっ!」
 ジュノーが振り上げていた腕の袖部分が射抜かれ、そのまま後ろの壁に彼女を張り付けてしまう。
 予期せぬ方向からの奇襲に力が抜けてしまったのか、ぽろりと手から短剣が滑り落ちる。
「……えーとこれはあれだな!ナイスアシストってやつだな、フレイ」
 助かったぜとお礼を言うソウリュウに、
「まったく。君は無茶ばかりする……」
 後を追いかけてきたフレイは弓を下ろし、やれやれと肩を竦めた。
「あ」
 放心気味だったジュノーだが、暴れた衝撃で解れた髪から、ぽろりと水色の髪留めが落ちる。
 ダイヤ模様の飾りがついたその髪留めを見て、ジュノーははっと今までとは違った様子で目を見開いた。 
「あ、あれぇ……?わたし……なに、を……」
 右手の甲に浮かび上がる薔薇の魔法陣と鎖は毒々しいが、ジュノーの表情は仮面が剥がれるように平常へと戻りつつあった。
 剥がれていく先には―――――悲痛の色。

 

「イリ、アナ、ちゃ……―――――!」

「痛かったらごめんな」
 
 今度は心から申し訳なさそうに謝りながら、ソウリュウは彼女を縛り付ける枷を叩き壊した。

 


 ◆

 


「何だこれ?」
 気を失ったジュノーをしっかりと抱えているソウリュウは、今しがた壊したばかりの『バトルポッド・ミディアム』の内部から出てきた黒い針のようなモノを凝視していた。
「これは……〝ガズネの花〟だね。獰猛な大型の魔物でも花弁を一枚食べるだけで死に至る猛毒の花。毒殺に用いるにも危険すぎて使われないって言われてるね」
 ここでソウリュウは何でも融かす水弾の威力を思い出し、そりゃやばいやつだなと苦笑した。
「てか、これ花弁なのか。てっきり根っこか何かかと」
「珍しい形をした花弁を持ってるからね。僕も図鑑の絵でしか見たことないけど、実物はもっとこう……禍々しさが増してる。寒冷地の奥地でしか育たないはずだけど、ここでも栽培してるのかな」
「薔薇だらけも嫌だが毒花だらけはもっと嫌だな」
「それもそうだね」


「さーて次は誰が相手かな―――――相手って言ってもメイドなんだろうけどな……毒の茶出されても嬉しくねぇしなぁ」

 

 

 

 


第二回戦 ダイヤのジュノー   勝者 挑戦者ソウリュウ フレイ

 

                                    三回戦進出決定―――――


 

 

 

 

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