これは、血で血を洗い、骨を骨で磨き、肉を肉で愛で、魂を魂で抱きしめ、死を死で夢見たお姫様の夜伽話。


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 GAIA第八章一節 名も無き勇者の冒険 第二幕 呪われし勇者と屍の姫君

 

 Ⅰ.ソウリュウ、砂漠を彷徨う

 

 

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    見渡す限りの砂。砂、砂、砂。
 水気の無いからからに乾いた大量の砂が地表を完全に覆ってしまっており、後にも先にも砂地帯しか広がっていない状況だった。
 雲一つない快晴の空にはカンカンな太陽が極熱の紫外線を放ち、黄色の砂を更に眩しく輝かせ、灼熱の温度を生み出していた。風景としては絵になるが、実際この場にいようものなら絶望的な気持ちに陥ることだろう。それほどまでにここは熱い。
 丁度昼時の時間帯ゆえに砂漠の気温は凄まじいものになっており、砂漠地帯に生息する大抵の動物昆虫の類や、獰猛な魔物でさえもこの時間では活発な活動が行えず、涼しくなる時を待ちわびて地中などに隠れ潜んでいる。
 極稀に高温の中でも通常通り行動できる生物や、むしろ身も融けるような暑さを好む化け物じみた体をした異形なる者もいるようが、大抵の者は短時間当たるだけでも肌が激しく火傷する陽光を浴びるなどという発想さえ浮かばないだろう。
 それでも夜間になれば気温は一気に下がり、冬のような極寒が訪れる。砂漠はどこまでも両極端であるが、生と死の天秤に限っては死のほうにしか傾かない。判断の誤りが致命的な悲劇を招き、命取りとなる過酷な環境なのだから。
 体力と水分をあっという間に奪っていく砂漠においての生存法は朝昼に日陰に身を隠し、夜に砂地用の防寒装備を身に着けて移動するということだ。体力はまだしも水分の消費を最低限まで抑えることは重要である。
 しかしそんな砂漠の真昼間、近場に日陰が一切無い砂の平地をのろのろと進む〝恐れ知らずの愚か者〟が独りそこにはいた。 
「どこだよ……ここは……」

 やけに嗄れた声で呟く少年は疲労の色が窺える顔つきで、砂を載せる熱風に辟易する。
 東の大陸の格闘着のような意匠の服は砂で汚れており、頭部の明るい橙と茶の髪も、うなじから二つに結われている白の長髪も同じように砂に塗れて本来の輝きを失っていた。
 炎を連想させる真紅の瞳は一向に見えてこない国やら町やらを探し求め、遠く彼方を必死で見据えていた。様子を見るにかなり危ない状態なのだろう。
 十代後半くらいの容姿をした少年。成人の儀さえ迎えていないような少年が独りでこんな場所で彷徨っているなどということは普通ありえない。ましてや砂漠の炎天下で。頭の上に生卵を落としただけであっという間に目玉焼きが出来上がってしまいそうな恐ろしい環境の中で単独で歩いているなど、命知らずにもほどがある。
「隣の国は大陸を渡ったすぐそこにあるとか言ってたじゃねぇかよ……ちくしょう騙されたか……?」
 少年―――――ソウリュウは旅をしている。
 世界中を放浪し、行く先々の国や町や村などを巡っている。言わば旅人である。
 現在も絶賛旅の最中である少年だが、旅は非常に苛酷であり、常に危険が付きまとってくる。
 例えば道中で魔物に襲われたり、滞在中にとんでもない事件に巻き込まれたり―――――親切なように見えた人間に騙されたり、など。
 この砂漠に突入する前に立ち寄った国で、ソウリュウは次の国に行ける道はあるかと、とある酒場の主人に尋ねたのだ。すると主人は気前よく、この街からでる船に乗って大河を渡り、砂漠を直通すればすぐにつく、とソウリュウに教えてくれた。ラクダなどを使わなくても1時間ほどで行ける、と。つまりは船で移動する時間も含めたら、約三日程度で到着できる。そのうちのほとんどは河を渡る時間で肉体的にはとても楽である。
 しかしよく考えてみれば砂漠を歩いて渡ろうなどと言う考えがそもそも無謀すぎる。どんなに短時間で移動できると言っても砂漠はとても危険な地域であることには変わりない。しっかりと準備をして挑まねばならないのが普通である。
 だが残念ながらソウリュウはとんでもなく騙されやすかった。かなりの期間を旅に費やしているというのに彼は未だに人を疑うという注意力が欠けており、あっさりと主人に教えを聞き入れ、大した準備もせずに単独で砂漠に乗り込んでしまったのである。単刀直入に言えば大馬鹿者、そうとしか言いようがない。
 街までの移動で団体行動を取りたくなかったわけには理由があるのだが、今でこそソウリュウは後悔している。
「こりゃ人間だろうが人間じゃなかろうが、きついぞ……」
 そして現在に至る。
 ソウリュウはすでに尽きてしまった水筒の中身が勝手に増えてくれないかとありえもしないことを願いながら、とにかく一向に見えてこない目的地を目指して前進し続けていた。
 一時間とはいったいなんだったのだろうか。ソウリュウはすでに五時間ほどは歩いている。ここには時計が無いので具体的な時間経過は計ることはできないが。
「と、とにかく俺は今……水が欲しい……こんなところで死んでたまるかって……あんの親父……!次に会った時は一発かましてやる……!ああでも、その前にさっきの村でいろいろ補給しとくべきだったか……金が、ない……ちくしょう」 
 歯を噛み締めながらようやく自分が騙されたことを自覚し怒りに燃えるが、燃えたところで余計に暑くなる他ない。今まで何度も騙されたことはあったが、ここまで命の危険に晒されるような騙しにあったのは初の経験だった―――――多分。
 しかも少年は砂漠に慣れていないため、砂漠を完全に侮っていた。「砂漠なんてちょっと暑いのを我慢すればいいだけだろ?」と高をくくっていた数時間前の自分を殴り飛ばしたい衝動にソウリュウは駆られていた。
 暑い。とにもかくにも暑い。汗をかいても一瞬で蒸発し、体内の水分が吸い取られていく。このままでは最悪脱水症状に陥って意識を失い、そのまま干からびてミイラになってしまうだろう。
「ミイラになるのだけは勘弁な……!」
 こんな場所でミイラになれば、砂漠から離れられずにいる怨霊やら悪霊やらに体を乗っ取られて想像するも恐ろしいことになってしまうのは確実である。特に飢えや乾きで死亡した者ほど憑りつかれやすい。夜の砂漠に屍体(ゾンビ)が出やすいのはそのためである。通りがかる人間を襲撃しては食らう哀れな存在へと成り果ててしまった屍体(ゾンビ)は救いようがない。大抵は死臭を嗅ぎつけてきた屍鬼(グール)や猛禽類に酷似した魔物などに屍体(ゾンビ)自身が食らわれてしまうが。
 砂漠は弱肉強食であり、死しても報われることがない。
 砂漠の脅威を身を持って味わっている少年は顔をしかめながら、だんだんとぼんやりしてきた頭にかかる靄を何とか振り払いながら自己を保っていた。
 だけど喉が渇いた。あんまりにも喉が渇いているせいで喉が痛い。
 ソウリュウの脳内の六割が、水についてのことで埋まっていた。
(水が欲しい。水はどこにある。雨でも降らないかな。でも砂漠って雨全然降らないんだよな。やばい。もっと水持って来ればよかった。これで充分足りると思っていたのに。干からびて死ぬとか嫌すぎるぞ! 水。水。水。水を―――――)

 

「水ならここにありますよ」
「まじか!?」

 

 唐突に聞こえてきた声にはっとするソウリュウであったが、いつの間にか目の前に立っている者の姿を見た瞬間に実に形容しがたい表情になってしまう。
「嫌ですねぇソウリュウさん。私の顔に何かついてます?」
 眼前で飄々とした態度で待ち構えている年端もいかない小さな少年にひらひらと手を振られ、ソウリュウは不愉快そうに溜息をついた。
「何もついてねぇよ。あるのはお前のムカつく顔だけだ」
「あら、失礼ですね。お面じゃないですから生まれ持った顔にケチをつけられても困るってものです」
「……お前の顔が生まれ持った顔なわけないだろ―――――フランシス」
 フランシスと呼ばれた幼い少年は得意げに笑んで、くるりとその場で踊るように一回転してみせた。
 得意げ―――――と表すよりは皮肉気と言ったほうが適切かもしれない。
「うふふ。それもそうですね」 
 何色とも言い難い不思議な色の散切り髪に、これまた表現しがたい色素を含んだ宝石のような目。幼い少年の姿をしている割に老獪そうであり、無邪気そうでいて底知れない不気味さを感じ取れ、一目で只者ではないことを認知できる。
 漆黒のシルクハットと同色の派手な装飾を施した衣装は砂漠においてはとてつもなく不釣り合いであり、絵の中から飛び出してきた少年のようにさえ錯覚できてしまう。
 そんな見るからに暑そうな服を着ているにも関わらず、フランシスは飄々とした態度で汗一つかいていなかった。ソウリュウが滑稽に思えてくるくらいである。もっともこの暑さでは汗を流しても一瞬で蒸発してしまうだろうが。
「それよりも水が欲しいのでしょう?」
 にこりと嫌に可愛らしい笑顔を浮かべながら、フランシスはどこからともなく水筒を出現させた。先ほどまで何も握っていなかった彼の小さく滑らかな手には、羊の腹皮で作られた立派な水筒があった。たっぷり水が入っているのか、茶色の外皮が膨らんでいる。
 ごくりと、ソウリュウは無いにも等しい唾を音をたてて飲み込んだ。
 今のソウリュウにとって水は生命線であり、からからの喉から手を伸ばしてでも手に入れたいものである。
 さぁどうぞと言わんばかりに水筒を向けてくるフランシスの誘惑から、ソウリュウは慌ててそっぽを向いて逃れた。
「お、お前の水なんか飲むもんかよ。どうせまた何か企んでるんだろ?」
「そんな疑いは必要ないですよ。私はただ貴方の喉を潤してあげたいだけですよ」
「お前の親切は大抵後で仇になって返ってくるから困るんだよ!」
 ソウリュウとフランシス。
 幸か不幸か二人が出会ってから早数か月の月日が流れている。
 始まりは黒と薔薇に守られた館から。とある館での一件の後、ソウリュウの旅先に頻繁にフランシスが乱入してくるようになってしまい、ソウリュウとしては疲労度が溜まるばかりであった。それもはた迷惑に、フランシスは事あるごとにソウリュウの妨害をしたり人々に対して悪事を働いたりと、極悪な悪人として大暴れ真っ最中なのだ。そんなわけで快楽主義者のフランシスがソウリュウを追いかけ、正義感の強いソウリュウがフランシスの非道行為を食い止めるという何とも奇妙な関係が早くも生まれつつある。
 竜人と不死者。
 今回の対峙は熱地獄同然の砂漠である。
 すでに水分的な意味で渇きそうになっているソウリュウと、余裕綽々なフランシスという組み合わせの絵面はなかなかシュールである。
「飲んでくださいソウリュウさん。さあ、私の高級水筒からお水をお飲みなさい」
「断る!お前の施しだけは受けないって決めてんだよ!」
 満面の笑みを浮かべ、水筒片手にじりじりと迫ってくるフランシスから、ソウリュウもまたじりじりと後ずさりする。
「飲んで」
「結構だ!」
「飲め」
「強制すんなよ!」
「飲みたまえよソウリュウさん。ほら、毒入りを飲ませるのはやめますから。これは普通の水ですから」
「やっぱり盛る気満々だったんじゃねえか!」
 咄嗟にフランシスを一発殴ろうと拳を放つが次の瞬間にはフランシスの姿は視界から消え失せ、いつの間にか背後に回られていた。
 気配消し、存在の一時的消失。陽炎のように消えたかと思えば現れ、蜃気楼のように現れたかと思えば消えている。種も仕掛けもまるでわからない姿消しはフランシスの得意技だ。
「そこまで拒否するとは思わなかったんですよぉ。ソウリュウさんってば能無しのくせに地味に警戒心強いんですもん。そんなに私が信用できませんか?」
「できるわけねえだろ。この先一生お前のことを信用する気ないぜ」  
「しくしく、ひどーい。私は純粋にソウリュウさんの身が心配でここまでついてきたというのに」
 わざとらしい泣き真似を披露するフランシスに、ソウリュウは実に鬱陶しげに頭を掻いた。
「よくもまぁこんな場所までしつこくつきまとってくるよな」
「よくもまぁこんな場所で彷徨っているソウリュウさんに言われたくはないです。私としては貴方に勝手に死なれちゃあ困るんですよ。貴方が死んだら〝約束破り〟ってことになりますし」
「……うるせえな」
 数か月前に館で交わした〝約束〟のことをフランシスを非常に重要視しているようで、ソウリュウは憂鬱げに息を吐いた。
 その〝約束〟があるからこそ自分は生かされている―――――生かされたのだと思うたびに、ソウリュウは苛立ってきてしまうのだ。
 〝約束〟の内容は二人の内緒であり、二人しか知らない。今後他者に話すことも、どちらかが何かを仕出かさない限り公に明かされることも無いだろう。
「だから干からびそうなソウリュウさん。お水をどうぞ。命の恵みをどうぞ。いくら竜人と言えども体は人間に近いんですから水分補給は必須ですよ。体の60パーセントは水なんですから、干上がったら本当に干物になってしまいますよいいんですか」
「そういうお前こそ水飲まねえと死ぬんじゃねのか」
「仮に体内の水分が枯渇して生命が維持できなくなったとしても、私の場合はすぐに復活しますから何にも問題ないです。不死者は常時完全な状態を保てるのですから、この程度の陽射しなんて全然大したことありません。肉体に急激な影響が出ませんから。でも暑いのは嫌なので体感温度を変える魔法は使っていますよ」
「あーあーそーかよ……お前魔法使えるんだったな……ムカつく……」
 きゃぴきゃぴ自慢してくるフランシスを睨みつけながら、ソウリュウはすでに灼熱の陽射しに心が折れそうになっていた。
「で、私の水を飲むか飲まないかで葛藤しているソウリュウさんは、いったいどこに行くつもりなのですか」
「ヴァルドバってとこ行くんだよ」
「知っていますよ」
「なら聞くなよ!」
「いやぁもしかしたらとち狂って死地に行くつもりだったらどうしようかなぁと思って念のため聞いたんですよ。よくあるでしょう?最初からわかっている答えを訊くために質問するっていうのは」
「知るかよまったく」
「ですがヴァルドバに行くだなんて寿命が縮まりそうですねぇ。あそこ、血生臭いですし」
「百年も外に出てなかったくせに見てきたかのように言うんだな……―――――忘れてた、お前そういえば長生きだったな」
 死にぞこなっているだけですよと、フランシスは微笑する。
「昔のほうがもっと血生臭かったですよ。世界有数の亜人奴隷保有国家ですし。今はまぁだいぶマシになっているみたいですが、存在するはずも無い神を信仰していたり、嘘偽り塗れの伝承を語り聞かせていたり……ろくでもなくて逆に楽しいところですよ。大昔、何度か足を運びましたが人間の汚さが明白になっている国ですねあそこは。貧富の差は激しいですし、あちこちで今にも死にそうな奴隷がこき使われていますし、そもそも王族に多々問題があるという―――――今の世界の国家なんて所詮身も心も腐った欲張り権力者様の独裁パラダイスですから、ヴァルドバに限った話じゃあないんでしょうけれどね」
「……」
 ソウリュウの表情が明らかに曇ったのをフランシスは見逃さなかったが、ここではあえて追求しなかった。
「それにしてもソウリュウさん。平等主義者の貴方がどうしてヴァルドバのような格差社会の檻に赴くのです?」
「細かい理由なんてねえよ。俺は世界を見て回りたいだけなんだ。どこへ行こうが俺の勝手だろ」
「ふふ。つまらない理不尽な世界を冒険するのもまた悪くない考えではありますねぇ。私はもう、飽きちゃいましたけど」
「……そりゃあ、お前はな」
「ええ。私ですもの」
 憐憫とも嘲りでも無い色を秘めた目でフランシスを見つめれば、フランシスは茶化すようにくるりとその場で一回転した。その動きは乱れ無く完成されており、さながら熟練の踊り子のようだ。
「それよりも細かいことはいいので早く水を飲んでくださいまし。このままだと貴方本当に干からびますよ」
「ぐうう……」
 屈辱だと言わんばかりの苦悶の表情を浮かべ、未だ迷っているソウリュウにフランシスはやれやれと肩を竦める。
「炎竜のくせに、この程度の暑さでへばるんですか」
「お前の感覚が異常なんだよ……」
 この場に温度計があれば尋常ではない高さの目盛りを指していることに違いない。
「まぁ火による熱波には強くとも、太陽熱には何者にも逆らえないということですね。どんなに強靱な肉体と翼を持つ者でも、大いなる日の下に近づこうものなら瞬く間に融かされてしまう。驚異と謳われる吸血鬼なんか特に、ね……火葬する手間が省けて楽だとは思いますけどね」
「生憎だがまだここで死ぬつもりはない。でも、お前の施しを受けて生きるのは正直勘弁したい」
「そんなに矜持に泥を塗られるのが嫌ですか。泥ではなく純水なんですけどねぇ。ふふふ、純粋な悪意は可愛い悪戯心なのに」
「お前の悪戯は死人が出るから嫌なんだよ……」
「ソウリュウさん以外の誰かが死んでも私は全然構わないので。故に、我儘で意地っ張りである意味愛嬌のある貴方に施しは与えませんが、ささやかな助言は贈りましょう」
「あ?助言だぁ?」
 気持ち悪いくらいに気持ち良い爽やかな笑顔のまま、フランシスはとある方向を指し示す。
「このままあちらのほうに真っ直ぐ進めば、オアシスがありますよ」
「……」
「信じるか信じないかは、貴方の自由です~」
「……」
「それともここで死にますか?人生終了しますか?」
 へらへらと笑ったままのフランシスに対して、ソウリュウは運命の選択を迫られていた。
 このままフランシスの言葉を信じず(信じるも何も疑いしかなく、助言さえも聞き入れたくないが)ひたすら大砂漠を彷徨ったところで目的地に偶然辿りつける確率は極めて低い。それに、何度も何度もうるさいくらいにソウリュウさんを助けたい助けたいと匂わす発言を連発しているフランシスがこの場で嘘をつく必要性も無い。フランシスの言葉をひとまず薄っぺらな思いでも信用するのが危機的状況下においては最善策なのかもしれないが、ソウリュウからすれば対人関係では死ぬほど嫌いなフランシスにこのような形で救われるというのは、自分に虫唾が奔る。
 ああでもここで何とかしないと本当に死ぬ。まじで死ぬ。逝っちまう。骨と皮になって魔物やら何やらに無残に貪られる未来が見える。
(……ここにマーシアがいたら、どんな顔するんだろうな)
 不意に脳裏で薄幸のメイドの少女の面影が過る。
 長い三つ編みを揺らし、虚ろな瞳でこちらを見つめる失われた少女。
 この世にもう存在しない、花のように散ってしまった紛い物。
 今となっては懐かしいとは到底思えない。彼女と会話を交わしたあの時のことは昨日のことのように鮮明に思い出せる。
(きっと、顔色一つ変えないんだろうな)
 例えソウリュウとフランシスがこうして外の世界で張り合っていようとも、感情の籠っていない表情で顛末を見つめ続けることだろう。
 少女、マーシアのことを思い返したのはほんの数瞬のことであり、続けざまにソウリュウは珍しく真面目に思考する。その時間、およそ五秒。
 そしてソウリュウは決断する。

「るっせぇ!最初からお前のことなんか信じてねえよッ!!」
  
 噛みつくようにそう叫んだかと思えば―――――ソウリュウは一目散でフランシスの指し示した方向へと全力で駆けだした!
 その速度は喉の渇きに苦しめられていた者とは思えないほどであり、否、乾いているからこその決死、必死の走行なのかもしれない。
 とにかくソウリュウは砂煙を巻き上げながらあっという間に走り去っていき、取り残されたフランシスは少しばかりぽかんと目を見開く。

 

「素直じゃないんですからもう……ま、これもこれで面白くなりそうですねぇ」

 

 暇が潰せれば何でもいいんですけどねと呟いてから、フランシスもまた、追いかけるようにその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

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