―――――〝死ぬ〟ってどんな気分ですか?

 

 

 



 ◆


 死の足音が聞こえる。
 俺の首を掴み、息つく暇なく喉を潰してくる、嫌な予感。
 背筋をぞくりと撫でる冷たい風は久しく感じていなかったせいか、一層冷え切っているように感じる。
 俺を殺す足音が近づいてくる。
 そもそも死に足音なんてあるのか?でも、死が確実にこっちに向かってきているのは手に取るようにわかる。
 逃れられる可能性は限りなくゼロに等しい。ただでさえ無い頭を限界まで働かせてこの状況を打破する方法を探っていたが、全く分からない。お手上げ。根を上げてしまった。
 師匠は〝窮地に追いやられたのならば尚更力を振り絞って、這いつくばってもそこから脱しろ〟みたいなことを何度も何度も頭が痛くなるくらい俺に言って聞かせてたような気もするが、この場合はそれさえも無理そうだからどうすりゃいいんだよ。師匠。師匠ならどうする。師匠ならどうやってこの場を切り抜けるんだ。師匠。教えてくれ。
 駄目だ、師匠はもういないんだった。ちくしょう完全に混乱してる。考えがまとまらない。考えるだなんてそんな面倒くさいこと、今までしてきたことあったか?余計なことばかり浮かぶ。
 正直、最悪の気分だ。
 最悪だが、元より見知っている〝最悪〟よりは幾分かマシかもしれない。
 それでも気分は全然回復しないし、慰めにもならない。
 そりゃそうだ。何を考えているんだ俺は馬鹿じゃないのか。
 どこであろうが誰であろうが、殺されて行き着くのは〝死〟だけだろ。

「ソーリュー」

 〝あいつ〟の声がすぐ傍で聞こえた。
 ああ、俺の耳元で喋ってくれば、そりゃあ大きくはっきりわかりやすく言葉を聞き取れるよな。
 ここは薄暗くて臭くてじめじめしているってのに、なんでお前みたいなやつがここに好き好んでるのかさっぱりわかんねえ。
 
「ソーリュー。ねーぇ聞いてる?ソーリューはどんな風に死にたいー?〇〇〇にどんな風に殺されたいー?」

 〝あいつ〟に叩かれたか、鎖を引っ張られたような気がする。
 くそ、思った以上に体の感覚がおかしくなってやがる。鈍くて重い。酒樽を一人で開けてもこんなにぐらぐらしないぞ。
 何がどうなっている。
 記憶が、抜けているのか?
 あれ。俺は、ここに、何で、いるんだ。
 でも、ここで何かをされたような、されていなかったような。
 誰かが一緒にいたような、いなかったような、あれ。
 視界が揺らいで、よく見えない。

「そーだ!生きたまま脳味噌を引きずり出すなんてどーぅ?こうやってね、お鼻に細い棒を入れて頭の中身まで伸ばしてねーこうやって引っ掻けてー丁寧にずるずる引っ張り出すんだよー。楽しそうでしょー。これなら頭蓋骨に穴を開けなくてもちゃーんと綺麗に取り出せるんだよー。すごいでしょー。〇〇〇はこれやるのすっごく上手なんだよー。だから心配しなくてもだーいじょうぶよ」
 
 どこが大丈夫だ全然大丈夫じゃねえよ。
 聞くだけで鼻が痛くなる。
 それが大昔からの伝統の一部か。物騒なことを考えるやつもいるもんだな。
 
「嬉しいでしょソーリュー。〝みんな〟と一緒になれるんだよ。友達になれるよ。もう寂しくないよー」

 みんな。
 みんなって誰だよ。
 俺は一人だぞ。
 俺は独り。
 独りだ。
 〝あいつ〟はどこかを指さして楽しそうに笑っている。
 何がそんなに楽しいのか、理解できない。
 
 そこにあるのは―――――死体。
 死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体―――――死体の山だ。
 
 干からびたような、魂が抜けたような、壊れたような、崩れたような、屍の海だ。
 黄ばんだ骨やどす黒い臓物や、乾ききってあちこちにこびりついた血潮と噎せ返るような腐臭と薬品の臭いが充満する、〝あいつ〟の宝物だった。

「ソーリュー。死のう?死んだらねぇ幸せだよー―――――誰からも愛されないソウリュウのこと、〇〇〇だけがずーっと愛してあげる」
 
 俺もあれの仲間になるってのか。
 死の足音はやっぱりお前か。
 お前だよなぁ。
 俺の体、動かねえし。
 何だか、すげえ、ねむいし、だるいし、つかれてるし。
 どうしてこうなったのかおもいだすのも、めんどうになってきたし。
 ナニが、ナンだか、ワカラ、なく、ナリそうダ。
 ……ア、レ?

「ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと!ずっと一緒よソーリュー。一緒になるの!」
 
 イヤだぞ。
 オレは、コンなフウにシぬなんテ。
 オレ―――――。

 



 オレ、ノ、からだ、イマ、どうなッテ、ル―――――?

 



「―――――ウ」

 コエ。

「―――――ソウ―――――ウ」

 コエが。

「―――――ソウリュウ!」

 アア、コノ、こえ、ハ

 



(―――――ヤシロ)







―――――お前がこうなるくらいなら、俺がこうなったほうがいいって思ったのは、なんでなんだろうなぁ

 

 


 


 ◆

 

 

 GAIA第八章一節 名も無き勇者の冒険 第二幕 呪われし勇者と屍の姫君

 

 0.〝彼女〟の世界

 

 

 

 ◆


  
 世界を天体模型の球体のように例えるならば、中東部に位置するその大陸は、かつて緑豊かで美しき湖が幾つもあり、繁栄した国々が多々ある楽園のような地であった。多くの神を信仰する国々が集まっているその大陸は、神に見守られた地。神に愛された地などと呼ばれ、永遠の平安を約束されていた。
 しかし数千年前、幸福と安泰は終焉を告げ、人々は新たなる富や土地を求め、長きに渡る戦争を始めてしまった。 
 血で血を洗うような悲惨な戦いは最初はほんの一部での争いでしかなかったが、気がつけば火種は広がり、大陸のほぼ全土が戦場と化した。
 多くの命が死に絶え、自然溢れる大地は血と肉によって真っ赤に染まり、かつての美しさを失った。
 醜き戦いはやがて神達の怒りに触れ、神は人間達に罰として神聖なる三日月の昇る夜に、砂塵の雨を降らした。
 神の砂は海よりも重く、一夜にして穢れた大地は埋もれてしまった。多くの人間や国や街、高度に発展した文明さえも埋もれてしまった。まさに、天罰であった。
 赤色の大陸は一瞬にして砂色の大陸と成り果ててしまい、これによって大陸は厳しい砂漠の環境のまま固定されてしまった。 
 大陸東側の地は数千年経った今も誰も住みつけない死の地となり、神の怒りによって罰を受けた人間たちの魂が浄化されないまま亡霊や屍体となって未来永劫終わらない苦しみに囚われながら彷徨っているという。
 渇いた砂に包まれた罪深き地で、人々は飢え渇きに苛まれながらも新たな文明を生み出し、自分達人間が犯した罪を償うように、二度と同じことを引き起こさないように、戦前の時代で一番強く崇められていた豊穣と平和の女神〝ヴァルドヴァーナ〟から名を取り、巨大な帝国を築き上げた。
 その帝国の名は〝ヴァルドバ帝国〟。
 不毛の砂漠の大陸を統べる、唯一の帝国。
 一夜で滅んだ世を千年で蘇らせたという所以から―――――またの名を〝千夜一夜の国〟とも呼ばれることになる。
 ……無論、これはただの逸話。信憑性の無い神話の一つだ。

 真実は一層、血に塗れている。 


 これは、そんな国での死にまつわる呪われた物語。
 最初から最後まで〝死〟しかない、乾いた舞台。







「―――――私を楽しませてくださいね。勇者サマ」





 第二幕、始まり始まり―――――。

 

 

 

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始まりました第二幕。

最初から最後までろくでもなさマックスでやっていきます。