幻想世界の古道具屋 第一幕 メモライズ・カメラ

 

 

 

Ⅱ 不思議な力

 

 

  ◆

 

 朝食を済ませ、支度も終わらせて、アネットとタロは一回の表部分にある店のほうにやってきました。
 すでに店を開けていたロミは会計台の上にあるレジスターの整備をしていました。金銭記録器は複雑な絡繰りを組み合わせて作られており、骨董品にも等しいけれどとても貴重品なのです。ロミはおんぼろのそれを丁寧に修理しながらずっと使っています。
 アネット達が来たことに気づいたロミは、穏やかな微笑みを浮かべます。ロミの笑顔はいつも綺麗です。

「来たね。倉庫の鍵はもう開けてあるよ。扉の前の棚に掃除用具が入ってるから床掃除と道具を磨いてくれると助かるよ」

「道具も磨くの?」

「くれぐれも傷をつけないようにね」

 アネットは頷いて、それから今日の店の様子を見ました。 
 予想通り、特に変化はありません。
 店内には生活必需品や調度品などが台の上や簡易的な棚などに並べられており、書物は全部壁際に設置されている本棚に収まっています。基本的にオルバ古道具店には目玉商品などと言うものは無く、一般商品の頻繁な仕入れはあまり行えていないので商品の入れ替わりは激しくありません。そもそも丘の上の古道具店にわざわざ足を運ぶ人は少なく、サーミの街の人が店に訪れるのはかなり稀なことです。
 言ってしまえばこの店は売り上げが低く、貧乏なのです。しかし経営はかなりギリギリですが、一部の人々にとっては必要な場所であります。なのでロミは例え所持金が底をついたとしても店を閉めることは無いでしょう。もともと彼はお金儲けをする為に店を始めたのではなく、道具を救う為に店を開いたのですから。
 相当昔から開いているであろうオルバ古道具店。少なくともアネットがロミに拾われて一緒にここで暮らすようになった当時からすでに店はありました。どのくらい歴史がある店なのかはアネットにもわかりません。後からやってきたタロにもわかりません。

「今日もお客さんが来なかったらどうするの?」

 昨日の客はゼロ。つまり誰も来ていません。客足がぱったりということはこの店にはよくあることです。

「そうだなぁ。たまには皆でお出かけでもしようか」

「ほんと?」

 この店に定休日と言う定休日はありません。なのでロミが仕事以外のことをする日と言うのは皆無に等しいのです。
 ロミと出かけるのはアネットの三本の指に入る好きなことの一つです。普段はアネットからロミに出かけようとせがむのですが、ロミから出かけようということは極めて珍しいことです。

「お客さん来ないといいな!」

 嬉しさのあまりついついアネットの口からは本音が出てしまいます。

「駄目だよアネット。これは大事な商売なんだから」

「だってお出かけだよ?お出かけ!タロも嬉しいでしょ?」

「そうだけどさぁ」

 しかし、アネットの理想は次の瞬間にことごとく崩れます。
 複雑そうなタロを抱えてはしゃぐアネットの視界に、人影が入ったのです。窓硝子の向こう、大きな影でした。
 間もなくして店の扉を開ける音。客がやってきたことを告げる小鐘(ベル)の音が鳴りました。  
 入ってきた客人の顔を見るなり、アネットはうっと露骨に嫌そうな顔になります。
 筋肉質でがたいが良い日焼けした肌。アネットが二人縦に並んだくらいの高い身長。濃い髭を生やした中年手前の男性。アネットもタロもロミもよく知る、この店の数少ない常連でした。

「おーっすロミ。もう開いてるよな?」

「いらっしゃいませ。ええ。開いてるよ」

 にこやかなロミの応対に一安心したのか「それならよかった!」と男は破顔します。
 そして顔をしかめているアネットと、やれやれと言いたげに手足をぶらぶらさせるタロを、男はここで初めて見るのです。

「よう。アネットにタロ。なんだなんだぁ?朝からそんな顔して。俺が来てそんなに嬉しいのか?」

「ジーン……今だけは心から貴方に会いたくなかったわ……」

 心底恨めしそうにアネットは男―――――ジーンを睨みつけました。
 ジーン。彼は丘の下のサーミの街で建築業を営んでいる男です。 

「おいおい何だよ!何か悪いことしたか俺?」

「したわ!ああ、せっかくの……せっかくのチャンスだったのに……ジーンのせいで台無しだわ!」

「何があったか知らねぇけど、まぁそう気を落とすなよ!」

「アネット。残念でした。今日のお出かけの話は無しだね」

 最初から全てをわかっていたかのようなロミに、アネットは余計に苛ついてしまいます。

「タロ行こう!もうお掃除しちゃうから!」

「わわわ!いきなり引っ張らないでぇ」 

 タロを強引に脇に抱え、アネットはぷんぷんしながら倉庫がある外に向かって歩いていきます。

「待て待てお嬢さん。今日は面白いニュースがあるんだぞ。聞いていかないのかい?」

 すれ違いざまにジーンが調子良く声を掛けてきます。

「聞かない!知らない!」

 しかし逆効果だったのかアネットはそのままジーンを通り過ぎます。

「聞いて驚け!昨日変な旅人が来てな……」

「倉庫のお掃除行ってきます!」

 頼まれてもいないのに話を始めるジーンの声を遮って、アネットは勢いよく入口の扉を開けて、勢いよく閉めて出て行ってしまいました。ジーンよりもずっと小さな女の子が扉を開け閉めしたというのに、先ほどよりも激しく小鐘は鳴り響きました。 

「何を怒ってるんだアネットは?そういう年頃なのか?」

「ちょっとまぁいろいろあったんだよ」

 ロミは点検を終えた金銭記録機を軽く布で磨きながら、何てことなさそうに笑います。

「倉庫の掃除って、ついにアネットも本格的に修業を始めたのか?」

 外を大股で歩くアネットの後ろ姿を見送りながら、ジーンはロミに訊ねました。
 ジーンもまた、ロミやアネットの力を知る一人なのです。
 心優しいジーンにとっても、アネットは娘のような存在なのです。

「違うよ。でも、本格的とは言わなくとも少しずつ感覚として地力を身につける必要があるかもしれないって思ってね―――――あの子は好奇心が人一倍多すぎる。決して悪いことではないけれど、ゆっくり時間をかけていかないと」

 眼鏡の向こうのロミの青色の瞳が、深く揺らめいたような気がしました。

「なるほどなぁ」

 ジーンはあまり賢くないので、難しいことは考えません。ロミの考えていることは、誰にもよくわからないのですから。

「それで?今日は何をお求めで?また家の壁が壊れたのかい?」

「おっ!鋭いな。何でわかったんだ?」

 大げさに驚くジーンに呆れながら、ロミは足元に置いてある商品に手を伸ばします。

「最近君がここに来るのは決まって家の壁が壊れた時じゃないか。いつもの補修剤でいいかい?」

「それで頼むぜ。ありがとうよ!お前んとこの補修剤は本当に高価絶大だからなぁ」

「いいかげんそろそろ君の家、建て直したほうがいいんじゃないかな。仮にも君は建築家なんだから」

「近々予定してるぜ。完成したらアネットやタロと一緒に遊びに来いよ」

「そうだね」

 友人同士の二人は楽しげに笑いあいました。

 
 ◆


「今度ジーンにあったら、とびっきり辛いクッキーを贈ってやるんだから……!」

 一方その頃アネットは、まだまだジーンのことを根に持っているのかぶつぶつと恨み辛みを呟きながら、箒の柄をぎゅっと握りしめました。
 場所は代わって倉庫の中。天井はそこまで高くは無いですが、奥に向かって何重構造にもなっているので面積は家より広いです。
 アネットとタロがいるのは倉庫の第一部屋です。第一部屋の他にもアネットが知る限りでは第二部屋、第三部屋と続いているようです。それ以降も部屋数があるのかは定かではありません。
 第一部屋には心を持たない変わった道具が保管されており、第二部屋からは心を持つ道具達が置かれています。アネットはまだ第二部屋に入れてもらえたことが一度としてありません。この倉庫自体に入ることを許されたのが久しぶりなのですから。

「過ぎたことをいつまでも嘆いても何も始まらないよ。ほら、アネットも早く掃除掃除」

「わかってるよ―――――あ!何これ。前まではなかったわ!」

 真面目に掃除をするタロとは真逆に、アネットの興味は他に移ったのでしょう。見ず知らずの道具を発見してぱっと表情を明るくさせます。
 アネットは気になった道具を手にします。少しひび割れた透明な薄い箱のようなモノの中に、更に平たい円盤状のモノがぴったりと収まっています。

「ねぇねぇタロ!この道具は何かしら?」

 アネットの問いかけにタロはしばらく考えてから答えました。

「それはコンパクトディスクってやつだよ」

「こんぱくとでぃすく?」

「別名が確かシーディだったかな。大昔はその円盤にいろんな情報を組み込んで、音楽を聴いてたみたいだよ」

「こんなに薄いのに音が入るの?」

「昔の人の技術はすごいからね。ボクらには全然わからないよ」

「……改めて思うけど、昔って本当にすごかったのね」

「うん。戦争とか災害だとか、そんなことが起こらなければ滅ぶこともなかったんだろうに」

 

 十や百ではきかないほどの遥か大昔のこと。この世界は人間によって支配されていました。
 人間は技術や学問を発展させ、様々なモノを生み出しては文明を進歩させていました。人間は自身らの繁栄の為に森を切り開いては木々を材料にし、海を埋め立てては土地を作りました。多くの自然を傷つけ、数多の生物に苦行を背負わせました。たくさんの戦争を行っては、数えきれないほどの命を燃やしました。
 人類が最盛期を迎えたある時のこと、世界中にとてつもない寒波が襲いました。それは世界の全てが雪に埋もれ、凍り付いてしまうほどの寒さでした。長く冷たい氷河期の訪れでした。
 これによって人類の文明は壊滅し、人間は絶滅の危機にまで追い込まれました。
 人類の消滅を防ぐべく、特殊な装置の中で眠ることによって、僅かながらも人は生命を維持することに成功しました。
 眠りについた人々はひたすら待ちました。氷河期の終わりを。目覚めた世界でもう一度人間の新しい歴史を作りだそうと。
 しかし眠りから覚醒した人々は氷の溶けた世界を見て愕然とします。
 人間たちによって支配されていた動物達は厳しい寒さの中で生き延びる為、強靭な肉体を持つ新たな体へと進化を遂げていました。
 それが今の魔物です。
 世界は人間が支配する地ではなくなり、凶悪な魔物や過酷な環境によって支配されることになりました。
 そして人々は魔物を恐れながらも懸命に生き、新世界で生活する為の術を習得し―――――今のアネット達の時代に至ります。旧時代の人間はアネットにとっての遠い遠いご先祖様でもあるのです。
 オルバ古道具店には旧世界の失われた技術を持って製造された道具が数多く存在するのです。魔道具以上に便利なモノから、使用方法が不明なモノまで様々です。

 

「人間が世界を支配していたなんて夢のような話だって思うわ。今だって街を守る結界が無かったらすぐ魔物に襲われちゃうのに」

「昔は魔物なんていなかったからね。人間よりも強い存在がいなかったんだよ」

「信じられない。昔の世界が滅んだ理由よりも、昔の世界の人達がどんなふうに生活していたのかが気になるわ」

「旧世界のことは滅亡と滅亡するちょっと手前のことしか語られてない、これだけはどうしたってわからないよ―――――ああ、でもアネットもロミみたいに道具の心にしっかり触れられるようになったら、過去の記憶とかも覗けるんじゃないかな」

 まぁ、まだアネットには早いね。とタロは付け足しました。

「私だってロミみたいに、この力を何かに役立てたいのに」

 むすっとしながらアネットは、箒を手に板張りの床を掃きます。朝食の時のロミとの会話を思い出しているようです。
 塵取りを持ったタロは困ったように「まだその話し?」と埃を回収します。

「まだって何よ。まだって……私結構真剣に悩んでるのよ?」

「おや、それは珍しい。アネットが真剣に物事を考えてるなんて。いつも悩みの無さそうな感じなのに」

「タロ。怒るよ」
 ぎろりとアネットが睨み眼になると、タロはぎくっとしてしまいます。呑気なアネットが本気で怒ることはめったにないのですが、一度怒りだすととんでもないことになるということをタロはこの数年で充分過ぎるほど肝に銘じていました。

「ごめんごめん冗談だって」

「皆私のことをまだまだ子共扱いするんだもの」

「そりゃあまだアネットは子供だよ。ロミにとってもジーンにとってもアネットは大切な存在だからついつい大人目線で守りたくなっちゃうものなんだよ」

「大人にはいつになったらなれるの?成長すればなれるの?」

「どうだろうね。ボクは人間じゃないしそもそも歳を取らないから、よくわからないや―――――大丈夫だよアネット。そう焦らなくても、いつかはきっとその力で誰かの役に立てるはずだから」

 タロの助言はありがたいけれども腑に落ちないようで、アネットは何か言いたげに箒を動かし続けるのです。

「そのいつかがいつのいつなのか、私にはわからない……」 

 その時でした。アネットの耳に聞き覚えの無い声が聞こえてきたのは。  

 

『―――――ッ』

 

 それは音のある声ではなく、アネットの心に直接響いてくるかのような嘆きでした。

 

「だぁれ?」

 

 アネットは反射的に声が聞こえたほうを向きます。
 向いた先にあったのは―――――第二部屋へと続く扉でした。

 

『―――――イ』
 
 最初は掠れて聞こえにくかった声も、だんだんとはっきりと聞こえるようになってきました。
 男性の声なのかも女性の声なのかも区別がつきませんが、それでも誰かが泣いているのです。

「そこに誰かいるの?」

「アネット?どうかしたの?」

 箒を置いて扉の方へ歩き出したアネットの異変に気付いたのか、タロはブリキの耳を立てて後に続きます。

 

『―――――シイ。サ―――――イ。サビ―――――イ。』

 

「寂しい?寂しいのね。待ってて、今行くから」  

 アネットは扉のドアノブに手をかけます。ロミ以外の存在の入場、侵入を防ぐ堅牢な鍵がかけられた扉ですが―――――魔法のように、鍵を回していないのに鍵穴ががちゃりと鳴り、アネットを誘うように扉が開かれます。 

「か、鍵がどうして……?」

 扉の入り口にはロミが魔法をかけているはずなのです。鍵の持ち主でもあるロミ以外にはあの扉は決して開けられるはずがないのです。しかし現にアネットはドアノブに触れるだけでそれを無効にしてしまいました。タロは信じがたい光景を目の当たりにして愕然としてしまいます。
 縛りを失くした扉が開いたので、アネットはそのまま迷いない足取りで第二部屋に入っていきます。

「待ってアネット!駄目だよ!そこに入っちゃいけない!」

「でも、ここで誰かが泣いてる声が聞こえるの。寂しいって言ってるの。助けに行かなくちゃ」

「声?そんな馬鹿なこんなところに人がいるわけ―――――」

 そこでタロはまさかと、戦慄します。
 これは人の声では無く道具の声なのではないのかと、選ばれた存在しか聞くことのできない、道具の感情の叫びなのではないのかと、脳の無い脳裏でそんな考えが過ぎります。
 その考えを信じて「だったらロミを呼ぼう!」とアネットを説得しようとしたところで、もう手遅れでした。

「泣いていたのは、貴方?」

 第一部屋以上に薄暗く、怪しいモノがたくさん並んでいる中で―――――両手で持てる正方形に近い形をした道具を、アネットは手の平で優しく包み込んでいたのでした。


  ◆


 アネットが初めて道具の心に触れたのは五歳の時でした。
 ロミが置き忘れていた人形を遊び心で手にし、人形の心の傷を見てしまいました。
 当時のアネットは今以上に純粋だったので、たちまち人形の悲しみに飲み込まれて、数日にも渡る高熱を引き起こしてしまいました。
 それ以来ロミは絶対にアネットをタロ以外の心を持つ道具を近づけなくさせたのです。
 まだ、アネットは幼すぎる。心が成熟するまでは触れさせてはいけない、と。
 だからこれがアネットにとっては二回目の、道具の心への接近(アクセス)でした。
 今にも叫びだしそうなくらいはらはらしているタロに大丈夫と言おうにも、アネットの視界には違う光景が広がっていました。
 それは見知らぬ地。見たことも聞いたこともない場所の姿でした。
 灰色や茶色が多い奇妙な部屋。そこには同じような服を着た人間がおり、勉強だったり談笑だったりとそれぞれがそれぞれのことをしています。そっくりな机と椅子が等間隔で並んでおり、アネットはぼんやりとサーミの街にある学校に少しだけ似ていると思いました。だけどサーミの学校はこんなに圧迫感が無かったような気がしました。
 仮にここを学校だとすると、アネットの視界は窓際の机の上から教室を見ている状態です。
 視点は切り変わるように横へ動き。青空を見渡せる窓の前で会話をしている男の人と女の人を映し始めました。
 背の高い男の人と髪の長い女の人は同い年なのでしょうか。とても親しげに話をしています。

 

『今度の休みにあそこの庭園、絶対観に行こうな。すっげぇ綺麗なんだよ』

『本当?行きたい!それじゃあ約束ね』 

 

 楽しげに笑いあう二人。幸せそうに微笑みあう二人。だけどだんだんとその姿は遠ざかり、雑音が入り混じり―――――最後には何も聞こえなくなりました。
 全てが遠ざかり、幸せは消え、何もかもが忘れ去られ、最後に取り残されたのは―――――二人の約束を見つめていた、カメラだけでした。

「―――――それが、貴方の記憶なの?」

 現実へと意識を引き戻されたアネットは古びた写真機を抱えて、そう問いかけます。
 アネットにはもうわかっていました。写真機と言う道具がどんな使い方をするのかも、どのような役目を果たすのかも。いつの間にか知識として取り入れていました。
 写真機は〝はい〟と答えたような気がしました。

「そうなのね。貴方は、あの人達の幸せな光景を撮りたかったのね。最後まで―――――」

「アネット!アネット!その道具の声が聞こえたの?」 

 足元に縋りついてくるタロに、アネットは頷きました。

「この子の記憶が見えたの。ずっと昔の人がこの子の持ち主で、きっと約束を果たせないままいなくなってしまったのよ。だからこの子はあの二人が約束した場所を撮ることを望んでるんだわ。場所はもうわかってる―――――私も前に一度だけ行ったことがある」

 いきなりの急展開に対応できないのか、タロは混乱してしまいます。

「ちょ、ちょっと待って。どういうこと?昔の人?―――――もしもアネットの話が本当だとしたらそれは旧世界での話だ。当時の景色がそのまま残ってる保証なんて……」

「保障なんかなくてもこのままこの子を悲しませるわけにはいかないわ」

「だったら尚更ロミに相談しようよ!アネット、まさか勝手に行くんじゃ……!」

「この子を見つけたのは私。私が助けてあげないと。それに―――――独りでも大丈夫ってことを、ロミに教えてあげたい!」

 アネットが写真機を持ったまま外に出ようとするので、タロは必死で止めようとします。  

「うわああ駄目だよアネット!外は危ないよ!昔と違って魔物だらけなんだから!」

「それでも行かないと!この子が呪いを生み出してしまったら大変よ!」

「だからロミに相談しようよぉ!」

「このまま私が行動を起こさない限り、ロミは私を認めてくれないわ!」

「そんな無茶苦茶なぁぁあ!」

 その時、どさりとアネットの目の前にどこからともなく出現した肩掛け鞄が落下してきました。

「え、こんなモノここにあったかしら?」

「無かった気がするよ……」

 恐る恐るタロが中身を確認すると、鞄の中には食料のパンだったり水だったり、ランプだったりナイフだったりと外を出歩く際に必要なモノが収まっていました。

「どうしてこんなモノが?」

 鞄の底には紺碧色の核(コア)を埋め込んだ小型防魔装置(シス・アミュレット)まで入っていました。
 まるで誰かがアネットの旅路の背中を押すように、用意してくれていたのです。
 アネットとタロが顔を上げると、第二部屋の道具達が一斉に音の無い音を立てました。空気の震えるような、何かを懸命に伝えようと、道具達が声を上げていました。
 それはまるで鈴の鳴るようで、食器がぶつかり合うようで、鐘が響くような魂の音でした。
 アネットが写真機の為に進むことを望み、応援しているかのようです。

「―――――この鞄は、皆が用意してくれたの?」
 アネットの質問に答える者はいません。だけど、そんな気がしました。心を持つ道具達の力は計り知れないのですから。

「ありがとう―――――タロ、ごめん。やっぱり私が行かなくちゃ」

「待ってアネット!だったらボクも一緒に行くよ」

「タロ?」

「道具達がこんなに騒ぎ出すなんておかしいし、それにアネットを独りで行かせるわけにはいかないよ!ボクだってキミのこと、心配なんだから」

「タロ……うん!ありがとう」    
 
 二人を引き留める者は、そこにはいませんでした。
  

 

 

 

 

 

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