名も無き勇者の冒険 第一幕 飛べない勇者と死ねない愚者

 

Ⅷ 戦闘メイドは鮮血がお好き

 

 

 

 

 

―――――つまりそういうことだ。ゆっくりとお出迎えを堪能しながら、死んでいってください。


 ◆


「本当に行くのかいフレイ。大丈夫なのかい」
 ソウリュウと共に森を目指すと決意してからのこと、街の住民達には寄って集って彼のことを心配し、今後のことに対しても危惧していた。
 忽然と姿を消した娘達が誘拐されていた手がかりも掴め、諸悪の根源の居所に乗り込めそうな今、フレイが導き出したのはソウリュウに協力してもらうことだった。
 他の住民達も二人の援護を所望したが、ソウリュウが全て断った。
 特に攫われた娘の身内の同行希望の要請を断るのは、骨が折れたようだった。
「招待されたのは俺だけなんだし、大人数で行くのもあれだし、俺が全部終わらせて皆助けてくるよ。任せとけって!」
 それでも自信満々に破顔するソウリュウだが、しかし、あえて口に出すのは差し障りを覚えて躊躇ってしまうが、彼はカシスの街の者ではない旅人であり、余所者なのだ。被害者と言っても差し支えない。
 同時に、フレイは思ってしまったのだ。
 どうしてソウリュウは―――――ここまで協力的なのか。
 彼のような者が腹の内では悪しき企みをしているとは信じたくないが、疑心暗鬼の今、どうしても疑ってしまう。
「ソウリュウ。君はいったい何者なんだい」
 そこでソウリュウは珍しく静かに、不可視の壁を張った笑顔を浮かべた。
 旅人と言うのでもなく、拳士と言うのでもなく―――――彼は言う。
「俺は―――――人間に成りそこなった竜人だよ」
 人間でも、半人間の亜人でもない、人間の血を一切引かない異形なる存在だと、彼は明かした。
 瞬間、住民達の表情は凍りつく。
 フレイもまた、同一の反応したのかもしれない。
 ソウリュウはそれを慣れたように見回して、少しだけ寂しげに言った。

「それでも、誰かを助けることはできるぜ」
 
 フレイがただ独り彼についてきた最大の理由は―――――あえて語る必要はないだろう。


 ◆


 これまでの冒険を一言で、単純に、簡潔に、わかりやすく、端的に、説明すると
 謎の怪奇現象に襲われている街に謎のメイドが襲来し、そのメイドに誘われるままに森の中をついていったら、とんでもなくデカくて建築者の美的センスを疑うようなけったいな館が建っていた―――――以上。
「ソウリュウ。僕は今、必死にこれまでの展開への対抗策を考えていたんだけど、ここにきて全部の知恵を総動員しても駄目だ。正直―――――ぶっ倒れそう」
 貧血を起こしかけそうなフレイだが、この場合は仕方がない。フレイでなくても誰もが混乱し、卒倒しそうになるだろう。
「ここで倒れないほうがいいぞ。茨がぶっ刺さって痛いぞ」
 石畳にはよく見ると、縦横無尽に伸びる蔦のように、ところどころで茨が編み込まれている。
 フレイは丈夫な皮靴を履いているため問題ないが、ソウリュウの場合、足には靴代わりの補強布を巻いているのみなので、気を付けて歩かなければならない。
「もし僕が倒れたら、君のツッコミ役がいなくなるね……」
「しっかりしろよフレイ。妹を助けるんだろ?この際ツッコミとかは関係ないだろ……まったく、とんでもないところに来ちまったな」
 理知的なゆえに戸惑いで頭の回転が鈍ってしまっているフレイとは真逆に、持ち前の能天気さですでにこの状況に対応しつつあるソウリュウは、開け放たれた城門の前に立つマーシアにずかずかと歩み寄る。もちろん茨を踏まないように足元に気を張りながらだ。
 ここでソウリュウがマーシアに掴みかからなかったのは仮にも彼女が女性だからであり、もしも男性だった場合は問答無用で胸ぐらを掴んでいたかもしれない。さすがに殴りはしないだろうが。
「おい、マーシア。俺達にここで何をさせようってんだ」
 先ほどの〝墓標〟という物騒極まりない単語が気がかりでならないのか、ソウリュウはいつも以上に声音を低くして追究してくる。
「俺はこんな場所に骨を埋める気はさらさら無いぞ。日当たりも悪そうだし、第一亡霊とか出てくるだろここ!」
 青ざめているフレイでも、「墓の心配をするのかよ!」とツッコみたくなるような台詞だが、ソウリュウにとって重要なのは墓ではなく、自分達の命だ。
「ご安心ください。ソウリュウ様がここでお亡くなりになられた場合は、ご主人様が特別なお墓を提供してくださります」
 さらりと受け流すマーシアに、ソウリュウでさえも頭からすっ転びそうになってしまう。
 だが、ここで転倒したら茨が突き刺さり、目も当てられない展開が到来するので、絶対に転ぶわけにはいかない。
「ちっとも嬉しくねえよ!ありがた迷惑だ!いや、ありがたくもないから迷惑だ!」
「そういえばご主人様からどのようなお墓を所望なのか、骨主に直接訊ねるよう言いつけられていました」
「やめろ!すでに骨みたいな言い方はやめろ!」
「それではソウリュウ様はどのようなお墓をご所望ですか?ご主人様は特注品を揃えて……」
 あくまで主人の言いつけを守り、場違いなほど事務的に外交販売を始めようとするマーシアに、痺れを切らしたソウリュウが大きく腕を薙ぐように振るって話を制した。
「もういい!墓の話はいいから……墓に入る前の話をさせろよ!」
 思わず笑ってしまいそうな字面だが、当の発言者は至って真剣である。
「はい。これからのご予定ですね」
「お前は俺の世話係かよ!」
「私はメイドですが、ご主人様のメイドであり、ソウリュウ様のメイドではございません」
「……」
 喋るだけ回りくどくなり余計な時間と体力を消費するだけだと悟り、ソウリュウはしかめ面のまま何も言わなくなってしまう。ある意味我が道をとことん進むソウリュウをここまで疲弊させられるメイドは、相当の強者だ。単に空気が読めないだけかもしれないが。
 
「これから御二方には屋敷の中にて―――――〝メイド戦隊〟と戦闘していただきます」

「……は?」
「え、せ、戦隊?」

 もしもこの場面に旧世界の生き残りの人類がいたならば、コメディめいた響きに大爆笑していたかもしれない。
 しかし今の時代にはテレビやラジオようなメディアは一切普及されていない。必然的にソウリュウとフレイは〝戦隊〟という単語の意味を理解することができない。
 〝戦隊〟という文字が秘めているロマンも、熱も、新世界では冷め切っているどころか認知されていない。それはそれでとても悲しい世の中なのかもしれない。 
「……フレイ。〝せんたい〟って何だ?メイドが千体いるってことか。こいつみたいなのが千体もいたらさすがにビビるぞ。館がこんなにでかいのはメイドが千体いるからか?もはや街じゃねえか!」
 確かにこの館はメイドが千人いても問題ないくらいに巨大だ。
「いや、でも多分それは違うと思う……戦隊?そのまま戦闘に特化した部隊って解釈していいのかな?でも戦闘に特化したメイドってもはやメイドの域を超えてるんじゃ……」
 しかし、現に驚異的な戦闘力を持つメイドは、すぐ近くで慎ましく咲く花のように真っ直ぐ立っている。あんなメイドが他にも何人もいるかと想像するだけで、フレイは眩暈がした。王国のエリート騎士団に刃向かうよりも恐ろしい。
 そんな中で頭を捻っていたソウリュウだが、自己解釈でもしたのか閃いたと言わんばかりに、ぽんと手を打った。
「つまりあれか!とにかくメイドと戦えってことなんだなそうだよな!」
 実に噛み砕いた受け取り方だが、逆にフレイとしてはありがたかった。これ以上深読みをしたところで気が狂う未来しか見えないのだから。
「メイド戦隊はご主人様の身の回りのお世話に、料理に洗濯に裁縫に掃除、子守りから殺戮までこなす愛と正義のチームです」
 咄嗟に二人の脳内で浮かんだのは、返り血をたっぷり浴びた姿でてきぱきと家事をこなすマーシアの姿だった。こんな格好で子守りなんぞされれば、どんなに泣き止まない赤ん坊でも泣き止むことだろう。それこそ心肺停止状態で。
 愛と正義とはいったい何なのか。
「最後にいらんものがついてるぞ!最後さえなければ完璧だぞ!」
「心配はご無用です―――――殺戮後のお片付けもこなします」  
「そういう問題じゃねえからっ!」
 ああ、目の前のメイドは紛れもなく狂人だ。
 他のメイドも、きっと頭のネジが千本外れているに違いない。
 攫われた妹や女の子の安否がますます不安になってくると同時に、自分達がこれからどうなってしまうのか、もはや想像さえできない。
「……僕の妹に手を出してないだろうね?」
 フレイはマーシアを睨むが、彼女は思った以上にあっさりと話してくれた。
「貴方様の妹様とその他もろもろのお嬢様方はこのお屋敷にいます。ご安心ください。手荒なことは一切していません」
「その言葉、信用してもいいのかい」
「貴方様の心の内は貴方様にしかわかりません。ご自由にお願いします。私はその後の責任は負えません」
「そもそもなんでお前らはフレイの妹や街の奴らを攫ったんだ?街から出れないように変な術かけたり……いいかげんそろそろ話してくれよ。いいだろ?ここまで来たんだから」
 溜まりに溜まった疑問と謎は一向に解決されないまま、わだかまりとして胸の内でとぐろを巻いている。
 解決編を求めるソウリュウだが、マーシアの回答は明白でいて残酷でさえあった。
「申し訳ありませんが必要最低限のことしかマーシアは話せません。ご主人様のご命令で会話に制限があるのです―――――ですが、お客様がメイド戦隊に勝利された暁には、ご主人様が全ての謎を明かし、お嬢様方を解放してくださることでしょう」
「……やっぱり戦わなきゃいけないんだね」
 乗り気ではないが妹たちを救出するにはそれしか方法が無い。
 今更後戻りもできないし―――――何より今は、心強い味方がいる。
 そんな心強い仲間はマーシアに一つ訊ねる。
「なあマーシア―――――そのメイドなんちゃらって奴らは、強いのか?」
「はい。強いです」
「お前よりか?」
「どうでしょう。私は私の力と他の方の力の差を比較することができません。お手数ですが実際にメイド戦隊の誰かと戦闘なってから、力量を比べてみてください」
 納得したのか、ソウリュウは軽く腕を回しながら、にかっと快活に歯を見せて笑む。
「俺としては、強ければ強いほうがいいんだけどさ」 
「え?……何を言ってるんだい君は」
 下手をすれば今にでも首が跳ね跳ぶ敵本陣突入直前にして、まさかの発言にフレイは茫然としてしまう。
 弱い対戦相手よりも強い対戦相手を希望するソウリュウが、楽観的を通り越して愚鈍者にさえ見えてしまう。 
 しかし彼は敵を前に強がっているわけではなく、これから激突するであろう敵方との勝負に情熱と期待を抱いているのだだ。
 戦いに身を投じ続けている拳士の高揚感は、武者震いではなく芯の強い瞳の焔色の輝きから察せた。
「だって強いやつと戦うほうがいいだろ―――――燃えるし、楽しいし、何より絶対に勝たなきゃいけないって気持ちが沸くからさ」
「はぁ……そうだね。君も、戦うのが好きなんだよね」
「好きだぜ。殺し合いじゃないバトルがな」
 戦闘も乱戦も騒乱からも一線を引いていたいと希求しているフレイだが、妹達を取り戻す為には戦うことも覚悟してソウリュウについてきたのだ。
 武器はすでに装備している。
 何にしても―――――ソウリュウを単独で行かせるわけにはいかないのだから。
「案内してくれ……っていうか、正面から堂々と入っていく感じでいいか?そのほうが気合沸くしな!」
「妹達は返してもらうし、街にかけた術も解いてもらうよ。僕達はそのためにここまで来たんだから」
 ソウリュウとフレイの言葉にマーシアは相槌こそ打たないが、静かに乱れ一つ無い動作で、歩き出した。
「それではご案内します。足元には充分お気を付けください。茨に刺さってお亡くなりになられては、元も子もありません」
 城門の鉄扉はすでに開け放たれており、鎖と剣を模した扉の飾りが、怪しげな光を反射する。
 いつの間にか館周りの柵には無数の燭台が等間隔に出現しており、青紫の炎を揺らめかせている。徐々に視界が晴れてきたのは、光源が多数生まれたおかげだろう。
「幻想文学でも読んでる気分だよ……」
 現にここが魔法や剣が存在する世界だが、非現実的な光景を目の当たりにする回数は誰しも少ないことだろう。
 辟易するフレイは、それなりの読書家だ。
「悪趣味な館が出てくる物語があんのか?」
「そこそこあるよ。きっと旧世界には山のようにあったんだろうけど。でも、実際に似たような場所に来るとはさすがに思ってなかったよ……どの物語に出てきた館よりも禍々しいし」 
 館内に向かって歩き出すマーシアに二人はついていく―――――もちろん、周囲に警戒を払いながら。
 ここは敵の手中であり、チェスで例えるならば盤上に等しい。そして戦場の舞台である屋敷の主人こそが相手の王様(キング)だ。おそらくはソウリュウ達の知らない罠や策を使って、今後とも厄介な攻撃を仕掛けてくることが予想できた。
 その場合、主人が直接戦地の前線に赴くのではなく、従順な部下であるメイド達が差し向けられるのだろうが。
 王でありながら、指揮官という呼び名のほうが相応しいかもしれない。 
 大軍勢が一丸となって突撃しても絶対に突貫できないほど分厚い門を通り抜けた先には、一面の薔薇園が広がっていた。
「うわっ、妙に変な匂いがすると思ったらこれかよ」
 噎せ返るような薔薇の甘ったるい匂いに、ソウリュウはげんなりとする。
 深紅の薔薇があちらこちらで咲き誇るここは館の庭だろうか、よく手入れされた植木や芝生が不気味な翡翠の色を帯び、薔薇の赤さを際立たせている。よく見るとお茶会用のテーブルに椅子、休憩用のベンチ、薔薇の花びらを浮かばせる人工泉もある。
 しかしあまりにも庭が広すぎるせいか遠近感が掴みにくく、距離感にも惑わされていく。 
 とにかく、一面の赤薔薇だ。

 一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇、一面の赤薔薇―――――もはや狂気の沙汰だ。

「ここで飯は食いたくねぇな」
 鼻を抑えながら、ソウリュウは目に優しくない真紅の空間をざっと見渡した。
 そこで一つ、異変に気がつく。
(……この茨、こんなに太かったか?)
 相変わらず整備された路上に勢力を伸ばしている茨だが、屋敷外の茨と同種のはずだ。
 それなのに―――――蔦が倍近く太くなっている。
(しかもなんだこの傷は、切り傷?)
 おまけに茨の表面には切り込みのような痕が幾つもあり、まるで切断寸前まで刃を立てられていたかのようだ。 
 気にするようなことではないのかもしれないが、妙に気がかりだった。
 すると、ここでマーシアがぴたりと足を止めた。
 てっきり庭は通り過ぎるかと思いきや、庭の中央道の更に中間地点で立ち止まったのだ。
 進行方向の先には薄らと本館の入り口が窺えるが、まだかなり距離がある。
「おい、何で止まったんだよ」
 ソウリュウが怪訝そうに問うた瞬間―――――

 しゃきん しゃきん しゃきん しゃきん

「っ!フレイ伏せろ!」
「えっ!?」
 刃物が擦れあうような甲高い音が聞こえたと思えば、頭上に複数の斬撃が奔る。
 咄嗟にソウリュウがフレイを突き飛ばしていなければ、ソウリュウはともかく彼の首が骨ごと断たれていたかもしれない。
 フレイはそのまま地面に落下するが、不幸中の幸いは茨の絨毯ではなく無害な芝に背中を打ったことであった。
「そこにいるのは誰だ!出てこい!」
 ソウリュウはフレイを突き飛ばした直後に体勢を反転させ、低く屈みながら斬撃が放たれたであろう方向に駆けた。
 薔薇の叢を軽々と跳び越えると、二度目の斬波がソウリュウの真横を疾風のように走り抜ける。
「おわっ!」
 宙に浮かぶ左足を切断せんとばかりに疾走する攻撃に、ソウリュウはぎょっとしながらも回避する。
 不可視の斬撃はそれこそ鎌鼬のようで、通常の近接武器では到底出しえない距離にまで襲いくる。
 まるで研ぎ澄まされた剣から繰り出される抜刀術を、そのまま弾丸に変換したような威力だ。
 ソウリュウは直感と斬音を頼りにそれらをかわすが、いつまでも避けきれる保証は無い。
「こそこそ隠れてないで出てこいっ!」 
 一撃一撃が鋭利すぎる面妖な技を何とか見切りながら―――――ソウリュウは、得体の知れない動物をモチーフにした像を蹴り飛ばした。
 脆い土でできている彫像にはたちまちヒビが入り、砂煙を巻き上げながら破壊される。
「うふふ」
 すると、像の陰に潜んでいたであろう人物は、可愛らしくも不気味な含み笑いを洩らしながら、猫のような身のこなしで芝生に跳び出してきた。
 マーシアと揃いのメイド服に、ふんわりと波打つ長い髪。  
 モチーフは―――――ハート。
 十三、十四ほどの容姿をしたメイドの少女の乱入に、ソウリュウは若干気が引けてしまう。
「……子供もいんのかよ」
 ただでさえ女子と戦うことには抵抗があるというのに、自分よりも年下となれば一層だ。
 しかし、この少女もマーシアと同じく、普通ではない気配を湛えている。
「うふふ、ふふ、お客様は蜥蜴のように素早いのね」
 好戦的でいて狂気的な表情も異様だが、手にしている武器が奇怪なのだ。
 一見するならば大きな植木鋏なのだが、凝った装飾以上に目立つのは―――――刃が四枚あるのだ。
 鋏は二枚の刃が取り付けられているのが通常だが、一つの鋏に四枚の刃はありえない。しかもその刃が恐ろしく極限まで研がれており、触れただけで指が二度とくっつかなくなりそうだ。
 鋏ではなくもはや破砕機と表したほうが適切かもしれない。そんな得物を目の前の少女メイドはくるくると玩具で遊ぶ子供のように手の内で回している。
「どうしてかわしてしまうのでしょうか!せっかくせっかくアタクシが〝お飾り〟してあげようと思いましたのに」
 鈴の転がるような可愛らしい少女の声には、異常なほどの陽気さと高ぶりを感じさせ、悍ましくさえあった。
「アタクシがチョキチョキしてあげたら、お客様は綺麗に真っ赤になるのに。逃げられてしまったらお化粧もできませんわ」
「この館のメイドは、おっかないおもてなししかしないみたいだな」
 鋏を構えて戦闘態勢を取る鋏メイドに、気遅れそうになりながらもソウリュウも身構える。構えは、突撃の手刀。
「一回戦目はお庭にて開幕でございます。どうか御武運を、そしてご主人様を満足させられる戦いを期待しています」
 ぽつりとマーシアが呟いたが、そこから先は彼女は何も言わなくなる。
 ただ、この試合の審判に徹すると言わんばかりに、居座るつもりのようだが。
 見物しているのは彼女だけではなく、主人もいるのかもしれない。どこからともなく、悦楽を求めて視野を伸ばして。 
「嘘、だろ」
 そんな中で、芝から起き上がったフレイだけが愕然としている。
 信じられないモノを見た直後のように目を見開いて、声を震わせる。

 

「ミーシャ……!どうして君が……!」

 

「ミーシャ?」
 そこでソウリュウははっとする。
 ミーシャ―――――それは行方不明になっていた街の娘の一人!
「まさかこいつがお前の探してるやつの一人なのか!?」
 それならば何故、黒のメイド服に身を包んでいるのだ!?
 二人が衝撃を受けている中で、ミーシャであるはずの鋏メイドは不服そうな顔を浮かべる。
「みーしゃ?そんなダッサイ名前知りませんわ。人違いじゃなくって?」
 彼女は大鋏を振り上げ、残虐な笑顔をソウリュウ達に見せつけながら、高らかに名乗り上げた。


「アタクシは〝キャロリーナ〟ですわ!メイド戦隊が一人!〝ハートのキャロリーナ〟!―――――さあお客様!アタクシが手一杯目一杯ご奉仕して差し上げますわ!」
 



             

 

 第一回戦 ハートのキャロリーナ 戦闘開始―――――

 

 

 

 

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