―――――神だなんてくだらない

 

―――――栄光からの永劫……望みを叶えるには、それ相応の犠牲が必要なのですよ。たとえそれが人間であっても、魔獣であっても、微生物であってもね。無償で与えられるコインはどこにも無い。だから生物は皆一様にして足掻きもがくように理想へと近づこうとするのでしょう?

 

―――――星に三つお願いを口にすれば実現するような甘い現実なんてどこにも無いんですよ。空想と妄想の産物

 

―――――夢に向かって直向きに努力する者が絶対的に勝ち上がれるようには世界は成っていません。とても残酷なことですけどねぇ

 

―――――人間も、魔獣も、命に限りがある

 

―――――それはとてもとても儚く、呆気なく、脆い―――――弱者達の嘆き!

 

―――――死こそ救いだというのに、誰もそれを理解しない!輪廻の輪の安穏に浸かりきり、一瞬限りの死を名残惜しめるあらゆる生命が、私は羨ましくてたまらない!

 

―――――うふふふふふふふふふふ。楽しい。楽しい。実に楽しいです。楽しくてたまりませんよ

 

―――――神などこの世に存在しない!神などこの世に存在しない!神は死んだ!生きてなどいない!神さえ救われる!それなのに私は救済の手さえ差し伸ばされない!


 

 

―――――私を助けてマリーベル!マリーベル!私はもう生きていたくない!こんな世界を見ていたくなどない!―――――誰か―――――!誰、か―――――――――――――――



 

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GAIA 六章 黄昏の少女と黒き炎竜

 

 

 

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「わたしは信じていたい。人間と分かり合え、共存できる世界を」

 

 そんなこと不可能に決まっている。
 星の力を何度も食いつくした人間共と、分かり合えるはずがない。
 かつて人間の過ちによって一度は死滅しかけたこの世界で、また人間共は悲劇を生み堕とそうとしている。数多の生命や大地の寿命を鑑みずに、己の私利私欲のままに世の理を崩していく。
 人間とは何て欲深く、罪深い生き物なのだ。
 憎い。憎い。人間が憎い。人間など一人残らずこの世から消え、絶えるべきなのだ。
 多くの魔獣達はそう強く思っていた。
 それでも人間の可能性を信じ、いつか来るかもしれない未来を夢見ている魔獣は確かに存在していた。多くの魔獣が批判する中で、いつまでも夢を捨てなかった愚かな魔獣が―――――。
 途端、天空を貫くような激しい雷鳴によって視界が一瞬青みを帯びた白色に染まり、鼓膜を揺さぶる轟音に意識が現実へと引き戻される。
 全身を鞭打つような豪雨は容赦なく体温と気力を奪い、遠い昔の記憶に逃げ込む余裕さえ与えてくれなかった。
「……ッ!」
 腹部に奔る身を引き裂くような激痛に、一匹の竜は飛行の体勢を崩した。
 巨大で強靭な体は夜闇を想起させる漆黒の鱗に覆われているが、襲撃を受けた後のように大量の血に塗れており、痛々しい傷が幾つも生じていた。特に腹部には極太の刃物で突き刺されたかのような大きな傷があり、止めどなく鮮血が溢れている。
 羽ばたく翼も力無く、灼熱の火炎を閉じ込めたような深紅の瞳は虚ろになりつつあった。
 黒竜は人間では決して到達できない高度で飛んでいる最中であったが、すでに体力は限界を迎えており、心もまた虚脱状態にあった。
 幾ら雨に打たれても血はいつまでも零れ出て、洗い流しきれない。赤い、赤い、血。生命の証。体内を流れる魂の循環。
 黒竜は赤色が大嫌いだった。破壊と悲痛しか生み出さないこの色が、心底忌んでいた。全て、何もかも、感情も一緒にこの雨に流したかった。しかしそれさえも適わない。
 凍り付くような寒さに徐々に体は動かなくなっていき、とうとう黒竜は飛翔する力を失い真っ逆さまに落下していった。
 雷雨の空で黒雲を突き破りながら落ちていく黒竜が抱えていたものは、憎悪と後悔、底知れない空虚感だった。
 眠るように意識を失う最後まで、黒竜は心の中で悲愴の叫びを上げていた。  

「―――――姉上」

 ああ、どうして私は貴女を救えなかったのか。
 どうして私は、守れなかったのか。
 どうして―――――。

 何故、この世で最も大切なモノを失わなければならないのだろうか。


『素敵でしょう?これが絶望ですよ。愛する者を失ったモノにしか理解できない激情です。ね?死にたくなるくらい悲しいでしょう?―――――自分の無力さを思い知るがいい!』


 忌まわしき甘い薔薇の香りの幻と共に、怪物の嘲笑う声を幻聴する。
 暗き空で混ざり合うように黒竜は沈み―――――やがて、何も聞こえなくなった。



 

 

 

 

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