名も無き勇者の冒険 第一幕 飛べない勇者と死ねない愚者

 

 

Ⅳ 閉ざされた街と招かれざるメイド

 

 

 ◆


「な、なんだお前は。どこから来たんだ?」

「―――――申し訳ございませんが必要最低限のことしか話せません。ご主人様のご命令で会話に制限があるのです」

「何を訳の分からないことを言っている!さては、〝あの屋敷〟の使用人か!?」

「申し訳ございませんが必要最低限のことしか話せません。ご主人様のご命令で会話に制限があるのです」

「何度も言わせるな!お前は何者だ!」

「申し訳ございませんが必要最低限のことしか話せません。ご主人様のご命令で会話に制限があるのです」

「こちとら非常時なんだ!女だろうが容赦しねぇぞ!こっちに来い!不審者を見過ごすわけにはいかねぇからな」

「最後の警告です。申し訳ございませんが―――――」

「人形みたいに喋りやがって、薄気味悪ぃ!抵抗するなよ!」

「……お言葉ですが、規約違反です。警告無視としてご主人様の御命令通りの処置を取らせてもらいます。どうか御無礼をお許しください―――――逝ってらっしゃいませ」

 


 ◆


 カシスはセルシア連邦の東の外れの地方の更に辺境にある街であり、言うならば平野部にある小さな田舎町である。
 名称ではカシスの街と呼ばれているけれども、街と言うよりは村と表する方が適切かもしれない。特に大きな建物も無ければ人口もそこまでは多くなく、防魔装置(シス・マテリア)も一つで事足りるほどしか土地の面積が無いようである。
 収入源でもある特産物はこの地方にしか生息しない動物の毛を使用した毛織物であり、それを遠方の街に出荷しては収入を得るのが主であるらしい。セルシア連邦自体の治安は悪くないが、辺鄙な場所にある田舎町は決して豊かとはいえない。
 観光名所も無ければ、特筆すべき点も無い。至って普通の見どころの無い街である。セルシアの都市部に繋がる道は辛うじてあるけれども、近隣に巨大な森があり魔物もよく出没するためにあえてこの順路を通るという者は少ない。
 そんな街に旅人が来るということはめったにないようで、ソウリュウは珍しい部類に当たるらしい。
「美味い!」
 カシスの街に唯一ある宿屋の一階食堂にて、ソウリュウは元気いっぱいに食事をしていた。
 メニューは豆と野菜のスープにパン、味の薄い肉料理と質素なモノであったけれども、特に気にしていないのか美味しそうに食べている。

「ごめんなさいね。今は食料もあまり無くて、こんなモノしか出せないけれど。久々のお客さんなのに……」  

 フレイの母親であろう女将は厨房から申し訳なさそうに謝ってきたが、ソウリュウは「謝らなくていいよ!」と木のスプーンを片手に笑った。

「俺を助けてくれて、美味しいご飯まで食わせてくれて、それだけですごいありがたいからさ!」
「そうかい?それならよかった。スープのおかわりならまだあるから、遠慮なく言っておくれ」

「お!それじゃあおかわりよろしく!」

 食事を初めて数分も経たずにほとんどの料理を平らげてしまったソウリュウは、空っぽになったお椀を持ち上げた。
 それを見た女将は思わず吹き出してしまい、「若いねぇ」と言ってはお椀を受け取った。

「随分と食べるのが早いね」

「そうか?いつもこのくらいなんだけどな」

 ソウリュウの向かい側の席に座っているフレイは、物珍しそうに彼を見つめていた。

「何となくだけど君ってすごい大食いな予感がする」

「当たり!腹が減っては戦はできぬって言うしな」 

 ソウリュウはその細身の割に合わず、非常に大食いである。その為食事スピードも速く、大抵のモノはあっさりと平らげてしまう。毒もあまり効かなければ腹を壊すこともない。まさに鉄の胃袋の持ち主である。    

「ははは、腹八分目っていうのはあんまり気にしてなさそうだね。その量で足りるかな?」

「まぁちょっと物足りなくはあるけど、これくらい昔の修行に比べたら何てことないぜ。それにすごい美味しいしな!」

「褒めても何も出てこないよ」

 おかわりを持ってきてくれた女将にソウリュウはお礼を言い、すかさずそれを食しにかかった。
 少し冷めてしまっているけれどもまだ湯気を立てているスープを水のように一気に飲んでしまうのだから、フレイも女将さんもよっぽどお腹が空いていたんだろうねと笑い合ってしまう。

「ふ~……さっきまで本当に腹へって死ぬかと思ったからさ、助かったよ」

 結局遠慮なくスープを全部飲み干してしまったソウリュウは、ほっこりしながら多少満たされたお腹をさすった。

「それは何より―――――それじゃあ本題に入ろうか」

「ん、そうだな。本題と言っても何の本題なのかはいまいちよくわかってないけど」

「大丈夫。嫌でもわかってくるはずだから」

 再び真剣な態度に戻ったフレイに合わせて、ソウリュウも話しを聞く体勢に入った。

「とりあえず最初に一つ聞きたい。君はどこに行くつもりだった?通過点であるこの街にはおそらく休憩するつもりで来たんだろうけど、その先の目的地はどこだい?」

「んー。目的地って言われても特にぱっとは思い浮かばないぜ。俺は単純に世界を旅してまわってるだけだから、目的地とかいうのは考えてない。ぱっと見かけた国に行くって感じで今までやってきたからな。まぁ、強いて言うならセルシアの都市部のほうを覗きに行こうかなって」 

「そうかい―――――だけど残念だけど、君はもうこの街から出られない

「……へ?」

 とんでもない言葉を聞いたような気がして、ソウリュウは思わず聞き返してしまう。

「俺の聞き間違いじゃないよな?街から出られないって……」

「聞き間違いならよかったけどね、これは本当なんだ。君はカシスの街から出ることができない」

「おいおい、冗談だろ」

「冗談じゃないよ」 

 縁起の悪そうな冗談であることをソウリュウは疑ったが、深刻そうなフレイな顔を見ればそれが嘘ではないということは瞭然だった。それに彼はジョークを好む人間には見えなかった。

「君だけじゃない。君と同じようにこの街にやってきた人も、もともとこの街に住んでいる人も、ここから出ることができない―――――この街は閉ざされてしまっている

 この街は閉ざされてしまっている。

 その言葉の意味が理解できず、ソウリュウはぽかんと目を見開いてしまう。

「怪奇小説にありそうな話しなんだけれどね、これは事実だ。嘘偽りは一切ないから、どうか疑わないで聞いてくれ」

 怪奇小説どころか小説など欠片も読んだことのないソウリュウではあるが、何となく非常に嫌な状況にこの街が陥っていることを察してしまった。
 もしかして自分が唐突に意識を失ったことと何か関連性があるのではないかと―――――。

「お、おう。なんかやばそうな感じはすげぇするけど、聞くぞ」

「―――――事の始まりは今から一月ほど前。この街の商人が先にある山を一つ越えた街に行こうとした時だった。商人はいつものように街門から外へと出ようとしたが、何度歩いても気づけば街門の内側……つまりは街の中に戻ってしまうと慌てていた」

 

―――――商人は血相を変えて街の人々にそのことを話したが、当初はそんな話を誰も信じなかった。
 しかしあんまりにも商人が必死だったことから確かめようと、何人か集まって試に外に出ようとした。商人と同じように。
 信じがたいことに彼らは商人と同じような現象を辿ることになった。原因不明の出来事に街中がざわめき、驚愕した。
 街の外の景色ははっきりと見えるのに、何度繰り返しても外に出ることができない。まるで蜃気楼に騙されているかのように、足を踏み出しているのに街門の外には足跡一つつかなかった。
 それからすぐにいろいろな検証が行われた。街中の人間を呼んでは外に出られるかどうか試した。結局誰一人として成功しなかったけれど。
 人間ではなく他の動物を外に行かせたり、生き物ではない道具などを投擲してみたりもした。結果は命を持つ人間、動物、おそらくは亜人や異人などは外に出られず、道具などは問題なく外に出せる。そういう結論に至った。
 これは即ち自然現象の類ではなく、誰かが意図的に人間をこの街から出さないように何らかの妨害や術をかけているということもわかった。―――――
 
「ちょっと待てよ。それじゃあ俺はどうなるんだ?街から出られないっていうのは確かなのかもしれないが、逆に俺は街に入ることはできたぜ?そうでなかったら俺は今ここにいないぞ」

 ソウリュウは手を上げて異論を唱えたが、フレイは静かに首を横に振った。

「確かに君は街の中に入れ、今ここで僕と会話ができている。だけど君の話を聞く限り―――――君は街に入る前に意識を失ったんだよね?

「あ!」

 その問いに思わずソウリュウは声を上げてしまう。

「そうだ……俺は街門をくぐる前に倒れた……そして気づいたら街の中にいた!」

「だろうね。君と同じような体験をした人が、今もまだこの街に何人かいるんだ。全員貿易をしている商人さんだけどね。旅人は君が初めてだ」

「……まさかこの街は、外からは入って来れるけど中からは出られないって、そういう感じになってるのか!?」

 だとすればとんでもない話である。
 この街のことを何も知らないで立ち寄った者は問答無用で閉じ込められ、故郷に戻ることもかなわなくなってしまう。
 ソウリュウは無意識のうちに山で暮らしていたころに使っていた道具のことを思い出していた。
 一度捕まったら出てこれないように工夫して作られた魚網や罠のことを―――――。

 

―――――今度は人間が逆の立場になったってことか!?

 

「そういうことになるね……だから今のここは、完全に外部との接触を閉ざされているんだ。外部の人間に謎の力の説明をすることもできないし、伝達できるような優れた機械や魔道具なども無い。この街にも魔術師と錬金術師はいるけどどちらともこの謎の原因を解き明かすことができない―――――僕も含めてね」 

「つまり、俺達このままじゃずっと閉じ込められてるってことか!?」

 冗談じゃない!というソウリュウの言葉をそっくりそのまま返すように、フレイは力無く頷いた。

「ずっと……ずっとならまだ安いほうさ。だけど閉じ込められてから早一か月。このままでは皆食べるモノを失って餓死してしまう。ここでは毛織物による商業が主で、土地が悪いせいで農業はそこまで盛んではない。しかも今は収穫期ではない。頼みの綱である貿易も今では全く機能していない。この街にある全ての食糧は、もってあと半月だ」

「まじかよ……」

 ここでソウリュウは先ほど食べた食事がいかに貴重であるのかを把握し、文句ひとつ言わずにスープを全て飲ませてくれた女将の心の優しさを認識した。ここまで旅人に寛大な人は、見たことなかったかもしれない。

「それにも増して、甚大な問題も発生していてね―――――街が閉ざされてから一週間に一人ずつ、それも女の子ばかりがいなくなっているんだ」

「……それって、街から出れたってことか?」

「そうじゃない。そんなことあるはずがない。もしも出れたとしても一言もそのことを告げずに出ていくなんてことをするはずがない―――――すでに四人の女の子が行方不明になっている。一番最初にいなくなったのは、僕の妹だ……」

「フレイの、妹?」

 妹のことを口にしたフレイの表情は険しく、悲しげであった。

「リズ・リント。僕とは違う分野だけれども魔術師見習いだ。いなくなる前日は閉じ込められてはいるけれども何事もない普通の夜だった。だけどリズは次の日の朝、どこにもいなくなってしまった。次の週にはリズの友人であるミーシャ。また次の週にはロゼラ。つい一昨日にはイリアナが、リズと同じようにいなくなってしまった。無事なのかどうかは今でもわからない」

「……どこに行っちまったか、心当たりはあるのか?」

「一つだけ、あるよ。だけどそこには今、誰もいけない状態なんだ」

「それって、どういうこ」

 となんだと言いかけたが、最後まで言うことができなかった。

 突如として尋常ではないほどの喧騒と、縁起とは到底思えない悲鳴が外から響いてきたのだから。


「きゃあああああああああああぁああ!!」

「何だ貴様は!何をする!」

「下がれ!下がれ下がれぇ!」


 お祭り騒ぎなどと言う明るさは一切なく、そこにあったのは張りつめた空気と、戦慄するほどの恐怖だった。

「何だ!?何があったんだ!」

「ソウリュウ!待って、僕も行く!」

 二人は会話を取りやめ、咄嗟に外へと飛び出した。
「声がしたのは広場の方だ!こっちだよ!」

「おう!」

 街に詳しいフレイに従って、ソウリュウは彼の後ろを追いかけた。人気のない道は、錆びついているようにも見えた。
 しばらく走り続け、まもなくして広場に到着した時には―――――驚くべき光景がそこには広がっていた。

「……なんだ、こりゃ?」

 緊迫した状況下だけれども、素っ頓狂な声を上げざるをえなかった。 
 広場には住民であろう人が何人か集まっており、輪を作るように大きく広がっていた。全員の表情が畏怖の色そのものに染まっており、突けばすぐにでも壊れてしまいそうだった。
 輪の中心部には数人の男が血を流して倒れており、ほとんどが重傷もしくは軽傷で済んでいたが、一人の男だけが見せしめのように―――――首から上を断ち切られていた。
 その為広場には血飛沫がほど奔っており、ぞっとするような惨状が生まれている。
 そんな惨劇の舞台に 

 転がった男の首を足元に―――――広場の中心に立っている少女が、血に塗れた斧を持って立ち尽くしていた。

 年齢はソウリュウと同じくらいだろうか。
 さらりとした長く黒い三つ編み。俗に言う〝メイド服〟を着た姿は浮世離れなほど美しく清楚であったが、その細腕に血の滴る斧を持っていることで、いかにも白百合が似合いそうな雰囲気は完膚なきまでに破壊されていた。
 武骨で巨大な槍斧は大の男でも両手で持たねば構えられなさそうだが、とんでもないことにメイドの少女はそれを片腕だけで軽々と装備している。
 殺気はまるで窺えない―――――淡々と雑用をこなすかのように、人を殺していた。

「お前、誰だ……?」

 誰もが言葉を失っている中、ソウリュウの問いかけに少女は視線を彼に向けた。
 感情のまるで籠っていない眼は硝子玉のようで、温かくなければ冷たくもなく、生き物とさえ識別できないほど精気が無かった。
 能面を通り越した無表情は人形のようで、返り血を浴びているのにもかかわらずまるで動揺を見せず、それどころか恐れを感じている気配さえない。
 能天気なソウリュウでさえも後ずさりしそうになってしまう―――――その恐ろしいまでの〝人間性〟の無さに。

「―――――申し訳ございませんが。先にこちらの質問に回答してもらってもよいでしょうか?」

「え?」

 虚ろな瞳はソウリュウを鏡のように映した。映された側のソウリュウは予想外の反応に戸惑ってしまう。
 小鳥の鳴くような可愛らしい声は抑揚が無く、棒読みに等しかった。それが余計に不気味さを駆り立て、住民たちは震えはじめる。
 どんな人間でも一目でわかる―――――この少女は、〝やばい〟と。
 打破しようも無い敵を相手取る時、皆一様にして敗北にひれ伏す。勝負をする前からわかっている。これは危険であると、魔物に狩られる側に回った人間の防衛本能が直接訴えかけてくるのだ。
「か、回答?それは俺に言ってんのか?え?俺だよな?」

「はい。間違っていません。毒々しい髪の色をした貴方です」

 

「だ……誰が毒々しい髪だ!!かっこいい色してるだろッ!?」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 橙と紅と茶。
 髪の悪口を言われるのは嫌なのであろう、ソウリュウは声を荒げて怒りを露わにした。
 ほんの一瞬だけ凍り付いた空気にひびがはいったが、またすぐに冷気を取り戻してしまった。

「大変失礼しました。しかしこのように言えとのことで、ご主人様に命令されていますので」

「ご主人……様?」

「貴方はソウリュウ様で、間違いありませんね」

「何で俺の名前を―――――」

 そこでメイドの少女は槍斧から手を放し、重力に従って斧は落下し―――――無造作に転がっている男の首を叩き潰した。

 頭蓋が割れる音、脳漿が弾けていく音、脳味噌が破裂する音、血液が溢れては噴水のように噴き上がった。
 元は純白だったであろうエプロンに更に鮮血が飛び散り、家畜を捌いた後のような姿へと、少女を一層悍ましく変貌させた。
 あちらこちらから悲鳴が飛び交い、口を抑える者もいれば目を隠す者もいた。
 ソウリュウは茫然と身動きが取れなかった。隣にいるフレイも同じく彫像になってしまったかのように、目の前の現実を受け入れられずにいた。

 

「ご挨拶が遅れました。私は森のお屋敷にて当主を務めるご主人様の従順なるメイド、マーシアと申します。ソウリュウ様、貴方を我が主のお館に招待します―――――よう、ご主人様に命令されています」

 

 優雅な動作で血と肉で台無しになったスカートの裾を持ち、礼儀正しいお辞儀をした少女は―――――招かれざる客とは真逆の立場で、微笑むことさえしなかった。

 



 

 

 

 

 

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マーシアちゃんは屈指のお気に入りキャラです。