六章 炎竜と黄昏の少女

 

 Ⅰ 邂逅

 

 

 

 ◆

 

 

 風が吹く音が聞こえた。
 頬を撫でるのは自然を打ち壊した汚染の風ではなく、穢れ一つない心地良い風だった。
 風に乗って香る花の匂いがどこか懐かしく、安らぎを与えた。
 あまりの穏やかさからついに死後の世界にやってきたのかと思ってしまうほどだった。
 だとしても自分が堕ちるべきなのは永遠の安息を約束される天ではなく、罪深き者が裁きを受ける地獄であるべきだ。
 そんなことをぼんやりと考えながら、黒竜は目を開けた。
 視界に映ったのは見覚えの無い家の天井であり、すぐ近くで薄く開かれている窓からは外の様子が窺えた。
 窓の外に広がるのは深緑の木々が生い茂る、深い森だった。
(ここは、どこだ)
 状況の把握ができず、黒竜は咄嗟に自分の手を目を落とした。
 人間に酷似した腕だけれども、肌の表面には黒鱗が浮き出ている。
 ここで黒竜は自分が竜の姿ではなく人型の姿で、見知らぬ部屋のベッドで眠っていたということに気がついた。
 黒竜は好んで人型の姿は取らない。精神力と体力が限界を突破すると竜の姿を保てなくなって初めて彼は人に近い姿になってしまう。黒竜が最も毛嫌う性質だった。
(私は倒れたのか?何がどうなっている)
 何故自分がこんな場所にいるのか、意識を失う直前のことが思い出せず黒竜は混乱する。
(空を飛び、ひたすら飛び、私は―――――)
 唐突に、遠い距離なのか近い距離なのかは判別できなかったが、どこからともなく話し声が聞こえてくる。 
 同時に黒竜の周辺で何かが床を蔓延るような音が聞こえ、気付けば彼の顔の横に数匹の小動物のような者達が群れを成すように集まってくる。
 驚くことに、魔獣の鼠だった。
『オキタ!オキタ!』
『オキタヨ!オハヨー!』
『ルーナ!オキタヨ!』
 耳元で一斉に騒がれ、黒竜はやかましさと不快感に顔をしかめてしまう。
「やかましいぞ」
 警告するように言葉を発し、衝撃を受けたのは黒竜本人だった。
 喉奥から洩れ出たのは自分の声とは思えないほど嗄れた声だったのだ。まるで数年ぶりに声帯を使った者の声のようだ。
『シャベッタ!シャベッタ!』
『ヘンナコエ!カレタコエ!』
『ウタ、ウタエナイ?』
 懲りずに騒ぎ続ける魔鼠を振り払いたい衝動に駆られながらも、黒竜はベッドから起き上がる。
 同時にくらりと眩暈がした。
やけに体が重く、首から下が鉛にでもなってしまったかのようだった。気分も悪く、くらくらとした眩暈や頭痛が収まらない。
それでも無理やりベッドから出て立ち上がると、凄まじい痛みに膝をついてしまう。
「……っ!」
 焼け付くような痛みを辿って腹を見ると、包帯が厳重に巻かれていた。
 この傷は―――――あの時―――――。
 脳裏に蘇ってくる記憶により一層頭の痛みを覚え、黒竜は倒れそうになる。
「動いては駄目!」
 その時だった。部屋の中に一人の少女が駆け込んできたのは。
『ルーナ!ルーナ!タイヘン!』
『イタソウ!タスケナキャ!』
『ネンネシナイト!』
 うるさい魔鼠の声が、やけに遠くに聞こえた。
 叫びそうになるほどの痛みの中で何者かに体を支えられ、暗転する寸前の意識が踏み留められる。
(誰、だ)
 気を失いそうになるのを堪え、黒竜は何とか顔を上げた。
 目に入ったのは、夕焼け色の髪を持つ年端もいかない少女だった。
 怪我でもしているのだろうか、両腕には肌が全く見えないほどぎっちりと包帯を巻いている。
 目元に届くほどの長い前髪の下には分厚い布が両目を隠しており、一見すれば盲目の出で立ちをしていた。
そんな少女は細い腕に力を込めて黒竜が倒れないように支え、ベッドへと戻そうとしている。
気の遠くなるような、赤い瞳―――――。
「貴方は今、ひどい怪我をしているの。だから動いちゃ駄目」
 黒竜は弱りきった中で、少女の匂いを感じ取る。
 この臭いは―――――ああ、この臭いは。
「忌わしき、人間め!」
 黒竜は重傷を負っているのにもかかわらず、弾かれるように少女を突き飛ばした。
「きゃあ!」
 急に強い力に押された少女はなすすべも無く転倒し、傍にあった椅子に右肩をぶつけた。
「人間め……おのれ人間め……!一人として生かさない……全員殺してやる……!」
 殺気を露わに、黒竜はふらつく体を殺意に満ちた気力だけで支え、倒れ伏す少女に鋭い爪を向けた。途中腹部の傷が蠢くように熱を帯びたが、興奮しているせいか痛み一つ感じなかった。
「……!」
 肩を押さえながら息を呑む少女をずたずたに斬り刻もうと腕を振り下ろしかけたところで、横から跳びだしてきた狐を想起させる小柄な魔獣に腕を掴まれ妨害された。
『ルーナを苛めるな!幾ら怪我してるやつだからって容赦しねーぞ!』
 そう言って怒りに任せて黒竜の腕に噛みつこうとする、
「やめてライル!噛まないで!」
 しかしライルと呼ばれた魔獣は、少女の静止を求める声にぴくりと動きを止め、やがてしぶしぶ黒竜の腕から離れた。
 刹那、張りつめていた空気が一気に緩み、力の抜けた竜は今度こそ床に倒れてしまう。
「大変!」
『待ってよルーナ!コイツ、お前を殺そうとしたんだぞ』
 慌てて少女―――――ルーナが駆け寄ろうとしたところを、ライルは尻尾をぴんと立てて止めた。
『不用意に近づくべきじゃない。やっぱりこんなやつ助けるべきじゃなかったんだよ』
 だんだんと痺れるような痛みが帰ってくるのを他人事のように感じながら、黒竜は動かない自身の体に落胆を覚えた。
(私は人間に助けられたのか。何と言う屈辱。こんなことがあってたまるものか)
 心の中で幾度となく人間に対する呪詛を唱え続けてきたが、今こそその呪いの全てをぶつけてしまいたかった。人間は例え赤ん坊であっても、目の前の非力な少女であっても、跡形も無く無残に八つ裂きにしてしまいたいと、心から黒竜は渇望していた。
 衝動に任せて、何もかもを破壊したかった。
「誰であっても怪我をしている人は放っておけない。見捨てることなんて、できない」
 ルーナの慈悲の言葉は、黒竜にとっては呪わしいことこの上なかった。
人間に哀れまれるくらいなら、いっそ舌を噛んで自害したい。
胸が潰れるような悔しさを生まれた。
『お前は〝千人殺しのクロイツ〟だよな』
 ライルの疑うような言葉に、僅かに黒竜は反応した。 
『風の噂で聞いたぜ。お前、西の街で暴れまくったんだってな。そんなに傷ついてるってことは、王国の騎士団にやられたのか?』
 王国騎士団。魔獣討伐隊。魔獣狩り……。
 忌わしい記憶が怒涛のように押し寄せ、込み上げてくる何かを必死で噛み潰しながら黒竜―――――クロイツはルーナとライルを睨みつけた。
「黙れ……貴様らに語ることは何も無い……」
『そのままじゃお前は傷の悪化で死ぬか、騎士団に見つかって死ぬかどっちかだぞ。お前にとんでもない額の賞金がかけられてるのは知ってんだぞ。今頃騎士団のやつらや魔狩りギルドの連中は血眼になってお前を探してるぜ』
「黙れ……!」
 ライルの口から騎士団の名が上がるたびに、最大の憎悪の対象の顔が目裏に浮かび上がってはクロイツを嘲笑する。いつしか口の中で生温い鉄の味が広がっていた。
「もうやめて。喧嘩は駄目よ」
 肩を軽く摩ってからルーナは、『喧嘩じゃないよ!』とむっとするライルの額を撫でた。
「だけどライルが言っていることは本当なんです。このままじゃ貴方は本当に死んでしまう。わたし達は貴方の居場所を騎士団の人達に教えたり、ひどいことをしたりはしません」
「人間の助けなどいらぬ!」
 聞く耳を持たないクロイツに、ルーナは胸の前でぎゅっと手を強く握りしめた。
「でも、このままでは……」  
「黙れと言った!」
 最後の力を振り絞り、クロイツは少女の首を狙って手を伸ばした。
 ライルや鼠魔獣達が叫ぶ声が聞こえたが、もう間に合わないだろう。
 しかしはルーナは顔を逸らして避けることはおろか悲鳴一つ上げず、クロイツを隠された眼で真っ直ぐ見つめたまま―――――首の皮一枚を斬り裂いた屈強な腕を包み込むように、そっと手を添えた。
「!」
 目の前の少女の予想外の行動に、クロイツの手は思わず止まってしまった。
 例えどんな動きを取られようともルーナの首を切断して殺害するつもりだったというのに、意図せず凍り付いたかのように攻撃の手が停止したことに、クロイツ本人が一番驚愕していた。
 人間は何よりも憎むべき存在であり、殺すことに何の躊躇も無い。情けをかける必要性も無い。それなのに。
 肌に直接伝わってくる少女の体温はひんやりとしており、久方ぶりに他者に触れられて痺れるような感覚があった。
「信じてください……」
 ルーナの体は震えていたが、逃げようとする素振りは一切見せなかった。
 今すぐこの少女をもう一度振り払うべきだ。汚らわしい人間は抹消せねばならない。人間共を殺めることで、初めて許されるのかもしれない。
 だが、思考は出来ても体は一向に動かすことができなかった。
「魔獣を助けるなど、正気か?」
 この問いに、少女が何と答えたのかは結局聞くことができなかった。
 その前にクロイツの視界は真っ黒に閉ざされてしまったのだから。
「人間は、醜い」

 か細い声でそう呟き、クロイツはルーナにしなだれかかるように倒れ、そのまま気を失った。
 

 

   ◆

 

 

―――――ロッツ、ロッツ、どうして。

 

 夜の闇よりも深く暗い常闇の中、竜の姿のクロイツは当ても無く彷徨っていた。
 羽ばたく音も無ければ風も無く、聞こえるのはクロイツ自身が嫌と言うほど知っている声だけだった。
 闇の世界の黒色を更に濃くするように響いてくる声を振り払わんとばかりに、クロイツは飛行速度を上げる。前方も後方も上も下も同一の闇のせいか、飛んでいるはずなのに、まるで移動できていない違和感に襲われる。それでも構わず、クロイツは受け入れがたい言葉から逃げ続ける。
 ただただもがき、足掻くように逃避する。
 それでも声は無慈悲にもクロイツの耳に届く。

 

―――――どうして私を助けてくれなかったの。

 

 見捨てたわけじゃない。本当は助けたかった。身を挺してでも守り通したかった。だけど、全ては遅かった。

 真っ赤な薔薇が、貴女を包み込んでいく。

 

―――――どうして私を守ってくれなかったの。

 

 いつしかクロイツの姿は竜から人型へ戻り、両耳を塞いで走っていた。
 息が乱れ肩が上下し、足は見えない棘が突き刺さってくるかのように激しく痛み始める。
 このまま走り続ければお前の足も心も壊れてしまうぞ!と、心臓と両足が悲鳴を上げる。それでもクロイツは走る足を止めない。止めてしまえば最後、闇の世界に吸い込まれてしまう予感がしていたからだ。一度沈めば二度と浮上することが適わない、生き地獄の牢獄に永遠に閉じ込められてしまうと。

 

―――――どうして貴方だけ生きているの。

 

 うるさい。違う。聞こえない。何も聞こえてはいない。

 

―――――何故、貴方は死なないの。

 

 もはや誰が叫んでいるのかわからない。声の主なのか、それともクロイツなのか。

 

―――――私がいなくなったのは、貴方のせいよ。

 

 

 耳元で誰かの絶叫が怒号のようにクロイツを貫いた。
 崩れ折れる両膝、底知れない地に着く足、それでも耳だけは塞いで、呼吸さえ忘れて。
 闇が彼を包み込もうとしたその時、ようやく一筋の光が射しこむ。
 それは光ではなく、目蓋の裏から現実世界の光景が瞳に映っただけのことだったが。  
「……!」
 全速力で長時間上昇し続けた後のような感覚。慌ただしい心臓の鼓動に急かされるように荒くなる呼吸音。びっしょりとかいてしまった汗が毛布と肌に張りつく不快感。
 恐ろしい夢だ。
 何とか息を整え、確かめるように腹部の傷を痛めない程度に手をやる。
 未だに呪いのように熱を帯びている傷口は、ようやく塞がってきているようだった。大抵の怪我ならばたちまち治癒できてしまう肉体だというのに、今の段階でまだここまでしか修復できていない。
 完治には相当時間がかかりそうだと把握して、クロイツは誰にも聞こえないほど小さく舌打ちをした。
 目を覚ましたクロイツは自分が再び同じ部屋の同じベッドで眠っていたことを瞬時で察し、心底落胆していた。
(うち捨てられた方がよほどましか)
 夜の闇に包まれた室内にはクロイツ以外の者もおり、窓から僅かに注ぐ月明かりに照らされて、部屋の隅には数匹の魔鼠が寄り添い合うように群れて熟睡している。
 その近くで人間の少女ルーナも丸まって眠っていた。ゆっくりと落ち着いた呼吸を繰り返している様子は、あまりにも無防備過ぎた。
よく見るとルーナは両腕だけではなく両足にも包帯が隈なく巻かれており、さながら大火傷を負ってしまった者のようだった。
隙間無く白布に覆われている肉付きの悪い体。全快のクロイツが襲いかかれば痛みを与える間もなく殺せることだろう。
何故こんなにも脆い娘が、私を助けたのだと、クロイツは眠るルーナを見下ろしながら疑問を覚えていた。
相変わらず全身という全身が重く、倦怠感も酷かったが、冷静な判断力は戻ってきていた。
覚醒したばかりのことはクロイツ本人はあまりはっきりとは覚えていないが、ルーナを人間だと知った瞬間に激しく取り乱した記憶は辛うじて残っていた。
(情けない)
 あろうことか人間の子供の前であれほど見苦しい半狂乱に陥るなどと。
 それほどまでに自分の抱いている人間に対する憎悪は深く淀んでいるのだと、クロイツは改めて痛烈に思った。
 ずきりと、傷がクロイツの心境に呼応するように痛む。
『調子はどうだ?』
 クロイツが意識を取り戻したことに気がついたのか、ルーナの傍で伏せていたライルが欠伸をしながら起き上がった。月の光以外は灯り一つない暗闇の中で爛々と輝く緑眼は、先ほどとは違って穏やかな色をしていた。
『さっきは悪かった。お前にもお前の事情があるんだもんな。怪我人相手にいろいろとひどいこと言っちまって、ごめんよ』
 申し訳なさそうに謝罪しながら、だけどとライルは続ける。
『いくら人間が憎いからって、ルーナにひどいことはしないでくれ。あの子はそこらへんにいる人間とは全然違うんだからさ』
 ライルは無垢な表情で眠り続けるルーナを見つめて、強い意志を持ってそう言った。それだけでこの魔獣がルーナをとても大事に思っているということが一目瞭然だった。
「……何故、私を騎士団に突き出さないのだ」
『突き出したら突き出したで厄介なことになるから。この森にはルーナ以外の人間はいないし、魔獣だらけだ。魔獣と一緒に暮らしてる人間なんて普通に考えたらおかしいだろ?お前を突き出すことで騎士団にオレ達のことがばれちまったら大変だ。ここなら魔物も人間も魔獣にビビって来ないし、住み心地は最高だぜ』
 どこの国でも地方でも騎士団や専門の魔獣使い以外は魔獣との接触、干渉は一切禁じられているだろ?と、ライルは自身のふさふさの尻尾を毛繕いし始める。
 幾つもの疑問が浮かび上がる中で、クロイツは最重要な問いをする。
「どうして私を助けた」
 その質問に対して、ライルは困ったように苦笑する。答えづらいのではなく、単によくあることと言いたげな笑みだった。
『ルーナは優しいからさ、怪我したり困ったりしてるやつを放っておけないんだよ。見ていて危なっかしいくらいなんだけどさ、森の湖の畔で倒れてるお前を見つけて、看病してくれたのはルーナなんだぜ』
「……あの娘は魔獣の言葉が理解できるのか?」
『理解できてるぜ。生まれつきだってさ。ルーナはずっとこの森で住んでるから、森の魔獣は皆ルーナと親しいぜ―――――非道な人間とは思えないくらい、良い子だよ』
 最後の言葉の部分だけは妙に深刻そうに、重い響きを持ってライルは呟いた。
 ライルの話を聞いてクロイツは表には出さなかったものの、内心で非常に驚いていた。
 常人には聞き取ることさえできない魔獣の言葉を解せる人間がいること自体希少だというのに、魔獣達と打ち解けて共に生活することができるだなんて、にわかには信じがたかった。
 人間の赤ん坊でも魔獣を潜在的に危機感を抱き、本能的に恐れるというのに、ルーナはこうしてライルや魔鼠が密着しそうなほど近い距離にいてもまるで動じずに眠ることができている。今思えばこれは異常なことだ。異様とさえ表せる。どんなに小柄な魔獣だからとはいえ、油断をしていれば思わぬ形で命を奪われてしまう。こうしてルーナが魔獣の傍で休めるのは、魔獣達を信頼しきっているからこそできることなのだろう。
 魔獣側もルーナと強固な信頼関係で結ばれているようで、ライルに至っては先ほどのクロイツから身を挺してでも彼女を守ろうとしていた。
 信じがたい話だけども、これは事実だ。
 洗脳効果のある魔道具や見るに堪えない術で魔獣を縛り付けて使役させる魔獣使いとはまるで違う。
 そんな人間がまだこの世に残っていただなんて―――――クロイツは不意に脳裏を掠めた記憶の面影に頭痛を覚え、思わず頭を押さえた。
『熱は下がったみたいだけど、まだあんまり動かないほうがいいぞ。傷……何だか魔的なものでつけられてる感じがするし』
 気遣うライルの視線はクロイツの腹部へと向けられる。
『とりあえず今は休んどけ。ここにはルーナ以外の人間はいないし、森の中に人間なんてまず入ってこないからよ。お前の怪我が治るまでここから追い出したりなんかしないし、密告もしないぜ。お前にはまだ聞きたいことがあるしな―――――ルーナを傷つけた場合は、話は別だけどさ』
 忠告するように言って、ライルはもう一度大きな欠伸をしてからルーナの元で再び丸まって眠りについた。
 クロイツはしばしの間、人間の少女の周りで魔獣達が集まって眠るという前代未聞の奇妙な図を見つめた。
(この傷では当分動けない。竜の姿にも戻れない。ここから出たところで追手の騎士団に捕まるのは眼に見えている……)
 頼るしかないのか、この人間を。
 人間を頼る未来が来るとは、過去の自分は想像だにしていなかった。
 情けなさと惨めさを感じなくも無かったが、それ以上に知る由も無かった真実を一つ見い出せたような予感がした。
 それはもう手遅れで、取り返しのつかないことだけれども、それでももう少し早かったのならば―――――。
 様々な思考が脳内を駈け巡り、眩暈が悪化してくる。
 やがて諦めるようにクロイツは床に就いた。

 私利私欲の為に利用するのではなく、魔獣を心から愛し、大切にする人間を―――――殺せるわけがない、と。

 

   否、必要ならば殺そう。

   今はまだ、生かす方が都合が良い。

 


「私が殺すべきは憎き王国民の全てと、そして―――――〝不死身のフランシス〟だけだ……!」

 

 

 

 

 

 

 「はたして貴方に私が殺せるんですかねぇ」と、遠き大地から細剣を手にした怪物がにやりと笑んだような気がした。


 

 

 

 

 

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