名も無き勇者の冒険 第一幕 飛べない勇者と死ねない愚者

 

 

 

Ⅸ VSハートのキャロリーナ

 

 

 

 

 攫われたはずの街の娘が、何故か敵側の戦闘メイド集団こと〝メイド戦隊〟に所属している。

 

 
 衝撃の事実が発覚し、論理的に物事を思考する脳内回路を大して実用できない根っから愚直のソウリュウからすれば、本当に頭がこんがらがってしまう。
 倒すべき敵方に救うべき少女が一員として加入し、ソウリュウ達に牙を向けている。もっとも、現在向けられているのは四刃の大型の鋏だが。
「おい、この場合どうすりゃいいんだよ……!」
「この場合?―――――殺しあうべきだと思いますわ!ソウリュウ、様ッ!」
 スキップと見紛うような軽快な足捌きで接近してきたキャロリーナは、問答無用で大鋏を振りかぶる。
 ぶんと、空気を裂く鋭い音と共に発生するのは斬撃の疾風。それらは群を成してソウリュウに襲いかかってくる。
「っ!」
 足元の地面が真一文字に抉れ、ソウリュウはぎょっとしながらも後方へ跳躍し、途中で着地を繰り返しながらフレイの元まで戻ってくる。その間、周辺の土やら薔薇やらは斬り刻まれ、赤と茶色と緑が入り混じった面妖な煙を巻き上げる。煙の向こう側では、にんまりと狡猾な猫のような笑みを浮かべているミーシャが、鋏を指先でくるくると回して遊んでいる。
(近距離にも遠距離にも対応できる鋏ってなんだぁ!?)
 見たことも無い武器の攻撃法に目を白黒させながらも、ソウリュウは息を整えてフレイに手早く訊ねる。
「……こいつが街のやつだってのは本当か?実はそっくりなだけで全然別人とかそういうオチは無いのか?できるなら穏便って感じで済ませたいんだけどよ……」
「それならどんなによかったか!見間違えるはずがないこの子はミーシャだ……よりにもよって何で……」
 弓を取り出すことはできても矢をつがえられないフレイは、緊迫した面持ちで眼前に広がる信じがたい状況に歯噛みしている。
 ソウリュウはもちろんフレイの記憶力に信憑性を感じる以前に、フレイの言葉を疑うことさえしない。つまり、キャロリーナは寸分違いも無く、誘拐されたはずの娘、ミーシャなのだ。
 幻術や人形の可能性も見込めなくはないが、放たれる攻撃の重さやひしひしと伝わってくる現実味から、相手は実体であるのは明白になる。
「話が違うぞマーシア!誘拐した奴らは無事だって言ってただろ!」
 ソウリュウが控えているマーシアに訴えると、彼女はあくまで淡々と対応する。
「はい。確かにマーシアは先ほどそのように言いました―――――〝命〟は無事だと」
「ふざけんな!話を聞いてる限りだと全員非戦闘員なんだぞ!いったいどんな無茶をさせてんだ!」
 奇怪な鋏の特殊能力を駆使できたとしても、もともとの戦闘能力が備わっていない人間が使えば相当の負担がかかってしまう。見る限りキャロリーナの体躯は鍛えられていない華奢な少女そのもので、通常ならば剣一つ持つのにも苦労しそうだ。
 そんな少女が易々と強力武器を扱えるのは異常でさえある―――――何よりも、人格も性格も口調さえも変貌している時点で、何か手を加えられたことは明らかである。
「その点に関しては何も問題はございません。ご主人様の〝契約刻印〟がメイド戦隊達に力を与えていますから」
「け、契約刻印だぁ?」
「契約刻印だって!?」
「おおっ!?」
 契約刻印。
 妙に重々しい語の並びと響きに眉をひそめるソウリュウだが、対してフレイは血相を変える。
「フレイ知ってんのか?」
「知っているも何も、術者の魔力や潜在能力の一部を受諾者に貸し与える代わりに、刻印の呪いで受諾者の精神と肉体を縛る……譲渡の魔法を習得した魔法使いにしか使えない禁忌の魔法だよ」
 魔法は使用者の体内に含まれる魔力(マナ)を動力に、星の元から発生する魔力素(マナエネルギー)を燃料とすることで初めて発動することができる。
 魔力を先天的に宿す者のほうが基本的には後天的に魔力を得た者よりも強大な魔法を扱えると言うが、どちらにしても魔力そのものの譲渡―――――つまりは自身の動力を他者に貸し与える法を〝譲渡魔法〟と呼ぶ。
 身の内に宿る魔力は生命力に等しく、譲渡術は己の身を削ることで発言すると言っても過言ではない。魔力素と違って魔力は蓄積や回復が利くものではないため、一層命の危険が関わる。
 ただし使い方次第ではとてつもない効果を発揮する魔法であるため、以上の理由から封印指定寸前の禁忌の魔法として陰で扱われている。
 もちろん魔法に関しての知識はからきしなソウリュウには、具体的な説明をしても把握しきれないことは優に想像がつく。
「精神と肉体?」
 現にソウリュウははてなと首を傾げている。
「簡略して言えば―――――都合の良い奴隷を作る術だ」
「えげつねえことしやがる!」
  奴隷と聞いて黙っていられなくなったのか、ソウリュウは拳を強く握った。
「マーシア!今すぐあの子のけいこくなんちゃらを解け!」
「契約刻印だよ!」
「そうだ契約刻印だ覚えたぞ!解けったら解けよ!」
   しかし催促は全くを意味を成さない。
「契約刻印はご主人様のご意志のみで解約が可能です。お客様のような第三者様には契約の解除は不可能です」
「嘘だろおい……」
 茫然とするソウリュウだが、フレイは徐々に接近してくるキャロリーナに叫ぶ。必死に呼びかけ、説得するように。
「僕のことがわからないのか!?」
「生憎ですがアタクシは貴方のような冴えない男性は好みじゃありませんの」
「君はカシスのミーシャだ!君のお父さんもお母さんも心配しているんだよ!」
「おとーさんおかーさん?そんなのいませんわ。キャロリーナにはご主人様しかいませんもの」
「君はミーシャだ!ミーシャ・レスターなんだ!思い出してくれ!」
「さっきから人の名前を間違えて間違えて……アタクシむっとしちゃいますわよ」
 憤慨するキャロリーナは唇を尖らせては、四刃の開け閉めを繰り返してすぱすぱと周辺の物を問答無用で斬り刻んでいく。
「後ろの方も斬り刻めばおとなしくなりますか?」
「……!」
 この殺気は見紛うはずもない本物だ。油断どころかこのままでは二人とも彼女に斬り殺される。
  気づけば恐ろしく整っていた庭園は、刻まれた茨の捨て場と化しており、舞い散った赤薔薇の花弁は黒塵の丘に血のように映えている。
「……後片付け面倒そうだなこれ。こんなに暴れてご主人様とやらは怒らねえのか?」
 粉状になった残骸を軽く脇に蹴飛ばしながら、ソウリュウはもう一度構える。
「問題ないですわ。優秀なメイドが毎日毎日毎日丹精を込めて手入れをしている庭はすぐに綺麗になりますもの」
「そーかよ。いや別にそれはどうでもいいけどよ……お前にはお前の本当の仕事があるんじゃないのか?」
「本当のお仕事とは?言葉の意味がいまいちよく理解できませんわ」
「この庭で働くこと以外のことだよ」
「アタクシのお仕事はお庭の見回りと手入れ。今だってこうしてご主人様の挑戦者であるソウリュウ様を歓迎している真っ最中ですわ。ああ忙しい忙しい」
(やっぱり記憶が全く無いのか……本当にどうすりゃいいんだよこれ!)
 もはや話しに聞く人物とはまるで別人に等しい少女をどうすべきかと混乱するソウリュウに、フレイが静かに耳打ちする。
「ソウリュウ、一つだけ可能性……打開策があるかもしれない。契約刻印に関しては多少知識があるから……」
「まじか!」
  お互い命がけで手探り、藁にもすがる思いの為、一つでも可能性があるならばそれに賭けたい。
  にわかにぱっとソウリュウの表情は見出される希望に明るくなるが、フレイは険しい顔を崩さない。
「契約刻印の解除はできなくても、契約刻印の〝縛り〟を破壊すれば、ミーシャを助けられるかもしれない」
「〝縛り〟?別にあいつは縛られてはないぞ」
「契約刻印は必ず体のどこかに刻まれるんだ。刻まれた箇所には特殊な鎖が巻きつく。術者にしか見えず触れられない魔の鎖がね。だけど、契約された人物が肉体が精神が弱ると、鎖が見ることができるようになるんだ……ただしこれは実例が少ないから確証は薄い」
「じゃあ、鎖さえ壊せばあの子は助かるんだな」
「ただ……肉体と精神を極度に弱らせなければいけないから、少しでも間違えれば取り返しのつかないことになる。でも、リスクは高いけど今の僕にはこれしか思いつかなかった」
 当たれば目的の一つを達成、外れれば大損ではなくそれこそ絶望が待っている。後戻りのできない状況下ではとんでもなく無謀な博打だが、

 賭けるしかないと、ソウリュウは迷わず決心した。

「ありがとよフレイ。それだけわかれば充分だ」
「ソウリュウ?」
 景気付けに拳を打ち鳴らし、ソウリュウは一歩前に出る。
 戦線復帰だ。
「つまりあれだろ?あいつと戦って目を覚まさせればいいんだろ。もちろん死なせないで!」
「……死なせない?何を言っている?これは戦いですのよ。命と命を懸けた、殺し合いですのよ?まさか、殺さずに勝つとかそんな甘いこと考えてませんよね?」
 聞き捨てならないと言わんばかりに、キャロリーナはソウリュウに向けて鋏を突き付ける。距離はそれなりに離れているが、斬撃の射程範囲には収まっている。接近戦特化のソウリュウ、否、接近戦に持ち込まなければ勝ち目のないソウリュウにはかなり不利の相手だ。
 それでも〝やり方〟の方向性を定められたならば、もう逃げたり悩む必要は無い。
  
「そうだよ。俺は誰も殺さないって決めてんだからな!」

 

 シャキン! シャキン !

 

 間一髪で跳ねて避けたが、ソウリュウが立っていた位置に十字の傷が刻み付けられる。
「……ああん、外してしまいましたわ。きっとソウリュウ様が甘ちゃんだからいけないのです。お馬鹿な甘ちゃんは常に三十センチくらい浮かんでるって聞きますし」
「それは初耳だけどな……フレイ、下がってろ。ここは俺に任せろ」
「いや、僕も戦うよ。後方支援しかできないけど、解析をするためにはもっと情報が必要だ。ミーシャを助けるためには、一刻も早く見抜くことを……」
「……」
「どうしたの?ソウリュウ」
「いや……誰かと共闘するのってすげえ久々だなって思ってよ」
「何を今更。来るよ!」
 ソウリュウが走り出すのと、フレイが弓を構えるのはほぼ同タイミングだった。

「外れるなら、もう一度、確実に、当てますわ……きゃはは!」

 シャキン! シャキン!

「さあ!次はどう!?」
 次から次へと放たれる斬撃を、ソウリュウは神経を研ぎ澄ませてかいくぐる。 
(この鋏、どう考えても普通の鋏じゃないよな!)
 キャロリーナに接近しようにも迂闊に近寄ることができないのが難儀だ。
(こんな鋏が実用品のはずがない。実用品じゃない絶対違う!どう考えても戦闘用だろこれ!でもなんであんなに斬撃がびょんびょん遠くまで来るんだ!?)
 それでも間合いに跳び込むことは成功し、接近してくるソウリュウをキャロリーナは哄笑しながら迎え入れる。
「ソウリュウ様〜!アタクシは一秒でも早く、早く、早く、早く、貴方様が苦痛で呻く様が見たいですわ!苦悶に顔を歪める刹那を、新鮮な血液の雨を降らせたいのぉ!」
「やめとけよ!血雨なんざ降らしたら、この館ますます客の出入りが悪くなるぞ」
 隙を見てキャロリーナの左サイドから回転を加えた正拳突きを繰り出すが、彼女が軽く鋏の刃を閉じるだけで斬撃は発生する。

 

 シャキン シャキン シャキン !

 

(今度は三つ!)
 もはや脊髄反射で打ち出しの位置をずらしたソウリュウの拳を、三つ分の斬撃が突貫するように掠める。
「あっぶね!」
「あららん?」
 訝しげに眉間にしわを寄せて、キャロリーナは牽制するようにもう一度鋏を振るう。
 しかしその一発もソウリュウの拳が相殺し、無効化されてしまう。
「へへ……何となく感覚がつかめてきたぜ」
「おっかしいですわね。どうして素手で斬撃を受け止められるのです?普通に考えたらありえないですわよ」
「受け止めたっていうか受け流したって感じだな。遠距離技だろうがなんだろうが、簡単には俺は斬れないぜ」
 ソウリュウの武器は体であり、拳士は存在そのものが武器である。
 肉体が傷つけば武器が損傷するに等しい。ゆえに、対戦相手の使用する武器には十分気を付けなければならない。
 銃や弓などの射撃武器に対抗できる動体視力と反射神経を身につけ、同じ拳士には圧倒とまではいかずとも渡り合える筋力と精神力を習得し―――――刃物を素手で受け止められるほどの拳の硬さを取得すること。
 どんな武器にも対応できるように全力で鍛える。
 それこそが山奥で朝から晩まで修行に明け暮れていたソウリュウが、師匠に教わった我流技法だ。
 躍然に大胆かつ堂々と構え直すソウリュウに、キャロリーナは不服な顔をする。
「迷いが無いですのね」
「刃物相手にビビってるようじゃ拳士は務まらねぇからな。師匠にも散々言われたぜ。〝恐れから一歩足を踏み出すことが勇気だ〟ってさ」
「よくわからないですが、ソウリュウ様の拳は岩よりも硬いと考えたほうが良いみたいですわね―――――なら、これはどう!」
 キャロリーナは戦法を変えてきたのか、鋏を地面に水平に構え、そのまま感覚を開けずに斬撃を発射してくる。
 まるで飛び魚のように軽快に跳ね跳んでくる一発一発のタイミングが計りにくい。
「どりゃ!」
 身を屈めて足払いを狙う。
「きゃははー!駄目ですわよ!レディを転ばせようだなんて」
 しかし軽々と真上に跳躍され、容易く回避されてしまう―――――それもそのはず、ソウリュウは本気で技を繰り出せなかったのだから。
「っ!」
 上空から全体重をかけて鋏を振り下ろされる。
 回避行動は間に合わないと察し、ソウリュウは刃の側面を殴りつけて落下と攻撃を逸らそうとする。
 がっと、鋏と拳がぶつかり合う鈍い音が生じると共に、何故かソウリュウの足元に斬撃の余波が飛び散り、芝を削り土をひっくり返した。
「なっ……どうなってんだよそれっ!」 
 鋭い痛みが奔ったかと思えば―――――ソウリュウの指先から血が溢れ出ていた。
 鋏の〝斬風〟だけで皮膚が掻き切られたのだ。
(相殺が間に合わねえ!!)
 このままでは指だけではなく腕ごと持っていかれる―――――即座にソウリュウは身を後方に仰け反らせ、背中を打つ覚悟で思い切り地面を蹴り、不安定な体勢のまま鋏を直撃していた手を引く。
「きゃうん」
 可愛らしい悲鳴を洩らしながら、キャロリーナは地面に鋏を突き立ててそのまま落下衝撃を殺しきってしまう。まるで軽業のようだ。
「散、散、散!チリチリチルチルッ!」
 間髪を開けずに十字架のような状態で静止していた鋏に回転をかけるように蹴飛ばすと、鋏が刃を広げた状態のまま中空で旋回―――――斬撃を振り撒く。
「美味しいミンチになってくださいまし!」 
「却下だあ!」
 近距離からの連撃に対応しきれず、ほぼ直感で両腕をクロスさせて防御姿勢を取るソウリュウだが、背後からの今まで感じたことのない異様な気配を察知し、首だけを動かして視線をそちらへ向けた。
 後ろには真剣な面持ちで弓を構えるフレイがおり、つがえられた矢は不思議な淡い光と絹を想起させる気を纏っている。
 すぐさま放たれる矢は真っ直ぐに中空を駆け抜け、迫りくる全てを突貫する勢いで加速し―――――風を切り裂くのではなく、風そのものを身の一部として吸引する。
 
「星の素と風の精から一閃―――――切り開け、風矢(シルフアロー)!」

 

 矢は突風と化してソウリュウを庇い―――――キャロリーナの斬撃を突貫する!

「お、お、おおおお!?」
「きゃっ!」  
 キャロリーナは紙一重のところで鋏を盾にして風撃を防いだが、完全に衝撃を殺しきることはできず、体重が軽いことも災いして吹っ飛ばされてしまう。
「すげえ!何だ今の!風を操ったのか?」
 興奮と興味津々が駆け合わさったのか、ソウリュウの緋色の瞳はきらきらと好奇心に輝く。
 フレイは薬学特化の魔術師とは言え、疑似魔法の魔術なら扱えるのだ。
「風の力を借りた魔法矢だよ。風と土属性、あまり自信がないけど火矢も扱えるよ!」
「こいつは頼もしいや!」
「だけど連発はできないから、あまり期待はしないでくれ」 
 会話を交わしている間にも、少し離れた薔薇の植木の根元でキャロリーナは鋏を杖代わりに倒れた体を起こしており、不満そうに頬を膨らませている。
「むむむー……眼鏡の方は魔法使い……いや、魔術師ですわね?面倒くさいですわ……」
 芝で汚れたメイド服を整えて、キャロリーナはゆっくりとこちらに戻ろうと歩み出す。
 迎え打とうとするソウリュウに、フレイが助言を出す。
「あと、だんだんと見ていてわかってきたけどあの鋏、魔道具だ」
「魔道具って……魔力素(マナエネルギー)ってやつを使うことすっげえことができる魔道具か?」
 魔道具―――――それは旧世界に普及していた利便性に突出した〝機械〟に負けず劣らない道具を魔力素を代用に魔法使いが製造した結果、数百年前に誕生した産物である。
 基本的には一般普及していない代物ばかりだが、後百年もすれば世の中は魔道具によって人々の劣悪な生活環境が多大に改善されるとも囁かれている。
 もっともそれは日常生活への機能性を重視した魔道具であり―――――少数ながら、完全に戦闘特化した凶悪兵器として活用できる魔道具も世界各地に存在している。一部の歪んだ思考を持つ魔法使いの手から生み出された魔道具の悪用によって勃発する事件は今も尚耐えない。
「ようやく気づきましたの?」
 ふふんとキャロリーナは得意げに鼻を鳴らして、自慢するように鋏を高々と掲げる。
 街灯の紫炎の光を刃の部分が反射し、やけに眩しく輝く。
「この鋏はご主人様がアタクシの為に用意してくださった縦横無尽の斬撃鋏―――――魔道具『メイプルシザーズ』ですわ!何でも斬れる優れもの……蒟蒻も斬れますわよ!」
「蒟蒻ってあのぬるぬるしたやつだよな?食ったことないからよくわかんねえけど、確かにその鋏ならずばっと綺麗に斬れそうだな」
 どこまでも能天気なソウリュウに、キャロリーナは小声で「天然なのか無知なのか……ご主人様はこんな方のどこがお気に召したのか……」と呟いたが、もちろんソウリュウにもフレイにも聞こえない。
「悠長にお喋りをしている暇はありませんわ。その舌、斬り落としてあげますわ!」
 メイド専用の黒靴が地面を蹴り、二人に向かって跳びかかる。
 『メイプルシザーズ』が狙うのは―――――フレイだ。
「先に厄介な魔術師さんから刻んでしまいましょう!」 
「ごめんソウリュウ!引きつけてくれ!」
「わかってるよ!―――――俺が相手だ!」
 遠距離からのサポートに徹するフレイに頷き、ソウリュウはキャロリーナを抑えるべく助走をつけずにジャンプする。
「どりゃああ!」
「……ッ!?」
 助走無しだというのに一瞬で眼前に移動され、キャロリーナはぎょっとしてしまう。
「この……!」
 即座に『メイプルシザーズ』で胴を薙ごうとするが、一瞬で見切られ、回避される。 
「何て跳躍力……馬鹿力!やっぱりソウリュウ様は相当のお馬鹿さまですわ!―――――でも、甘い!」 
 振るった『メイプルシザーズ』の軌道はそのまま、空中で自身の体を駒の軸に見立てて、横へ逸れたソウリュウに斬撃を一気に放つ!

 

 シャキン! シャキン! シャキン! シャキン!

 

 ふぁさり、もしくはふわり。
 硬く太めの毛質をした真っ白な髪の毛が数十本、宙を舞う

 

「ああああああああああああ!俺の髪がああああああっ!!」

 

 髪が切れたと言っても二つ結びの中間地点のほんの僅かな部分が切れただけだが、本人からすれば大問題なのか、今までで一番大きな叫び声が響き渡る。
 着地してすぐに髪の毛を押さえたことから、相当ショックなのだろう。
「また外れ……邪魔な髪の毛を散髪してあげたく思いましたのに」
「お前~!ひどいぞっ!」
「おほほほ、ソウリュウ様ったら女の子みたいですわ!お若い殿方様はそんな風に髪の毛をお気にしないものだと思っていました」
「何でどいつもこいつも俺のこと女子みたい女子みたいって言うんだよ!前にも誰かにそんなこと言われた気がするぞ!だって髪は髭みたいなもんだろ!?伸ばしといたほうがかっこいいだろ!」
「そ、それはよくわかりませんけど……とりあえずソウリュウ様はここでキャロリーナに斬り刻まれる運命にあるので関係ないですわ!」
 方向転換。
 先ほどとは違って積極的に攻めてくるキャロリーナは、『メイプルシザーズ』を長剣のように豪快に振るってくる。
 瞬時にソウリュウは一撃一撃を受け止めるが―――――受け止めれば受け止めるほど、斬り傷が生まれる。
 服の肩口から血が洩れ出たその時は、さすがのソウリュウも気が動転しそうになる。
「げっ!」
「さあさあどうしますのソウリュウ様!『メイプルシザーズ』に触れれば嫌でも傷が増えますわよ?いつまでもちますの?どこまで粘れますの?―――――アタクシ忙しいから、そこまで待っていられませんわ!」
 一方的な暴力と防御。
 めまぐるしい乱打戦だが、攻防一体のキャロリーナと防護一貫のソウリュウでは徐々に差は開いてくる。
 斬れ味が全く落ちない鋏はソウリュウの体をじわじわと嬲るように傷つけていく。
(茨が、邪魔だ!)
 一旦さがってから仕切り直そうにも、あちらこちらから伸びている茨が彼の行く手を妨害する。それに引き替えキャロリーナは一歩進むだけで『メイプルシザーズ』が道を斬り開いてくれるため、地形の悪害を受け付けない。むしろ茨の檻を味方につけているようだ。
(それに―――――下がるのは俺のやり方じゃねえし、攻めなきゃ駄目だろ!)
 ごり押し―――――否、真正面からぶつかり合うことこそがソウリュウの最も好む戦い方だ。
 よほどのことが無い限りは引きたくない。
 即断即決。猪突猛進。
 それはもはや拳士としてのプライドであり、ソウリュウ自身の代名詞だ。
「きゃはははははソウリュウ様!ついてこられますかアタクシに!」
 キャロリーナがとんと跳躍し、人工池の縁部分に着地する。
 瞬間―――――彼女の足元に矢が数本突き立つ。
 それも、真っ二つに切断された矢が。
「斬られた……!?」
 すばしっこく動き回るキャロリーナを捉えるチャンスを狙っていたフレイだが、肝心の狙い目で矢自体を破壊されてしまう。
「同じ技を二度も三度も食らいませんわ。風魔法の矢でも、斬ってしまえばただの爪楊枝ですわ!」
「どりゃああっ!」
 彼女を追いかけてきたソウリュウの拳を回避し、キャロリーナはそのまま池の向こう岸に跳び移る。
「待っ――――――――――」
 直ちに後を追おうと縁を踏み切るソウリュウだが―――――そのまま体の動きが不自然に停止する。

 

「なっ!?」
「つーかーまーえーた。やーっと引っかかりましたねソウリュウ様!」

 

 体が落下することも移動することもない。全身に細い棘が刺さるような痛みと共に、息苦しくなるほどの束縛感に襲われる。
 それもそのはず―――――どこからともなく伸び生えてきた茨達がソウリュウを拘束していたのだから。 
「言い忘れていましたけれどソウリュウ様。この庭の茨達はとーっても変わった品種で―――――例え切断されてもすぐに生え戻る習性がありますの。アタクシさっきから適当に茨を切っていたんじゃないですのよ?」
「まじかよ!?……だからあんなに茨の長さと太さがめちゃめちゃだったのか!」
 キャロリーナと対戦する直前に抱いた疑問が、思わぬ形で解消される。すぐに成長し生え戻るのならば、不自然な形態になっても何らおかしいことではない。
「ちっくしょ……!」
 渾身の力で振り絞って茨を引き千切ろうと試みても、何重にもなって巻きついた蛇のような茨は解ききれない。
 何よりも茨の棘がソウリュウの肌を傷つけ、動こうとするだけで激痛を奔らせる。
「ソウリュウ!」
 身動きの取れないソウリュウを救出しようとフレイが再度矢を放つが、『メイプルシザーズ』の攻撃範囲に突入した瞬間、ただの棒きれにされてしまう。

 

「ソウリュウ様ってば無駄にすばしっこくて鼠みたいですから―――――溺れ死なせてから楽しく刻もうと思いますわ!」
「い―――――ッ!?」

 

 シャキン! シャキン! シャキン! シャキン!

 

 命綱状態の茨の内の数本を切断されれば、支えを失った体は重力に従って真っ逆さまに落ちていく。
 そこでソウリュウは思い出す―――――真下が人工池であることを。
「う、わああああああああ!?」
 ばしゃああんと、激しい着水音を響かせソウリュウは池に落下。
 池は下手な自然沼よりもよっぽど深く、水底が全く窺えない。
 たちまち身体を重く包み込む水の感触にソウリュウは苦しげに歯噛みする―――――泳げないわけでも水恐怖症というわけでもないが、生まれつきあまり水は得意ではないのだ。
 慌てて水面に浮上しようと足をばたつかせるが、相変わらず体が凍りついたように動かない。

 

 茨の拘束は、まだ継続している。 

 

(嘘だろおい!?)
 もがこうにも茨はびくともしない。それどころか抵抗すれば抵抗するほど茨は絡みついてくる。個々の意志でも備わっているのか、強く巻きつく茨の紐は決してソウリュウを逃がそうとしない。
 思考が停止しそうな中でも体は沈み、赤薔薇の花弁が揺蕩う水面はどんどん離れていく。 
(しゃ、しゃれになんねえぞ溺れ死ぬとか……ッ!)

 動揺を隠せないまま、ごぽりと、口から洩れ出るのは―――――銀の泡。

 

 


 ◆

 

 


――――――――――

―――――

 


「さーて次は貴方様。貴方様はソウリュウ様と比べたら大したことなさそうですし鈍そうですわ。ゆっくりじっくり刻んで差し上げますわ!」
「ソウリュウ……!何てことだ……!」
 ようやく自分のペースが戻ってきて上機嫌なのか、キャロリーナは『メイプルシザーズ』を残ったフレイに突き出す。足元の池水からはすでにソウリュウの姿は視認できない。
 相当深くまで沈んだことだろうと、キャロリーナは満悦至極を体現したように邪悪に破顔する。
「茨のダメージも結構大きそうですし、ソウリュウ様はもう死亡(リタイア)決定。残った貴方様と引き上げたソウリュウ様の死体を並べて揃えて、寸刻みしちゃいましょう!そうしましょう!」
 愉悦の笑みを讃えたままフレイの懐まで跳躍し、喉元めがけて鋏先を突き刺そうとしたその時―――――突如、池から突き出された腕がキャロリーナの右足首を掴んだ。
「え!?」
 不意を突かれたキャロリーナはそのまま力任せに投げ飛ばされ、芝生の上に受け身も取れずに叩きつけられる。
「う、嘘!まさか、生きているわけが……!」
「そのまさかのまさかだ。勝手に殺すなよっ!……げほっげほっ、がはっげほげほげーっほげほがほっ!」
 池から出てきたのは、ずぶ濡れのソウリュウだった。乱れた長髪も服も水を吸い込んで重々しくなっているが、赤の瞳だけは一向に喪失していない戦意に燃えている。それでも酸素不足で苦しいのか、少々下品に咳き込んでしまう。
 体中に巻きついていた茨の半分ほどは水中で乱暴に引き千切ったようだが、まだ絡みついているそれは地上に上がってから剥がしていく。
「その茨、あんなに巻きついていて切れるはずが……」
 キャロリーナの驚愕は、ソウリュウが口から吐き出した茨の一部を見て確信へと変わる。 

「茨を噛み千切ったのですわね―――――しぶとい鼠ッ!」
「おかげで口の中が血みどろになりそうだったぜ。俺は鼠じゃねえけど、鼠だって猫に噛みつけるんだぞ!」
「この……ッ!」
 苛立ちはついに激情へと移り変わり、怒気を露わに『メイプルシザーズ』から無数斬撃を繰り出そうとしたところで―――――
 
「風矢―――――次は外さないよ」

 

 キンッ!と、澄んだ音が鳴り響けば―――――キャロリーナの手から『メイプルシザーズ』は弾き飛ばされ、弧を描いて池に沈んでいく。
 水面に生まれる波紋を直視し、キャロリーナは戦慄する。
 魔道具を奪わればただの無力な非戦闘員に戻ってしまう。唯一の戦闘武器を失い、それでもあきらめきれずに池を目指して走り出す彼女に―――――ソウリュウはメイド戦隊としての引導を渡す。

「多分そんなに響かないと思うけど―――――ごめん!」

 回り込んだソウリュウの突き上げの拳は、キャロリーナの腹部へと放たれる。
 直撃した拳技は少女の体では堪えきれるものではなく、そのまま意識が吹っ飛ばされ、視界が暗転していく。
「そ、んな……この、アタクシが……こんな、野猿に……!」
「野猿じゃねえよソウリュウだ!―――――お前を助けに来たぞ!」
 仰け反るキャロリーナの右手の甲がにわかに鮮血色の光を帯び始める。
 禍々しい薔薇の刻印が目立つ魔法陣には、同色の鎖が縛りついている。

 

「これを壊せば終わりだああっ!」

 

 力任せにソウリュウが鎖を叩き壊せば―――――鐘の鳴るような快音がこだまし、庭園中に不可視の波が広がっていった。


 ◆

 


 魔的束縛の全てから解放されたキャロリーナ―――――ミーシャ・レスターを抱えて、ソウリュウはほっと安堵の溜め息をついた。ようやく一つ肩の荷が下りて、安心したのは本当だ。
 すぐにフレイが駆け寄るが、どこか不安そうにソウリュウを凝視する。
「ソウリュウ―――――一応聞くけど亡霊とかじゃないよね?」
「ちげえよ!亡霊がずぶ濡れなわけねえだろ」
「だよね……ミーシャは無事、みたいだね。よかった……」
 気絶しているミーシャの安否を確認でき、フレイも息を吐いた。
「……それにしてもよく無事だったね。普通なら死んでるよ」
「水中なら息止めて八分は潜れるからな。気合で茨を噛みきって片腕で壁よじ登ってきた」
 満面の笑みでさらっと言うが、尋常ではない脱出法にフレイは青ざめつつも苦笑する。
「……そうだね。君は一般人と比較しちゃいけない部類だったね―――――何はともあれ、生きててくれてありがとう」

「おう。こんな序盤でやられてたらかっこがつかねえよ―――――あとさ、ここの茨くっそ不味いな!お前の気付け薬よりマシだけどさ

 


「そりゃそうだよ茨が食えるわけ―――――って、食べるなよ!!!」

 

 

 

 

 

          第一回戦 ハートのキャロリーナ   勝者 挑戦者ソウリュウ フレイ

 

                                    二回戦進出決定―――――

 

  

 

 

 

 

 

 

 

次話へ   目次へ

 

 

――――――――――

 

フレイの出番が少ない?もっと増やしますはい!!!