※予告とは違うタイトルにしましたごめんなさい

 

 

 

一章 望まれない世界と星の申し子

 

 Ⅲ 大地の踊り子フゥ

 

 

 

 

 フゥという人間がこの世に誕生してから、早五年の月日が経過した。

 


 ランシスの集落の外れの草原にて、踊る者あり。
 足首にまで届きそうなほど長い黒髪に、簡素で動きやすい衣装、すらりとした体躯は一見頼りないが、よく見れば多少筋肉がついている。
 整った童顔は少女と見まごうほどだが、薄い衣から覗く胸に膨らみが無いことから、れっきとした男子であることがわかる。
 彼こそが、五年前に森で拾われた少年フゥだ。
 集中して舞を踊るフゥは、大地をしっかりと踏みしめ、軽やかに跳躍しては宙で器用に回転する。その姿はさながら重力に逆らうかのようで、まるで重量感を感じさせない。
 踊りを嗜まない者でもフゥの舞を一目見れば見惚れてしまうことだろう。
 熟練の踊り子でさえも唸らせるほどの実力は天性の才能と呼ぶに相応しく、更に日々の練習を重ねたことによって、彼は異例の若さにしてランシスの踊り子の花形役を務め、同時に神聖なる儀式での舞もこなしている。
 それほどまでに彼の踊りは美しい。
 時には力強く、時には物悲しく、時には荒々しく、時には情熱的に、フゥの踊りには多彩な色が存在する。
 彼の踊りを見る者はいつの間にか目裏に神々しい情景が浮かぶと囁かれているほどだ。
 地を跳ねれば風に髪がなびき、宙空を回れば草がそよぎ、手を掲げれば陽光は彼を見据え、歓声の代わりに小動物の好奇心の視線が送られる。
 自然界のあらゆる物質や現象が彼を歓迎し、踊りを鑑賞する。
 フゥは自然の中で自由に踊ることを何よりも好んでいた。
 近くに人がいなくても、いつだって誰かが自分を見守ってくれているような気がする。ゆえに、孤独感は一度も感じたことがない。
(今日の風は、良い風だ)
 数度の細かい連続跳躍を決め、フゥは地面に舞い降りるように着地し、ひと段落ついたと息を吐いた。
 随分と長い時間踊り続けたせいか、急に疲労感がのしかかり、思わずこの場で大の字に寝転がりたくなってしまう。
 だが、フゥにはすでに特等席がある。
 視界の外れで地に根を張る木の下。あそこの木陰で昼寝をすることをフゥは好んでいる。
 早速本日も休憩を取ろうと木に向かう。
 それなりに樹齢がある木のごつごつとした幹の表面に触れるととても心が落ち着く。きらきらと煌めく木漏れ日もフゥに安らぎを与えてくれる。
 しかし、そう簡単には安堵は訪れない。彼女がここにいる限り。

「フーゥ!」
「わあっ!?」

 突如、フゥの眼前に少女の顔が逆さまで出現する。
 フゥは少々みっともなく跳び上がって驚き、盛大に尻餅をついてしまう。幸い土が優しくフゥを受け止めてくれた為、怪我を負うことはなかったが、多少の痛みは奔る。
「うふふ、吃驚した?」
 頭上からかかる声はよく聞き慣れたモノで、顔を上げなくても声の主が誰なのか、つきとめられた。
「そりゃ吃驚するよリリアンナ!吃驚するなって言う方が無理な話だ。心臓飛び出るかと思ったよ……今だってばくばくしてるし」
 リリアンナは木の枝に両足を掛け、蝙蝠のようにぶら下がっている。
 絹糸のようにきめ細やかな長髪は今にもフゥの顔に天幕のようにかかりそうで、甘い花の香りがした。
 なかなか豪奢な衣装も花の飾りも彼女にとても良く似合っているが、木の葉に塗れていなければもっと姫君らしく見えることだろう。
「そう?ならよかった」
「全然よくないよ!本当に心臓出ちゃったらどうするのさ」
 冷や汗を流しながら反論するフゥに、リリアンナはますます楽しそうに笑い声を上げた。
 彼女はフゥが初めて顔を合わせた頃からお転婆な悪戯っ子だったが、それは成長しても変わることなく、むしろ年々悪化してきている。大人達も彼女の有り余る快活ぶりには手を焼いているが、可憐な姫君ということもあり、いまいち指摘できずにいる。もしくは手のかかる子ほど可愛いと甘やかしてしまうのかもしれない。
 特にフゥに対しては毎日のように悪戯や驚かしを仕掛けてくるが、フゥは一向に慣れないため、毎度のように新鮮な反応を見せてくれる。リリアンナからすればそこが面白くてたまらないのだろう。
 わたわたしているフゥの胸を指差して、リリアンナは陽だまりのように明るい笑顔を浮かべる。
「もしもフゥの心臓が飛び出しちゃったら、私が押し込めてあげるから心配無用よ」
 自信満々なリリアンナだが、フゥからすればたまったものではない。心配どころか恐怖の域にまで到達する。
 そこでフゥは、ようやくリリアンナが木の枝に足を掛け、大胆に逆さまにぶら下がっているということに気づき、ぎょっとしてしまう。
 仮にも彼女はランシスの姫君だ。大怪我をしてしまえばそれこそ大問題の大騒ぎに転じてしまう。
 大慌てで彼女を支えようとするが、頭を鷲掴むわけにも胴体を抱くのも恐れ多く、フゥはおろおろしながら説得じみたことしか実行できない。
「危ないよリリアンナ。女の子なのに木からぶら下がるなんて」
 するとリリアンナは不満そうに唇を尖らせる。
「なぁに?女の子は木にぶら下がっちゃいけないの?」
「女の子はともかく、君はお姫様だし」
 お姫様だし。
 そう言われた瞬間、リリアンナは命綱に等しい枝から自主的に足を外した。
 支えを失えば、真っ直ぐ落ちるしかない。
 真下には……
「!?」
 突然降ってきたリリアンナにフゥは仰天するも、回避することも受け止めることもできないまま、彼女はフゥを着地床にしてしまう。彼女の体重が軽くなければ、今頃フゥは大変なことになっていたかもしれない。
「お姫様お姫様って、わたしのこと特別扱いするのやめてって言ってるでしょ!」
 仰向けに倒れたフゥに跨り、リリアンナは苛立ち混じりに叫んだ。
 彼女の髪は今度こそ地面に届き、同時にフゥの肌の上にも零れる。
「腫れ物みたいに扱われるの嫌って、フゥには何度も言っているじゃない!」
 確かにリリアンナの言うとおり、フゥは何度も彼女に念を押されていた。
 特別扱いはしないで、と。
 しかし彼女は一族の未来を担う姫君であり、フゥは名のある踊り子だが王族では無く、本来ならばリリアンナはフゥが軽々しく口を利いてもいい立場では無いのだ。
 それでも彼女が五年前から余所者のフゥに分け隔てなく接してくれることに、フゥは内心では非常に感謝している。
 だが、それと同じように恐れ多さと申し訳が湧いてきてしまうのだ。
「……ごめん」
 フゥができることは謝罪だけだが、リリアンナは気に食わないのか、彼の両足頬を柔らかな両手で乱暴に挟み込む。
「むぎゅっ」
「何だかフゥに謝られると胸がむかむかするわ!いつものことだけど」
「そんなこと言われても。リリアンナ」
「だーかーらー!リリアンナじゃなくてリリィって呼びなさいよ!何回言えばいいのよまったく」
「わ、わかった。わかったよリリィ」
 慌てて愛称を呼ぶと、満足したのかリリィはにっと笑む。
「それでいいのよそれで。フゥはそれでいいの!」
 リリィが立ち上がり、フゥに手を伸ばしてくる。日焼けしない体質なのか、いつまでも真っ白な肌の色はこの地方には降らない雪を想起させる。フゥは雪を一度も見たことが無いが、伝わってくる逸話を聞くだけで、とても綺麗なモノなのだと解釈していた。雪のように白いと感嘆されるリリィは、実際すごく綺麗なのだから。
 木漏れ日がリリィの黒髪に光を帯びさせ、フゥは少しだけドキドキしてしまう。
 彼女に年頃の特別な感情を抱いているからというわけではなく、純粋に見惚れただけだ。
 神様に仕える女の人がいるとすれば、このくらい浮世離れなのかと、ぼんやり考えてしまうほどに。
 そんな想像を脳内で巡らせながら、フゥはリリアンナの手を取る。
 二人が向き合うと、ほぼ同じ位置に頭がある。しかし、通常通りならはこの先フゥは更に成長期を迎え、彼女の背を越してしまうことだろう。
「フゥ、わたしと遊びましょう!踊りの練習は終わったんでしょ?」
「うん。だけど、リリィは大丈夫なの?いつもならこの時間はお勉強の時間でしょ?」
 気遣うフゥに、リリアンナは満面の笑みで胸を張る。
「心配無いわ!さっき全部終わらせたから!」
「へぇ、すごいね」
「フゥに会うために頑張ったのよわたし。偉いでしょ?」
 あからさまに褒めて欲しいと言わんばかりの素振りに、フゥは別段不思議に思うことなく「偉いね」と、素直に褒めてあげた。
 得意げなリリアンナはくるりと踊るように手を広げて回り、もう一度フゥの手を握る。
「かけっこしましょうフゥ。最近ちっともしてないから、つまらなかったのよ」
「いいけど、かけっこなんてしていいの?リリィは……」
 あれほど指摘されたというのに素でお姫様なのにと言いかけ、フゥはリリアンナの睨眼から放たれる鋭い視線に後ずさりしてしまう。無言の圧力ほど怖いものはない。
「えーっと……いいよ。やろうか」
「わあいやりましょうやりましょう!手加減無用よ。それじゃあこの木からあの気まで競争よ!」
 元気に跳ね飛んでは全身で喜びを表現するリリアンナを見ていると、自然とフゥの表情も綻んでしまう。
 リリアンナは言い方が悪いが強引で図々しいが、彼女が積極的にフゥと接してくれたおかげで、フゥは感情表現が出来るようになったのは確かだ。
 拾われたばかりの頃はろくに笑うことも喋ることもできなかったが、今では喜怒哀楽もはっきりと使いこなせ、会話も問題無く行えるようになった。少々引っ込み思案でおとなしいのは、後から出てきた彼本来の性格だ。
 だからこそ、フゥはリリアンナに感謝してもしきれないほどの恩をがある。
 それはいつまでも薄れないほど、心の内で確固たる形を成している。
「合図はわたしがする」
「え、向こうの鳥が飛んでからにしようよ」
 フゥが離れた位置で羽を休めている鳥を指差すが、リリアンナは聞き入れない。
「鳥なんか待ってられないわ。今すぐやるの!」
 リリアンナが一度言ったらきかないということは、この五年間でフゥは嫌にはならないが嫌になるくらい知っている。
 少し肩を上げて、「ならそれでいいよ」と、許可する。
 枝で地面に目印の線を一本引き、フゥとリリアンナは、すぐに走り出せるように構える。
 フゥは耳をすませ、合図の声をじっと待った。
「位置について〜……よ〜い……」
 張り切るリリアンナだったが、虚しくもその意気込みは無駄になってしまう。
 何故なら、

「おいフゥ。カトス様が急ぎで呼んでるぞ!」
「きゃうっ!」
「わ!リ、リリィ!」

 駆け足の合図は、フゥを探しに来た友人の声に悪意無く妨害されてしまったからだ。
 よーいどんのどんのどの字の時点で一足先に不正で跳び出そうと目論んでいたリリアンナは、半分は自業自得だが足が足に引っ掛かり、そのまま突っ伏すように転んでしまう。
 フゥはリリアンナの不正行為を咎めることなく(それ以前に気づいていない)、狼狽えながら彼女を助け起こす。
 特に怪我は負ってないようだが、せっかくの服が土で汚れて台無しになっている。
「やっぱりかけっこは駄目じゃないか!あああ……トクサ!ちょっと待ってすぐに行くから!」
「フゥ?どうしたんだよ……って、リリアンナ様!?」
 トクサと呼ばれたフゥよりも二、三歳年上に見える短髪の少年は、珍妙な挙動を繰り返す友人の姿に呆れてしまう。
 だが、それもほんの数瞬のことで、フゥの陰で目を回している土塗れなリリアンナを目視してしまい、戦士特有の化粧を施したトクサの褐色肌の顔がみるみるうちに蒼白する。

 

「トクサ……トクサね!わたしの栄光への一歩を邪魔したのは!許さないわよ!今ならフゥに勝てる気がしたのに!最初の一歩で転んじゃったじゃない!」
「わあああああああごめんなさいリリアンナ様ぁああああ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃいいいい!」

 

 声を荒げて憤怒を爆発させるリリアンナと、申し訳なさと恐れ多さからとんでもない速さで土下座をして謝るトクサ。
 その二人の間に立ち、実質挟まれているフゥからすれば、ぽかんとしてしまう光景だ。さすがに笑い出す度胸は無い。
「ああああああ姫様に対して無礼な乱入をどうかお許しくださいこの通りです!トクサはまだ死にとうありませんッ!」
「だからあんたも姫様姫様やめなさいよ!だいたい何よ死にとうないって、私がこの程度であんたを晒し首にするほど悪逆無道な奴に見えるっての!?喧嘩売ってんの!?上等よ!売られた喧嘩は買うわよ!」
「そんなそんな滅相もない!心優しく見目麗しい姫様に対して喧嘩など!侮辱などできるはずがありません!」
「だっから姫様姫様やめなさいよ!というかあんたうるさい!お馬鹿な赤ん坊が泣き出すくらいうるさいわ!でも心優しくて見目麗しいって言ってくれたのは嬉しいわどうもありがとうっ!」
 血の気が盛んで喧嘩腰の姫と、姫の前ではひ弱で女々しくなってしまう武人見習いの少年。
 踊り子の少年は内心で二人とも同じくらい声量があるなぁと、蚊帳の外で苦笑いを浮かべてしまう。

 もしもトクサの登場が無く、普通に競争が開始していたならば、例えリリアンナの反則があったとしてもフゥの圧勝だっただろう。
 踊ることと走ることだけは、誰にも負けたことがないのだから。





「えーっと……あのー……父さん……まさかこれが僕の衣装……?こんなに派手なのが……?」
「歴代最年少の〝神の踊り手〟だからな。長老様が新調したモノを取り揃えてくれたんだ。後でお礼を言いに行きなさい」
「えー……えー……えー……」
 場面は変わり、フゥの家―――――カトス夫妻の家だ。
 五年前にカトスに引き取られたフゥは我が子同然の愛情を注がれて育ち、今に至る。
 最近になってようやく父と呼べるようになったカトスは、息子の成長ぶりを誇らしげに思っているようだが、現在フゥが陥っている苦悩を理解できてはいないようだった。
 フゥの眼前で扇形に広げられたのは、近日とり行われる祭の踊り子の衣装だ。
 しかし、その衣装にフゥ個人は一大事である問題があった。
 羽飾りが大量に取り付けられた被り物に、高級感の漂う模様があちらこちらに縫いこまれている衣、何よりも装飾品であろう腕輪やら首飾りやらの数の多さが、フゥにとてつもない圧迫感と、嫌悪感に近い不安を与える。
「めっちゃじゃらじゃらするやつだ……」
いかにも宴の主役が見に纏うような服に唖然としていると、真後ろから覗いていたトクサが目を輝かせては、じろじろと舐めるように羨ましげに衣装を見ている。
「何だフゥかっこいいじゃねえか!お前が着ないならオイラが着るぞ!むしろオイラが着たほうがかっこいいだろそれ」
トクサがいいならむしろそうしてほしいと言おうとしたところでリリアンナがつっかかり、言葉は喉と口の境目に引っかかってしまう。
「トクサは黙ってなさい!あんたじゃ小さすぎるわよこれ。フゥはランシスの男の子で一番チビなんだから」
チビ、チビ、チビ。
ぐさ、ぐさ、ぐさ。
「うっ……チビ……」
 リリアンナの容赦ない言葉の槍は、地味にフゥの精神に少なからずの損傷を与えた。
「フゥ、恥ずかしがる必要は無い。お前はもっと自分を誇りに思うべきだ。神の御許で踊ることが許されている。これは素晴らしく立派だ。お前の努力が掴み取った栄光だ」
 カトスはカトスなりにフゥを励ましているようだが、フゥからすれば別になりたくて〝神の踊り手〟に就任したわけではない。
 単にフゥが誰よりも踊りの名手だったから、自然ととんとん拍子に話が進み、気づけば自分が一番に選ばれていただけなのだ。
 穏やかな性格ゆえに戦闘術の才はあまり見出されず、舞のほうが向いているのではないのかと神官達に進められて始めた踊りだが、まさかこれほどの熟練者に昇華するとは誰も思わなかったに違いない。
 フゥは今の今まで努力をしたことがない。
 努力をするということ自体が彼にはよくわからないのだ。
 それはフゥが努力するという行動に嫌悪や偏見を持っているわけではなく、本当にわからないだけだ。
(そんなものなのかな?) 
 僕は努力なんてしたことないのにと言いかけてしまうが、あえて黙った。
 彼にとって踊りは生きがいであり趣味であるがゆえに、理想に到達することも、上達を夢見て奮闘することも無い。好きだからこそ、ここまでの才覚を発揮するまでやり続けられたのだ。他意無く、全ては自己満足の域で。
 今この瞬間踊ることができればいい。明日も明後日もいつまでも踊ることが叶うのならば、何も高望みはしない。
 好きこそ物の上手なれ。
 遥か東の果ての国に伝わることわざが、実に明解にフゥと踊りの関係を示唆している。 
「フゥ。着ないと怒るわよ―――――だって、衣装の案を出したの私だもん!」
「え!?」
「え、すごい」
 鼻高々なリリアンナにトクサはぱちぱちと拍手をするが、フゥの顔色はますます悪化する。 

 なんてこった。衣装がこんなに派手なのが理由がわかってしまった。派手好きなリリアンナが関わっているなら、必然的にこうなるのも無理はない。
「何でこんな派手にしちゃったのさっ!もうちょい地味なやつなかったの!?」
「だって地味な感じにしたらあんたはただでさえ地味なのに、ますます根暗になるじゃない。嫌じゃないせっかくのお祭りなのに雑草みたいな恰好した奴に踊られたら」 
「辛辣だぁ!」
 頭を抱えるフゥだが、リリアンナは強引に彼にに冠を被せる。
「はい似合う似合うすごく似合う超似合う。きゃーやっぱり私ってセンスあるかも……ほらフゥしゃんとしなさい!」
「……」
「そんな恨めしそうな目で見ないでよ。ねぇトクサも似合うと思うわよね!だからフゥ!さっさと立ちなさいあんたそれでも男!?へなへなしない!というかあんた髪の毛長すぎ!そろそろ切りなさいよ毛先が痛んでる!本当に女の子みたいよ!」 
 相当へこんでいるフゥにかまわず、リリアンナが着せ替え人形に服を合わせるようにはしゃぎだす様を見て、トクサは肩を竦めてやれやれと呆れてしまう。
「明日はお化粧もしてあげるからね。いつまでもすっぴんじゃまずいでしょ。あんたももう立派な男の子なんだから。」
「すっぴん?……化粧は嫌だな」
「臭い獣の皮を被るよりはマシでしょ。どっかの部族の戦士はジャガーの毛皮を全身に被るんですって。ちょっとおっかないわよね。それに比べたら木の実と花を塗して体に塗ったほうがよっぽどおしゃれよ」
「いやそれもちょっとなぁ……」
 苦笑しながら、フゥは今度の祭りのことを考え出していた。
 満月の夜から夜明けにかけて開催される祭りは年に一回のランシス神を讃える神祭であり、近頃は神官達が忙しく祭りの準備に取りかかっているのをたびたび目にする。火の精と大地の精の加護と協力を借りるだとか。
 フゥは神職については詳しくないが、自然の力の強大さはよく知っているつもりなので、支度は大変なのだろうと毎度思ってしまう。
 今年で五回目の祭りだが、毎年のようにランシスの民全員で騒いだり踊ったり飲んだり食べたり神に祈りを捧げたりと活気に満ち溢れているため、今年も例年通りの騒がしさが火の元で甦るのだろうと思うと、少しだけフゥは祭りが楽しみになった。
 ……目の前の衣装に関しては諦めるしかないようだが。
 

 

 

 

 

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